今話から【食戟のソーマ】の世界がメインとなります。
ここまで駆け足で進めてきましたが、ここからは普通に話が進んでいきます。
『裏のチャンネル』、さらには『ワープキッチン』を使い恐ろしい速さで世界中を巡るカムイ。
もはや地球を何周したのか分からないほどであったが、それでもまだ『フルコース』に相応しい食材や調理法を見つけられないでいた。
カムイは旅をする中で色々な人とも出会った。大抵の人間はカムイを利用しようとするか、大金をはたいて料理を作らせようとする連中なのだが……………………1人だけ例外がいた。
その男はカムイを利用しようとしているわけではなく、かと言って金に物を言わせて料理を作らせるわけでもない。
黒いスーツに身を包み、黒髪をハーフバックにした妙齢な男性。彼は『全ての料理人が悩み苦しむことの無い理想郷を作る』と言って、カムイに協力を申し出てきたのだ。
今までとは違うタイプの人間であったが、カムイには全く興味が無い。
いつも通り力ずくでないのであれば、自分の料理を食べさせれば大人しくなるだろうと思い、カムイは作っていた料理を男にも食べさせた。
作った料理は【王陸鮫のペア煮込み】。二郎のフルコースの魚料理である『王陸鮫』をアカシアのフルコースのスープである『ペア』で野菜と共に煮込み、様々な香辛料で仕上げたものだ。
もちろん『ペア』は【IGO】によって品種改良されているため、飲んでも性転換することはない。
『王陸鮫』は『アイランドシェル』にて飼育していて、『蘇生切り』で肉の一部を切り取ったもの。
『活性切り』で旨味を最大化させた『王陸鮫』の肉と『アイランドシェル』で栽培している『グルメ界』の野菜。
それらをふんだんに使い香辛料で仕上げたことで、『食寶』と呼ばれる『ペア』に釣り合うだけの完成度となっている。
漂ってくる香りだけで腹と心を満たす『旨味』、食べればこの世のものとは思えないほどの超絶美味を味わえるであろうことは疑う余地は無かった。
男は見たことも無い美しい料理に心身を震わせながら、一口食べ……………………………全裸になって気絶した。
自分の料理を食べて放心したり、身動き出来なくなった者はたくさんいたが、衣服が吹き飛んで気絶する者はいなかった。
初めて見るリアクションではあったが『こういう人間もいるのだろう』と思い、カムイは気にすることも無く………………………恍惚の表情を浮かべたまま、白目を剥いている全裸の男を放置し、その場を去っていった。
「どうだろう、カムイ殿…………………………我が【遠月学園】への在籍、考えてはくれないだろうか?」
カムイは日本最大の料理学校と呼ばれる【遠月茶寮料理學園】、その総帥である『薙切仙左衛門』の屋敷へと招かれていた。
なお、傍らには彼の孫娘である『薙切えりな』も神妙な顔つきで座っている。
それはカムイが滋賀県の琵琶湖にて、マスの固有種である『琵琶マス(別名アメノウオ)』を調理している時のこと。
突如、黒いスーツに身を包んだ男たちに囲まれたカムイは、いつも通り威圧して黙らせるつもりであった。
しかしカムイが威圧しようとしたその時、黒スーツの男たちを制して白髪白髭の老人が現れた…………………それが『薙切仙左衛門』である。
『不快な思いをさせてしまい申し訳なかった。其方を脅かすつもりは無い、どうかワシの話を聞いてほしい』
自分の不手際でカムイをいきなり取り囲んでしまった非礼を詫びた仙左衛門は、カムイと話をするため自身の屋敷へと招いた。
普段のカムイであれば、『興味が無い』と言って『裏の世界』を通りその場から離れていただろう………………………しかしカムイは仙左衛門の話を聞くことにした。
どうして話を聞く気になったのかはカムイ自身にも分からない。ただ自身の直感が、『食運』が働いたことで普段とは全く違う反応を示したのだ。
仙左衛門の話は『自分の経営する【遠月茶寮料理學園】、別名【遠月学園】に籍を置いてくれないか?』というものであった。
今までとは違う対応、聞いたことの無い単語に流石のカムイも珍しく首を傾げてしまう。
「其方ほどの若者が……………………料理一つで多くの人々を、さらには国まで救うことが出来る料理人がいるとは思わなんだ。其方の料理は、まさしく『新たな味の世界』を生み出す。
それはつまり人類の『食』の歴史を推し進めるもの、必ずやこの学園にも新しい風を呼び込んでくれるだろう」
実際のところ、カムイの年齢は若いどころか仙佐衛門を遥かに超えているのだが、当然そんなことなど分かるはずもない。
今のカムイの見た目は高校生ぐらい、肉体年齢だけであれば孫娘である『薙切えりな』と同じなのだ。
