白月の君といつまでも   作:はすみく

264 / 265
-- Summer, about 17 years old

▽前回のあらすじ
稀華の脅迫で高所から落ちかけるスタッフを、間一髪で救出したキッド。その背中に既視感を覚えた花梨は海へ感謝を叫ぶ。一方、冷たい海中でその声を聞き、花梨の生存を確信した快斗は彼女を連れ戻す決意を固めたのだった。

第261話
ドロン!


261:消えないで

◇

 

 

 

 

 あれから、意識を取り戻した内野に事情を聞いたところ、一条稀華に何を言われたのか、ようやく判明した。

 

 

『可哀想に……羽虫のせいで親族一同が失職とはね……羽虫は空を飛ぶものでしょ? 光に向かってね……わかってるわよね?』

 

 

 皮肉めいた嘲笑を浮かべ、チラッと通信塔の照明を見てから、内野のすぐそばで優雅な笑みを浮かべただけだった。

 だが、絶望のどん底にいた内野はそれを真に受け、「自分が死ねば親族の未来を救えるのだ」と狂気的に勘違いしてしまい、あの通信塔へと足を進めてしまったのだという。

 

 

「あいつ……!! なんてことを……!」

 

「稀華ちゃん……っ」

 

 

 怒りを滲ませて歯噛みするコナンの横で、花梨はいたたまれなさそうにぎゅっと唇を噛みしめた。

 

 

「……わ、私のせいで、親戚のみんなが職を失うことになったら……」

 

 

 内野はまだ恐怖が抜けきっていないといった様子で、震える手で頭を抱え、縮こまっている。

 そんな彼女の姿に、コナンもなんと声をかけていいものか分からず、言葉に詰まった。

 

 だが――。

 

 

「……内野さん。それはないから、大丈夫ですよ」

 

 

 花梨が内野を安心させるようににこっと微笑む。

 

 

「え……?」

 

「――あの子、ああいう冗談を平気で言うんです。自分の発言力がどれだけ周囲に影響するか、自覚もせずに。だから、そんなの気にしなくて大丈夫です」

 

「じょ、冗談……? で、でもあの人は……!」

 

「大丈夫です。たぶん稀華ちゃん、今ごろ内野さんの名前も顔も、すっかり忘れてると思いますから」

 

「「えっ……」」

 

 

 内野とコナンの声が綺麗に重なった。

 

 

「意外とあの子、さっぱりしてるんです。私のこと以外には……ね」

 

 

 一条稀華という少女は、周囲から過剰に甘やかされて育ったせいか、時折、他人の心を弄んでしまう悪癖がある。

 なまじ強大な権力を持っているがゆえに、本人は遊び半分のつもりでも、彼女の気まぐれな言葉を真に受けた人間が、本当に人生を狂わされたことは一度や二度ではなかった。

 

 その尻拭いを、これまで白河家や一条家の人間がどれほどさせられてきたことか。

 花梨もまた、そんな理不尽な後始末に奔走させられてきた一人だった。

 

 

(稀華ちゃん……本当に、もうあんまり無茶なこと言っちゃダメだよ。いつか取り返しのつかないことになるんだから……フォローするの、大変なんだからね……)

 

 

 花梨は、すでに遠くの空へと消えていったヘリコプターの方角を、どこか哀愁を帯びた瞳で見つめた。

 そんな花梨の横顔を、コナンは下からそっと見上げる。

 

 

「花梨……」

 

 

 「あの子」「稀華ちゃん」――。

 

 彼女を呼ぶその声は、驚くほど親しげで、そしてどこか懐かしむような響きを含んでいた。

 稀華のねじ曲がった性格や本質さえも、手に取るように見抜いている口ぶりだ。

 

 白河の家でどれほど酷い扱いを受けていたのかは知っている。けれど、その酷い扱いを指示した当事者である稀華本人と、花梨がかつてどのような関係を築いていたのか、コナンには到底見当がつかなかった。

 

 ただ一つ確かなのは、稀華はいまだに花梨に執着しているということ――。

 それと、花梨がもうこの世にいないと信じ込んでいるということだ。

 

 

「あ、あの……お客様はいったい……?」

 

 

 自分の醜態をさらした相手であるはずの少女が、なぜか優しい笑顔を向けてくれていることに気づき、内野が戸惑いながら尋ねる。

 

 

「えと、えへへっ♡ 彼女の知り合いなんです! 稀華ちゃんがご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした。この責任はちゃんと白河家で取りますので、内野さんはどうぞお気になさらず、いつも通りお仕事に戻ってくださいね」

 

 

(帰ったらヒロお兄ちゃんに、お婆さまへ連絡入れてもらおうかな……)

 

 

 花梨が丁寧に頭を下げると、内野は申し訳なさそうにしながらも、どこか救われたような顔でうなずいた。

 そして、花梨がふっと顔を上げた、その時――。

 

