予選は無事?に終わりましたが、本選開始は次回からとなります。
期待されていた方、申し訳ありません!
秋の選抜戦の予選が終わり、本戦出場者たちは次なる戦いに向けて準備や静養に入っていた…………わけではなく、本選出場者どころか今一歩のところで予選落ちしてしまった者たちも、料理の研究に励んでいた。
「やーーーーーっと見つけたーーーーー! もうっ、勝手にいなくなるんだから! あっちこっち探し回っちゃったじゃないのリョウくん!!!」
「………何すか、お嬢? オレ今もの凄く機嫌が悪いんで、つまらない用事なら後にしてください」
会場から途中退場した黒木場が、アリスの家ではなく専用調理棟で静かに佇んでいると、予選を終えたばかりのアリスが大声でやってきた。
家から調理棟まではかなりの距離なので、アリスもここまで自分の足を運ばせたことにご立腹である。
「ふぅん、そんなこと言っていいのかしら? せっかく『良いもの』を持ってきてあげたのに」
「? 何すか、『良いもの』って」
「フフフ♪ 実はね、リョウくんが出ていって午後の部が終わった後のことなんだけどね♪」
アリスが面白いものでも見つけたかのように無邪気に笑うのを見て、不機嫌だった黒木場も妙に感じてしまう。
気まぐれな性格の主がこんなにもご機嫌なところを見せるのは、かなり珍しい部類に入るからだろう。
そうして黒木場が奇妙に思っていると、アリスはまるでテーマパークから帰ってきた子どものように、はしゃぎながら何があったかを話し出す。
・午後のカムイの特別模範調理が終わった後、宿泊研修で退学になった生徒たちが逆恨みしてカムイに【連帯食戟】を申し込んだこと。
・テーマが予選と同じカレーであり、カムイは150人いる退学者たちに圧勝したこと。
・その時に作ったのが、予選で選手たちが作った料理をアレンジしたものであったこと。
虫の居所が悪かった黒木場も、アリスの話にすっかり聞き入ってしまう。
150人の生徒をまとめて打ち負かしたのはともかく、予選上位組が作ったカレーを一度食べただけで、その完全上位互換たる料理を作り上げてしまったことに言葉も出なかった。
「兄さんは私たちの料理を即興でアレンジ………いいえ、アレはもはや『進化』と呼べるわね。そんな料理をいとも簡単に作ってしまったの。
私の料理も、秘書子ちゃんの料理も、幸平くんの料理も………そしてリョウくんの料理もね♪」
「っ、オレの、料理を…………!」
「そう。そ・れ・で♪ 『コレ』が、兄さんがリョウくんのカレーを進化させた料理ってワケ♪
感謝してよね、兄さんに頼まれてワザワザ持ってきてあげたんだから」
アリスは話したいことを言い終えると、持ってきたクロッシュ皿を黒木場に渡して部屋から出ていく。
部屋に一人で残された黒木場は、渡された皿を見て身体が震えていた。
(っ、オレの料理を即興でアレンジ………『進化』させただと!? そんなこと、簡単に出来てたまるか!!!)
心の中で必死に認めまいとするも、カムイの料理を何度も食べてきた経験から黒木場も本心では分かっていた。
『カムイなら不可能ではない』、と!!!
パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
震える手でクロッシュを外すと、部屋中に濃厚なエビの旨味を宿した香りが充満した!!!
鼻の粘膜が溶けてなくなりそうな香りをまともに受けるも、黒木場は意識をしっかりと持ってカムイのカレーを一口頬張る。
だがカムイの料理を食べた瞬間、黒木場の視界は大量のエビで埋め尽くされ、意識が一瞬飛んでしまう!!!
港町で生まれ育った黒木場であったが、かつてここまで濃厚なエビの旨味は味わったことが無い!!!
(何だ、この途轍もない美味さは!? とてもエビ一匹から生み出せる味じゃねえ! この旨味はいったいどこから来てやがんだ!!!)
今まであらゆる者を自らの料理の旨味で捻じ伏せてきた黒木場であったが、カムイが作った金色に光るカレーから迸る濃厚なエビの旨味で、自分がノックアウトされそうになる!
自分が旨味でノックアウトしてきたことはあっても、自分がされたことは一度として無かった。
黒木場は人生で初めて、他人が作った料理に真っ向から打ちのめされた思いである!!
(っ~~~~~~! しっかりしろ、オレ! よく味わうんだ! 全神経を舌に集中させろ、そして見つけるんだ!! この旨味の正体を!!!)