「入学や在学中に関わる費用は全て我が遠月が負担する。授業や行事に参加するのも其方の自由だ。
また遠月学園にあるものは好きに使ってくれて構わない、必要なものがあれば遠月グループが総力を上げて用意する。
其方には絶対に不便を感じさせない…………………………だから頼む! このとおりだ!!!」
日本屈指の財閥である【遠月グループ】、その総帥が(見た目だけ)一介の若者に頭を下げる。普通に考えれば有り得ない事態、ゴシップ記者にでも嗅ぎつけられたらどんな騒ぎになるか分かったものではない。
また【遠月学園】に籍は置くけど、授業や行事への参加はカムイの自由意思。費用は一切発生せず、敷地内にあるものは全て好きに使っていい。
誰が聞いても高校生に与えるような待遇ではないと思うだろう。普通の生徒なら恐れ多くて断るか、二つ返事で了承するかのどちらかだ。
しかし……………………カムイの答えは決まっていた。
「………………………断る」
「ッッッッッッ!!! な、何故だ…………………!?」
仙左衛門としては最大限の礼を尽くしたつもりだった。
自分の得た情報では、【神域の料理人】は神出鬼没であり無礼を働けば話すら聞いてもらえない。
もし暴力を働こうとすれば、恐ろしい殺気を向けられて一瞬で意識を失ってしまうということだった。
これまで数多の追っ手を差し向けられても悉く捻じ伏せてきた強者、どう考えても常人離れした身体能力を有していることは明らかである。
だからこそ最初にカムイと出会った時に、仙佐衛門は自身のSPを叱り諫めたのだ。もしここでカムイの不興を買ってしまえば、もう二度と接触は出来ないと判断したのである。
話をする時も決して彼が不快に思わないよう細心の注意を払ったし、可能な限りの待遇も用意した………………………けれどもカムイは断った。
これだけ苦労した仙佐衛門が断られた理由を尋ねるのは当然の反応と言えよう。
「俺には、目的がある」
「目的? それはいったい……………………」
これだけ破格な待遇を用意しても悩む素振りどころか眉一つ動かさず断るほどの目的に、仙佐衛門は逆に興味を持った。
そしてカムイは仙佐衛門の質問に迷いなく答える。
「『人生のフルコース』を、完成させる」
『人生のフルコース』……………………仙佐衛門にとっては初めて聞く言葉だが、その意味は理解できた。
料理人なら誰しも得意なレパートリーがあるし、その中からコース料理として出す品もあるだろう。
どんなコース料理が客に出されるかはその時々によって違う。季節を重視する場合もあれば、客やシェフの好みを重視して提供される場合もある。
そのため『コース料理』自体には決まった形が無く、当然ながら作る料理もシェフそれぞれに違う。
しかし『人生のフルコース』と言うのであればその形は一つ。料理人が今までに培ってきた経験や技術の全てを結集・駆使して作る………………………謂わば人生における最高のコース料理。
今後どのような食材に出会い、どのような技術を会得し、どのような料理を食べたとしても、決して揺るぐことの無い不変の組み合わせ。
文字通り、自分の人生において変わることの無い絶対的なフルコース………………それこそが『人生のフルコース』なのだと仙佐衛門は理解した。
自身が用意した最上級の待遇すら即答で断わられた仙佐衛門であったが……………………不思議にも全く不快な気持ちにはならなかった。
それどころか『この者の行く末がどうなるのか』『人生のフルコースとはいったいどんな料理になるのか』と強い興味すら抱いている。
料理人にも色々なタイプがいる。『富と名声を得たい者』『自分の料理をどこまでも追究したい者』『実家の家業を継ぎたい者』『伝統の味を受け継ぎ、後世へと引き継がせたい者』など様々だ。
料理人それぞれに自分なりの考えや信念がある。それらを考えればカムイの言っていることは至極まっとうなものだし、『食』に関わる者としては簡単に理解できた。
今まで聞いたことも出会ったことも無い、まったく新しいタイプの料理人…………………………仙佐衛門はもっとカムイのことを知りたいと思った。
「なるほどな…………………ならば尚のこと、其方は【遠月学園】に所属するべきだ! 【遠月学園】には古今東西における膨大な『食』に関する知識や技術が集約している。
また、通常では入手しにくい食材ですら【遠月】の力があれば手に入れることが出来る。其方が目指す『人生のフルコース』完成の大きな助けとなるはずだ」
カムイの目的を知った仙佐衛門は、ますますカムイのことが【遠月学園】に欲しくなった………………………そして強く確信した。
(この者なら真凪を、えりなを…………………『神の舌』を持つ者を救ってやれる!!!)
