白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
月のない夜、逃げる怪盗キッドが遭遇したのは、銃を向けてくる謎の少女。共に逃げる中で明かされる彼女の秘密とは…?

第2話
新ちゃん!


002:少女の名は

 

 少女は薄すらと笑みを浮かべ、小さくなっていく怪盗キッドを見送り、やがてやってきた警察官たちと顔を合わせる。

 

 

「ぜえ、はあ……お嬢さん、キミ、一人かい? こんな暗い夜に一人でうろうろしちゃ危ないよ?」

 

 

 屋上に一番乗りしたのは、短髪のちょび髭スーツ姿の中年男性。

 スッと警察手帳を内ポケットから取り出し、少女に見せた。

 

 警察手帳には“警部・中森銀三”……と書いてある。

 

 

「こんばんは、刑事さん。星を見てたんです。なにかあったんですか?」

 

「怪盗キッドがこの近くに逃げたらしいんだが、見ていないかな?」

 

「怪盗キッドですか?」

 

「ああ」

 

「怪盗キッドかはわかりませんけど、さっきあちらのビルに人影が見えましたよ」

 

「なに!? それは本当か!?」

 

「はい、大きな鳥みたいな影があちらのビルから向こう側へ……」

 

「それはキッドだ! 情報提供感謝する! おいっ、向こうのビルから飛び立ったようだぞ! あの先は公園か……! 行くぞ!!」

 

 

 少女はキッドが逃げた方向とは真逆の位置を指し示した。

 遅れてやって来た警官たちは、中森警部の指示ですぐにまた階段を忙しなく下って行く。

 最後に残ったのは中森警部一人だった。

 

 

「お嬢さん、家まで送ろう」

 

「え?」

 

「女の子がこんな夜遅く一人で出歩くのは感心しないからな」

 

「……刑事さんて、優しいんですね。でも、まだ二十一時前だし、迎えを呼ぶので大丈夫です」

 

「そうか? じゃあ、今すぐ呼び出してもらっていいか?」

 

 

 キッド捜索に戻りたいのは山々だが、どう見ても未成年の少女を放ってはおけない。

 特に自分の娘と同じくらいだと思うと、心配になる。

 迎えを呼ぶと言ってはいるが、嘘を吐いていることもあり得る。

 

 ……疑り深いのは職業病だろう。

 中森警部は、目の前で電話をしてくれと少女に告げた。

 

 

「……わかりました。では……」

 

 

 少女はスマホを取り出し、手慣れたようにタップする。

 

 プルルルル、プルルルル。

 何度か呼び出し音が鳴って、繋がった。

 

 

『んー、どした?』

 

「新ちゃん、あのね……」

 

 

 少女が通話相手に迎えに来て欲しい旨を伝えると、相手が了承したというので、中森警部は電話を代わってもらう。

 通話相手と短く会話し、確認を取ると通話を切る。

 通話相手に納得した彼は、「ここで大人しく待つように」と告げて去った。

 

 

「新ちゃんが来てくれる……! うれしいな……」

 

 

 少女は空を見上げて月を探す。

 

 今夜は月のない夜。

 月は見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ……おい、オメーなあっ!」

 

「……新ちゃん、来てくれたんだ……! わざわざごめんね~!」

 

 

 少女のいるビルの屋上へ、息を切らして上がって来た黒髪の男子高校生――【新ちゃん】が、不機嫌そうに近付いて来る。

 

 通話を終えてすぐに家を出たと思われる、スウェット上下姿にサンダルといった恰好。脇には丸めたジャケットを抱え――制服なのだろうか。慌ててその辺にあった上着を持ってきたらしい。

 服装はそんなだが、汗を拭う少年の顔立ちは整っており、体形もすらりとして、一見するとモデルみたいだ。

 

 そんな彼は、少女に近付き手刀をおでこに軽く入れた。

 

 

「いたっ」

 

「別に迎えに来んのはいいんだけどよー。オメー、なんでこんなとこにいんだよ? しかも、なんで中森警部……。それに今夜は出掛けないって昼間言ってなかったか?」

 

「え? あはは……急に散歩に行きたくなっちゃって?」

 

「……バーロー。オメー、そんな恰好で外出てんじゃねえよ」

 

 

 電話口でもそうだったが、彼はずっと不機嫌そうだ。

 眉根を寄せて凄んでくる。

 

 

「や、やっぱ変かな……。私に似合わない?」

 

「や、別に変じゃねーけど……目立つし、寒いだろ」

 

 

 ――可愛過ぎて狙われるっつーの!

