偽物のヒーローが本物のヒーローになるだけの話。

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正義の味方"イヴィルマン"

 かつて、地球にはジャスティスマンというヒーローがいた。

 ジャスティスマンは怪獣や怪人を倒して、倒して倒し続けた。そして、ついに悪の銀河帝王ダークエンペラーを倒すと地球を去っていった。

 

 ジャスティスマンの戦ったの中には敵にはイヴィルマンという怪人がいた。

 ある怪人がジャスティスマンの戦闘データを使って変身した姿──簡単に言えばジャスティスマンの偽物。

 この物語の主人公は正義のヒーロー"ジャスティスマン"の話ではない、悪の怪人"イヴィルマン"の話だ。

 


 

 倒壊したビルの瓦礫が残る大都市、東京。

 一年前、突如として現れた生命体──怪獣によっていまや、繁栄していた都は跡形もなくなり、残ったのは最低限の首都としての機能と行き場を失くした人々だった。

 怪獣による大規模災害の影響で、主要なインフラはほとんど破壊され、治安は大幅に悪化。それは東南アジアやアフリカなどの途上国よりも酷い。暴徒化した市民と警察の衝突は日常茶飯事で、沈静化のため自衛隊が駆り出されるほどだ。

 

『本日のニュースです、暴徒鎮圧のために出勤した自衛隊が市民に向けて発砲。多数の死傷者が出ており……』 

 

 俺は狭く暗い部屋の中、かろうじてまだ映っているテレビでニュースを見る。

 毎日、終末が来たと陰謀論者の妄言のようなものを大々的に報じるテレビキャスターの姿には飽き飽きしていた。だが、現実、この世が終わるかもしれないことが起きていたの事実だ。

 そしてまた、この世を俺が終わらせようとしたのことも事実。それを知る人間はこの世で俺1人しかいない。

 

「……ああ、出勤の時間だ」

 

 テレビ画面の右上に映る時刻を見て、玄関へ向かう。玄関といっても、ただ床の色が少し違うだけのお粗末なもので、そこには、泥にまみれた茶色の白い安全靴と黒色のサンダルが一足ずつ置かれてあるだけだ。

 まだ、紺と橙が混ざった濁った空の下、錆びた自転車で瓦礫の山の中にできた一筋の道を進んでいく。

 

 街とは到底言えない街には、廃材を再利用して作られたトタン小屋のようなものがひしめき合っている。この先に俺の職場の事務所がある。

 

「ワルイくん、今日も早いねー」

 

 目の下のクマの酷い男が事務所となっている上等な素材で作られた小屋の中から出てきた。これが俺の()()()()、ナカイさんだ。彼がワルイくんと呼んだ男、それが俺。

 

「ナカイさん、今日はいつもよりクマが酷いですね。昨日も残業を? 」

 

「はは、そうなんだよ。ガス管が爆発したせいで仕事が増えてね……。あ、ワルイくんの今日の担当はC区画だよ、あそこは地面が陥没する可能性があるから気をつけてね」

 

 俺は「わかりました」と一言残して、事務所の倉庫にヘルメットを取りに向かった。

 今の俺の役目は、地球の征服でも、ヒーローの抹殺でもなく怪獣が作った瓦礫の撤去。そして、身分はヒーローの偽者イヴィルマンではなく、人間のワルイという男だ。

 

 俺はヒーロー"ジャスティスマン"に負けたのだ。そのとき、怪人"イヴィルマン"としての俺は死んだ。それで、今は人間のワルイとして生きている。

 どうやら、人間として生きるためにはイショクジュウというものが必要らしく。そのイショクジュウとやらはカネがないと手に入らないようだ。カネをもらうにはシゴトをしなければならず、カネを多くもらうにはガクレキやシカクがいる。俺はどちらとも持っていないので、この体力を使う割にはカネ払いが悪い瓦礫の撤去作業をしている。

 働いてもらえるカネとやらは、よほど大層なものなのだろうと思ったのだが、渡されたのは丸く加工された金属の板と紙切れのみ。こんなものに価値を見出す人間の知能には心底呆れる。

