白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
花梨を狙った犯人は、密かに護衛していた諸伏景光によって拘束される。一方、帰宅した快斗は花梨の身に迫った危険に激昂し、襲撃者の正体を問い詰める。しかし、互いを大切に想うゆえに、二人はそれぞれの背後にある巨大な「敵」の存在を打ち明けることができず、秘密を抱えたまま寄り添い合う。

第61話
快斗の愛が重い…。


061:溺愛シャワー

 

「……ふふっ、じゃあ、お互い秘密にしておこうよ! 知らぬが仏って言うじゃない?」

 

「……っ、いやだっ!」

 

 

 快斗は首を大きく横に振る。

 

 

「快斗……」

 

「さっき、花梨を失うかと思った。そう考えたら指先が冷えて、身体も震えて、生きた心地がしなかった……」

 

「……あの、毎回あの人たちに襲われてるわけじゃなくて……。ほら、変なおじさんとか、お兄さんとか……?」

 

 

 ペットボトルを持つ花梨の手を握る快斗の手が、また震えていた。それに合わせてペットボトルの中の水が振動している。

 花梨は努めて明るく振る舞おうとするものの……。

 

 

「……お願い、教えて……花梨、……オレ、花梨を失いたくないんだ……」

 

「快斗……」

 

「頼むから……」

 

 

 快斗は俯き、頭を下げる。

 その肩は微かに震えており、花梨の目には彼が怯えているように映った。

 

 

「……。……っ、少し、時間をくれる……?」

 

「時間をあげれば話してくれるのか?」

 

 

 花梨の返答に快斗の顔が上を向く。

 

 

「……うん」

 

 

 ……花梨は静かに頷いた。

 

 快斗には、彼がなすべきことに集中して欲しい。

 花梨にとって、彼に事情を打ち明けるという選択肢は、最初から存在しなかった。

 

 

 ――なにごとも時間が解決してくれるから、大丈夫だよ快斗。

 

 

 なにがあっても、今月中は大丈夫なのだ。

 実際、今日も怪我一つしていないではないか。

 

 

「……わかった。じゃあ、今夜はオレを安心させて……?」

 

「安心?」

 

「……泊まってけよ……」

 

「ぁ……うん……」

 

 

 快斗の手が、花梨のブラウスのボタンに掛かる。

 一つ、また一つと外されていき、花梨は気恥ずかしさに頬を染めて、そっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この傷、四年前って言ってたっけ……?」

 

 

 ……情事後の、まったりしたひととき。

 快斗は、宝物に触れるような手つきで、花梨の素肌をなぞり、その指先を左脇腹の切創痕(きずあと)で止めた。

 白い肌に刻まれた三センチの痕は、彼にとって何よりも許しがたい過去の証に見える。

 

 

「くすぐった……ん? ああ……うん、ちょっとね……もう全然痛くないから大丈夫だよ」

 

「……綺麗な肌なのに……」

 

「ンッ、ふふ……ありがとう」

 

 

 ちゅぅっと、快斗が切創痕を吸い上げるように口づけると、花梨はくすぐったかったらしく身をよじった。

 

 

「……この傷を付けた奴らが花梨を狙ってる相手……?」

 

「……。どうかな……?」

 

 

 快斗が尋ねるも花梨はにこっと笑顔を返すだけ。

 教える気はない。

 

 

「ふーん……。花梨も結構ポーカーフェイスだよな?」

 

「ふふっ♪」

 

「……もっかいしとこっか♡」

 

「えっ!? ええええっ!? もう無理だよ!?」

 

 

 花梨の笑顔はいつも可愛いが、誤魔化しの笑顔は許せない。

 快斗もにっこりと微笑んでみせ、ようやく治まった熱を再び滾らせ、花梨に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 連休の三日目は快斗とブルーパロットで過ごし、残る休みはあと二日。

 さて、連休四日目。

 

 時刻は朝、九時半。

 今日花梨は十時半から降谷たちとの約束が入っている。

 先日遭ったことを相談しようと思っているのだ。

 

 

「帰りたくない……」

 

「……でも、今日は、私も用事があって……」

 

「やだ。一緒にいたい」

 

「快斗……」

 

 

 花梨の部屋で目を覚ました快斗は、彼女をベッドから逃がさないよう、その細い腰にしがみつく。

 かつての「世紀末の魔術師」の面影はどこにもない。

 ご機嫌斜めな子供のように、彼は花梨をホールドして離そうとしなかった。

 

 

「でも、警察のお兄ちゃんたちが来るんだよ……? 快斗は気まずいでしょ?」

 

「……。……ますます、やだ」

 

(……つーか、なんであんな胡散臭い連中を“お兄ちゃん”なんて呼ぶんだよ。アイツらに花梨を任せるなんて、もっと嫌に決まってんだろ……)

 

 

 喉まで出かかった不満を飲み込み、ぷうっと唇を尖らせる。快斗は絶対動かないぞと花梨の脚に自身の脚を絡ませた。

 