 

「あっ、コナン君いたー!! って……花梨ちゃーん!!」

 

「うわっ、わぁっ!?」

 

 

 甲板の通路を猛スピードで駆け抜けてきた蘭が、勢いそのままに花梨へと飛び込んできた。

 気づいた時には、ぎゅうっと温かい腕の中に閉じ込められていた。

 

 

「うわぁーーん、花梨ちゃーん!! もう、会いたかったよぉーー!!」

 

「ら、蘭ちゃん……! く、苦しいよぉ……?」

 

 

 走ってきた勢いのまま、蘭の腕が容赦なく花梨の身体を締め上げる。

 あまりの密着っぷりに、まるで花梨が潰されているように見えたのか、コナンは思わず目を丸くした。

 

 

「もう~! 一昨日も電話したんだからね!? なのに全然繋がらないんだから、心配したんだよ~!」

 

「うぅ……ご、ごめんね……?」

 

 

 すっかり捕まった花梨の手をぎゅっと握ったまま、蘭はそのまま彼女をパーティー会場の方へと引っ張っていく。

 その背中を見送りながら、コナンと内野も後に続いた。

 

 

「ううん……忙しいのはわかってるから、いいの。でも……やっぱり寂しいからさ、これからはたまには花梨ちゃんからも連絡してよねっ」

 

「うん、わかった……ごめんね、蘭ちゃん」

 

「ねえ、聞いて! キッドがもう逃げちゃったみたいでね、船はもうすぐ横浜港に入港するんだって。その前に、達也さんの控室に遊びに行こうって園子が言ってるの!」

 

 

 警察による捜索の結果、怪盗キッドはすでに海上を逃走したものと判断されたらしい。

 騒乱の収まった客船は再びエンジンを唸らせ、穏やかな夜の海を横浜港へと滑るように進んでいた。

 

 

「あ! ホント!? 行く行く!」

 

「私も本当は達也さんのライブを生で聴きたかったのに……あのキッドのせいで台無しになっちゃったんだから……!」

 

 

 ふと思い出したように蘭が眉をひそめ、手を繋いでいない方の拳をぐっと強く握りしめる。

 その表情には、「次に会ったら絶対に許さない」とでも言いたげな気迫が滲んでいた。

 

 

(……蘭のヤツ、相当頭にきてんな……。触らぬ神に祟りなし、か。今は下手に突っ込まず、花梨に任せたほうがよさそうだな)

 

 

 コナンは黙ったまま、前を歩く二人の背中を見つめた。

 本当は今すぐ花梨を捕まえて、組織のことや身体の秘密について根掘り葉掘り問い詰めたかった。

 だが、今は一歩引いて様子を見るのが賢明だ。

 

 

(――なぁ、花梨。お前……もう前みたいに、何の前触れもなく消えたりしねえよな?)

 

 

 不安がよぎるが、すぐにその胸のざわめきを打ち消す。

 今回は、花梨のほうから自分のもとへと飛び込んできたのだ。

 

 しかも、小さな姿となって。

 もう二度と、手の届かないところへ行ってしまったりはしないはずだ。

 

 

(まったく……お前のその身体に、いったい何が起こってやがるんだよ……)

 

 

 ……その後、会場に置きっぱなしになっていた靴を履いた花梨は、蘭に連れられ、園子とともに木村達也の楽屋へと向かった。

 楽屋にやってくると、達也がさっそく声をかけてきた。

 

 

「よぉ、嬢ちゃんじゃねーか! 元気だったかー? お、差し入れか! サンキュー!」

 

 

 花梨が用意していた差し入れを差し出すと、達也は笑顔で受け取り、近くのテーブルに置いた。

 

 

「んー……色々ありましたけど、おかげさまで!」

 

「ほお! そっか! 元気そうでなによりだ! オレの生歌、良かったろ?」

 

「はいっ! とっても!! 『生達(なまたつ)』最高でした!」

 

 

 達也と花梨の軽妙なやり取りの横で、蘭は羨ましそうに「私も聴きたかったな……」と小さく頬を膨らませている。

 

 

「なまたつって、お前、すげえ略し方だな(笑)。まぁいい、嬢ちゃんには感謝してもしきれねえよ。俺がこうして今、生きて歌えてるのは間違いなく嬢ちゃんのおかげだ。俺になんかできることがあったら、遠慮なく何でも言いな!」

 

 

 豪快に笑いながら、達也はスマホを取り出した。

 「記念にツーショット、なんつってな!」とおどけながら、先日、拘置所の前で撮影したばかりの、シングルCD『素顔の君に伝えたい』を手にした自身の自撮り写真を画面に映し出す。

 その写真の端には、達也が編集したのだろう、なぜか寺原の姿も小さく加えられていた。

 