 なぜジャスティスマンが命をかけてまで人間たちを守っていたのか俺は理解できない。

 

「クソ、この瓦礫……重てぇ」

 

 人間の体はなにかと不便だ。力は全然ないし、すぐに壊れる。イヴィルマンだったときは、軽く手を払うだけでコンクリートでも金属でも破壊できたのに……。

 

「ワルイ、なに素手で持ち上げようとしてるんだよ。ほら、これ使え」

 

 後ろから声が聞こえて振り向くと、首にタオルを巻いた男が立っていた。名前はシバタ、俺の先輩。シバタはジャッキを俺に差し出した。

 

「……あざす」

 

「はー、可愛げないなお前は……」

 

 シバタはいつもヘラヘラしていて、その感じが妙に鼻につく。こんな悲惨な光景が広がっていても、俺には関係ないとでも言っているかのようだった。

 

 人間として、生活を初めてわかったことは人間にはいくつか種類があるということだ。それは肌が黄色いとか黒いとかの見た目ではない。単純に考え方が違う人間が何種類もいるのだ。今のシバタのような人間もいれば、テレビのニュースを見て悲嘆に明け暮れる人間もいる。不思議なのは、そいつらが共存しているのだ。考え方が違えば対立するだろう、それでそのままどちらかがいなくなるまで、戦う。それが普通なのではないのか?

 

 シゴトが終わり、疲労感の残る体で自転車を前に進める。この星に来て、いいなと思った物のの一つのは自転車だ。エンジンがなくとも動かせるこれはとても便利だ。できることなら故郷の星へ持って帰りたい。

 

 狭く息苦しいアパートに帰ろうとしているとき、瓦礫の上に1人のガキが立っていた。見たところ、なにかを探しているようだ。

 

「おい、ガキ。そんなところでなにしてんだ。あぶねーぞ」

 

 俺の声が聞こえたのか、ガキは焦ったように走り出したが、地面から剥き出された水道管に足をかけて転ぶ。そのときに、体のどこかを擦りむいたようで泣き始めてしまった。

 

「……ちっ、面倒くせぇ」

 

 自転車か降りて、ガキのもとへ駆け寄る。膝に擦り傷を作ったガキは、えんえんと泣いている。

 

「痛いっ、痛いよ! 」

 

 俺が声をかけたせいでガキが怪我をしたみたいに感じて正直、不愉快だ。こんなことになるのなら無視をすればよかった。しかし、これは俺が招いた事態だ、俺が処理する責任がある。

 

「ガキ、こんな傷で泣くな。男だろ」

 

 ガキは泣きやまない、むしろもっと泣く声が大きくなる。高い声が鼓膜を震わせ、不快だ。頭が痛い。経験上、ガキを泣き止ませる方法は2つだ、そのガキの抱える問題を解決してやるか、圧倒的な力を持って威圧するか。俺がイヴィルマンなら後者を選択していた。だがしかし、今の俺は人間。人間らしい行動をしなければいけない。

 

「こんなところでなにしてたんだ? お前」

 

 俺の問いにガキは涙を溜めた目で俺を見る。それから、ゆっくりとさっきの瓦礫の山を指差す。

 

「あそこに……僕の家があったんだ。あそこの下に……僕の、ジャスティスマンの人形があるはずなんだ」

 

 ジャスティスマン、宿敵の名前を聞き、無意識のうちに怒りで拳を握りしめる。

 よせ、もう俺は負けたんだ。見苦しいぞ。

 

「そんなもん、また新しく買えばいいだろ? 」

 

 ガキはくちびるを噛み締めて首を振る。

 

「違うんだ。あのジャスティスマンは……お父さんが買ってくれたんだ。だから特別なんだ」

 

 俺の頭には大きな疑問が浮かぶ。父さんが買ってくれた、それだけで価値が変わるのか? どれもそっくりそのままの安いプラスチック製の人形じゃないか、全部同じだ。

 

