2話に渡って書いても文字数が一万超え、やっぱりグルメシーンを書くと文字数が多くなってしまいますね。
紆余曲折があってカムイが極星寮の全員と仙座衛門・えりな・新戸へ料理を作ることになった。
食材は極星寮にあるものなら好きに使っていいと言われているので、今は敷地内から食材を選んでいる最中。
畑にある食材から食べごろなものを選び終えたカムイは、メインとなる食材を手に入れるため鶏舎に戻って来ていた。
「…………………おいで」
カムイが鶏舎の扉を開くと四羽の鶏が外に出てきてカムイに擦り寄ってきた。
この鶏たちは先ほどカムイが『今が一番美味しい時期』と思っていた鶏たちで、鶏たちもカムイのことを選び自ら寄って来たのだ。
「…………………なぁ、吉野。鶏ってあんなに人に懐くもんなのか?」
「う~~~ん、どうだろう。あの子たちはヒナの頃から育ててるけど、あんな風に懐かれたことは無いなぁ。カムイくんってば、つい最近大人になったばかりのあの子たちを使うんだ」
カルガモの子が親に付いていくように、カムイの後ろを付いていく鶏たちを見て奇妙な感覚を覚える寮生たち。
ただ一目で食べ頃の野菜を選んでいるあたり、食材を見る目は確かなのだと認めた。
食材を選び終えたカムイは極星寮の厨房で調理の準備をする。全員、カムイの料理だけではなく調理にも興味があるため邪魔にならないよう厨房の端で見守っていた。
なお、途中から寮母である『大徳寺ふみ緒』まで参加している。
鶏たちのノッキングを済ませ、野菜も『活性切り』でカット。必要な調味料も用意し、『ショルダーバッグ』の中から極星寮の食材たちと相性の良いものを取り出す。
(血の一滴も、無駄にはしない!)
鶏の血すらも料理に使うと決めたカムイは鶏の羽を毟り、残った毛も剃刀で丁寧に剃っていく。
あっという間に四羽の鶏が丸裸にされたのを見て、周りは何が起こったのかすら分かっていなかった。
「は、速えええええええええええええええええ! 一瞬で四羽の鶏が丸裸にされちまった!?」
「ホント、たぶん一羽あたり十秒も掛かってないんじゃない?」
「確かに途轍もなく速いが、それよりも鶏たちが大人しくしているのに驚きだ。見たところ殺してはいなさそうだし、気絶させてるのか?」
「だとしても羽を毟られたりしたら、痛みで起きて暴れ出すはずだろ。人間だって寝ている間に髪を毟られたら痛みで起きるだろうし」
『ノッキング』という技術と『食材に選ばれる』という意味を知らない寮生から見れば、カムイの調理は不思議要素の塊だろう。
カムイがノッキングをしたのは鶏たちに少しでも痛みを感じさせないため、鶏たちが大人しくしているのはカムイのことを選び自ら身を委ねているためだ。
続いてカムイはオーブンに石板を入れて熱を入れると、今度は鶏たちの足にロープを結び付け天井から逆さ吊りにする。そして首と足の動脈を切って鶏の血を酒が入ったボウルに集めた。
「なるほど。首と足の動脈を切れば、足から空気が入って血は留まることなく首から流れ落ちる」
「それにボウルに入ったお酒のアルコール成分が、血の凝固を防ぐ。つまりカムイくんは、あの血すらも料理に使うみたいだね」
えりなと一色の言う通り、カムイは鶏の血を一滴も無駄にすることなく食すために血を集めているのだ。
日本ではせいぜいスッポンやマムシの血を強壮剤として飲むぐらいにしか使われない。しかし世界では『血』を使った料理というのは珍しくない。
・豚の血を塩水でゼリー状に固めた中国の『猪紅』
・鴨の血を使ってソースを作るフランスの鴨料理
・ドイツの『ブルートヴルスト』、イギリスの『ブラックプディング』、フランスの『ブーダン・ノワール』と言った豚の血のソーセージ
