▽前回のあらすじ
無人の機関室でコナンはキッドを追い詰め、変装や巧妙なトリック、そして本物の黒真珠を見抜いた鋭い推理を次々と披露する。追い詰められたキッドは、ついに降参して真珠をコナンに返した。
第259話
ぽんっ!と去って、ダッシュ。
「今さら何を……」
「あ、そうそう、今回の変装だがな。この服の女の子と、もう一人――白い髪の女の子に変装するか迷ったんだよなぁ……」
「っ、白い髪って……お前っ!! いったいどこまで知って――!」
“なんでキッドが花梨のことを知っているんだ?”とでも言いたげに、コナンの顔に明らかな動揺が浮かび、キッドはニヤリと口角を上げる。
「……けど、最近見かけねーから、情報不足でね。断念した。あのお嬢さん、可愛いよな~。ボウズと仲がいいんだろ? もう会ってねえのかよ?」
「っ! そ、それはっ……!」
ついこの前再会し、さっきも見かけたかもしれない花梨を思い出し、コナンの頬がわずかに熱くなる。
その様子にキッドはハッと息を呑んだ。
(この反応――まさか、最近会った……のか!?)
トイレへ案内しながら、キッドは蘭から聞いた話を思い出す。花梨が本当に留学しているなら今はイギリスにいるはずだ。
なのに、コナンのこの反応は、どう見ても――。
「へえ……花梨、姉ちゃん……だっけ?」
「……だから、なんでお前が花梨を知って――」
「いつか、直接お目にかかりたいもんだ。さて……じゃあそろそろ、お暇しようかな」
キッドは、にっこりと笑った。
あくまで軽薄に。
いつもの怪盗キッドらしい、余裕たっぷりの笑みを浮かべて。
けれど――その笑顔の奥で、胸が痛んでいた。
……ただ、鎌をかけただけだったというのに。
花梨の名前を口にした瞬間、コナンが見せた反応。
頬を赤らめ、明らかに動揺した様子。
そして、ほんの少し前に会ったらしいことまで、その態度が雄弁に物語っていた。
(……ボウズは花梨に会ってる……! いつだ? いつ会った!? ボウズと会ってるってことは――花梨は無事でいるんだよな……!?)
だが、無事ならなぜ、自分に会いに来ない?
自分に会いに来ないのに、このボウズには会いに行っている……?
――面白くない。
自分はこんなにも、花梨を想って行方を探しているというのに――。
こうして名前を出しただけで、目の前のボウズがあからさまな反応を見せる。
それが癪だった。
とはいえ、ここでそんな感情を顔に出すほど、キッドは素直じゃない。
むしろ傷ついた心を隠すように、口元の笑みをほんの少しだけ深くする。
(花梨……お前の事情はわからねえ……けど、ぜってぇ、探し出してやるからな……)
そう思ったところで、これ以上、ボウズから情報を下手に引っ張ることはできない。
ならば、ここに長居する理由もない。
キッドは何事もなかったかのように、軽い調子で話を切り上げた。
だが、コナンはそれを許さない。
キッドが一歩でも動こうとした瞬間、その小さな身体から鋭い声が飛んだ。
「させるかよ!!」
「いいのか? 探偵ボウズ。この服を借りて、救命ボートに眠らせてる女の子……早く行ってやらねーとカゼひいちまうぜ?」
「へ?」
「オレは完璧主義なんでね♡」
ズボッと胸元に手を突っ込み、ブラジャーを取り出したキッドはいたずらっ子のように笑った。
(なっ!?)
コナンが蘭の今の状態を察して頬を赤らめると、キッドはサングラスをサッと身に着け、閃光弾を足元に打ち付ける。
小さな破裂音とともに、機関室は一瞬で真っ白に塗りつぶされた。
「閃光弾!?」
機関室が光に包まれている間に“ポン!”と何かが弾けた音が鳴り、キッドの気配が消えた。
「くそっ!! 逃がすか!!」
キッドを追おうとするコナンの足元には、蘭のドレスと下着がひらひらと舞い落ちてくる。
「っ……あんにゃろーー! 覚えてろよ!!」
コナンは蘭の服を拾い集め、機関室を飛び出した。
(早く蘭を見つけねーと……!!)
急いで蘭を探すコナン。
キッドが言った「救命ボート」へと向かって、とにかく通路をひた走る。
やがて、救命ボートが見えたところだった。
「おい、女の子がボートの中で寝てるぞ!!」
「とにかくデッキの上に……」
警察官たちの声が聞こえて、コナンは蘭だと直感した。
「あーーっ!! ちょっと待ったあ!!」
(蘭の裸を見るんじゃねーー!!)
慌てて駆け寄ったコナンの前に、ボートから引き上げられた蘭が、警察官によって通路へと下ろされる。
裸だったら――と焦ったコナンだったが、蘭の姿を見て目を丸くした。
「え? あり?」
蘭はドレスを着たままだった。
そして彼女の胸元に、バラが添えられたメッセージカードが貼り付けてある。
“
先日 お預けいただいた
この真紅のドレス
とても良くお似合いですよ
ある時はクリーニング屋の
怪盗キッド
”
「ヤロォ……」
蘭が目覚める気配はないが、怪我もなさそうだ。
逃げられたのは腹立たしいが、次に会ったら絶対捕まえてやるとコナンは心に誓った。
そんなとき、ふとコナンの横を、髪を振り乱して走る、黒いドレスの女性が横切っていった。
黒いドレス、黒い髪、金色の瞳、そしてなぜか裸足――。
「っ!? 花梨っ!?」
一瞬見えた横顔は、紛れもなく、大切な幼なじみの花梨。
コナンはすぐさま警察官たちに蘭を頼み、その黒い影を追いかけた。
(おいおいおい……なんでオメーは、元の姿で髪を振り乱しながら走ってんだよ……! 追われてるのか!?)
花梨がまた稀華の手下に追われているのかと思い、背後をうかがうが、特に誰も見当たらない。
彼女だけが前を走っているだけだ。
「っ、あいつ、足、結構早え……はぁっ、はぁっ(ってオレが遅くなったのか?)」
目の前で、花梨が角を曲がり、階段を上っていく。
このままじゃ見失ってしまう。
「っ、花梨っ!! おいっ、止まれ!! っ……かぁーりぃーん!!」
「はぁっ、はぁっ……かーりーって……へっ? あ! 新ちゃん!?」
コナンの声が届いたのか、階段を曲がる途中で花梨が振り返った。
「はぁっ、はぁっ……オメー! いったいなにして……。つーか、その姿なんで……」
「新ちゃん、いいところに! 説明はあと! 一緒に来て!!」
「え? あっ!」
花梨は階段をタンタンと下りると、コナンの手を取り、また駆け出した。