「ガキ……、もう時間が遅い。家に帰れ」

 

 これ以上、ここでガキと話して時間が削られるのは嫌だ。とっとと帰ってもらおう。

 

「で、でも……」

 

 クソ、面倒くせぇ。ガキなんだから大人の言うことを聞けよ。

 

「……俺が見つけといてやる。だから、帰れ」

 

 ガキは目を輝かせて俺を見上げる。

 

「本当! 」

 

「ああ、本当だ。だから、さっさと帰れ! 」

 

 畜生、面倒なことを約束しちまった。俺は悪の怪人のはずだ、なぜこんなことを……。

 

「おじさんありがとう! 」

 

 俺はおじさんじゃねぇ! 思わずキレてしまいそうになったが、無理に口角を引きつらせ笑顔を作る。ガキは少し目を離したうちに走り去っていった。

 

 ジャスティスマン、怪獣が現れると同時に現れたヒーロー、その存在は正義の巨人と呼ばれる地球外生命体の一種だ。宇宙の平和を目的として、様々な活動を行っている種族で俺たち怪人とは対なる存在。思い出すだけで腹が立つ。

 

「なんだよ、普通にあるじゃねぇか」

 

 瓦礫をひっくり返すとあの忌々しいヒーローの人形がそこにはあった。俺はそれを拾い上げるとまじまじと見つめる。

 ああ、ムカつく。あと少しでこいつを倒せた。それなのに正義だの人類の希望の力だの、意味わからん力で一気に逆転されて……俺は負けた。それがまるで最初から決まっていたシナリオのように、理不尽だ。

 

 手のひらの中で今にも俺に向かって必殺技を打ちそうなジャスティスマンの顔を見ると握りつぶしたくなる。いっそのこと、見つからなかったことにしてぶち壊すか?

 

 やめよう、そんなことをしても負け犬の遠吠えに過ぎない。自分の惨めさに嫌気がさすだけだ。

 

 アパートに帰ってから、お湯を沸かしてカップ焼きそばを作る。俺の故郷の星にはこんな技術なかった、なんならこの星の飯と比べると、故郷の飯はカスだ。故郷に戻ってから、あの食事で生活できるかと問われれば、おそらく答えは無理。

 この星で生きるために必要とされるイショクジュウとやらは俺の故郷の星のものと大して変わらないのかもしれない。

 

 焼きそばを平らげると歯磨きを済まして、薄っぺらい布団の中に入り込んだ。寝心地は良くないがなにもないよりましだ。

 

 この壊れきった街に住むのはよほどの変わり者か貧乏人だけらしいが、俺にとっては少なくともいい街だ。そして、明日はシゴトがない。寝過ごしても文句をいう奴もいない。

 

「あ"ー寝た。今、何時だ? 」

 

 テレビをつけて時間を確認する。時刻は11時、もうそろそろ昼時。

 なにをしようか? 壊れた街から出るには1時間ほどは自転車を漕ぎ続けねばならない。普段なら、苦ではないが今日はなんとなく億劫だ。

 かといって、一日中家でダラダラして時間を潰すのももったない気がする。

 

 よく漫画を立ち読みしにいっていた古本屋は出禁にされたし、やることがないな。

 

「掃除でもするか……」

 

 俺は立ち上がり、タンスを開ける。中には数着のイフクとダンボールが置かれてあった。

 ダンボールを引きずり出して、開いた。中には通信機などの故郷の星から持ってきた機械が入っている。どれもほとんど壊れてしまっているから、ゴミも同然だ。

 

「これってなにゴミになるんだろうか? 」

 

 捨てられるなら捨ててしまいたいが、俺の正体がバレてしまう可能性もある。だから、こうしてタンスに置かれたまま放置されているのだ。

 

「……これ」

 

 ダンボールの中から、ドクロのマークが入った腕時計が出てくる。

 "イヴィルチェンジャー"だ。俺がイヴィルマンに変身するために使う装置。

 

『ハカイ、サイヤク、ゼツボウ! イヴィルチェンジ! 』

 

 触れてみると、壊れていなかったようで甲高い電子音が響く。

 

「まだ、動くのかよ……」

 

 てっきり、ジャスティスマンに負けたときに壊れたものと思っていたが、それは違うらしい。まだ、俺はイヴィルマンとして戦えるようだ。

 

 ……だからどうしたというのだ。今、変身してイヴィルマンになれば、この星を完全に征服できるかもしれない。だがどうせ、どこからともなくジャスティスマンが現れ、俺を倒すだろう。

 この星を征服してなにをすればいいのだ?

