白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 16 years old

▽前回のあらすじ
授業中、花梨は快斗からの視線に気づき戸惑う。ノートを書き損ねた快斗へ花梨が自分のノートを貸すと、快斗は想像以上に喜び、お礼にバラを贈る約束をする。

第26話
青子と。前回からの続きです。


026:好きなもの

 

「葵ちゃん、ノート本当にありがとう!」

 

「どういたしまして……じゃ……」

 

「え? もう帰んの?」

 

 

 花梨は席を立ち、快斗の質問に答えることなく、そそくさと教室を出て行ってしまう。

 

 四限目を担当したのはクラス担任の黒瀬教諭だ。

 細身長身のイケメンで、女子たちに人気のある高校教師。

 

 授業が終わり、そのままホームルームに移行していたようで、四限目のチャイムが鳴ると同時に解散となった。

 そういや今日は授業が巻きで進められていた。

 黒板を早めに消したのはこれが狙いだったのか、黒瀬も出席簿や教科書等を手に、教室を出て行こうとしている。

 

 

「葵」

 

「はい?」

 

 

 ふと黒瀬が、今にも廊下に出ようとする花梨を呼び止めた。

 

 

「この前言っていたプリントだ。何かわからないところがあったら訊きにきなさい。いくらでも教えてやるからなっ」

 

「ありがとうございます、助かります。では失礼します」

 

「お、おう……」

 

 

 花梨が頼んでいたものなのだろうか。

 黒瀬が持っていた荷物の中からプリント数枚を渡し、花梨の頭を撫でようとしたが彼女はスッとそれを避けるように一歩下がり、丁寧にお辞儀をして去って行った。

 

 

「けけけ、黒ちゃん振られてら」

 

 

 快斗はいい気味だぜと笑う。

 

 

「……ったく、あいつは猫みたいなやつだな……。なかなか懐かない」

 

「そこがいーんですよ~!」

 

「中森?」

 

「花梨ちゃんを少しずつ懐柔して、仲良くしよう作戦続行中! 青子が一番に花梨ちゃんと仲良くなるんだから! 黒瀬先生、邪魔しないで下さいね! 快斗も協力関係ではあるけど、一番は譲らないからね! じゃ! お先っ」

 

 

 いつの間に帰り支度をしたのだろう、青子が鞄を手に教室を出て行く。「花梨ちゃん待って~!」と聞こえたので、追いかけて行ったようだ。

 

 

「黒ちゃん黒板すぐ消すなよなー。けど、おかげでノート借りれたけどな! 花梨ちゃんのノートめっちゃ見やすいしわかりやすいんだぜ!? 黒ちゃんの黒板とは大違い!」

 

 

 快斗も遅れて帰宅準備を整え、黒瀬の側へ。

 

 

「黒羽お前な……、葵が可愛いからって授業中葵ばっか見てんじゃないぞ」

 

「べ、別にいーだろ。減るもんじゃなし」

 

「狙ってんだろ」

 

「べっつにぃ?」

 

 

 黒板の書き方をディスられた黒瀬だったが、大人な彼は、決して生徒の挑発には乗らない。

 代わりに授業中の態度を注意しておく。

 

 黒瀬からの注意に快斗は両腕を上げ、頭の後ろに手を回してニヤリ。不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「あの子は……そうだな。難しいと思うぞ」

 

 

 花梨が居なくなった廊下へ目を向けて、黒瀬が微苦笑する。

 何か知った風な表情に、快斗の眉は顰められた。

 

 

「は? なんでだよ。ちょっと人見知り激しいだけだろ? 慣れたら話だってしてくれるぜ? 今日なんかオレ、見つめ合ったし!(数秒だけど)」

 

「そういうことじゃなくてだな……。彼女はお前とは住む世界が違う人間だからな」

 

「はあ? なに言ってんだよ先生、花梨ちゃんはクラスメイトだぜ? そこに身分も何もねーよ」

 

「それはそうなんだけどな。まあ精々頑張ってみるがいい、泣かないようにな」

 