自身の娘である『薙切真凪』とその娘である『薙切えりな』は、『神の舌』と呼ばれる極めて鋭敏な味覚を持つ。
この『神の舌』を使えば、料理における絶対的な『味の正解』へと辿り着くことが出来る。
通常であれば失敗や試行錯誤を重ねて辿り着く時間を一瞬で省略できる代物。そのため、世界中の『食』に携わる人間が『神の舌』が導く『正解』を求めて多額の依頼してくる。
このように周りの人間にとっては『天啓』を与えるとも言える『神の舌』だが…………………当人にとっては『呪い』とも呼ぶべき忌物だった。
『神の舌』は料理を食べるごとにその精度を増していき、やがて食べずとも料理の味を認識してしまうのだ。
そのため『神の舌』を持つ者は徐々に『味への期待』が無くなり、やがて『食べる楽しみ』を失ってしまう。
『食べる楽しみ』、即ち『美味しい』という感覚が無くなった『神の舌』の所有者は料理に対する絶望を積もらせ……………………最後には何も食べることが出来ずに死んでいく。
仙佐衛門はそんな娘と孫娘を救うため、カムイの料理に希望を見出した。
料理一つで信じられないほどの奇跡を起こしてきたカムイならば、二人に『希望』を与え救ってくれるかもしれないと考えたのだ。
そしてカムイの料理を食べ、こうして話を聞いた仙佐衛門は自分の考えが間違っていなかったと確信した。
仙佐衛門が食べたのは【アメノウオの幽庵炙り焼き】。刺身でも食べることが出来る『アメノウオ』を特製のタレを塗りながら皮目に軽く炙り、旨味と香りを立てた一品である。
タレは『醤油バッタ』から取れた『熟成醤油』に100年間醸造された『ミレニアムみりん』を合わせ、柚子の香りとサンザシの甘酸っぱさが合わさった『サンザシトラス』を加えて一煮立ちしたもの。
『アメノウオ』のしっとりとした肉質が表面を炙られたことで香ばしさを出し、軽く熱を加えられたことで本来持っている甘い脂が旨味を増す。
『グルメマター』によって限界以上に旨味を引き出された『アメノウオ』の肉に『特製タレ』が深みを与え、より味の輪郭を際立たせる。
カムイの料理を食べたSPたちは全員腰を抜かし、しばらく身動きができなかった。
仙佐衛門も腰こそ抜かしはしなかったものの、あまりの美味さに心身が痺れて、自分のみならずSPの服までも弾け飛ばす『おはじけ』&『おさずけ』が発動した!
未だかつて味わったことの無い超絶美味に仙佐衛門は噂が全て事実であることを思い知る。
そして娘と孫娘を救うため、何としてもカムイを遠月に迎え入れたかった。
「断る」
しかしカムイの答えは変わらなかった。確かに『興味』が出るような提案ではある…………………………だが『魅力』は感じなかった。
『ワープロード』が使えるカムイは欲しい食材があれば現地に行って手に入れればいい、『アイランドシェル』に戻れば充実した調理施設もある。
入手がしにくい調理法や料理が書かれた本なども『食運』と『ワープキッチン』を駆使すれば、手に入れることは難しくない。
つまり仙佐衛門の提案は全て、カムイ自身が自分で成し遂げられるものばかりなのだ。
故に仙佐衛門の提案を受け入れなければならない理由はどこにも無く、これ以上話すことも無いと判断したカムイは立ち上がる。
「待ちなさい!!!!」
屋敷を去ろうとするカムイを、今まで静かに話を聞いていた『薙切えりな』が呼び止めた。そればかりか、えりなは鋭い目つきでカムイのことを睨みつける。
「黙って聞いていれば…………………………アナタはいったい何様のつもりなの!?