 この星にいる生物はジャスティスマンがいなければたった一体の怪獣でも滅ぼせるほど、脆弱だ。そんな星を征服してなんのメリットがあるのだ? 資源か? 土地か?

 そんなもの、もはやどうでも良くなっていた。

 

「散歩でもするか……」

 

 イヴィルチェンジャーを見ると、得体も知れない気色悪い感覚が細胞ひとつひとつを逆撫でする。掃除する気も失せてしまった。

 暗い部屋のなかに差し込む一筋の陽光が俺に外に出ろと命じているようだった。

 俺はサンダルを履いて外に出る。マンホールに反射した陽光が眩しい。

 

 破壊された街は復興の兆しが見えない。俺が今いる日本という国は、かつての戦争で焦土と化したそうだ。そこから復興して世界3位の経済大国へと輝いた。そんな国がいとも簡単に崩れかけている。

 

「あ、ガキじゃねぇか」

 

 瓦礫に囲まれた公園で、昨日あったガキがブランコを漕いでいた。

 見つけた人形を返さないといけないじゃねぇか。

 

 俺は走って、家へ戻る。サンダルのせいで走りにくい。

 

 息切れしながら公園に戻ると、ガキはまだブランコに座っていた。

 

「ガキ! 」

 

 ガキはうつむいた顔を上げて、俺の顔を見た。

 

「おじさん……? 」

 

 だから、おじさんじゃねぇんだよ。俺は、まだ人間の年齢で19歳だ。

 

「ほら、お前の人形見つけたぞ」

 

 俺はポケットから少し汚いジャスティスマンの人形を取り出そうとする。そのときだった。

 

「ありがとう! おじさんってヒーローみたいだね! 」

 

 ……今、このガキなんて言った?

 

「気色悪いことを言うのはやめてくれ、俺は……怪人だ」

 

 しまった。

 反射的にその言葉が口に出てしまった。

 

「……? おじさんが怪人? 」

 

「ああ、いや。なんでもない、忘れてくれ。とりあえず受け取れ」

 

 奥歯を強く噛んでぐっと堪える。俺は怪人じゃない、人間だ。

 ポケットからヒーローの顔が覗いた瞬間だった。脳が拒絶反応を起こしそうになるほどの高い音が響く。サイレンだ。

 

『怪獣警報。現在、相模湾より出現した怪獣が東京方面に進行中、ただちに避難してください』

 

 感情のこもっていない声は嫌なほど不気味で、早く逃げなければ危険だと本能に訴える。

 俺はちらりとガキのほうを見た。今にも、泣き出しそうな顔で立ちすくんでいる。

 

「おい、逃げるぞ! 」

 

 ガキの手を乱暴に掴み、なかば引きずるような形で避難所へ走った。

 


 

 日本国内閣緊急災害対策本部。そこに並ぶ政府の重鎮たちの面持ちは酷く深刻で、焦りが滲み出ていた。

 

「今から約30分前、突如として怪獣"ギョジラ"が出現。当該地域には深刻な被害が出ています」

 

 モニターにはギョジラによって無惨にも破壊された街が映し出される。

 その映像が流れた直後、1人が声を荒げた。

 

「どうするんだ! もう()()()()()()()()()()()()んだぞ!! 」

 

 "国民の混乱を避けるため、ジャスティスマンが地球から去ったことは政府と一部機関にしか情報は共有されていない"、つまり、国民はジャスティスマンがいないことを知らない。

