白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Summer, about 17 years old

▽前回のあらすじ
稀華に傷つけられた女性スタッフの身を案じる花梨とヒロが女性スタッフを追う中、警視庁の茶木警視がキッドの侵入を告げる。ペアでの合い言葉確認が促される緊迫した船内、ヒロは花梨を優しくエスコートしながら、彼女との甘い時間を楽しんでいた。

第252話
「ぁ……っ……」


252:瞳に焼き付いた悪夢

『――皆様、ご歓談中のところ、失礼いたします。ここで、警察の方からお知らせがございます』

 

 

 司会の案内が終わり、屈強な男はマイクをスッと口元へ持ってくる。

 

 

『えーー警視庁の茶木です! もう耳にされた方もおられると思いますが、あの忌ま忌ましい悪党がどうやら本船に侵入した様です!!』

 

 

 スピーカーから聞こえてくる、警察官の声。花梨は知らないが、彼の名は茶木神太郎――警視庁捜査二課の警視だ。

 茶木警視はキッドを逮捕するべく、この船に乗り込んでいた。

 

 険しい表情で語る様子に、会場内が一際ざわめく。

 

 

『御存じの通り、奴は変装の達人! なりすます相手の事をあらかじめ調べあげ、顔はおろか声や性格まで完全に模写してしまう……常識では計れない悪才の持ち主です! ……もしかしたら、すでに奴はあなた方の中に混ざっているかもしれません!』

 

 

 花梨とヒロから離れた場所で、話を聞いていた園子と蘭が顔を見合わせ、目を丸くした。

 

 

『本来なら一人一人入念に調べあげるところですが……今回はそんな無粋なマネは避けましょう……』

 

 

 茶木警視の話は続き、花梨は隣のヒロを見上げる。

 

 

「……ヒロさん」

 

「ん?」

 

「忌ま忌ましい悪党って……ひょっとして……」

 

 

 花梨が続きを言う前に、ヒロは人差し指を自分の口元に添えて、「しぃ」と穏やかに微笑んだ。

 

 

(……そういえばこの船……警察の人がたくさん乗ってた……)

 

 

 今回、この船に乗ったのは、ヒロから「美味しい料理を食べに行こう」と誘われたからだった。

 けれど、昨日病院で見たワイドショーで、この船の映像が流れていたような気がする……と、花梨は目をぱちくりさせた。

 

 

『合い言葉です! そばにいる方とペアを組んで、二人だけの合い言葉を決めてください! ――さあ皆さん、近くにいる方と合い言葉を!!』

 

 

 ペアで合い言葉を決める――。

 

 そのアナウンスに、一斉に乗客たちが近くの人間と向き合った。

 ヒソヒソと囁き合う声が、会場内を埋め尽くしていく。

 

 

「リン、合い言葉だってさ。なんにする?」

 

「ん~……」

 

「俺が決めていいかな?」

 

「うん、もちろん!」

 

 

 ヒロが花梨の耳元にそっと顔を寄せ、優しく語りかける。

 

 

「じゃあ、俺が『ブラックキャット』って言ったら、リンは『ホワイトキャット』ね?」

 

「黒猫と白猫?」

 

「そ。仔猫みたいなリンにぴったりだろう?」

 

「……仔猫……?」

 

 

 仔猫と呼ばれた花梨はきょとんと目を瞬かせた。

 松田やジンになぜか「白猫」と呼ばれたことはあるが、「仔猫」と表現されたのは初めてだ。

 

 

「……よくわかんないけど、わかった!」

 

「フフッ。じゃあ決まりだね」

 

 

 花梨とヒロの合い言葉が決まった、そのときだった。

 ふっと、会場の照明が一斉に落ちる。

 

 

「っ!?(な、なに……!?)」

 

 

 花梨がびくりと肩を震わせるのと同時に、ヒロの腕がしっかりと彼女を庇うように回された。

 ヒロが守ってくれているから不安はないが、急な暗闇に、何が起こったのかすぐには理解できない。

 

 だが、花梨はサングラスを外して会場を見回した。

 すると、どこからともなく「フハハハハハ……」という男の嗤い声が会場に響き渡り、すぐに『プシュゥウウ』とガスが漏れるような音が聞こえてくる。

 

 

(――あの、隅っこ……!)

 

 

 サングラスを外した花梨は、視力の良さも手伝ってすぐに目が慣れ、会場の隅――天井付近から煙が噴き出しているのを見つけた。

 

 その瞬間、その煙へと鮮やかなスポットライトが当てられる。

 

 

(えっ!?)

