カムイの評価は審査員の点数には影響しないようにしています。
そもそもカムイは他の生徒たちの味が薄すぎると感じているため、カムイの評価を基準にすると審査員が点数を入れられないからです。
【秋の選抜戦】予選午後の部、既に選手たちの調理は完了し審査試食に入っているのだが……………空気が異常なまでに重かった。
「ダメね」
『あの、では点数の方を「聞こえなかったのかしら? 【ダメ】って言ったのよ」ひ、ひぃっ!!!』
審査員の1人、千俵姉妹の姉である『千俵なつめ』は出されたカレーを一口だけ食べて『ダメ』の一言で言い捨てる。
点数はもちろん『0点』を表示。念のため司会者が確認するも、冷たい視線を浴びせられ怯えてしまう。
かれこれ10人ほど試食を行っているのだが、ここまでなつめ嬢は一切誰にも点を入れていない。
そのため、会場はカチャカチャと食べる音が響くだけの非常に気まずい空気となっていた。
「少しはサービスをしてくれても構わないんですよ、なつめ様。このままだと盛り下がる一方だ」
「叡山くんは黙ってて」
「いやはや、なつめ嬢は相変わらず厳しいですな」
「カレーに関して妥協をしていないだけですわ。それに私はまだマシな方です。カムイくんなんか一口も食べていませんからね……………ねぇ、カムイく~~~ん♪」
凛とした厳しい表情で選手たちのカレーを品定めするなつめ嬢だったが、カムイにだけは甘ったるい声で話しかける。
そしてそのままおりえ嬢がやったように、膝へ座ろうとするのだが。
「そこまでです、なつめさん。ここは遠月学園で今は美食の祭典の真っ最中、我が校の品位を貶める振る舞いはご遠慮ください」
「っ…………あ〜〜ら、ごめんなさい♪ 先ほどカムイくんが作ったカレーがあまりにも素晴らしかったから、つい♪」
(ちぃっ、邪魔な小娘ね! 総帥の孫娘だからっていい気になるんじゃないわよ!)
カムイに近づこうとするなつめ嬢の前にえりなが毅然と立ちはだかり、なつめ嬢との間にバチバチと火花が弾ける。
これが会場の空気を重たくしているもう一つの原因。
午前の部でアリスやおりえ嬢がカムイにベタベタくっついているのを見て、二度とそんなことはさせないと午後の部はえりながカムイの傍に控えることになった。
午後の審査員は午前とは違うが、審査員たちがカムイに絡んでくることは目に見えていたからだ。
特にハウビー食品のCEOであるなつめ嬢は、カムイのカレーを食べて益々カムイを手に入れるべく、おりえ嬢のように色仕掛けをしてくるはず。
しかしそんなことは、えりなも見抜いていた。
そこで仙左衛門に直談判し、選抜戦の間は誰もカムイに近づけないようSPさながらのボディーガードを買って出たのだ。
案の定、午後にカムイが会場へ姿を現すとグルメ関係のTVディレクターや雑誌の編集長は『是非カムイの特集を組ませてくれ!』と近づいてきたが、えりなと叡山が完全シャットアウト。
なつめ嬢もシナを作りながらカムイに抱きつこうとしてきたが、えりなが間に割って入り阻止。
そのため誰もカムイに近づくことが出来なくなったのだが、なつめ嬢はしぶとく隙あらばカムイに抱きつこうとしてくる。
無論えりながその都度ガードしているのだが、そんな二人の美食とは全く関係ない攻防のせいで、なつめ嬢はますます不機嫌になり審査はより厳しくなっていく。
その結果
試食をする
↓
なつめが点を入れない
↓
なつめがカムイに抱きつこうとする
↓
えりながブロック
↓
なつめが不機嫌になる
↓
次の試食をする
↓
不機嫌ななつめがますます点を入れない
という負のスパイラルが出来上がってしまい、会場の空気は試食が進むごとにどんどんと重苦しくなっていくのだ。
料理を出す生徒たちにとっては堪ったものじゃないだろう。
このままこの氷河期のような空気で審査が続くのかと皆が心配していると、1人の男を皮切りに空気が変わることとなる。