このように養分豊富な血液は、世界中で食されている食材なのだが………………………カムイの調理はそのどれでも無かった。
そうして血が全て流れ落ちるまでの間に小さめサイズの新鮮な『鶏の卵』の底に穴を開け、中身を取り出し別のボウルに入れていく。
『鶏の卵』から中身を取り出したら黄身と白身に分ける。それぞれを裏ごしして舌触りを滑らかにすると、血が全て流れた鶏を下ろして捌いていく。
「っ、アレが噂に聞く【神域の料理人】の『庖丁式』、本当に食材には手で触れないんだな…………………」
「型は独特だけど、『皮むき』『肉削ぎ』『骨抜き』『内臓分け』をあっという間に終えてしまった…………………しかも四羽分、なんという技術だ!」
左手に持った箸で食材を押さえ、右手に持った包丁で捌く。通常の『庖丁式』では使う箸は二本だが、カムイは用途に合わせて指の間に1~4本の箸を挟んで使っていた。
羽を毟った時同様、一瞬で鶏四羽を『肉』『内臓』『骨』『血』に取り分けたカムイ。しかも肉は部位ごとに分けていて抜かりが無い。
食材に選ばれた上に『活性切り』によって捌かれた部位たちは旨味が活性化し、周りの者には輝いているように見えた。
「食材の下処理・下ごしらえは終わった…………………いよいよ本格的な調理開始だ」
仙座衛門が言うと同時にカムイの動きは変わった! 先ほどまでも速かったが、それは『無駄のない速さ』であった。
しかし今のカムイの動きは、周りの皆が残像しか見えないほどに素早かったのだ!!!
肉が一片も残っていない骨は足(モミジ)と一緒に『金の大鍋』に入れて出汁を取る。『ワープダイニング』で時間を進めて出汁を取ったら、アクと油を取って濾していく。
出来た出汁(ブイヨン)を冷やしたら、集めた鶏の血の中に『ミルクジラの潮』から作った生クリームと『クリスタルシュガー』『BBコーン』から作ったコーンスターチ、そして『卵白』を一緒に入れて搔き混ぜていく。
混ぜ終わったら穴の開いた卵の殻にそれぞれ入れていき、穴をテープで塞いだら蒸し器で蒸す。見たことの無い調理法なだけに周りの者もどんな料理になるのか図りかねていた。
「なぁ、薙切よぉ。カムイは何を作ろうとしてんだ?」
「分からないわ。あんな調理法、見たことが無いもの。ただ…………………」
「ただ?」
「手つかずの食材がたくさんあることから、作る料理はアレだけではないはずよ」
えりなの言う通り、カムイが作ったのは一品だけ。使う食材は余すことなく使用する主義のカムイは別の料理の調理に取り掛かる。
次は鶏の内臓に包丁で切れ込みを入れ、先ほど使ったミルクジラ製生クリームに浸けて臭みを抜く。
クリーム部分を冷水で丁寧に洗い流したら、グルメ食材の『コニャックコンニャク』と畑で獲れた長ネギ・ごぼう・人参と共に土鍋に入れる。
味付けには『みそだ豆』・『七味酒』・『ミレニアムみりん』を使い、ブイヨンで煮込む。
「アレは『モツ煮込み』だよね。鶏モツの味噌煮込み♪」
「ああ、ようやく俺たちにも分かる調理をしてくれたぜ。このまま未知の調理法で作った、未知の料理が出てくるのかと心配しちまったよ」
「そうね、でも…………………良い香り、こんなに食欲をかき立てる味噌の香り初めて♪ どんな味噌を使っているのかしら?」
周りの言う通り、カムイが内臓を使って作るのは鶏の内臓にグルメ食材や調味料を合わせた『鶏モツの味噌煮込み』、食欲をそそる味噌の香りで寮生たちは生唾を呑み込む。
また、発酵食品に造詣の深い榊はカムイが使った味噌に強い興味を抱いていた。
鶏モツを煮込んでいる間に次に調理をするのは『鶏のささみ』。
湯引きしたささみを『ミョウガのすりおろし』・『七味酒』・『ミレニアムみりん』・『バニラにんにくのすりおろし』を混ぜた『みそだ豆』の味噌と一緒にタッパーの中に沈める。