 

 

 花梨は驚いて息を呑んだ。

 晴れゆく煙とともに、バサバサと白い鳩たちが優雅に舞い、その奥に立っていたのは――。

 

 

「か、怪盗キッド!?」

 

 

 聞き覚えのある中森警部の大きな声が、静まり返った会場内に響き渡る。

 白いシルクハット、純白のスーツとマント、そして右目のモノクル。突如として現れた怪盗キッドは、会場を見下ろすように不敵に笑ってみせた。

 

 

「フフフ……合い言葉なんて無駄ですよ……」

 

「なに!?」

 

 

 中森警部がどこにいるのかは花梨の位置からはわからないが、会場内はキッド以外誰も声を出していない。中森警部の怒りを孕んだ声だけがハッキリと聞こえていた。

 

 

(……キ、キッドさん……! っ……どうして……? 私、やっぱりこの人のこと知ってる……?)

 

 

 突然現れたキッドの姿に、花梨は身体が雷にでも打たれたかのように硬直してしまった。

 

 

「すでに『漆黒の星(ブラックスター)』は私の手の中だ……」

 

 

 そう言ったキッドは、何も持っていなかったはずの左手を一度強く握り、開いて見せる。すると、その手のひらには美しい黒真珠が妖しく光っていた。

 

 

「バ、バカな!?」

 

「わーーっ♡」

 

 

 驚愕の声を上げる中森警部の近くで、園子の喜ぶ声が聞こえる。

 二人の声は大きく、花梨の耳にもハッキリと届いていたが、キッドの姿を見た途端、花梨の思考は完全に停止していた。

 

 

「……リン。彼だよ」

 

 

 ふと、キッドの登場に驚いていたヒロが花梨を見下ろしたが、花梨の目はまっすぐにキッドを捉えたまま微動だにしない。

 

 

「……サングラス、戻しておくね」

 

 

 ぼうっとしたまま動かない彼女の手から、そっとサングラスを抜き取り、ヒロは丁寧に花梨の耳にかけてやった。

 

 

(これだけ動揺を見せているということは、彼女の記憶を刺激する何かのきっかけになっているはず――だよな?)

 

 

 もし、自分と同じように記憶の糸口を探しているのならと、こうして連れてきた船上パーティー。

 この様子なら、連れてきた甲斐があった――とヒロが手応えを感じていたときだった。

 

 

「おやおや困った泥棒さんだこと……ああいう『怪盗(イタズラ)キッド(ボウズ)』には……お仕置きをしてあげなくちゃ……」

 

 

 朋子の声が暗がりの中から聞こえ、小さな火花が散った刹那――“パァン!!”

 会場の空気を切り裂くような、大きな破裂音が鳴り響いた。

 

 間を開けずに、“パン! パン! パン!”。

 

 乾いた銃声が会場の静寂を引き裂き、次の瞬間、キッドの胸・腕・腹から鮮血が激しく噴き出した。

 

 彼の身体が……、天井付近から……、前へと崩れ――ドシャアン!

 足下のテーブル上へと落下したのか、激しい衝撃音が響いた。

 

 そのとき、フッと会場の照明が一斉に点いた。

 途端に、キッドの落下付近でけたたましい悲鳴が上がる。

 

 

「!?!?」

 

 

 一部始終を目撃した花梨は、サングラスの奥で瞳を限界まで大きく見開いていた。

 

 キッドがいた位置と、花梨たちがいる場所はかなり離れていて、彼が今どうなっているのかまでは見えない。

 けれど花梨は、キッドが銃撃される瞬間を、はっきりと見てしまった。

 

 鼓膜を破りそうな銃声――。

 初めは腕に当たり、次に胸を二か所、そして最後に腹部。

 撃たれた瞬間、そこから血が溢れ出す生々しい光景。

 

 ……キッドが突然撃たれ、ぐらりと下に落ちていった。

 

 今起きたばかりの出来事が、花梨の脳内で残酷に繰り返される。

 

 

「ぁ……っ……」

 

 

 花梨の白い手が小刻みに震えだす。

 胸の前でギュッと拳を握りしめ、はくはくと浅い呼吸を繰り返し、喉を激しく上下させた。懸命に呼吸をしようと試みるが――どうしても空気がうまく入ってこない。

 

 そんな彼女の異変にいち早く気づいたのは、咄嗟に花梨を庇うように強く抱き寄せたヒロだった。

 

 

「……リン? 震えてる……?」

 

「っ……ひ……っく……」

 

 

(息が……! ヒロお兄ちゃん……たすけて……)

 

 

 懸命に酸素を吸い込もうとするものの、キッドが血を流して倒れた姿が鮮明に焼き付いて、花梨は震える手でヒロの袖を力なく掴んだ。

 

 

(っ、過呼吸か……!?)

 

 

 花梨が遺体や、死を連想させるような光景を目の当たりにすると、過呼吸を起こすことを、ヒロは知らない。

 だが、花梨の口元に添えた手で浅く荒い呼吸を感じ取り、彼女がうまく息をしていないことだけはすぐに理解できた。

 

 

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