「どうぞ、『伊勢海老カレー』です」
「ほう。伊勢海老の『赤』にサフランライスの『黄』が実に映えていて、何とも美しい!」
アリスの付き人である黒木場リョウが作ったのは『伊勢海老』を丸ごと一尾使った『伊勢海老カレー』。
大ぶりな伊勢海老が皿の上に乗せられているため、豪快さならこれまでの料理で一番である。
「ふん、伊勢海老を使ったカレーは別に珍しくも何ともないわ。それに伊勢海老なんて大きさと見た目からもてはやされているだけで、実際は非常に大味なんだから」
他の審査員たちは豪快な黒木場のカレーに期待を抱くが、なつめ嬢は伊勢海老などで今さら驚いたりはしない。
これまでどおり溜め息交じりで一口食べると………深い森の情景が浮かんできた。
「なっ、この味の深さはいったい………っ!」
「おお、初めてなつめ様が二口目を食べたぞ!」
今まで一口食べて試食を終えていたなつめ嬢が、ここに来て初の二口目を食べる。観客たちも高得点が出るのではと黒木場の料理に関心を寄せていく。
「このカレーにはアメリケーヌ・ソースをベースにして、コニャックも入れています。ちなみにコニャックはナポレオン級を使いました」
「っ、なるほど! コニャックは樽で熟成させている間に、材木の香りがコニャックに移ることがある。この深い森を思わせる香りはコニャックのものだったか!!!」
「それに伊勢海老でアメリケーヌ・ソースを作ろうとすると、どうしてもトゲや髭が焦げついてツンとした味になってしまう!
だがこのソースは、スパイスの香りによって旨味だけが際立っている!」
【アメリケーヌ・ソース】。エビやカニなどの甲殻類の殻を煮出して作るソースで、非常に濃厚な味わいが特徴である。
ただし伊勢海老の殻で作る場合、トゲや髭が焦げてしまいツンとした刺す味になってしまうため、一般的にシェフは作りたがらない。
しかし黒木場はカレーのスパイスを使うことで、この問題をクリア。全く嫌味の無い完璧なアメリケーヌ・ソースが出来上がったのだ。
また伊勢海老はオマール海老に比べて、締めてからの鮮度低下が早い。
そのためオマール海老の要領で時間を掛けてしまうと風味が飛んでしまうのだが、そこは流石の手際の良さと言える。
これまでとは違い、明らかに審査員が驚きと好印象を見せて審査が終わり、採点に移ろうとすると…………バンダナを巻いて雰囲気が変わった黒木場が審査員に『ある物』を渡した。
「まだだぁ、まだ味わっていない部分があんだろぉ?」
「これは、スポイト………中に入っているのはコニャックか?」
「そうだ、コイツをエビの頭の中に数滴垂らして中にあるミソを啜れ。そしてそのままライスとルウを一緒くたに食べろ、それがこの料理の一番美味い食い方なんだよぉ」
「なっ、私たちにはしたなく啜れって言うの!? そんなこと出来るはずがないでしょう。せ、せめて殻を割って提供なさいよ」
「ハッ! なに澄ましてやがんだぁ、俺にはちゃんと見えてんだよぉ。『今すぐにでもむしゃぶりつきたい!』ってなぁ!」
「っ、で、デタラメ言わないで「いいから言われたとおりにしてみろ!」っ……………!」
「さっきとは比べ物にならないほどの『美味さ』だからよぉ♪」
ゴクリ!
明らかに審査員を審査員とも思わない態度に不満を感じる審査員たちだったが、『比べ物にならない美味さ』という一言に不満を超えた『食欲』が剥き出しになる。
今しがた食べ終えたばかりだというのに唾液が口の中で溢れてくるのを感じながら、審査員たちは黒木場に言われた通りの方法でカレーをもう一度頬張る。
『エビミソ』『コニャック』『アメリケーヌ・ソース』『サフランライス』……………全てが渾然一体となった味は飛び上がるどころか、大気圏外まで吹っ飛んでいきそうなくらいに濃厚だった!!!
