▽前回のあらすじ
一条稀華の言葉に翻弄された内野を危機一髪で救った怪盗キッドと、それを追うコナン。事件の解決と宝の奪還を経て穏やかな日常が戻る中、花梨はそっと姿を消して……。
第262話
ブラックスター編、ラストです!
◇
大騒ぎするマスコミの群れからこっそりと身をかわし、一人、静かに会場を後にした花梨は、自分のスマートフォンを取り出して画面を見下ろした。
画面に表示された文字を確認すると、安心したようにふにゃりと可愛らしく微笑み、そのまま人気のない小さなデッキへと足を向けた。
「――遅いぞ、花梨」
静かな夜風が吹き抜けるデッキに出ると、柔らかな照明の下、手すりに背を預けて待っていたヒロが、やってきた花梨に気づいて軽く片手を挙げた。
すらりとした長身と、デッキの淡い光に照り映える整った横顔は、まるでどこかの高級なファッション誌のモデルのように絵になっていて、思わず見とれてしまうほどだった。
「ヒロお兄ちゃん、待たせちゃってごめんなさい! でも、無事に内野さんを見つけて、助けられたよ!」
「ああ、遠くから見てたからそれは分かってるよ。……まったく、あの梯子を自力で上ろうとするなんて、無謀にもほどがあるだろ。ったく、君は本当に少しも目が離せないな……。ほら、見てごらん、髪もすっかり崩れてるし、足元なんて真っ黒じゃないか……」
実は、あのスリリングなヘリポートの一幕――花梨が必死の思いで通信塔へ駆け出していったその裏で、ヒロもまた彼女を追って近くまで来ていたのだ。
花梨がまさに梯子に飛びつこうとした瞬間、思わず飛び出して助けに入ろうとしたものの、間一髪のところで怪盗キッドが颯爽と現れたため、咄嗟に身を隠してその一部始終を見守っていたのだった。
ヒロの優しい視線が、花梨の乱れた頭から、すりむいて汚れた足元へとゆっくり移動していく。
パーティーのために綺麗に結い上げていた長い髪は、必死で走り回ったせいですっかりほどけて肩に垂れ下がり、おめかしして穿いていた蝶のワンポイント付きの可愛いストッキングも、あちこち破れて黒く汚れていた。
「えへへ……だって、ドレスにヒールだと、どうしても走りにくくって……」
「はあ……せっかく綺麗におめかししてドレスアップしたのに、これじゃあ台無しじゃないか」
ため息をつきつつも、その声音には責めるような響きはなく、ただ呆れたような口調の奥に、隠しきれない愛おしさが滲んでいる。ヒロは小さく苦笑した。
「ねえ、ヒロお兄ちゃん……。このままでも、可愛い?」
乱れた髪をそのままに、じっと見上げてくる金色の瞳。デッキの微かな照明を反射して、まるで宝石のようにキラキラと眩しく輝いている。
そんな反則すれすれの可愛い問いかけに、ヒロは思わず息を呑み、そして小さく降参するように笑った。
「……もちろん、いつだって可愛いよ」
ヒロの大きな、温かい手がスッと伸びてきて、花梨の頭を優しく、ぽんぽんと愛おしそうに撫でた。
「えへへ♡」
くすぐったそうに目を細めて笑う花梨の頭から手を離すと、ヒロはふと眼下の下船口に視線をやった。招待客たちがぞろぞろと出口へ向かっているのが見える。