「これで三品目。どうやらカムイくんは時間の掛かる料理を先に調理し、短時間で終わらせられる料理を後回しにすることで料理完成のタイムラグを無くすつもりなのね」
「うん。動きに一切無駄が無く、確信に満ちている。既に彼の頭では最適な調理手順が組み立てられていて、考えるよりも先に身体が反応しているんだろうね」
「ですね。ありゃあソートー現場で叩き込まれたクチだ」
一色と幸平が言うことはある意味で正しい。『食材の声』が聞こえるカムイは『直観』で思考を省略し、反射で調理を行うことが出来る。
それが初めて作る料理でも、無駄のない動きで調理することが出来るのだ。
また、『国宝 節乃』『一振り一億円の千代』『調理王 ザウス』『膳王 ユダ』『毒料理のスペシャリスト タイラン』『カレーの達人 ダマラスカイ13世』と錚々たるメンバーを師匠に持つカムイは、修行時代に途轍もない下積みをさせられてきた。
一日中行列が後を絶たない有名店、寝る時間どころか休む暇も無い膨大な仕事量をひたすらにこなしてきたカムイにとって、作る料理の完成時間を合わせるのは朝飯前である。
滞ることの無いカムイの動きに全員の目が釘付けになっている中で、カムイは四品目に取り掛かる。
残る食材は『モモ肉』『ボンジリ(尻肉)『ネック(首肉)』『鶏トロ(肩肉)』『胸肉』『手羽肉』『鶏皮』の6つ。カムイがまず調理したのは『胸肉』からだった。
ブイヨンをベースに豆板醤・辣油・花椒・八角・『七味酒』・『ミレニアムみりん』に、刻んだネギを加えて作ったピリ辛ダレを作る。
出来たタレ一と緒に胸肉を200℃まで耐えられる耐熱フィルムで包んだ。
そして最初に熱を入れておいたオーブンの火を止めて、包みをオーブンに入れる。オーブンの中は既に高熱となっているため、余熱だけで胸肉に熱が通る。
「アレは…………………『口水鶏(よだれ鶏)』かしら? 普通は下茹でした肉を使うのだけれど、カムイくんは生肉の状態からタレと一緒にオーブンで熱を加えるみたいね」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 味噌の香りに加えて、ピリ辛風味の香りまで漂ってくる!! この香りだけで白米がいけそうだぜ!」
「それにしても、随分と細かく肉を取り出してるな。オーブンに入れては出して肉を休ませ、また肉をオーブンに入れるを繰り返している」
「胸肉は少し火加減を間違えると肉がパサつくからね。それを避けるために、何度も加熱と解熱を繰り返してるんだよ。それに肉が冷えることでタレが肉によく染み込んでいく」
「しかもカムイがオーブンに入れた石板、アレは恐らく溶岩石で出来ている。溶岩石が放つ遠赤外線効果で、胸肉の内側にもまんべんなく熱を加えようという考えだな」
熱力学において物とは温めれば外に膨らみ、冷めれば内へと縮む。
料理においても同じことで、煮込み料理では温めれば具材の旨味成分が煮汁へと溶けだし、冷めれば煮汁が具材に染み込む。
家でカレーを作ると二日目の方が初日よりも美味しく感じるのはこの理屈である。
それを利用し、カムイは胸肉をシットリとさせたままタレの味を肉に染み込ませようとしているのだ。
さらに仙座衛門が言った通り、溶岩石の石板が放つ遠赤外線で胸肉への熱の通し過ぎを防ぐ。
胸肉を調理している間に次は『手羽肉』の調理を行う。余った肉を挽いて刻んだ野菜を加えたら、冷やしてゼリー状にしたブイヨンを肉で包んで肉ダネを作る。
手羽肉に入っている二本の骨は既に取り除いているため、切れ目を入れた軟骨で隙間を作り肉ダネを入れていく。
『七味酒』・『ミレニアムみりん』・塩・胡椒・香辛料で作った塩ダレに漬け込む。『ワープダイニング』で時間を加速させ、肉内部までタレの味を染み込ませたら、蓋をしたグリルで蒸し焼きにしていく。