 会議室は沈黙に包まれる。今まで、戦車や戦闘機などの兵器による攻撃での怪獣の殺害事例はゼロ。それは人間の力だけではこの事態を収めることができないことを意味していた。

 

「……かといってなにもするわけにはいかないだろう。最悪、米国に要請して核攻撃を……」

 

「総理! そんなことをすれば国民が犠牲に! 」

 

 再び、会議室に静寂が訪れる。彼らができることはないに等しかった。

 

 神奈川県と東京都の県境、そこには政府からの命令を受けてギョジラを討伐すべく、自衛隊の総戦力が展開していた。

 彼らに下された命令は『極力、市街地への被害を避けてギョジラを殺害すること』。

 

 現地の自衛隊の司令官、ササキは愚痴を漏らす。

 

「連中は怪獣を5メートルかなにかだと思っているのか? 」

 

 偵察ヘリから送られてきた映像には少なくとも50メートルはあるであろう怪物が映っていた。

 見ただけでわかる、こいつは殺さなければいけない。もし、こいつが東京へ侵入したら首都機能の喪失は避けられない。

 

『司令部へ通達、目標"ギョジラ"を視認。攻撃許可願う、どうぞ』

 

 多摩川を最終防衛ラインとして、展開する自衛隊の戦車達はすでにギョジラを捕捉していた。

 

「こちら司令部。攻撃を許可する、繰り返す攻撃を許可する」

 

『了解した、攻撃を開始する』

 

 通信機にそう伝えた数秒後、地震でも起きたのかと思うほど地面は揺さぶられ、轟音が辺り一面に響く。

 

 地上の戦車の砲塔からは音速より速い速度で砲弾が放たれていく。

 上空に展開されるヘリコプターからのミサイル攻撃。

 その全ては大地の原型すら破壊してしまいそうな勢いで、ギョジラに降り注いだ。

 

「やったか!? 」

 

 モニターには黒煙からゆっくりと出てくるギョジラの姿が映った。

 

『ダメだ! 攻撃が効いてない! 』

 

 通常の生物なら、跡も残らないほどの攻撃ですら、ギョジラには擦り傷ひとつつかない。

 

『Gyeeeeeeeeeeeeee!! 』

 

 ギョジラの甲高い、超音波のような叫びが一面にこだます。

 

『ギョジラから、高エネルギー反応。熱線攻撃が来ます! 』

 

 クソ!

 ササキは心のなかで怒号を散らす。こんな任務、任された時点で貧乏くじだとわかっていた。できるなら、こんな場所、今すぐにでも逃げ出したかった。

 

『Gaaaaaaaaaa!! 』

 

 ギョジラの口から、青白い光が漏れ出したと思った瞬間、熱線が放ちながら突進する。

 上空に展開しているヘリコプターは羽かなにかのように焼き払われ、地上の戦車隊は攻撃を回避するための後進したが、間に合わず踏み潰される。蹴飛ばされた戦車が、オモチャのように宙を舞った。

 

「本部に通達する……、クソ! 無線がイカれた! 」

 

 無線機は一切反応を見せず、沈黙を貫く。ササキは机を力任せに殴ったあと、ヘルメットを脱ぎ捨て、蒸れた頭を掻きむしる。

 深呼吸をして黙り込んだあと、部下に向かって命令を下した。

 

「残存部隊を集めろ……! 」

 

 部下は正気を疑うような目でササキを見た。そりゃそうだ、あんなにも無惨に味方が蹴散らされても、まだ戦えと命令しようとしているのだ。到底、正常な思考とは考えられない。

 

「なにがあっても! あいつを東京で暴れさせるわけにはいかない! 」

 

 ギョジラの東京への侵入、それは首都機能の完全な喪失を意味する。

 

「この国の生死がかかってるんだ! なんとしてもあいつを食い止めろ! 」

 

 ササキの鬼気迫る表情に、部下も気付きかろうじて生き残っている無線機で残存部隊へ命令を送り始める。

 日本という国家の消滅、それが今、目の前まで迫っていた。

 


 

 自衛隊の決死の攻撃も虚しく、ギョジラは多摩川を越え東京へ侵入し始めた。

 そびえ立つビルはなぎ倒され、民家は踏み潰されていく。

 逃げ惑う人々を気にすることもなく、ギョジラは進み続ける。

 

 遠くに怪獣の姿が見える。

 ……もうこんなところまで来てるのか?