お爺様がこれほどまでに礼を尽くし、破格の待遇も用意してくれているというのに………………………それを袖にするなんて無礼にも程があるわ!!!」
「っ、止めなさい、えりな! この者はワシの客人だ!!」
自分が敬愛する祖父を無下に扱われたことに怒るえりなを仙佐衛門が諫める。
仙佐衛門からして見れば、ここでカムイの不興を買ってしまうのは百害はあっても得することは一つも無い。
そのため、えりなには大人しくしていて欲しかったのだが、彼女は一向に止まる気配が無かった。
「いいえ! たとえお爺様の客人でも、この男の態度には我慢がなりません!!」
えりなは仙佐衛門の諫めを振り切って立ち上がると、カムイに向かって指を差す。
「『カムイ』と言ったわね! アナタ、私と料理勝負………………いいえ、『食戟』をしなさい!!
テーマは『卵』、そして私が勝ったら問答無用で遠月学園に入学。
そして在学中は、私やお爺様の言うことに絶対服従よ!!!」
【食戟】とは意見や考えの対立が起こった場合、互いに作った料理をぶつけて勝った方が『正義』という遠月学園伝統の決闘方法である。
『食』の世界において絶対的権威である遠月学園の決闘方法なだけに、遠月関係者だけではなく学園を卒業したOG・OBすらも無視できないほどの影響力を持つ。
申し込まれた『食戟』を受けるも受けないも本人の自由意思なのだが、今回えりながカムイに要求したのは『カムイの人生の一部」。
それだけのものを要求するのだから、えりなもカムイから要求されれば自分の人生を賭けるつもりでいた。
「断る」
しかし別世界から来たカムイにとっては、遠月学園の価値も『食戟』の重要性も全く関係ない。
また、えりなに勝ったところでカムイには全く得るものが無いのだから当然の反応である。
憤慨するえりなに背を向けるカムイだが、その態度に自身の覚悟をバカにされたと感じたえりなは更に怒りを増す。
「っ~~~~、逃げるの!? とんだ腰抜けね。『人生のフルコースを完成させる』なんて言っておきながら、料理から目を背けるなんて!!」
幼少の頃より周りの者から恐れ、敬われてきたえりなにとってカムイの態度は初めての経験だった。
いくら言っても全く相手にされないカムイを挑発するえりな…………………しかしそれでも足を止めないカムイに業を煮やし、とうとう『言ってはいけないこと』を言ってしまう。
「この様子なら、『人生のフルコース』とやらも大したものではなさそうね………………まぁ、仕方ないわ。
『神の舌』を持つ、この『薙切えりな』に出すことすら出来ない料理など…………………何の価値も無い『生ゴミ』だわ」
えりなの言葉に今まで何の興味も示さなかったカムイが、初めて感情を表に出した。
「っ………………………………いいだろう、受けてやる」
周りからの言葉など全く気にするつもりはなく、他人への関心も無いカムイだが……………………自分の『人生のフルコース』をバカにされることだけは我慢がならなかった!!!!