「アレは『手羽餃子』かな? 初めて見る作り方だけど、やり方は似ている」
「肉ダネを作る時も手では触らず、箸とスプーンで作るんだな。おかげで肉ダネが熱ダレしなくて済むってわけか」
ハンバーグなどの肉ダネを捏ねて成形する際、手の熱が肉ダネに伝わって油が溶けてしまうことを『熱ダレ』と呼ぶ。
熱ダレが起こると肉ダネの内部に溶けて無くなった油の代わりに空気が入り込み、加熱時に崩れたり肉がパサつく原因となってしまう。
このように食材を手で触ると言うのは、食材の味を劣化させる危険を孕んでいる。だがカムイは手で食材を触ることをしないので、食材の味を劣化させることが無い。
そのためカムイ流『庖丁式』は食材への感謝と敬意を抜きにしても、理に適った調理法と言える。
次にカムイが調理するのは『ボンジリ』『首肉』『鶏皮』『肩肉』の四つ。
まず鶏皮をもち米と小麦粉で練った液体を『糊』代わりにして接着、四羽分の鶏皮は大きな一枚皮となった。
千切りにした人参・玉ねぎ・ゴボウ・エンドウ豆のさや、そこへ細かく切ったボンジリ・首肉・肩肉に塩コショウをする。
レモングラスなどのハーブと香辛料を加え、ゼリー状になったブイヨンと一緒に『豆乳道の湯葉』でくるんでから鶏皮で包んでいく。
「アレってもしかして…………………『春巻き』!? 鶏皮で作る春巻きなんて初めて見た!」
吉野の言う通り、カムイは鶏皮をそのま皮にして春巻きを作ろうとしているのだ。
春巻きのタネを高温にした『モルス油』で一気に外側を揚げたら、タネを取り出し『ワープダイニング』で油を冷ます。
油が冷めたら再度火を加えて低温にし、タネを再投入して今度は長めに揚げていく。
「最初は強火で一気に揚げて外側をバリっとさせる、次に低温でじっくりと中の具材に熱を通す。
一旦湯葉でくるんだのは、中にあるスープを外に漏らさないため。初めて見る料理だけど、春巻きの基本をしっかりと踏襲しているわね」
「鶏皮の春巻きかぁ~~~、どんな味がするんだろうな♪」
一瞬たりともカムイから目を離さないえりなと対照的に、幸平は初めて食べる料理にワクワクしていた。周りの皆も食欲を刺激する香りに、期待で胸を膨らませている。
揚げ終わった春巻きを取り上げたら、カムイは残った『モモ肉』の調理に取り掛かる。
『手羽肉』の調理の際に使った塩ダレに『醤油バッタの熟成醤油』を混ぜて、醤油ダレにし『モモ肉』を漬け込む。
『ワープダイニング』で時間を早めて、タレの味をモモ肉に染み込ませている間にソースづくり。
残しておいた『卵黄』に『ミルクジラの潮ミルク』・『王酢』・『モルス油』を加え、塩コショウで味を整えれば『特製オランデーズソース』の完成。
ソースが出来たら漬け込んでいた『モモ肉』を取り出して乾燥、『豆乳道の湯葉』で肉とソースを一緒に包む。
肉とソースを湯葉で巻き込んだら『オンリーナッツ』を荒く砕いた衣を付けて、鶏皮のエキスが滲み出た『モルス油』で揚げれば『チキンカツ』の完成。
『春巻き』『チキンカツ』が出来上がり、調理途中だった料理も次々と完成させていく。
グリルで焼いていた『手羽餃子』とオーブンに入れていた『よだれ鶏』を取り出して皿に盛り、煮込んでいた『モツ煮』も『七味ハーブ』を振りかけて完成。
『ささみ』もタッパーから取り出し、一口サイズに切って皿に盛る。
最後に蒸していた『卵の殻』を剥き、『BBコーンのコーンスターチ』をまぶして『モルス油』で揚げたら、一つ一つ別々の粉を絡めて味を付けていく…………………そうして七品の料理が完成した。
「…………………出来たぞ」
テーブルの上に並べられた七つの料理、そのどれもが旨味が活性化し輝いているように見える!