「そろそろ一般客の下船も本格的になりそうだし、俺たちもそろそろ下船できそうだね。このまま帰ろうか? それとも、友達にちゃんと挨拶してくるかい?」
「あ……じゃあ、最後にみんなのところへ行って、挨拶してくるね! 挨拶は大事だもん」
「ああ、わかった。じゃあ、俺はここで待ってるよ。……くれぐれも、マスコミに捕まったりしないように気をつけてね?」
「はーい! サングラスかけときまーす!」
おどけて敬礼してみせた花梨は、ヒロに一声断りを入れてから、再び華やかなパーティー会場の方へと小走りで戻っていった。
それから、蘭や園子たちのところへ戻ってしっかりとお別れの挨拶を済ませ、フラッシュの嵐の中で相変わらずマスコミに囲まれてげんなりしているコナンを見つけると、花梨はクスッと笑って遠くから小さく手を振ったのだった。
◇
翌朝――雲ひとつない快晴の空の下。
「わあーー! 載ってる! 載ってる!!」
学校へと向かう通学路で、園子は手に持った朝刊の社会面を大きく広げ、にこやかに明るい声を上げた。
新聞の一面には、いかにも面倒くさそうな顔でぎこちなくピースをするコナンの写真。その横には『怪盗キッドを撃退!?』『漆黒の星《ブラックスター》をたった一人で死守!!』『お手柄小学生!!』といった大きな見出しが躍っている。
「もう大ヒーローね、コナン君!」
「偶然だよ、偶然!」
大切な家宝をコナンが守ってくれたからか、普段はコナンのことを「ガキンチョ」と呼ぶ園子も、今日ばかりは機嫌よく「コナン君」と名前で呼んでいる。
コナンは気恥ずかしさを隠すように、苦笑いを浮かべた。
「でもいーなー二人とも……キッドに直接会えちゃうなんて……。そういや、花梨も見たんだよね? ったく、何も教えてくれないまま帰っちゃったし! 今度会ったら根掘り葉掘り聞いてやるんだから。ああっ、もう、いーなー!」
(よかねーよ……)
自分だけキッドに会えなかったことが心底悔しいのか、キーッと歯噛みする園子を見て、コナンはジト目で呆れつつも、昨夜逃がしてしまった因縁のライバルの姿を思い出していた。
そんなコナンをよそに、園子は今度は不満げな顔のまま蘭へと向き直る。
「ねえ、彼の顔、どんなだった?」
「…………」
しかし、蘭は問いかけに気づいていない様子で、どこか遠くを見つめたまま黙り込んでいた。
「蘭?」
「え? なに?」
「キッドの顔よ!」
「ゴメン……いつのまにか眠らされちゃったから……」
心ここにあらずといった様子で、ぺこりと頭を下げて愛想笑いを浮かべる蘭。
――昨夜、無事に救出されて帰宅した後のこと。
蘭は今朝見た夢の中で、あの雨の日に渋谷で見かけた「新一」の姿を思い出していた。
せっかく忘れかけていたのに、あの光景が脳裏に焼き付いて離れない。
昨夜は達也のライブを見ることは叶わなかったものの、思いがけず会場で花梨と再会でき、彼女のおかげで控室で達也の生歌を聴くという夢のような時間を過ごせたのだ。あんなに楽しかった夜の後に、なぜこんな夢を見てしまうのだろう。
(はあ……もう、新一のやつ。一緒に歩いてたあの子は誰なのよ~~!!)