あまりの美味さに気絶しそうになるのを必死に堪えながら、黒木場は何度も咀嚼していく。目を瞑り、必死に旨味の元を探ろうとする。
「っ、こ、これは、この味は…………『エビミソ』の風味!? そうか、アメリケーヌソースに大量のエビミソを使うことで、通常では考えられないぐらいの旨味とコクを持たせやがったな!!!」
どうにかカムイの料理の秘密を暴いた黒木場だったが、それでも喜ぶことは出来なかった。
まさに【コロンブスの卵】。知ってしまえば単純なことなのだが、自分は思いつくことすら出来なかったという事実に悔しさで顔を歪ませる。
「っ~~~~~! アイツの言う通り、オレの料理は『伊勢海老1尾』分の旨味でしかなかった。
だがカムイは恐らく百尾分はあるだろうエビミソを使って、その旨味を全てカレーに内包させやがったのか!!
ク、クッソがああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
生まれて初めて『純粋な旨味の真っ向勝負』で力負けした黒木場は『旨味』だけではなく、かつてないほどの『敗北感』も味わうことになった。
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「クッソッ、ダメだ! 米、タレ、具材の味が完全にまとまってない! これじゃあカムイが作ったような一体感や爆発力は生まれない!!!」
水戸はカムイが作った料理を参考に自分が予選で作った『東坡肉カレー丼』を改良したが、何度やってもカムイの料理に及ばなかった。
「この私が『丼』だけじゃなく、肉の扱いでまで後れを取るなんて冗談じゃねえ! 絶対にカムイの料理を超えてやる!」
水戸が豚バラ肉を使ったのに対し、カムイは豚の頬肉を熟成させて使用。
それにより豚バラ肉の脂一辺倒な味よりも、繊細かつキメ細かな肉質が複雑で深い味わいを生み出していた。
そんな熟成頬肉に同じグルメ食材である『生姜豚』の脂身で作った『コロンナータ風ラード』の熟成された香り高い脂の美味さが、具や米と絡み合いながら溶け合い、官能的な旨味と香りを爆発させていたのだ。
これがもし『カレー』ではなく、『肉料理』勝負であったとしても水戸の完敗だっただろう。
『ミートマスター』の異名を持つ水戸としては、その事実が我慢ならないのだ。
「な、なぁ肉魅ぃ。その丼、一口だけでも「触んじゃねえ! 卸されてえのか!!!」ヒィッ! ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
水戸が持って帰ってきたカムイの料理に興味津々な丼研の部長だったが、手を伸ばした瞬間にクレーバーナイフを向けられて壁際まで引っ込んでしまう。
「最後に丼に蓋をして蒸す、それを計算に入れて調理をしなきゃならねえ。
肉・脂・米・タレが生み出す、あのトロけるような一体感!! 絶対にモノにしてやる!!!」
「あ、あんまり根を詰めすぎないようにな…………」
部長の心配する声すらも届かないほど熱くなっている水戸は、『作る丼ごとの蒸し時間』を身につけるべく様々な『丼料理』の研究に没頭するのだった。
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カムイの料理に影響された者は水戸だけではない。スパイスの研究を主に行っている『汐見ゼミ』では、葉山が皿と睨み合っていた。
「違う、コレじゃない! カムイが作った料理の香りはもっと旨味を孕んでいた!! あんな香りは初めてだ!!!」
葉山の『絶対嗅覚』を持ってしても、カムイの作ったカレーの香りの正体を暴くことは出来なかった。
そのことで『香り』に対しては人一倍プライドを持っている葉山は、本選が控えていると言うのに汐見が今まで見たことが無いくらいに焦っている。
葉山が特定できないのも無理はない。カムイが使っていたスパイスは、カムイが『食運』に導かれるまま旅をしたことで見つけた新種や、元の世界から持ってきたものが多数使われていた。
しかもカムイはタンドールの『遠赤外線』をフル活用し、『旨味』と『香り成分』を乳化させて融合、味を爆発的に高めたのだ。
「スパイスの種類は自然界でも500以上あると言われている、けど未だにその全てが明らかになってはいない。ってことは、まさか未発見の新種を使っているのか!?