寮生たちが『待ちきれない』と生唾を呑み込んでいる中、カムイが静かに動いた。
「この世のすべての食材に、感謝を込めて…………………『いただきます』」
合掌したカムイが発した小さな声。しかしそれはこの場にいる全員の耳に確かに届き、興奮していた全員の頭を冷やした。
そして美しい所作で食材を取り分け、口に運んでいく姿を見て全員が姿勢を正す。
「「「「「いただきます」」」」」
カムイが食事する姿を見て全員が、『無作法に食べるわけにはいかない』と己の欲求を抑制する。
そしてカムイの言葉に『食材』への感謝を思い出して、出来る限り感謝しながら食べるよう心がけることにした。
「「「「「!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」
それぞれがカムイの料理を食べると……………………………口の中で【鶏】という存在をかつてないほどに認識させられた!!!!
「美ん味めえええええええええええええええ!!!! この『手羽餃子』のシットリとした滑らかな舌触り! 噛めば鶏の旨味がジュワジュワと溢れ出てくる!!!」
「しかも骨の代わりに軟骨が入っているから、そのまま食べられるしコリコリとした食感が堪らないよ〜~~!」
「スッゴい! モツがどれもトロっとしていて臭みが全く無い! それにこんな香り高い味噌、初めて食べた!!」
「それでいて内臓ごとの食感の違いもちゃんと残している! 合間に食べるコンニャクやゴボウが食感の幅を広げていて、いくらでも食べられそうだ!!!」
「ウォォォォォォォォォォォ! この『よだれ鶏』、噛めば噛むほど肉汁が出てくる! それでいて淡白な旨味がピリ辛風味のタレにマッチしてる!! 食べているのにヨダレが止まんねえ!!!」
「スゲえ! 胸肉って火を通したら、パサパサになりそうなモンなのに全然そんなこと無え! 滑らかで弾力ある食感、胸肉ってこんなに美味かったのか!!!」
「チキンカツの中に入ってるまろやか濃厚ソースが、モモ肉のジューシーさと合わさって脳が痺れちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「しかもナッツを潰して作った衣の香ばしさが、ジューシーなモモ肉と濃厚なソースの味を引き立てている!」
「揚げられた鶏皮の香ばしさとパリパリとした食感! 首肉のコリコリ感とぼんじりのプリプリ感! まさしく食感のオーケストラだ!!!」
「ササミを湯引きすることでシットリとした舌触りを残しつつ、中は半ナマにしている。そのため、ささみの淡白な味わいが完璧に生かされている!!!」
「それに特製の味噌に漬けたことで風味も豊か! こりゃあ酒の肴にも飯のおかずにも最高だねぇ♪」
カムイの料理を食べて箸が止まらない面々、次々と食べ進めていく様はまさに『箸の乱舞』と言える。その中でも『神の舌』を持つえりなは、カムイが作った『血の卵』に夢中だった。
「このねっとりとしたコク! 生臭さを全く感じさせず、血液が持っている純粋な旨味エキスだけが結実してる!
振りかけているのは『真珠』や『シルク』、『抹茶』に『ココナッツ』などのパウダーね!?
それに凝固防止に使った『ローズリキュール(薔薇から作った酒)』が素晴らしい香りを漂わせている!
口の中でとろけるような高貴極まりない甘さと香りが、この料理により一層の奥深さを与えているわ!!!」
「本当に…………………これって恐らく『スイーツ』ですよね? 『血』を使ったスイーツなんて想像すら出来ませんでした。
血と白身と生クリームが固まって、まるでルビーみたいに輝いています!」
初めて食べる『血』を使ったスイーツに、えりなと新戸は次々と食べ進めていく。他の料理も食べたいと思っていても、手が止まらなかった!