『たった一人の妹との約束』
『自分が生きてきたという証』
『魂の門』が破壊されたことで、もう『魂の交換』は出来ない…………………つまりカムイにとって今生こそが、最後に残されたチャンスなのだ。
自分の最後の人生の全てを懸けて完成させようとするフルコースをバカにされたカムイは、えりなとの『食戟』に応じた。
えりなとカムイの『食戟』は遠月学園の【月天の間】で行われることになった。
普段は使われることのない【月天の間】、開放されるのは遠月学園の行事か学園が誇る生徒会『遠月十傑』同士による『食戟』のみ。
その【月天の間】は満員御礼、椅子に座れない生徒も通路に所狭しと溢れており二人の『食戟』を今か今かと待ち侘びていた。
特段言い広めたわけでもないのにこの混み具合、仙佐衛門の計らいで二人の『食戟』を見学するよう『十傑』に指示が出たのだが人の口に戸は立てられない。
カムイとえりなが『食戟』を行う情報は、瞬く間に学園中に広まっていった。
『神の舌』を持ち、高校進学と同時に『十傑』入りが確定している『薙切えりな』。
料理一つで戦争を止めて国を救ったという伝説を持つ『神域の料理人』。
この二人の『食戟』ともあらば、生徒のみならず教師ですら見たいと思うのは当然のことであった。
『それではこれより、薙切えりな選手とカムイ選手による『食戟』を行いたいと思います。テーマ食材は『卵』、それでは……………………調理開始ィィィィィィィ!!!!』
司会者の合図と共にけたたましい銅鑼の音が会場中に鳴り響き、カムイとえりなは調理を始めた。
仙佐衛門と共に審査員を務める2人の審査員もどんな料理が出てくるのかと興奮を隠せないでいる。
まず、えりなが取り出したのは松坂牛の『シャトーブリアン』。1頭から僅か600gしか取れない高級部位である。
それを小さなサイコロ状にカットし、熱したフライパンの上で1個ずつ面を軽く焼いていく。
小さな小さなサイコロステーキ、10秒も焼いてしまえばたちまち『ウェルダン』になってしまうだろう。
しかし、えりなの技術と集中力により見事な『レア』の状態に仕上がっていく。
全てのサイコロステーキを『レア』に仕上げたえりなは、続いて最高級の卵である『鳥骨鶏の卵』を用意、それを黄身と白身に取り分け白身の方は泡立てる。
そして黄身と白身を混ぜてフライパンで焼きオムレツを作るのだが、ここでえりなは作っておいた『シャトーブリアンのサイコロステーキ』を入れてオムレツで包んだ。
そうして完成したオムレツに仕上げとして、軽く温めた鳥骨鶏の卵黄と生クリームに最高級の白トリュフのペーストを混ぜて作った『特製ソースシュプレーム』と黒コショウをかけて完成。
一方のカムイが『シェルダーバッグ』から取り出したのは、『あんみつ鳥のガラ』『ニワトラの卵』に…………………謎の『赤紫の卵』。
使う食材はたった三つだけ、しかも見たことの無い食材に会場にいる全員が怪訝な反応を見せるが、カムイは周りの目など気にすることなく調理を進める。
まずゼラチン質のネットリとした出汁が取れる『あんみつ鳥のガラ』で出汁を取りつつ、『ニワトラの卵』を黄身と白身に分ける。
黄身と白身を丹念に濾して滑らかにしてから混ぜて卵液を作り、『金の菜箸』で軽く混ぜたら耐熱容器に入れて蒸す。
蒸し終わるまでの間に『赤紫の卵』を裏ごししてペースト状にし、煮詰めて味を濃縮させた出汁で赤紫の卵ペーストを伸ばしていく。
蒸していた卵液の表面が固まったら伸ばしたペーストを薄く乗せ、再び蒸して中身を固めれば完成。
先に実食されたのは、えりなの≪シャトーブリアンのオムレツ。ソースシュプレームかけ≫。
フワトロのオムレツにソースシュプレームが溶け合い、烏骨鶏の卵の濃厚な味わいが口の中に広がる。
儚く溶けていくオムレツの中に入っていた『シャトーブリアンのレアステーキ』を嚙み締めれば、肉の旨味が残っていた卵の味と混じり合い一つになる。
サイコロ状にカットされているため、口には『シャトーブリアン』の肉が適量に入ってくる上に、一口頬張れば『シャトーブリアン』の上質な肉汁で口の中が満たされた。
濃厚な『鳥骨鶏の卵』の旨味が肉汁迸る『シャトーブリアン』の味をしっかりと受け止め、それでいて破綻することなく己の味を出している。
さらにタップリとかけられた『ソースシュプレーム』が『鳥骨鶏の卵』と『シャトーブリアン』をまとめあげていた。