 

 俺はガキを引っ張って避難所の地下鉄の駅まで走っていた。

 

「畜生! 」

 

 駅は案の定、逃げてきた人々で溢れかえっている。これでは、助かるかわからない。

 

 なんでジャスティスマンは来ない? 街が破壊されてるんだぞ? 人間どもが殺されている、それなのになぜお前は現れないんだ。

 

『Gyeeeeeeee!! 』

 

 気色の悪い怪獣の恐ろしい声が聞こえる。すると、ガキは泣き始めた。

 俺も、ガキと同じくらいの年齢だったら間違いなく泣いていただろう。

 

 ああ、クソ……。

 考えたくもない問いが頭をよぎる。

 

 ──もしや、ジャスティスマンはもうこの星にはいないのか?

 

 ジャスティスマンがいたから、この星はどうにか存続できていた。だが、もし奴がいなければこの星は──。

 

「ジャスティスマン……助けに来てくれるよね? 」

 

 ガキは涙をいっぱいに溜めた目で俺を見上げる。

 俺は返す言葉が見つからず、黙り込んだ。

 

 心の中で、俺は自分自身に問いかける──このまま、人間どもを見殺しにできるか?

 

「……ガキ。お前はここで大人しくしてろ」

 

 俺は全力でアパートのある方向へ走り出す。……頼む、間に合ってくれ。

 

 瓦礫で埋め尽くされた道を必死に走った。転んで出血しても、気にせず一心不乱で走り、アパートへたどり着いた。

 

「ああ、クソ! 」

 

 俺はタンスから、ダンボールを引きずり出す。中の通信機を放り投げて、イヴィルチェンジャーを取り出した。

 イヴィルチェンジャーを握りしめ、もう一度、全力で怪獣のいる方向へ向かう。

 

 俺が、俺がやるしかないんだ。ジャスティスマンはもういない。

 

 イヴィルチェンジャーのスタートボタンを押す。しかし、先ほどのように甲高い機械音は流れない。

 

「嘘……だろ。動いてくれよ! さっきは動いただろうが! 」

 

 

 クソ! クソ!

 

 怪獣は避難所の方へと歩を進めている。早く変身しなければ間に合わない。

 

「頼む! 動いてくれ! 」

 

 必死の思いでスタートボタンを押した瞬間、甲高い機械音が流れた。

 

『破壊! 災厄! 絶望! イヴィルチェンジ! 』

 

 俺は深呼吸して、スタートボタンをもう一度押す。そして、イヴィルチェンジャーを空へ掲げた。

 

「変身! 」

 

 体中に悪の力が走る──。

 


 

『通達、未確認の怪人が出現! 繰り返す、未確認の……いや、違う! あれは……イヴィルマンだ! 』

 

 モニターに映された映像は、自衛隊残存部隊を絶望に陥れる。全身が黒く、ところどころに赤いラインがジャスティスマンを邪悪にしたような姿、イヴィルマンが突如として出現したのだ。

 ササキはその場に膝から崩れ落ちた。

 ギョジラによって、我々が追い詰められる瞬間を狙って現れたのか? だが、奴はジャスティスマンに倒されたはず……。

 

「ガアァァァァァ」

 

 イヴィルマンは咆哮を上げた。

 


 

 クソ、ジャスティスマンに倒された影響で、3分しかこの状態を保てねぇ。力も、完全体の8割ってところか? ……勝てるのか、俺は。

 

『Gyaaa……? 』

 

 ギョジラはイヴィルマンを睨む。敵か味方か、見定めているようだった。

 