「あっ、美味そうだなソレ。俺にも分けてくれよ」
「っ、し、仕方ないわね。ならアナタの持っている『手羽餃子』も寄越しなさい」
「榊くん、その『モツ煮込み』を食べさせてもらってもいいかな?」
「あっ、ゴメンなさい、独占しちゃってましたよね! じゃあ一色先輩の持ってる『鶏皮春巻き』もいただいていいですか? 実は凄く気になってたんですよ♪」
「この『よだれ鶏』も美味だねぇ、ピリ辛風味の味付けが酒によく合うよ♪」
「ふみ緒さんが気に入ってる『湯引きささみの味噌漬け』もイケルイケル! さっぱりとしてるのに奥深い味わいで箸が止まらねえもん!」
「ん~~~~~♪ 『チキンカツ』の肉汁と濃厚なソースの旨味、それにナッツの香ばしさが口の中で合わさって、まるで雷に打たれたみたいに痺れちゃうべぇ!」
「でっしょ~~~♪ このチキンカツ、私のイチ押しなんだ! あっ、でも恵のお気に入りの『鶏皮春巻き』も捨てがたいんだよねぇ♪」
あちらこちらで料理を交換して食べては感想を述べている。最初に抱いていたカムイへの不信感は完全に拭い去り、和気あいあいとした空間が部屋の中に広がっていた。
そうしてテーブルに所狭しと並べられていた料理はみるみる無くなっていき………………………………全員が恍惚の表情を浮かべて椅子にもたれていた。
「はぁ~~~~、この間も思ったけど、やっぱりカムイの料理ってヤベエなぁ。カムイ、ゴチソーさん…………………って、アレ? カムイのヤツ、どこ行ったんだ?」
幸平がカムイに礼を言おうとするも、既にカムイの姿は無かった。厨房にあった調理器具も全て片付けられており、まるで使用前に時間が戻ったと思えるほどにピカピカだった。
「どうやらボクたちが食べることに夢中になっている間に、出ていったみたいだね」
「そっか~~~、せっかくだから俺の料理も食べさせたかったんだけどなぁ」
「何を言っているの!? 彼の言うことを聞いてなかったの? 私たちの作る料理では、彼は『味』を感じられないのよ。お礼どころか却って迷惑がられるだけだわ」
「えりな様の仰る通りだ! それに、よくもこれだけの料理を食べた後で自分の料理を食べさせようと思えるものだ!」
幸平としてはお礼代わりに自分の料理をご馳走しようとしただけなのだが、味も感じられない料理を出されたところで困るだけだとえりなと新戸が叱りつける。
二人掛かりで怒られて、幸平もへそを曲げたかのように口を尖らせる。また、新戸の言葉に反応して寮生たちはカムイの料理の味を思い返した。
「でも確かに、美味かったよな~~~。特にあの『鶏皮春巻き』は絶品だった♪」
「僕は『よだれ鶏』だな。あんなシットリジューシーな胸肉なんて初めて食べた」
「ワタシは『湯引きささみの味噌漬け』だねぇ。思い出しただけで酒が欲しくなってくるよ♪」
「俺は『手羽餃子』がダントツだな♪ 【ゆきひら】でも出すことがあったし、今日のヤツを参考にして作ってみるぜ!」
今度は寮の皆で『どの料理が一番だったか』で盛り上がる。さながら全員で同じ映画を観た後に感想を言い合っているような光景であった。
そして新戸も料理人として、『神の舌』を持つえりなはどれが一番だったのか気になり尋ねる。
「えりな様はどの料理が一番でした?」
「そうね。どの料理も『鶏』の特徴である『しっとりとした滑らかな食感』と『軽やかな旨味』を最大限生かした素晴らしい料理だったわ。その中でも特筆すべきは、やはり『血の卵』かしらね」
「そういえばえりな様、あの皿を離しませんでしたよね」
「し、仕方ないでしょ! あんな料理、初めてだったんだから! そ、そういう緋沙子はどうなのよ?」
「え、わ、わたし、ですか? そうですねぇ、『血の卵』も栄養価の高い素晴らしい料理だったのですが………………………強いて言えば『モツの味噌煮込み』でしょうか。
たくさんの内臓を使うと言うのは、『薬膳』で言うところの『同種同食』に通じるところがありますからね」
「あっ、新戸さんも『モツ煮』が気に入ったの? 実は私もなんだ♪ 悠姫は確か『チキンカツ』だったわよね…………………って悠姫、どうしたの!?」
榊が新戸も『モツ煮』を気に入ったことに喜ぶと、珍しく話に参加していなかった吉野を見て驚いた。
何故なら、極星寮の元気印とも呼べる彼女が……………………………………泣いていたのだ。
「悠姫ちゃん、どうしたの!? どこか具合でも悪いの!?」
「あっ、ご、ごめん! そうじゃないんだ。ただカムイくんの料理を思い出したら、嬉しくて感動しちゃって……………………………」
「嬉しい?」
「うん。だってさ…………………私が一生懸命育てた鶏たちで、こんなに美味しい料理を作ってくれたんだよ?