まさに『神の舌』が織りなす美味、スクリーンに表示された画像からも非の打ち所がない完璧な料理。
その美味さと完成度に審査員の教師は感嘆し、仙佐衛門は上半身を『おはじけ』した。
『いかに「神域の料理人」と言えど勝てるわけがない』………………………会場にいる全員がそう思っている中、カムイの料理が提供される。
審査員、そしてえりなの前に出されたのは………………………『蓋茶碗』だった。
「蓋茶碗で卵、そしてあの調理工程。やはり『茶碗蒸し』か」
シンプルな調理法であったため、どんな料理を作るのかは会場にいる全員が分かっていた。
えりなが作った料理と比べても単純極まりない料理に、観客だけではなく審査員すらも肩透かしをくらってしまう。
「っ~~~~~、ふざけないでっ!!! 私が作った料理に対して『茶碗蒸し』? どこまで人のことをバカにすれば……………………っ!」
えりなもまた料理人の端くれ、自分の料理が侮られることは自分が侮られる以上に耐えがたい屈辱であった。
しかし堪忍袋の緒が切れたえりなだったが、カムイが『茶碗蒸し』を食べようと蓋を取った瞬間に二の句が継げなくなる。
パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………………………………。
もはや旨味が視覚化されているとさえ思うほどの輝きと共に、食欲へ直撃する濃厚な香りが会場全体に満ちる。
その光景を前に落胆した審査員、怒り心頭なえりな、カムイに対して罵倒すらしていた観客たち……………………………誰もが『ある思い』に支配された。
<<<食いたい!!!!>>>
審査員が『茶碗蒸し』を食べると1人は号泣し、1人は魂が抜けてしまったと思うほど放心してしまった。
えりなですら『茶碗蒸し』から発せられる輝きと香りの前に抗うことは出来ず、一心不乱に『茶碗蒸し』を貪り食い、食べ終わると同時に気絶した。
さらには仙佐衛門が放出した『おはじけパルス』により、気絶したえりなを除き会場の全員へ『おさずけ』が発動。
カムイとえりな以外の全員が下着姿になり、会場が大混乱に包まれた。
『え、え~~~っと、審査員の皆さん? どんな味だったのでしょうか?』
どうにか全員へ身体を隠すタオルを配り終え、司会者がカムイの料理について評価を求める。
しかし、えりなは気絶している上に審査員の教師はまともに話せる状態ではない。だがそれでも味に対しての評価を聞かなければ、勝負は成立しない。
戸惑いながら尋ねる司会者に、強靭な精神力で唯一意識を保った仙佐衛門が答える。
「………………………実に恐ろしいまでの強烈な旨味と深さを持った料理であった、これほどの『卵料理』が地上に存在していたとは想像すら出来なんだ」
『えっと、つまり「美味しかった」ということですよね? 具体的にどのような味だったかお教えいただけますか?』
「うむ、まず特筆すべきは圧倒的なまでの『卵の濃厚さ』だ。舌に絡みつくようなまったりとしたコクと深い味わいは、『鳥骨鶏の卵』の比ではない。
『茶碗蒸し』は卵が全てな料理、まさしく卵の味を一番味わえる料理の一つと言えよう」
仙佐衛門の解説により、観客たちは味を想像するだけで生唾を呑む。大げさにも思える評価であったが、先ほど自分たちの目と鼻で感じた余韻が仙佐衛門の評価の正しさを物語っていた。
「そして何よりも気になるのが………………………あの『香り』だ」
『ゴクリ、蓋を取った瞬間に広がった、あの濃厚な「香り」ですね……………………アレはいったい何だったのでしょう?』
自分たちの感情を食欲で支配した『未知の香り』。その正体は会場の全員が知りたがっており、司会者や観客も思い出すだけで陶酔するほどである。
もはやカムイの実力を疑うべくも無い観客たちはシンと静まり、仙佐衛門の言葉を待つ。
痛いぐらいの静寂が会場を包む中………………………仙佐衛門が静かに口を開いた。
「これはあくまでワシの推測に過ぎないが、あの香りの正体は恐らく………………………『糟蛋 ザオタン』だ」
『糟蛋? 「蛋」ってことは、『卵』ということですか?』
【糟蛋 ザオタン】。それは『アヒルの卵』を酒粕を主成分とした調味料に漬け込んだ中国発祥の加工食品である。
主に風味付けの調味料として用いられることが多く、かつては『皮蛋(アヒルの卵をアルカリ発酵させたもの)』『鹹蛋(アヒルの卵の塩水漬け)』と並んで『三大卵』と数えられていた。