 今がチャンスだ。

 

 イヴィルマンは地面を踏み込み、ギョジラへと飛びかかる。拳を握りしめ、顔に向かって振りかざした。

 

「ガァァァァ」

 

 ギョジラは面食らったのか、後ろに引き下がる。

 しかし、攻撃はギョジラを驚かせただけに過ぎず、かすり傷ひとつも与えられていない。

 

 畜生、こいつ……硬いぞ。

 

 イヴィルマンは体を捻って回し蹴りを打ち込む。

 飛んできた足を、ギョジラは片手で掴んだ。

 

『Gyeeeeee』

 

 狙った通りだと言うようにギョジラは歓喜の叫びを上げ、イヴィルマンを軽々と投げ飛ばした。

 イヴィルマンの視界はぐわんと揺さぶられ、地面に激しく激突する。

 

 ア"ア"! クソ!

 

 視界が一瞬白く濁り、もうろうとする。

 

『Gyuuuu……』

 

 ギョジラはゆっくりと地面にうずくまるイヴィルマンを嘲笑うように見下した。

 

 そのとき、イヴィルマンの脳裏には刹那の光景が浮かんだ──ジャスティスマンに敗北し、無様に地面に這いつくばる己の姿が。

 

 暴力的な怒りが込み上げ、拳を地面に突き、起きあがろうとする。

 それを許すはずもなく、ギョジラはイヴィルマンの横腹を勢いよく蹴り上げた。

 

 内臓が圧迫され、吐き気が込み上げる。

 もう一度、蹴りが迫ろうとしたとき、とっさに体を横に転がし回避する。

 

ガアァァァァァァァァァ(ぶち殺してやる)! 」

 

 助走の勢いに任せて拳を繰り出す、ギョジラの頬と呼べるであろう位置にイヴィルマンの拳が入った。

 

『Gyaaaaaaa! 』

 

 痛がるような紛糾が放たれる。ギョジラは左右に首を振ると、ゆっくりと口から青白い光を漏らす。熱線を打つ合図だ。

 

 これは不味い。

 

 イヴィルマンの全細胞が警報を鳴らす。あれを食らえばひとたまりもない、最悪……死ぬ。

 後ろから微かに阿鼻叫喚の声が聞こえた。イヴィルマンは背後をちらりと見る。

 そこには、逃げてきた人々が集まる避難所が──。

 

『Gaaaaaaaa!! 』

 

 熱線がギョジラの口から放たれる。空気中の酸素、水素が一瞬にして燃焼し熱線の勢いは増す。

 

「アァァァァァァァァァァ! 」

 

 イヴィルマンは腕で壁を作り、熱線を受け止める。

 皮膚がゆっくりと溶解し、溶けていくのを感じる。痛いどころの騒ぎではない、意識が飛んでしまいそうなレベルだ。

 

 10秒、通常であれば短く感じるであろうその時間が、永遠のように感じた。その間、絶え間なく熱線がイヴィルマンに降り注いだ。

 

「ア"ア"……」

 

 熱線が止まると同時に、イヴィルマンは膝を地につける。熱線を受け止め続けた腕は溶け、激しい火傷を負っている。人間であれば1秒も満たずにあと型もなく蒸発していたであろう。

 途端に心臓の鼓動のような音がこだまし始める。

 

 イヴィルタイマーの音だ。活動可能時間が1分を切ると、警告としてこの音が流れる。

 

 ……もう、2分が経ったのか。

 

 ここから勝てる確率は1割にも達しないだろう。

 本来なら、イヴィルマンに人間を助ける義理などないのだ。だがしかし、人間としてのイヴィルマン、"ワルイ"の感情が、自分ですら説明することも、理解できることもない使命感が今、ここで彼を戦わせている。 

 

 "本物のヒーロー"ジャスティスマンなら、ここで必殺技のジャスティシウム光線を打ち、怪獣を倒すだろう。それが"ヒーローの偽者"であるイヴィルマンに可能か?