だとしたら、既存のスパイスに『渋味』や『苦味』を加えて俺の料理自体のクオリティを底上げするべきか」
「葉山くん、そろそろ休んだ方がいいよ。予選が終わってからずっと籠りきりじゃない。本選も控えてることだし、このままだと身体を壊しちゃうよ?」
何かに取りつかれたように栽培しているスパイスや学園で保管しているスパイスを嗅ぎまくる葉山を見て、保護者である汐見が止めようとする。
汐見の言う通り、カムイの料理の研究は後でも出来るのだから今は本選に集中するべきである。
「っ、悪いな潤、もう少しだけやらせてくれ。せめて俺の料理に『渋味と苦味のバランス』を加えられるようにならねえと…………!」
「…………分かったよ。でも無理はしないでね」
葉山としても一朝一夕でカムイに勝てるとは思ってはいない。実際、本選出場が決まった時点ではカムイのことは後回しで本選に集中するはずだった。
しかしカムイが自分の得意とする『香り』という分野で完全に上を行ったばかりか、自分の料理を『進化』させた料理を即座に作ってしまったのを見て考えが変わった。
たとえ相手が【神域の料理人】であったとしても、譲れないものがある。
「今の俺はスパイスの香りを着火剤にして『食欲』を刺激しているだけだ。
もっと踏み込んで、カムイのように『スパイスの風味』を『料理の旨味』と完全に結びつけて、『食欲』と『旨味』を爆発させる【起爆剤】にしないと!!!」
葉山は疲労した身体に鞭を打ち、『渋味』と『苦味』の扱いをモノにするべく研究方針をシフトした。
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「ど、どうでしょうか、えりな様」
「…………ダメね。味のまとまり・旨味・コク・香り、全てにおいてカムイくんに届いていないわ」
新戸も自分が得意とする『薬膳』という分野で完全に上を行かれたことに悔しさと敗北感を覚え、『選抜中は決して頼らない』と心に決めていたえりなに協力をお願いしていた。
「っ、申し訳ありません。せっかくえりな様の御力をお借りしているというのに、このような体たらくで……………!」
「気にしないで緋沙子。たった一人でカムイくんの味に追いつくなんて無茶だもの、むしろ素直に私を頼ってくれて嬉しいぐらいだわ」
「…………………………………」
「それに『カムイくんに届いていない』とは言っても、アナタの料理は間違いなく予選の時よりも美味しくなっているわ。
もし私が選抜の予選に出場してカレーを作っていたとしても、カムイくんは私の料理を進化させたカレーを作り出していたに違いない。だからあまり気を落とさないで」
「っ、えりな様、っ~~~~~! ありがとうございます! ご安心ください。この新戸緋沙子、このようなことでめげるほど弱くはありません!!
必ずや選抜に優勝し、えりな様と共にカムイに挑んでみせます!!!」
「ええ♪ 期待しているわ、緋沙子」
『神の舌』を持ってしても届かない【神域の味】を前に、えりなも緋沙子も苦戦を強いられていた。
しかし他のメンバーとは違って、『神の舌』という絶対的なコンパスがある分、新戸はまだ精神的に助かっている。
そもそも『魂の交換』により圧倒的な経験値を誇るカムイに対して、一人でその味に追いつくなど不可能なのだ。
えりなの言う通り、誰よりも早くカムイとの実力差を知り、えりなを頼った新戸の考えは英断だったと言える。
ただそれでも相手は『神の舌』を超える料理人。試作を重ねるごとに、二人掛かりでもその壁の高さを思い知らされるのだった。
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「っ、くっ! ダメだ、見た目だけ似せても味が全然違う! あの繊細極まる味わいが再現できていない!!!」
「僕の方も同じだよぉ。香りもコクも全然足りないし、食感のバランスも悪い」
タクミとイサミは二人でカムイの料理を模倣することから始めようとしているが、結果は芳しくない。
イタリア人たる者、相手が誰であろうと『イタリアン』で負けることなど我慢ならないのだろう。
「魚介の旨味を強くするとパルメザンチーズの味と喧嘩してしまう。魚介の風味とパルメザンチーズの風味が合っていないんだ。
かと言って、魚介類やチーズの量を少なくすると物足りなくなってしまう。
両者の間を結び付けているのがスパイスの風味なのは間違いないんだが、その調整が難しい! 何て繊細なバランスで作っているんだ!!」
「こっちも二種類の生地のバランスを調和させないと、中と外の生地の食感がバラバラで美味しくない。
しかもカムイくんは『トマトの水分』だけじゃなく『玉ねぎの水分』もブレンドした【無水カレー】、甘味と酸味の配分が難しいなぁ」