 金曜の夜から数えて四日間、ほぼ一緒にいたからだろうか。

 すっかり離れがたくなったようで、昨日なんかは、花梨が動けば後をついて回る始末だ。

 

 

「やだって……も~……困ったなあ……。とりあえずシャワー浴びておきたいから、一緒に入ろっか?」

 

「うー……」

 

 

 バスルームに行こうと寝癖の付いた癖っ毛の頭を撫でて、花梨が誘う。

 すると快斗も渋々上体を起こした。

 

 

「お腹空いたでしょ? 朝ごはん、なに食べたい?」

 

「……玉子焼き」

 

「ふふふっ、作ってあげるね。じゃあ、ちゃっちゃとシャワー浴びちゃお! ってわぁっ!?」

 

 

 ベッドからようやく抜け出せた花梨だったが、次の瞬間、浮遊感に襲われる。快斗がさっとお姫様抱っこで抱き上げたのだ。

 

 

「重……う、そ。羽みたいに軽い」

 

 

 笑顔で彼女の額にキスを落とす快斗は、上半身裸にボクサーパンツ一枚。

 花梨はキャミソールにショーツという下着姿である。

 

 

「ちょ、快斗っ、歩けるよっ」

 

「……あー……これこれ、やっぱいい」

 

「なにが」

 

「この重み。好きなんだ♡」

 

 

 足をばたつかせる花梨だったが、がっちり抱きかかえられていて動けない。

 ……このままバスルームに連れて行く気らしい。

 

 バスルームに向かいながら、すりすりと快斗の頬が額に擦り付けられる。

 そういえば初めて助けてもらった夜もしてたような……と、ふと思い出した花梨。

 

 

「……もっと太ろうかな。あと、十キロくらい! 頬っぺたぱんぱんになるくらい!」

 

「そしたらもっと好きになっちゃう♡」

 

「っ……。……」

 

 

 ――なに言ってもダメだなぁ……。

 

 

 日曜の出来事があって以来、快斗は花梨の側を離れず常に傍にいる。

 俗にいう溺愛というものであるが、昨日のブルーパロットでもそれは顕著だった。

 

 ナインボールの開始、ブレイクショットを披露した快斗は、花梨に「格好良い」と言わしめたのに、その後ビリヤードを教え、さて実践となると、ぴったり後ろにくっついて離れず。

 

 挙句トイレにまでついて来るから、花梨は引いた。

 そのトイレも、まずは快斗が安全かチェックし、「じゃあどうぞ」としたところで、彼はその場から去ろうとしない。

 そんな快斗に、花梨は「出てって!」と怒っていた。

 トイレを済ませ、ドアを開けたら目の前に快斗がいて、花梨はまたドン引き。

 

 快斗曰く、いつ何が起こるかわからないからだそうだが、寺井しかいない開店前の店のどこに危険があるというのか。

 

 心配しすぎだと花梨が告げても、「花梨が教えてくれるまでは好きにする」と意見を曲げず……。

 

 帰りにショッピングモールへと寄り、青子にばったり会ったら「花梨ちゃん、快斗の目つきやばいけど平気? 花梨ちゃんに近づく人みんなに咬みつきそうな勢いだったよ」とこっそり耳打ちされた。

 

 実際、ショッピングモールのフードコートで昼食を摂ったが、快斗はキョロキョロと辺りを見回し、警戒していたようだった。

 花梨が自分で注文した料理を取りに行くときも、「オレが行く。じっとしてるんだぞ、どこにも行かないで」と念押しして取りに行く。

 戻って来ると花梨に男性客が纏わりついていたため、快斗は相手を睨みつけ、喧嘩を売るように追い払っていた。

 

 ……そこを青子に見られたらしい。

 青子から見た快斗は、かなり危険人物に見えたそうだ。

 

 何度「大丈夫だから」と言っても、彼は聞く耳を持たず。

 いっそ嫌われるのもありかと冷たい態度を取ってみても、「そんなつれない花梨も好き♡」と受け入れられてしまう。

 

 好意を向けてくれるのは嬉しいが、これは行き過ぎなのではないだろうか……。

 これまでまともに人間関係を構築してきていない花梨には、その距離感が適切なのかどうか――まだよく掴めていない。

 ただ少し負担に感じてはいた。

 

 

「今日も洗ってあげる♡」

 

「……好きにして」

 

 

 もう何を言ってもダメな気がして、花梨は快斗の好きにさせることにした。

 金曜の夜からなので、少し慣れてきたかもしれない。

 

 髪を優しく洗ってくれたり、身体も優しく洗ってくれて、少しいたずらもされて――二人でじゃれつく時間は別に嫌いじゃない。

 これでも花梨は快斗のことが好きなので、ある程度は許容しているわけで。

 

 

「は~……さっぱりした」

 

「ドライヤーしてあげる!」

 

 

 シャワーを済ませ、バスルームから出た二人は服を着替える。

 快斗が洗面所からドライヤーを持ってきて、花梨にソファに座るようにと促した。

 

 

「……快斗は過保護だねー。人の世話なんか嫌じゃないの?」

 

「ん? そうか? 花梨の世話楽しいけど?」

 