「皆が知らぬのも無理はない。他のアヒルの卵に比べて何故『糟蛋』だけが知られていないのか………………………その理由は『糟蛋』の製造方法にある」
『糟蛋』を作るには、まずアヒルの卵に小さな棒で全体に亀裂を入れて、酒粕を主成分とした調味料に2か月ほど漬け込む。
そして取り出した卵を潰さないよう薄い保護膜だけを残して殻を剥き、また調味料の中に2年ほど漬け込むというものである。
『ひえ~~~~、聞いているだけで気が遠くなりそうな作業ですね~~~~!』
「うむ。そのため作る者がほとんど残っておらず、門外不出の調味料を用いるため、今では中国の浙江省平湖市と四川省宜賓市でのみ生産されている。市場にはまず出回らない品だ」
『そ、そんな希少な食材を、カムイ選手は手に入れたということですか!?』
自分たちですら聞いたことの無い希少な食材を持っているカムイに観客たちがどよめくが、仙佐衛門が首を振る。
「いや、恐らく自分で作ったのだろう。『恐らく』というのはワシ自身食べたのは一度のみであり、しかもこの『糟蛋』はその時食べたものよりも遥かに濃厚だったからだ」
『じ、自分で、ですか!? 門外不出と言われている調味料を、自分で作ったと言うんですか!?』
仙佐衛門の言葉に司会者だけではなく観客たちも驚愕し、服を飛ばされた羞恥心などどこかに飛んで行ってしまった。
仙佐衛門の言う通り、今回カムイが使った『糟蛋』は『ニワトラの卵』に酒粕をメインにした調味料に漬け込んだ『自家製 糟蛋』である。
『食運』に導かれるまま旅を続けていたカムイはある日、中国四川省の奥地で『糟蛋』を作っている老夫婦に出会った。
その場で食べさせてもらった『糟蛋』は味が感じられなかったが、製造方法に興味を持ったカムイは自分で様々な卵を加工することを始めた。
門外不出と言われている調味料であっても、『食材の声』を聞けばミリグラム単位の配合を知ることが出来る。
長期に渡る発酵も『裏の世界』を利用すれば、一瞬で発酵させられる。
時間がゆっくりと流れる『ワープキッチン』の応用で、逆に急速に流れる『ワープダイニング』。
『グルメ界』を統べる八王が一角『鹿王 スカイディア』ほどではないが、カムイもまた『裏の世界』を利用して時間を操作することが出来るようになっていたのだ。
それから『裏の世界』を利用してカムイは、『糟蛋』だけではなく様々な食材を発酵させて加工していくことを覚えた。
『グルメ食材』は新鮮であれば新鮮であるほど良いというのが元いた世界の常識である。
しかしこの世界の『食材の加工技術』は、食材の不利を補って余りあるほどに素晴らしいものだった。
それからは『未知の調理・加工技術』を求めて世界中を旅して吸収していき、カムイの調理技術は更に磨かれていったのである。
司会者も気になりカムイに尋ねるも、当人は『興味が無い』と言わばかりに無言を貫く。さすがの司会者も『これ以上尋ねても仕方ない』と判断し評決に入る。
結果は当然のごとくカムイの完勝……………………いくら『神の舌』を駆使したえりなの料理であっても、ネットリしたコクのある香りと舌に叩きつけられた旨味の暴力。
さらには『熟成された卵の香り』と『新鮮で濃厚な卵のコク』が合わさった美味さの前には、審査員の教師たちもカムイの料理を勝ちとせざるを得なかった。
気絶したえりなが医務室へと運ばれていき、『もう用はない』という様子で会場を去ろうとするカムイ……………………しかし、仙佐衛門が呼び止めた。
「待たれよ、カムイ殿。まだ『食戟』は終わっておらん。次は……………………『遠月十傑』が相手をしよう」
仙佐衛門は学園が誇る最強の料理人集団、えりな以外の『遠月十傑』全員を呼び寄せる。
昔、知り合いの中国人が家にホームステイしたことがあり、お礼に『糟蛋』を送ってくれたことがありました。
一口食べたのですが…………………とんでもなく味が濃厚!!! 少量食べるだけでご飯一杯が軽々食べられるくらいでした。
当人曰く『基本的に風味づけで少量のみ使用する』らしく、ホームステイ中に教えてくれた中華粥に乗せたら、凄く美味しかったのを覚えています♪
オリジナル食材なんかも出していくので、『グルメ食材』か『現実の食材』か以下のように記載していくこととします。
グルメ食材(原作登場)〜『醤油バッタ』『ニワトラの卵』『あんみつ鳥のガラ』
オリジナル食材〜『ミレニアムみりん』『サンザシトラス』
現実の食材〜『アメノウオ』『糟蛋』
オリジナル技術〜『ワープダイニング』