 二人の間のわだかまりが解け、良好な関係を築いているのだと分かり、花梨はほっと目を細めて微笑んだ。

 

 

「なんでも……ですか? えっと、では、さっそくお願いしてもいいですか?」

 

「おっと? ははっ、遠慮しねえのな! いいぜ、言ってみな!」

 

「今ここで、一曲お願いします!」

 

「ん? 構わねえけど……そんなんでいいのか? バックバンドいねーけど」

 

「はいっ、アカペラでぜひ!」

 

 

 目を輝かせておねだりする花梨の横で、蘭もすっと両手を組み、うっとりと瞳をきらめかせる。

 

 

「花梨ちゃん……♡」

 

 

 やれやれと言いながらも、達也は心地よさそうに喉を鳴らすと、力強くも優しい声で『素顔の君に伝えたい』をアカペラで歌い始めた。

 楽屋いっぱいに響き渡る圧倒的な歌声に、花梨、蘭、園子、そして新しく担当になったマネージャーは、うっとりと聴き入っていく。

 

 

(……まったく、そういう人懐っこいところですぐ相手の懐に入り込むから、蘭があんなに夢中になっちまうんだよな……)

 

 

 呆れたようにため息をつきつつも、コナンは、花梨が女の子の姿に戻っていて心の底から良かったと感じていた。

 相手が何を求めているのかを瞬時に察知し、自然と笑顔を引き出してしまうあの天性のスキル――自分にはない、花梨だけの特別な力だ。

 

 

(その無自覚な優しさに、オレはどれほど救われてるんだろうな……。本人は、自分がどれだけ周りを変えてるのか、わかってすらいないんだろうけどさ……)

 

 

 木村達也の伸びやかな歌声が楽屋の空間に優しく溶け込む頃、豪華客船は静かに横浜港へと入港した。

 

 アナウンスと共に下船が始まると、一連の事件で疲れ果てた招待客たちは、警察による最終的な手荷物チェックを受けながら、ぐったりとした足取りでそれぞれ帰路についていく。

 

 達也の楽屋をあとにし、会場へと戻ってきた花梨たちは、下船の順番を待つ人の群れの中にいた。

 

 その中で、コナンは少し離れた場所で蘭や園子と楽しげに話している花梨に声をかけようとした。しかし、二人にがっちりガードされているせいで、なかなか隙が作れずにいる。

 

 

(どうしたもんか……って、ん?)

 

 

 ふと、無意識に突っ込んだジャケットのポケットへ手を入れた瞬間、指先が妙に柔らかい布の感触を捉えた。

 包みの中にある、あの重み。

 

 

(……あ、やべ。すっかり忘れてた……!)

 

 

 冷や汗を流しながら、コナンは未だに事件の余韻で憔悴している朋子のもとへと慌てて歩み寄った。

 

 

「おばさん、これ……」

 

「え……あ……! こ、これはっ!? あ……ああっ……――!!」

 

 

 コナンがそっと差し出した手のひらには、怪盗キッドからしっかり回収した、白いハンカチに包まれた漆黒の星(ブラックスター)が、ぽつんと乗っていた。

 朋子は息を呑み、声にならない声を漏らしたかと思うと、次の瞬間にはしゃがみ込んだままコナンを強く抱きしめた。

 

 「ありがとう……。本当によかった……ありがとう……」と、震える声で何度も何度も耳元で繰り返される。

 

 

「ちょっと、コナン君! それって……!?」

 

「すごーい、ガキンチョ! やるじゃないのよ~♪」

 

 

 朋子のただならぬ様子に気づき、蘭と園子、そして花梨も驚いたように駆け寄ってきた。

 

 

「ふふっ、コナンくん。お見事だね」

 

 

(うん……未来視で視た通りになって、本当によかった……)

 

 

 残酷な結末ではなく、誰もが笑顔になれる幸福な未来なら、何度だって視たいし、何度だって迎えにいきたい。

 花梨は、朋子にギュッと抱きしめられて少し困った顔をしているコナンを、温かく優しい瞳で見守った。

 

 

「おい、あそこにいる子供だぞ!」

 

「『漆黒の星』を取り返した少年探偵だってよ! 写真を撮らせてくれ!」

 

 

 事件解決と宝の奪還を聞きつけたマスコミが、どこからともなくコナンのもとへと一斉に押し寄せてくる。

 フラッシュの嵐が巻き起こるその隙を突いて、花梨はそっと朋子のそばから離れた。

 

 

「ふふっ、騒がしくなっちゃったし、私はあっちに行ってるね」

 

「え? ちょっと、花梨ちゃん!?(あっちってどっち!?)」

 

 

 マスコミの波に揉まれかけた蘭が慌てて振り返ったときには、もうそこに花梨の姿はなかった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。