「泣かねーよ! ってかそういうんじゃねーし」

 

 

 黒瀬の口振りから、花梨がどこかのお嬢様か何かと察することはできたが、学校ではただのクラスメイトだ。

 そこに身分は存在しない。

 

 そもそも花梨に対しては、興味を惹かれているというだけで、好きだとかそういった気持ちはない。

 

 快斗がマジックをしている時、クラスの皆が自分に注目して席を離れやってくるのに、花梨は席から離れることなく、観客の輪に加わろうとしなかった。

 始めはマジックに興味がないのかと思ったが、目の前で見せたら驚いた顔をして、渡したバラを見て嬉しそうに笑っていて。

 それでも、たまにやるマジックショーにはやっぱり寄って来ず……。

 

 ……黒瀬の言う通り、花梨は猫みたいだと快斗もそう思う。

 

 普段俯きがちだから、暗い性格かと思いきやそうでもなく、あまり会話は続かないが、ゆっくり話す声は聞いていて心地が良い。

 それに、教科書を忘れた時なんかは見せてくれて、優しくて親切だ。

 

 そんな、いつも控えめに笑う彼女の満面の笑みを見てみたい。

 どうやったら花梨は喜んでくれるのだろうか。

 日々観察をしているが、未だこれといった決め手を掴めていない。

 

 バラをかなり気に入ってくれたことは、今日わかった。

 彼女を喜ばせることができれば、奇術師としての自信に繋がる気がする。

 快斗は奇術エンターテイナーとして花梨を喜ばせたいだけなのだ。

 

 ……今日は自分の方が喜んで舞い上がってしまったが。

 

 

「ほお……?(にしてはいつも目で追いかけてるがな)」

 

 

 含み笑みとともに、黒瀬の手が快斗の頭をぽんぽんと撫で、その場を後にする。

 

 

「青いねぇ……」

 

 

 黒瀬がぼそっと漏らす背後で、快斗が「黒ちゃん今なんで笑ったんだよ!」と憤慨する声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「花梨ちゃん、花梨ちゃん。一緒に帰ろ~!」

 

「……ぁ。中森さん」

 

 

 昇降口を出て、校門を前に花梨は青子に声を掛けられた。

 

 

「青子って呼んで~」

 

「……中森さん。私、あっちなんだ」

 

 

 校門にやって来ると、花梨は自宅とは反対方向を指差す。

 確か青子の家と方向が逆なはず。

 ……本当は同じ方向なのだけれども。

 

 恐らく青子はいい人なのだろうが、花梨の警戒心はまだ解けていない。

 あまり関わらない方がいいだろう……なんて、軽く“じゃ”と会釈して立ち去ろうとしたのだが――。

 

 

「っ~~! 奇っ遇~! いっしょいっしょ。帰ろ? てゆーか、お昼食べに行かない?」

 

「……ぇ、わ、私と?」

 

「うん! 青子、花梨ちゃんとデートしたいの!」

 

「デート……」

 

 

 なぜか青子が明るい声でついて来て、隣に陣取った。

 帰る方向が違うのでは? と、花梨は思ったがそれは自分もである。

 

 

 ――どうしよう……道がわかんなくなって来ちゃった……。

 

 

 歩く方向が少し違っただけで、全く知らない景色が広がる帰り道。

 校門を出たばかりだというのに、すでに現在地がわからない。

 地図アプリを立ち上げて……と、スマホを取り出してみたがそんな時にデートしたいだなんて誘われてしまった。

 

 

「ダメ? もしかして青子うざい?」

 

「うざくは……、……」

 

 

 ――ごめんなさい、申し訳ないけどほんの少しだけ……。

 

 

 青子にじっと上目遣いで見つめられ、花梨は黙り込む。

 

 

「あ、やっぱうざい感じね? ふふっ」

 

 

 気取られてしまったのだろうか。

 青子が僅かに眉を下げつつ微笑んだ。

 

 

「……そんなことは……」

 

「花梨ちゃんはなに食べたい?」

 

「え、あ、行くの決定なの?」

 