なんかさ、自分のことを褒められる以上に嬉しくなっちゃった……………………………」
「悠姫……………………………」
「フッ、そうだね。ボクも自分が育てた野菜でこんなに素晴らしい料理を作ってくれて、日々の苦労が報われる思いだよ」
自分たちが育てた食材に溢れんばかりの愛情を注ぎ込み、『神品』とも呼ぶべき料理に仕上げてくれた。
どの食材たちも調理される前以上に、その姿がありありと思い浮かべられるほどの存在感を出していた。
中でも旨味が最高潮に達した『鶏』の存在感は、今もなお舌だけではなく脳に焼きついているほどだ。
吉野と一色でなくても、生産者冥利に尽きる思いだろう、そして2人を手伝っている他の寮生たちも同じ思いだった。
「でもよぉ、こんなにスゲえ料理が作れんのに………………………他のヤツが作った料理の味は分かんねえんだよなぁ、アイツ」
「「「「ッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」」」」
自分たちが苦労して育てた食材を最高の形にしてくれたことに喜んでいると、幸平がボロっとこぼした感想に全員の顔が強張ってしまう。
「こんなに料理が好きで、こんなに食材のことを大切にしているヤツなのに、自分の作った味しか分からないなんて…………………何かスッゲえもったいねーし、悔しいよなぁ」
「「「「……………………………………………」」」」
幸平はカムイのことをバカにしたわけではない、憐れんでいるわけでもない……………………………………ただ悔しいのだ。
これだけの料理を作れるほどの才能と技術を持っておきながら、自分の作った料理しか認識することが出来ないという悲しい事実が。
【自分の作った味しか分からない】。それはつまり、カムイの世界には【カムイ1人しかいない】ということ。
自分以外誰もいない世界でたった1人…………………果てなき荒野で誰にも会えず、他の味を知れずに1人歩き続けている。
そんな光景が思い浮かび、全員の胸には哀しみが押し寄せて絶句してしまった。
「…………………カムイくんは、何でそんな思いをしてまで、料理を作るんだろう」
先ほどまでの賑やかな雰囲気から一変して、静まり返る部屋で吉野が疑問を口にする。
カムイがどれだけ、そんな孤独な世界を彷徨っていたのかは分からない。
ただ『もし自分がそんな状況に陥ったら』……………………そう考えると背筋が凍る思いがした。
そうまでして食材に感謝と愛情を注ぎ、料理の世界に居続けようとするカムイのことを知りたくなったのだ。
「それはもちろん、彼には彼の目的があるからよ」
「目的?」
「ええ。彼の目的、それは…………………【人生のフルコース】を完成させること」
「【人生のフルコース】?」
吉野の疑問に答えたのはえりなだった。そしてえりなは【人生のフルコース】という聞き慣れない単語に戸惑う寮生たちに自分なりの解釈を述べる。
「彼から詳しく聞いたわけではないけれど、料理人として大体の意味は理解できるわ。
恐らく、『料理人人生の集大成とも呼べる珠玉の逸品で構成されたフルコース』という意味なんでしょうね」
「それが、人生の、フルコース…………………」
「ええ、彼の行動原理は常にそこにあるわ。だからどれだけの苦労を重ね、どれだけ辛い思いをしたとしても、カムイくんは料理を作ることを止めない…………………………全ては【人生のフルコース】を完成させるために」
「「「「………………………………………」」」」
えりなから聞かされたカムイの目的に、またしても寮生たちは何も言えなくなった。
『自分しかいない世界』でそこまで真っすぐに、ひたむきに料理を極めようとしている。
その結果あれほどまでの美味なる料理を作ったばかりか、イチ料理人としては考えられないほどの偉業を達成してきたカムイが眩しく見えてしまったのだ。
「…………………へっ、面白え」
「っ、創真くん?」
料理人としての格の違いを思い知らされた寮生の中でただ1人、幸平だけは獰猛とも呼べる笑みを浮かべた。
周りとは全く違う反応をしている幸平に、田所も面を食らっている。