あの日、渋谷の街で見た新一の隣には、親しげに寄り添いながら歩く可愛い女の子の姿があった。
別れを告げられたわけでもないのに、その光景がなぜか胸に引っかかって、朝からモヤモヤとした焦燥感が消えてくれない。
最近は忙しさもあって思い出さない時間も増えていたというのに、一度気になり始めると胸の奥がチクチクと痛んだ。
そんな風に一人で悶々としている蘭を置いて、コナンが園子の疑問に代わりに口を開いた。
「チラッとならボク見たよ!」
「えーー? どんなおじ様だった?」
「意外に若かったと思うよ……20代か、もしかしたら……」
コナンが昨夜対峙したキッドの面影を手繰り寄せ、言葉を続けようとした――その時。
「ひ~っくしゅん!!」
少し前方から、周囲の通行人が振り返るほど盛大なクシャミが響き渡った。
コナンたち三人は思わず言葉を切り、同時にその声の主へと視線を向ける。
「まーーったく! セリザベス号を見物に行って海に落ちるなんてバッカみたい!」
「うっせぇなーー……」
(あのガキのせいで泳いで逃げるしかなかったんだよ……)
自分たちの少し前、人混みの中に紛れるようにして、制服姿の二人の高校生が歩いていた。髪型は違うが新一によく似た少年と、どこか雰囲気が蘭に似た少女が、賑やかに言い合いをしながら歩いている。
「ねえ……ちょっとあの高校生……なんか新一君に似てない? 女の子も見たことある気がするんだけど……って、こっからじゃ人が邪魔してよく見えないわね……」
「そーお?(似てるか??)」
園子の言葉に促され、コナンは眉をひそめて目を凝らした。
朝の通勤・通学ラッシュの波に紛れていて、はっきりと顔までは確認できない。
隣の女の子には見覚えがないが、園子の言った通り、男のほうの後ろ姿と横顔のシルエットには確かな既視感があった。
(――って、あいつっ! 黒羽じゃねーか!?)
一瞬で脳裏のピースが噛み合い、コナンの目が見開かれる。
隣を歩いているのは、髪色も雰囲気も全く異なる別の少女――花梨ではない。
けれど間違いない。前を歩いているのは、花梨の元カレである黒羽快斗だ。
(……そうか――あいつ、新しい彼女ができたんだな)
花梨と黒羽快斗が付き合っていたのは、わずか一ヶ月という短い期間だったはずだ。
たった一ヶ月の交際期間で、何も言わずに自分の前から姿を消した女を、ただひたすらに待ち続けるほどの情は芽生えなかったのだろう。高校生ならそれも無理はないのかもしれない。
だが――。
(花梨はまだ、あいつを想っているのにな……)
あの日、寂しげに、けれど大切そうに過去を振り返っていた花梨の姿を思い出し、コナンはキュッと胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
コナンの背後で、同じように前を歩く二人を見つめていた園子がぽつりと呟く。
「もしかして、蘭が渋谷で見た人って……」
「…………」
園子の言葉に背中を押されるように、蘭は息を呑んで快斗の背中をまじまじと見つめた。
あの日、雨が降る渋谷の街で見た人影。傘をさしていたせいで、髪型や細かな顔立ちまではハッキリと見えていなかった。
けれど今、目の前で楽しそうに男の子の隣を歩く女の子のシルエットが、あの雨の日に「新一」の隣にいた少女の姿と見事に重なる。
……つまり、あの日見かけたのは新一なんかじゃなく、あの新一にそっくりな男の子だったのだ。
その真実に辿り着いた瞬間、胸を押し潰していた重苦しいモヤモヤが一気に吹き飛び、蘭の口角がふっと自然に上がった。
「よかった!」
パッと花が咲いたような明るい声を張り上げ、蘭は弾んだ笑顔をコナンへと向ける。
「へ?」
「そっかそっか!」
「ら、蘭ねーちゃん……?」
いきなり手のひらを返したように上機嫌になった蘭を見て、コナンは「なにが……?」と目を丸くして首をかしげた。
蘭の機嫌が直ったことには素直に安堵しつつも、コナンの頭の中は、今も快斗を想い、傷ついているかもしれない花梨のことでいっぱいだった――。
―― ブラックスター編・完 ――
これにて、ブラックスター編――コナンとキッドの出会い編が終了です!
章分けしてないけどね!(笑)
おつかれさまでした!!
もう、本当に、おつかれさまでした!
大事なことなので二度書きましたw
218話からちょろっと話題が出始め、231話から始まったブラックスター編。
原作沿いは、本当に楽しいけど正直しんどい……です。
だって、n番煎じですもんね!
それでも、こうして最後まで書き切ることができました。
快斗と花梨は今回、再会とはなりませんでしたが……いつか、ちゃんと会えるといいですね!
ここまで楽しんでいただけていたら幸いです。
ではでは、お読みいただきありがとうございました!