黒木場の言う通り、先ほどとは比べ物にならないほどの味とコクに審査員は全員ノックアウト! なつめ嬢は椅子から立ち上がれないほど息を切らせていた。
「ハッ! 口ほどにもねえ。それでカムイよぉ、どうだった。俺の『伊勢海老カレー』の味はよぉ?」
百戦錬磨の審査員たちを文字通り『旨味の暴力』によって正面から叩きのめした黒木場は、自分のカレーを完食しているカムイに感想を求めた。
これまでの午後の部の選手たちの料理に一切口をつけず、SPへ渡していたカムイが料理を食べるのは黒木場が初となる。
観客たちもカムイの感想がどのようになるのか静かに見守った。
「未熟。所詮はエビ一尾分の、旨味でしかない」
「な、なんだどゴラァァァァァァ!!!!!」
午前・午後の部から見ても審査員の反応は間違いなくトップであるも、カムイは『未熟』と言い放つ。
いくら濃厚な味わいが魅力と言っても、黒木場が使ったのはあくまで伊勢海老が一尾だけ。
当然ながら旨味も一尾分でしかない、それではカムイに『味』を感じさせることは不可能である。
他の選手たちは様々な食材を組み合わせた複合的な味わいを出していため、カムイも関心を持っていた。
しかし黒木場は『伊勢海老の旨味』という一点突破を狙ってしまったため、カムイの評価が低くなってしまったのだ。
「上等だテメエ! だったら勝負だ!! テメエも今すぐ料理を「下がりなさい、黒木場くん!」っ………!」
もちろんそんなことを知らない黒木場は、カムイの評価に不満の声どころか今にも殴り掛かる勢いで近づこうとする!
だが、すぐに傍で控えていたえりなに諫められた。流石の狂犬染みた今の黒木場も、主であるアリスと同格のえりなを押しのけるわけにはいかないようだ。
「料理人たる者、自分の作った料理を食べた者の感想は真摯に受け止めなさい!
それに、この場でカムイくんに勝負を申し込むなんて以ての外よ! この選抜の『ルール』を忘れたの!!」
「っ〜〜〜〜〜〜! ちぃ、覚えておけよカムイィィィィィィ! 必ずテメエのところまで『勝ち進んでやる』からなぁ………!」
黒木場はカムイを射殺さんばかりに激しい怒りを込めた目で睨むも、えりなに言われた通り引き下がってそのまま会場から出ていった。
あの活火山みたいに怒りを炸裂させている黒木場を言葉だけで諫めてしまうあたり、えりなも『食の魔王』の血縁なのだろう。
黒木場の審査が終了するも本人が不在の状態での採点となり、得点は……………『93点』!
カムイからの評価こそ低かったが、それでも午前の部と合わせても間違いなく上位に入るほどの高得点。
20点にすら満たない点数ばかりだったこれまでの選手を大きく引き離し、一気に午後の部の単独首位に躍り出た。
今まで無名だった料理人がいきなり90点超えの料理を出したことで、静まり返っていた会場に活気が戻る。
ようやく会場のボルテージが上がり始めたところで、次は肉料理の使い手である水戸郁魅の番。
「さぁ、じっくりと堪能しな。【東坡肉カレー丼】だ」
【東坡肉 トンポーロー】。皮つきの豚バラ肉を蒸し煮にした中国料理。
北宋の詩人『蘇軾』が考案したとされ、料理の名前は彼の号である『蘇東坡』に由来する。
皮付きの豚のバラ肉を一度揚げるか茹でるかして余分な油を取り、醤油と酒と砂糖で煮含めた料理である。皮のゼラチン質によってとろけるような舌触りが特徴。
「なんと見事な東坡肉だ、スプーンを軽く当てただけでプルプルと震えている!」
「これは火入れだけでなく、肉をカットする際の角度にまで細心の注意を払ったに違いない!」
見ただけで食欲をかき立てる東坡肉の出来栄えに、審査員たちは期待に胸を膨らませながら肉を口へと運んでいく。
「な、なんて甘い脂なの!? 肉の繊維から旨味たっぷりの肉汁と脂がジュワジュワと溢れてくるわ!」
「肉だけではない! このライスの痺れるような感覚は………『藤椒油 タンジャオユ』だ!