「っ、一旦食材から見直した方が良いかもしれないな。明日は朝早くから魚河岸に行って「待ってよ兄ちゃん」っ、何だイサミ?」
「カムイくんの料理の研究もいいけど…………大丈夫? 本選までそんなに日があるわけじゃないんだよ?」
予選が終わったばかりだと言うのに全く休みヒマも無くカムイの料理の研究をするタクミを見て、イサミが不安気に心配する。
普段は少し抜けているところはあるが、それでも周りの人間に余裕を感じさせてくれるタクミ。
しかし、こと料理に限っては誰よりも熱くなりやすい。幸平をライバル視しているのがその証拠でもある。
たとえ相手が【神域の料理人】であっても、『イタリアン』で後れを取ることは『イタリア人』としてのプライドが許さないのだ。
「っ…………ああ、分かっているよイサミ。だがもう少しだけやらせてくれ。
せめてこの料理の一部だけでもモノにしたいんだ。そうすれば、俺の料理は間違いなく更なる高みへと到達できる!!!」
「兄ちゃん…………うん。でも無理はしないでね」
本選に出場した以上、選抜戦を第一に優先しなければならないことはタクミも理解している。
ましてや自分は本選に残れなかった弟の分まで頑張らなければならないのだ。
それを考えればイサミの心配は尤もだし、体調を万全にすることに努めるべきである。
しかし目の前に自分の料理を凌駕する皿があるのであれば、そのセンスをモノにしたいと思うのは『料理人』としての性と言える。
それに選抜に優勝すれば、その本人と戦うことになるのだ。
しかしこのままではマトモな勝負にすらならないと確信したタクミは、イサミが強引に止めるまでカムイの料理の研究を続けるのだった。
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「も~~~~う! どうやったらこんな味になるの~~~~~!!!」
「そうねぇ、とりあえず分かる範囲でカムイくんの料理を真似てはみたものの」
「全然味がまとまらないよね……………」
吉野・榊・田所の三人も頭を悩ませながら互いに意見を持ち寄っているのだが、出来た試作品はカムイの料理とは似ても似つかないものであった。
「似たような食材を使って、似たような調理もしてるのに、どうしてこんなに味が違うのかな~~~~~」
「たぶん食材の質だけじゃないよね。もっと別の理由、細かいレベルでの味の調整が求められてるんだと思う」
「でしょうね。一見すると卓越した技術と濃厚な味わいに注目しがちだけど、実際には緻密なバランスの上で成り立っているというのが分かるわ」
三人の推察はある意味正しい。『グルメ食材の質』や『食材の声を聞いた繊細調理』は言うに及ばず。
カムイには『活性切り』に加え、『マイノリティワールド』により水と油を融合させるなどの通常ではありえない技術を用いて旨味を爆発的に高めているのだ。
言ってみれば通常の料理人の調理が食材の旨味を『1+1=2』にするような足し算であるのに対し、カムイは『1+1』が100にも1000にもなっている状態。
そのため『グルメ食材』や『マイノリティワールド』を抜きにしても、『活性切り』や『食材に選ばれること』によって旨味を最大化。
そのうえで相性の良い食材と合わせて相乗効果を発揮させたり、【旨味成分の乳化】などで『旨味の掛け算』とも呼ぶべき調理を行わなければ、カムイと同レベルの料理にはならない。
【旨味の掛け算】、それはまさしく四宮のような『一流プロ』の仕事。
幸平たちの料理はアイデアは優れているかも知れないが、まだまだ『旨味の足し算』でしかなく、『学生』の域を出ていないのだ。
「やっぱり三人も悩んでいるみたいだね。でも無理をしてはいけないよ」
「一色先輩! それに丸井くんと伊武崎くんも、どうしてここに?」
「ぼ、僕たち二人も、カムイの料理について、色々と研究していたんだけどね」
「一色先輩に中断させられたんだよ」
三人がウンウン唸っていると一色が丸井と伊武崎を連れてやってきた。
伊武崎はともかく、丸井がやつれているところを見るとかなり根を詰めていたようだ。
「皆の焦る気持ちは分かるけど、無理にカムイくんに近づこうとしても良い結果は得られないよ。
特に田所くんは本選を控えているんだから、もっと身体を労わらないと」
「す、すみません! つい夢中になって…………」
どうやら一色は極星寮のメンバーがカムイの料理の研究に没頭しているのを見て、ブレーキを掛けて回っているらしい。
選抜に参加していないとはいえ、こうして皆のためのストッパーになれるあたり年長者としての貫禄なのだろう。
「創真くんも予選が終わってからずっと部屋に籠りきりだからね。皆もほどほどで切り上げないと、このままでは身体を壊してしまうよ」
「それは、そうなんですけど……………」
「でもでも、置いて行かれたくないんですよ~~~~~~!」