「そうですか……」

 

 

 ――もう、なにを言っても……。

 

 

 ドライヤーの熱風が熱くないかと途中訊かれながら、白い髪が風に揺れる。

 ちらっと背後を窺えば、目が合った快斗は嬉しそうに目を細めていて、たまに髪にキスを落としていた。

 

 ……この四日間、かなり甘やかされてしまったように思う。

 今までこんな風にお世話されたことのない花梨は、居心地が悪くて仕方ない。

 とにかく、くすぐったくてしょうがなかった。

 

 その後、快斗リクエストの玉子焼きを作り、インスタント味噌汁とミニトマト、作り置きのひじきの煮物と冷凍ご飯をチンして食べる。

 

 

「なんかこういうのってさ、新婚夫婦みたいだよなー♡」

 

「っ……」

 

 

 快斗が嬉しそうにそう言うから、花梨はにこっとはにかんでおいた。

 そうして食事を済ませ片付けを始めた頃――。

 

 

「快斗、帰らなくていいの? お兄ちゃんたち警察官だよ?」

 

「いいの! 立ち合おうと思って。嫌だった?」

 

「……そういうわけじゃないけどあなたが心配で……」

 

「オレのことはオレが考えるから大丈夫。花梨は気にしなくていーよ」

 

 

 食洗機に食器を詰めつつ、ソファで寛ぐ快斗にそれとなく帰るように促したものの、快斗はテレビのチャンネルを次から次へと変えてにこにこ。

 声も表情も一見穏やかだが、怒ってるように見えるのはなぜなのか。

 

 

「……」

 

 

 ――それ、私のセリフだよ……。

 

 

 花梨は、自分のことは自分でどうにかしようと思っているというのに。

 ……どうやら彼は関わる気満々らしい。

 

 そんな時。

 

 

 “ピンポーン!”

 

 

 ……インターフォンが鳴った。

 時刻は連絡で貰っていた通り、十時三十分ぴったりだ。

 

 

「お、来たな。オレ出るよ」

 

「えっ!? ちょ、ちょっと待って……!」

 

 

 快斗が立ち上がりモニター親機へと向かうのを、花梨は止める。

 

 

「なに? 別に彼氏が出てもよくね?」

 

「……そういうものなの?」

 

「そういうものなの!(ぜってー違うけど……)」

 

 

 花梨が戸惑っている間に、快斗はモニターの通話ボタンを押した。

 

 

『やあ、花梨ちゃん』

 

 

 ……モニターには降谷と伊達、松田の三人が映っている。

 

 

「あ、れぃ……んむっ!?」

 

 

 降谷が親しげに手を上げた瞬間、快斗の手がひらりと伸びて、花梨の口を封じた。

 

 

「し……はい、今開けますねー……!」

 

『……』

 

 

 快斗の声が聞こえた途端、三人が顔を互いに見合わせた。

 オートロックを解除し、一旦インターフォンの接続を切る。

 

 インターフォンの接続を切るか、切らないかのタイミングで――。

 

 

「快……ンンッ!?」

 

 

 快斗は自身の唇を押し付け、花梨の言葉を奪った。

 

 

「……花梨、浮気すんなよ」

 

「なっ!? なに言って……! するわけないでしょ……!」

 

 

 さっきまでにこにこしていたはずの快斗の目が、今は鋭く、射抜くような光を宿している。

 攻撃的な瞳だというのに、その奥にはどこか縋るような不安が見え隠れしていた。

 

 

「ああ、信じてるさ♡ オレは花梨一筋だからな!」

 

「……快斗……」

 

「オレ、あのにーちゃんたちが来る前に、ちょっとトイレ行って来るわ」

 

「あ、うん……いってらっしゃい……」

 

 

 再びいつもの笑顔に戻った快斗に、花梨は違和感を抱きながらも見送った。

 

 

「……くっそ、なんだよあのイケメンズ……! 歳離れてるっていうからちったあ安心してたっつーのに……!!」

 

 

 ――ああ~~!! ダメだっ!! イライラしかしねえ……!!

 

 

 あの金髪、なにが「やあ、花梨ちゃん♡」だよやらしー声出しやがって……!

 どう考えてもあれは狙ってるだろ!

 花梨も嬉しそうな顔してたし……!

 

 もう一人の黒髪の奴もニヤついてたな……。

 そういや一人だけかなり年上がいた……上司か?

 

 

 ……トイレに入った快斗は花梨の言っていた“警察のお兄ちゃん”たちが思いのほか若く見えて苛立って仕方ない。

 あの三人が花梨の家に入り浸っているという事実……。

 三人ともそれぞれ顔が良く背も高そうで、花梨が面食いなのではと疑うほどだ。

 

 

「花梨の浮気者ー! 好きだぁー、こんちくしょー!!」

 

 

 ――花梨の動画観よ……。

 

 

 スマホを操作し、花梨フォルダを開く。

 こっそり撮った眠る花梨を眺め、なんとか悶々とした気持ちを落ち着かせる快斗。

 

 

 ……リビングから花梨がくしゃみする音が聞こえた。

 

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