この『藤椒油』のシビレ、それに岩塩の塩っ気さが重たくなるであろう肉の脂を軽いものにしているんだ!」
「素晴らしい! 普通の山椒ではシビレが強すぎるが、『藤椒』のフルーティーな香りと柔らかいシビレが肉のくどさをキレイさっぱりと消してくれている!」
【藤椒(タンジャオ)】、中国で採れる山椒の一種。通常の山椒は熟した山椒の実を乾燥させて使うのだが、『藤椒』は未熟なままの緑色の状態で収穫し、生のまま使うためライムのような柑橘系の香りが特徴である。
かつて水戸は幸平との『丼勝負』で『具』と『米』のバランスが釣り合わず失敗して敗北を喫した。
その苦い経験を活かし、今回の料理は『具』と『米』の足し引きに成功したと言える。
「やるじゃねえか、肉魅! メチャクチャ美味そうだな♪」
「お、おう。お前が言ったことだろ、『丼』は一椀で完結するってさ///////////////」
「へへっ、だな♪ あとは……………」
「ああ。どうだい、第零席さんよぉ。私の渾身の一皿のお味は?」
派手な見た目とは裏腹に一途な想いを寄せる幸平に褒められ、乙女さながらに顔を赤らめる水戸。
しかしすぐに自信満々な顔となり、カムイに自身の料理の感想を求める。
「未熟。豚の脂と、スパイスの香りが、馴染んでいない。それに米が、単なる添え物になっている。『丼』の本質を、理解していない」
「なっ、なんだとぉ!!! 私が『丼』を理解してないって、どういうことだよ!!!」
審査員の反応とは真逆の酷評に、水戸もつい喧嘩腰になってしまう。
水戸は得意の『肉』を課題である『カレー』に活かすことに注力していた。
また、同じ失敗をしないよう『米』と『具』の相性にも心を砕いていた……………つもりだった。
カムイの言う通り、水戸は『丼の美味さの本質』を見誤っていたのだ。そして水戸はソレをしばらくしてから理解することになる。
水戸はカムイに詰め寄るも黒木場のようにえりなに諫められ、すごすごと引き下がる。
得点は『86』点と黒木場には及ばないまでも十分な高得点と言えた。
そして次に料理を運んできたのは、極星寮の榊涼子だった。
「どうぞお召し上がりください。カムイくんもどうぞ♪」
「これは豆…………いや、『納豆』だ! 『納豆』をカレーの具材にするとは!!!」
「はい。夏休みを使って仕込んでおいた『炭火熟成納豆』です」
【炭火熟成納豆】。伝統的な製法で作られる納豆の一種で、炭火を用いて発酵させることで納豆本来の味を引き出す製法である。
蒸した大豆に納豆菌を散布し、炭火で温めた室で発酵させて作る。炭火の特性を利用することで、死菌やアンモニア臭を発生させないため納豆の風味や食感を向上させることができるのだ。
「素晴らしい、納豆とはこれほどまでに美味しいものだったのか!」
「だが、この美味さは納豆だけから来るものではない! この味はいったい……………」
「それは『醤油麹』です」
【醤油麹】。醤油と米麹を混ぜ合わせて発酵させた調味料で、 醤油に旨み・甘み・複雑な香りが加わるため、幅広い料理に使われる。
塩麹と異なり大豆成分の旨味が強いのが特徴。また健康効果も期待されており、発酵食品としての栄養価は塩麴よりも高いとされている。
さらには旨味成分である『グルタミン酸』の含有量が塩麹の10倍以上含まれており、料理に深いコクが与えられる。
よって醤油麹は主に肉や魚のマリネに、塩麹は素材の下味や漬け込みに使われることが多い。
「どうかなカムイくん。私の料理、ちゃんと『味』は感じられる?」
「コクン、少しだけ」
「ハァ、そっか、『少しだけ』かぁ………悔しいな「ただ」 え?」
「『米』には何も、手を加えていない。『カレーライス』にするなら、『米』にもこだわるべきだ」
「っ、あ~~~、やっぱりその点はマイナスになっちゃったか~~~。悠姫の料理の評価を見て、何となくそう言われるとは思ってたのよね…………」
カムイに味の感想を尋ねた榊は、吉野と似たような指摘を受けてしまう。
榊も吉野と同じで、『具材』や『ルウ』には心を砕いたものの『米』は普通に炊いたものを出してしまっていた。
吉野の評価を見て、本当なら『米』にも工夫を加えたかった榊だが、時間が無かったため止むを得ず予定通りに出すしかなかったのだ。
そのため榊の得点は吉野と同じ『86』点。水戸と並んで現在の順位は2位タイである。
(86点か~~~、まぁ仕方ないわよね。悠姫と同じでライスには何を手を加えなかったんだから。
それにしてもカムイくん、何だかんだ言っても私の料理を完食してくれた♪ ふふっ、私に『弟』がいたらこんな感じなのかな?)