「面白えじゃんかよ、カムイ! 【人生のフルコース】? 上等だ、俺はお前のフルコースに負けないぐらいの料理を作ってやる! そして必ず、お前の口から『美味い』って言わせてやるぜ!!!」
「「「「!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」
幸平の目には燃え盛る炎が宿っていた、それは入学式で宣言した時とは比べ物にならないほどのやる気に満ちていたのである。
同年代でこれほどの料理人に出会えた喜びと興奮、そして『絶対に負けられない』という闘志と『自分の味を認めさせてやる』という料理人としての誇りに火が点いたのだ。
「っ、何を言っているの幸平くん。一番にカムイくんから『美味しい』と言ってもらうのは私よ。この『神の舌』をもって絶対に彼を満足させる料理を作ってみせるんだから!」
「ああん? 何だよ薙切、お前この間『自分じゃカムイを満足させられる料理は作れない』って言ってたじゃねえか」
「そ、それは『現時点』での話です! いつか必ず彼の舌でも感じられるほどの『味』を作り出してみせるわ! それに、味を認識させられないのはアナタも同じでしょう!」
「だったら勝負だ! どっちが先にカムイから『美味い』って言われるか!」
「望むところよ! 返り討ちにしてあげるわ!」
幸平の言葉に反応してえりなが対抗する。えりなもまたカムイへの限りない感謝とリスペクト、そして今を生きる料理人のプライドから『自分の料理を美味しいと言ってほしい』と強く思ったのだ。
そんな言い合いをしている2人を見て、周りの皆も頷き合い2人のやる気に触発されていく。
「…………………そうだよね。こんなに美味しい料理をご馳走されたんだから、こっちもお返ししないとね!」
「うん! 私も、カムイくんから自分の料理を『美味しい』って言ってもらいたい!」
「そうね。彼にも『私たちの味』を知ってもらいたいし!」
「まぁ、【神域の料理人】の舌に挑むというのも悪くないかもね」
「ああ。アイツに俺たちの味を認めさせれば、間違いなく料理人として高みに行けるだろうしな」
「ふふ♪ みんな、青春してるねぇ♪」
「あんなに活き活きとしたえりな様を見るの、初めて…………………!」
確かにカムイには料理人としての実力と格、そして志の高さを思い知らされた…………………だが知った以上は『乗り越えたい!』と思うのもまた料理人の性分である。
少なくともここに、カムイの料理に絶望するような物分かりの良い人間は1人もいなかった。
(やはり…………………カムイをこの学園に迎え入れたのは、間違いではなかったか)
大概の料理人はカムイの料理を食べる、あるいはカムイの調理技術を見てに自ら料理人であることを辞めてしまう。
しかもそれは既に『自分の味の世界』を持っているプロがほとんどである。
『神域の料理人』が作る『味の世界』に自分の『味の世界』が呑み込まれて、料理人としての自分を見失ってしまうのだ。
逆にカムイの『味の世界』を少しでもモノにすることが出来た者は料理人として壁を乗り越え、更なるステージへと到達出来る。
けれど高みへ至れた料理人はごく僅か、実際は廃業した者がほとんど。これがカムイが【料理人に『破滅』と『福音』をもたらす】と言われている由縁でもある。
しかし目の前の生徒たちが『神域の料理人』が作る『味の世界』に呑み込まれないばかりか、より一層奮起する姿を見て…………………………仙座衛門は頼もしい若き世代の誕生に、総帥として喜ばしく思うのであった。
【グルメ食材】
『ミルクジラ』『BBコーン』『みそだ豆』『七味酒』『バニラにんにく』『醤油バッタ』『王酢』『モルス油』『豆乳道』『オンリーナッツ』『七味ハーブ』
【オリジナル食材】
『コニャックコンニャク』『ミレニアムみりん』
懲りずにやりました、連続調理! やっぱり何品も一気に描写するのはキツイwww
それでは皆さん、次回で♪
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