 

 そんなこと、神ですらわからないであろう。

 

 だが、この状況においてすべてはイヴィルマンに懸かっている。それをイヴィルマンが一番理解していた。

 

 身体中のすべてのエネルギーを力を振り絞る。

 

 そうだ、この状況。俺がジャスティスマンなら、人間どもは俺を必死になって応援するだろう。だが、俺は"ヒーロー"じゃない"怪人"だ。あいつらからすれば、怪獣と怪人が戦っている意味のわからない状況だ。

 

 "正義のヒーロー"はもういない──俺が、俺がやるしかないんだ。

 

 イヴィルマンは手首を重ね、十字を作る。ギョジラもイヴィルマンがなにをしようとしているのかを理解する。口の中を再度、青白く光らせた。

 

 俺が……俺がこの星を、地球を──守るんだ!

 

「ガァァァァァァァァァァァ!! 」

 

『GYAAAAAAAAAAAAAA!! 』

 

 "イヴィリウム光線"、正なる力で構成されたジャスティスマンの必殺技とは相反する、悪の力で作り上げられた邪悪なイヴィルマンの必殺技。弱きモノを虐げるために編み出された技、それを弱きモノを救うために放つ。

 

 赤黒い光線と青白い熱線が衝突し、押し合う。出力では完全にギョジラが上をいっていた。

 

「ガァァァァァ! 」

 

 力と力のぶつかり合い、どちらの力が先に尽きるか。ただそれだけだった。

 

 また、ひとつ。また、ひとつ。イヴィルマンのエネルギーがすり減っていく。

 一方、ギョジラは底が見えない──勝敗は明確だった。

 

「ヒーローみたいだね! 」、その気色悪い言葉が今になって思い出される。

 

 俺はヒーローじゃない、怪人だ、だが──。

 

「アァァァ! 」

 

 ──人を、救いたい!

 

 自分に言い聞かせるように言い放った言葉、それが力を漲らせる。

 

 イヴィリウム光線の勢いが突如として、破壊的に強くなる。そして、ゆっくりと確実に熱線を押し戻し、ついにギョジラへと直撃した。

 

『Gyeeee……! 』

 

 ギョジラは悲痛な叫びとともに爆散した。

 煙が一面を覆い、その中でイヴィルマンは地面に膝をついて倒れた。身体がゆっくりと赤い光の粒子となって分解されていく。

 

 ワルイはジャスティスマンの強さの理由を知った気がした。

 


 

 ああ……クソ痛ぇ……。

 

 夕日で赤く染まった瓦礫の山の中、腕を押さえて身体を引きずる男の姿があった──ワルイだ。

 おそらく、肋は折れて腕はボロボロに火傷している。その傷は怪獣と戦ってできたものだ。

 しかし、他の者から見たら、さっきの大惨事に巻き込まれて負った傷だと思うだろう。なぜなら、イヴィルマンの正体を知る者はワルイしかいないのだから。

 

 ワルイは避難所に着くとあの時のガキを探し始めた。

 戸惑う人々の渦に今にも飲まれてしまいそうなガキの姿を見ると、ワルイは安堵の息を漏らす。

 

「ガキ! 」

 

 ワルイの声で気づくとガキは「おじさん! 」と元気に返した。

 

「おじさんじゃねーよ。ほら、()()()()()()()だぞ」

 

 少し汚れたジャスティスマンの人形が差し出される。ガキはそれを受け取ると目を輝かせてワルイの方を見た。

 ワルイは少し恥ずかしがるように、人差し指で頬を掻く。

 

「ありがとう!! 」

 

「はっ、もうなくすなよ」

 

 ワルイはぶっきらぼうに言うと、ガキに背を向けて歩き始めた。

 人混みに溶けていくワルイの背中に向かってガキは叫ぶ。

 

「おじさんは……やっぱりヒーローだよ!! 」

 

 ヒーロー、その言葉が耳に入ると、ワルイは足を止めて振り返る。

 

「ガキ──俺は怪人だ」

 

 そう言ったワルイの顔は満面の笑みだった


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