榊は悔しさを感じるが、予想はしていたためカムイの感想には納得した様子だった。
そしてぶっきらぼうな態度だが、味が感じられないにも関わらずしっかり自分の料理を見てくれるカムイに、榊は『不愛想な弟』という印象を受けて母性本能をくすぐられていた。
続いての料理は同じく極星寮の丸井善二、しかし運ばれてきた料理はこれまでとは一線を画すほどの見た目であった。
「ほう、真っ白なカレーですか。黒木場くんのカレーが『色彩の奔流』だとすれば、これはさながら『色彩の静寂』と言ったところですかな」
「はい。これが僕のカレー、『白いポタージュうどん』です。どうぞお召し上がりください」
丸井が出した料理はジャガイモを裏ごしして作った『ヴィシソワーズソース』にスパイスを効かせ、クミンを混ぜ込んだ『うどん』を合わせた品である。
またトッピングにはポーチドエッグを乗せているのだが……………審査員は夢中でうどんを啜っていた!
「一見ドロッとしていて重たい印象を受けるが、清涼感のあるスパイスを使っているため何とも後味が爽やかだ!」
「スパイスにはヴィシソワーズに付き物のディルに加え、クミンシード・コリアンダーも加えております」
「太麺に濃いめのルウを合わせて食べさせる。『つけ麵』に近い発想でありながら、土台になっているのは100年以上前の料理とは……………!」
丸井は自分が凡人であることを誰よりも自覚している。天才的なセンスが無ければ体力も無い。
そのため周りの天才たちに食らいつくべく、『食』に関する知識をとにかく貪った。
その結果、遠月で手に入る限りの知識を可能な限り蓄えた丸井は、美食に関する古典などを研究する宮里ゼミで1年生ながらエースを張るほどになった。
そんな彼を人はこう呼ぶ。『味の物知り博士』、と。
「それで、どうかなカムイ。僕の料理は?」
「未熟。使用しているスパイスの、バランスが取れていない。うどんに練り込んでいるスパイスと、ソースの清涼感も、合っていない」
「っ、うどんとポーチドエッグに対して、スパイスのバランスが完璧ではなかったか……………!」
審査員が司会者の言葉を無視するほど無言で食べる丸井の料理だったが、カムイから見てカレーで肝心のスパイスの調合が完璧ではなかったのだ。
スパイスは種類が少ないほどバランスが取りにくく、他の食材とも合わせることを考えると、様々な要素が含まれるので香りが寝ぼけてしまう。
だが逆に上手くバランスを取ることが出来れば、個々のスパイスの風味を一切損なうことなく、素材の味をブーストさせてその特徴を発揮することが出来るのだ。
一般的にカレーは多種多様なスパイスで作ることが良いとされているが、一流のプロは逆に十種類ぐらいにスパイスの量を抑えてバランスを取り、個々のスパイスの風味を強く感じさせるカレーを作る。
丸井はソースに使うスパイスの調合は上手くいっていたが、『うどん』『ポーチドエッグ』の要素を加味した上でのスパイスの調合が出来ていなかった。
丸井の点数は『88点』。
『カレーライス』における『ライス』に相当する『うどん』にも工夫を凝らしたことで、榊や吉野よりも高い点数を出して現状2位に躍り出る。
だがスパイスの調合が足を引っ張り、得点は伸び悩んで80点台となってしまった。
しかし合宿の間、常にフラフラになっている丸井の姿を見てバカにしていた観客はこの点数に驚き、同じゼミの生徒たちは歓声を上げる。
そうして極星寮のメンバーですら丸井の評価を改めていると…………今日一番の香りが会場中に広がった!