「そっ! 午後予定あった?」

 

 

 自分のせいで青子に悲しい思いをさせるのは申し訳ない。一応否定しておこう。

 花梨は頭を左右に振るが、次には何を食べるかの話に変わっていて、目を瞬かせた。

 結構強引なんだなと面食らう。

 

 

「別にないけど……」

 

「じゃあ、決定ね! 花梨ちゃんはなにがいいかな?」

 

「う、ンー……中森さんの好きなもので」

 

 

 青子の腕が花梨の腕に回り、ホールドされている。

 ……なんだか逆らえない感じだ。

 

 逃げられそうにないから付き合うことにした。

 

 いまさらこれ以上孤立することもないだろうし、一度ランチをしてつまらなければ、もう話し掛けて来ることもないはず。

 

 

「青子は花梨ちゃんが食べたいものがいいな! なにが好き?」

 

「私の好きなもの……。好きなもの……? うーん……」

 

 

 ――私の好きなものってなんだっけ……?

 

 

 青子に問われてもすぐには出てこない。

 

 好きなものは、小さい頃はたくさんあったと思う。

 けれど物心ついた時には好きなものも、食べ物も強制され、母親を亡くした後は口に出せる状況でもなく、否定され続けて、いつしかそれが嫌いになった。

 今となっては何が好きなのかよくわからない。

 

 辛うじて昔から好きだと言えるのは、ぬいぐるみとハムサンドだろうか……。

 母が作ってくれたぬいぐるみは大事にしていたが、伯母の家で世話になっているとき捨てられてしまった。

 親戚の家では、支給されたものしか使ってなかったから、好きも嫌いも何もないわけで。

 

 食事に関して言えば、主に父方の伯母の所に居た時のことだが、残り物を食べるくらいで、それすらない日も多かった。

 だから給食が美味しかったという記憶しかない。

 

 夕飯が基本的になくて、好き嫌い以前に腹を満たすのが目的だったから必死で食べた。仲良くしてくれた男の子と女の子が、いつも笑って少し分けてくれたのはいい思い出だ。

 母方の親戚の家では一時は贅沢な食事を貰えたが、それも長くは続かず。異物混入が相次いであまり食べられなくなった。

 

 自由になった今、花梨は新たに好きなものを少しずつ増やしている途中である。

 

 ……ハムサンドは朝食べたから、お昼はできれば別のものがいいな。

 

 

「花梨ちゃん?」

 

「……あ、えと。なんでも食べられるよ。虫とかじゃなければ、なんでも……」

 

 

 花梨の返事が遅いからか、青子が覗き込んでくる。

 急に近付いた距離に驚いた花梨は、青子から距離を取った。

 

 

「虫なんか食べないよ!?」

 

「ぁ。そ、そうだよね」

 

 

 ――私の給食には、よく入ってたんだけどね……。

 

 

 去年まで食べていた中学の給食に、虫が入っていることは日常茶飯事。運んできたトレーの上で、雑巾を絞られたこともある。

 封がされたパンと牛乳だけは安心して食べられた。

 

 たまにこっそりおかずをくれた子もいたが、親戚の子が怖くてくれなくなった。

 思い出すと悲しくなってしまう。

 

 ……花梨は過去に蓋をして微笑んだ。

 

 

「電車に乗って一駅のところに、おいしいパスタの店があるんだけど、そこ行かない?」

 

「電車……。痴漢とか大丈夫かな」

 

 

 痴漢なんてそうそう遭うものではないが、一度遭うとまた遭いそうで怖い。

 新一に助けてもらった日から、花梨は満員電車に乗れなくなってしまっている。

 

 

「痴漢!? 大丈夫だよ! この時間混んでないし、青子が守るし!」

 

「あ、ありがとう……」

 

「じゃあ、そこに決定~!」

 

 

 花梨の呟きに青子が拳を握り締め、力強い言葉をくれた。

 彼女は正義感の強い人なのだろう。

 頼もしく思えてお礼を告げ、花梨は青子の案内でパスタ屋へと向かった。

 

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