 

 

 少女が苦笑しながら尋ねると、少年は眉をしかめながら、持ってきたジャケットを少女の肩に掛けた。

 “そんな薄着で風邪ひくだろうが!”というお小言もつけて。

 

 

「あ、悪目立ち的な? ありがと……あったかい……」

 

「ちげーよ」

 

「えー? どういうことー?」

 

「ん、ほらさっさと帰るぞ!」

 

「はーい!」

 

 

 少年は少女に手を差し出し、彼女がそれを掴むと非常階段へと向かう。

 少女が家に着くまで、少年はやっぱり終始不機嫌だった。

 

 

「新ちゃん、送ってくれてありがとう。急に呼び出しちゃってごめんね」

 

「おー」

 

「よかったら、お茶でも飲んでく?」

 

「……いや、もう遅いし、やめとく」

 

 

 辿り着いたマンションの一室、少女の部屋の前で少年をお茶に誘ったが、少しの間を置いて断わられた。

 

 

「そ? じゃあ、気を付けて帰ってね。心配だから家に着いたら連絡して?」

 

「ばっ、オメーはオレの母親かよ!」

 

「あははは。有希子さんからよろしくって言われてるから。っていうか新ちゃんもさっきは風邪ひくってお母さんみたいだったよ?」

 

「オメーが自分に無頓着過ぎんだよ! 手え、めちゃくちゃ冷たかったぞ!」

 

「新ちゃんの手、あったかかった~♪ もう、すき~♡」

 

「あのなあ……、なんでオメーはまたそういうことを……」

 

 

 あれこれと言い合いののち、少女の好意の言葉に、少年の頬がぽっと赤く色付く。

 少年の高校のブレザーを着ている彼女。彼女は別の高校に通っているからこんな機会は滅多にない。

 袖が長いから指先しか出ていなくて、着た感じはダボダボだ。

 

 少女はこうしてことあるごとに好意を伝えてくる。

 子どもの頃の好意の延長で、そこに恋愛感情がないのが恨めしい。

 

 

 ――可愛い顔で言うんじゃねーよ……。

 

 

 恋愛の好きではないとわかっていても、美人に手を合わせながら、にこにこと愛らしい笑顔で告げられると悪い気はせず、少年はこそばゆくて仕方なかった。

 

 

「ふふふっ」

 

「ったくよ……オメーさ」

 

 

 くすくすと楽しそうに笑う少女を前に、少年は頭を掻き乱して急に真顔で告げる。

 

 

「ん?」

 

「オメーは蘭たちと会いたくねーのか? あいつらも友達だったじゃねーか」

 

「あ……、えと。会いたいとは思ってる……よ?」

 

 

 少年の言葉に少女は、視線を床に落とし頬をぽりぽり。

 

 ……幼なじみに会いたい気持ちはあるが、今はまだ会いたくない。

 昔とずいぶん変わってしまった、今の自分を受け入れてもらえるのかわからず、怖いのだ。

 

 

「……あいつらもオメーに会いたいと思うんだけどな。いつまでも黙ってるっつーのもさ……」

 

 

 なんとなく歯切れが悪いのは、こうして二人で会うことが増えたからだろうか。

 少女と少年は別に恋人でも何でもないただの友達同士なのだが、世話を焼いたり焼かれたり、手を繋ぐくらいはしてしまっている。

 

 彼の中では何か複雑な思いがあるようで……。

 目線を廊下の灯りに向け、首の後ろを掻いた。

 

 

「ん……ごめん。もう少し……勇気が出たら……かな。まだちょっと自信がなくって」

 

「はっ、オレの前じゃ平気なのに変な奴だなー。その髪でいいじゃねーか。気にし過ぎだぜ。あいつらなら気にしねーって」

 

 

 ――驚きはするだろうが、可愛いから大丈夫だろ……。

 

 

 俯き加減でモジモジする少女に、少年は小動物を眺める気分で、頭を撫でてやる。

 

 

「そうかな……かなり変わっちゃったから」

 

「それはまあそうだな。オレも驚いたし」

 

「すごいびっくりしてたよね!」

 

「あれは……まあ、驚くだろ普通……」

 

 

 ――だって、お前は。

 

 

 少女は中学三年の秋に東都に戻って来た、幼なじみ。

 少年と同じ保育園に通っていたが、途中で引っ越していった。十年の月日が経ち戻って来た彼女は、元――。

 

 少年は再会したときのことを思い出し苦笑する。

 

 

「今日はもう遅いから休め。今夜一人で出掛けた理由は、後日事情聴取させてもらうからな」

 

「う……」

 

 

 頭を撫でていた少年の手が最後に手刀に変わり、おでこに一発。

 少女はぺこりと頭を下げた。

 

 

「じゃーな! またなんかあったら遠慮しないで、いつでも呼べよな」

 

「うん、ありがと新ちゃん。またね」

 

 

 少女は、マンションの前から去っていく少年の背中を見送り、そのまま部屋の中へと入っていく。

 

 パタン。

 

 閉じられた玄関の扉。

 表札には、こう記されている。

 

 

 【葵】

 

 

 少女は自室に向かい、明日の授業の準備を始める。

 アイボリーカラーの家具が並ぶ部屋。

 勉強机の上には教科書、ノート、生徒手帳が整然と置かれていた。

 

 生徒手帳には、こう書かれている。

 

 

 【葵花梨】

 

 

 彼女の名前は、葵 花梨(あおい かりん)。

 江古田高校の二年生。

 

 どこにでもいる――いや、どこにでもはいない。

 少しだけ“ワケあり”な、ミステリアスな女の子。

 

 

「新ちゃんと再会して、もうこんなに経ったのかー……」

 

 

 ふとカレンダーに目を落とし、指先で日付をなぞりながら、「ひふみよ」と声に出して日数を数える。

 新ちゃんとの再会から、今日までの日々。

 

 

「ふふっ……笑っちゃうよね……!」

 

 

 花梨は、少年――“新ちゃん”との再会を思い出しながら、自然と笑みをこぼしていた。

 

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