「『特製スモークカレー』です、ご賞味あれ」
料理を運んできたのは極星寮の伊武崎峻。料理は『燻製ベーコン』『燻製タマゴ』『燻製ポテト』をトッピングした、まさに燻製尽くしのカレーだった。
「スパイスとはまた違った胸が詰まるような香ばしさ、燻製がもたらす香りのイメージをしっかりと捉えている!」
「スモークチップに使ったのは『リンゴの木』! リンゴの木はサクラなどに比べて、柔らかな甘みのある香りをつけることが出来る!」
「しかしこれだけの具材を燻製にしていながら、どうやってこれほどまでの一体感を出して「『塩』だな」っ、『塩』!?」
『燻製』というクセの強い調理法にも関わらず各素材が纏まっていることに審査員が疑問を抱くと、完食し終えたカムイが答えた。
「っ、ソッコーで見抜くかよ。ああ、味付けやソミュール液に使った『塩』も燻製にしている。ちなみに使った塩は『藻塩 もじお』だ」
【藻塩(もじお)】とは、海藻と海水を原料として作られる天然塩の一種である。
主にホンダワラという海藻を使用し、海水のミネラルと海藻のうま味成分が凝縮されているため、まろやかでほのかな甘みのある味わいが特徴。
またその歴史は古く、万葉集や百人一首などの一節にも使われるほど日本古来より親しまれてきた天然塩なのだ。
審査員全員が伊武崎がもたらす強烈な燻製の香りの虜になっている中、伊武崎はカムイに料理の感想を求めた。
「どうだカムイ、俺の料理は?」
「未熟。これまで同様、『米』に対して何も手を加えていない」
「っ、チィ、やっぱりか。燻製の強さに『ライス』の味が追いついていなかった」
伊武崎の欠点は吉野や榊と同じで、『具』と『ルウ』にばかり気を取られ、『カレーライス』の要素の1つである『ライス』をそのまま出してしまったことにあった。
ましてや伊武崎は『燻製』という、他の二人よりも主張の強い調理法を取っていたので、尚のこと『ライス』への工夫は必要だったと言える。
結果は丸井と同じ『88点』。吉野と榊よりも点が僅かに高かったのは、『燻煙塩』という味が土台となって味に纏まりが出ていたからだろう。
現在トップは黒木場リョウ、次いで同率2位が丸井と伊武崎の2名。そして3位が水戸・榊の2名と下位で並んでいる。
五名中三名が極星寮のメンバーという快挙だが、このままでは【食戟】のような多数決方式による決選投票となる。
だが残す審査は3名。そしてこの課題において絶対的なアドバンテージを持つ葉山アキラがいる以上、決選投票の目は無いと彼を知る者は予想していた。
(仕方ないとは言え、カレーばかりで飽きてきたな)
残る審査が3名になったというところで、カムイはカレーばかり食べてきたことに飽きを見せていた。
それもそのはず。午前の部から数えて、かれこれ20食近くのカレー料理を食べている。
そんなにカレーを食べ続けていれば、カムイでなくても飽きてしまうだろう。
しかもカムイにとっては『味』が薄い料理をひたすらに食べているわけだから、このあたりで何か思いっきり口直しがしたいところだった。
そう思ったカムイは、おもむろに『シェルダーバッグ』から『グルメケース』を取り出す。
パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
カムイが『グルメケース』の中に入れていた料理を取り出すと、芳醇な甘さを持つ香りが会場全体に広がった!
その香りたるや、カレーの匂いが充満していた会場の空気を完全に吹き飛ばすほどである!!!
カムイが取り出したのは【虹の実のゼリー】、グルメ食材である『虹の実』の果汁をゼリー状に固めたスイーツである。
『ドリンク』を作る過程で小松の料理を参考がてらに試作し、保存していたのを思い出したのだ。
「な、なんて美しい料理なんだ……………!」
「一生に一度でいい! アレに思いっきりかぶりつきたい!」
「み、見間違いだろうか!? 虹が出ているように見える!!!」
食欲に直撃する香りもさることながら、蒸発した果汁が虹を作り出している様は神秘と幻想の領域であり、見る者すべてがヨダレを滝のように垂らしている。
「まったく、またお前が場をかき乱すのか。一口貰うぜ?」
会場の目が『虹の実のゼリー』に釘付けになっていると、傍に控えていた叡山が呆れながらも、興味津々な様子でゼリーをスプーンで掬う。
(っ、お、重い、同じ量の金にすら匹敵する重さだ!)
会場にいる全員が『食いたい!』という衝動と食欲に支配されつつある中で、叡山がゼリーを口に含む。
『鬼の目にも涙』というべきか、叡山の頬に涙が流れた。
(う、美味え、なんて美味さだ…………!)
レモン数百個分に匹敵する酸味が一瞬で過ぎ去り、時おり顔を出す香ばしさは栗の比ではない。
完熟マンゴーよりも濃厚な甘さの後には、キウイ以上の爽やかさが喉を通っていく。
さらには胃へ到達してからも三つの味が弾け、その存在感は消えることがなかった。
「カムイよぉ、ゼッッッッテーーーーーに諦めねえからな…………!」
「?」
涙を拭いながら憎しみに似た執着心を見せる叡山だったが、カムイには何のことだかさっぱりだった。
そして叡山が食べたことで周りの者たちも食べさせてもらおうと騒ぎ出す。
「カ、カムイくん! 一口でいいから私にもちょうだい!!!」
「お願いよカムイくん、私にも分けて! お金ならいくらでも用意するわ!!!」
「わ、私もだ! 私にも分けてくれ!」
「頼むカムイくん! 後生だからその料理を食べさせてくれ!」
「カムくん、モモも! モモにも食べさせて!!!」
えりなだけではなく、なつめ嬢やその他の審査員たち。さらにはいつの間にやってきたのか、運営委員専用の部屋で見守っていたはずの茜ヶ久保までもが強請ってくる。
明らかに全員の目が普通ではないので、カムイは仕方なしに『金の包丁』でえりな・茜ヶ久保・審査員たちに切り分けて渡す。
「き、きれい、ゼリーの成分が蒸発して虹になるなんて…………!」
「ちょっとそこのアナタ! 今すぐ新しいスプーンを用意しなさい! カレーを食べた後のこんなスプーンで食べるだなんて、カムイくんに対する冒涜だわ!」
「きゃわ~~~~~~~~~♪ スゴイスゴイスゴイ! こんな可愛いスイーツ初めて見た♪」
「おお、これが【神域の料理人】が作る料理! 今まで見てきた料理とは次元が違う!」
「これはもう『芸術』だ! 人類史に残る『芸術』だ!」
「この世すべての食材に、感謝を込めて、『いただきます』」
「「「「い、いただきます」」」」
えりなたちが料理に目を奪われている隣で、カムイはいつも通りの所作を取りゼリーを食べていく。
カムイの料理を食べられることを光栄に想いつつ、『これほど美しい料理を崩さなくてはいけない』という背徳感に駆られながら、周りの者はゼリーを口に運ぶ。
もちろん全員があまりの美味さに昇天してしまったことは言うまでもない。
文字数調整のため、葉山と幸平の審査は次回に回してカムイの料理を入れました。
ちなみに【トリコ】でも、作者が一番最初にインパクトを受けたのは『虹の実』でした♪
【本日のグルメ食材】
虹の実
それでは皆さん、次回で♪
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