自分たちと同い年でありながら、【人生のフルコースの完成】という明確な目標の為に邁進するカムイ。
しかし同じ世代とは思えないほどの『卓越した才覚』は、彼に『他者の味を認識できない』という爪を自らの身体に突き立てる結果となった。
誰とも出会えず、誰にも頼れず、荒れ狂う嵐の中をたった一人で歩き続けるカムイ。
けれどそんな状態でも、ひたすらに料理人としての高みを目指し続けている生き方を放ってはおけなくなってしまった。
『このままではいずれ、カムイは壊れてしまうかもしれない』
そんな思いを抱いた極星寮のメンバーは、自分たちの味を知ってもらうことで、カムイに『決して独りではないのだ』ということに気づいてほしかった。
それは同情から来るものではなく、同じ『今を生きる料理人』としての矜持であった。
「だったらなおのこと、無理に背伸びをする必要は無い。キミたちはまだまだこれからなんだから。今は予選で疲れた心身を癒す方が大事だよ」
カムイの料理はすぐに追いつけるような代物ではないことは、一色自身もよく知っている。
だからこそ、このままではカムイの前に皆がダメになってしまうと危惧したのだ。
イカロスが太陽に近づきすぎたためにその身を灼かれたように、カムイの才能に無理して近づこうとすると逆に自分の身を灼いてしまい………………最後には料理人人生が潰えてしまう、そんな気がしたのだ。
一色の忠告に従い、極星寮のメンバーはひとまずカムイの料理の研究は中断し一旦休むことにした。
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「っ、ダメだ! 全然カムイの味に追いつけてねえ! 旨味も、コクも、香りも、深みも!!
まったくカムイの域に達していない。どうしてだ、どうしてこんな味になる!?」
予選が終わってから幸平は、カムイの味に追いつこうと何度も試作を繰り返していた。
しかし結果は全く振るうことが無く、逆にカムイとの実力差を思い知らされるハメとなってしまった。
「こうしている間にもカムイはどんどん成長………いや、周りの料理を自分のモノにして『進化』している!
負けられない!! 黒木場にも、葉山にも、薙切にも………カムイにもだ!!!」
幸平とカムイは同じ日に遠月学園へと編入した。その時は単に『同年代で凄腕の料理人』ぐらいにしか思っていなかった。
だがカムイの料理を知っていくうちに、自分とはあまりにも実力が掛け離れていることを自覚させられた。
相手が『第零席』だろうと【神域の料理人】であろうと、幸平にとっては関係ない。
幸平とカムイは同学年で、同じ編入生であることに変わりはないのだから。
「カムイの料理に対して俺の料理は『オムレツ』『リゾット』『具材』『ソース』と一つ一つは美味いんだが、全体的に味が全くまとまってねえ。
こうやって食べ比べて見ると分かる、俺とカムイの料理の完成度の違いが…………カムイは確か『食材の声を聞け』って言ってたな。
それが何なのかだけでも掴まねえと、カムイとは戦えねえ!!!」
幸平はカムイの料理を一口食べるたびに40回以上咀嚼し、反芻し、一つでも多くカムイのセンスをモノにしようとする。
果たして幸平は『食材の声』を聞くことが出来るのだろうか。
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カムイのアレンジ料理を食べた者たちが、何かに取りつかれたようにカムイの料理を研究している一方で、当のカムイは『アイランドシェル』に籠っていた。
(これも違うな。『食運』が働いたから、てっきりカレー風味に仕上げれば完成すると思ったんだが)
カムイが現在試作しているのは、フルコースの『肉料理』であった。
メイン食材は『古代の食宝』と言われる『リーガルマンモスの宝石肉(ジュエルミート)』。
『宝石肉』はリーガルマンモスの全ての部位の旨味や肉質を内包しているという希少部位。
それにより『宝石肉』1つで様々な部位の味を楽しめるため、まさに『肉料理』としては申し分ない食材と言える。
カムイが珍しく仙左衛門の要望を受け入れ、あれだけカレーを作っていたのも、全ては『食運』の導きによって『肉料理』が完成すると思ったからだ。
フルコースの『ドリンク』が完成し、アリスから(黙って)拝借していた器材を返しに行った際のことである。
カムイは次なるフルコースの皿を埋めるべく、『肉料理』の調理法について試行錯誤していた。
メイン食材は『宝石肉』にすることはずっと前から決まっていたものの、それを活かすための調理法が見つからず未完成のままだったのだ。
なかなか『コレだ!』という調理法が決まらずに学園を彷徨っていたところ、ちょうどカムイを探していた仙左衛門と出くわし、選抜について話を聞いた。
本来なら全く興味が湧かない話であったが、不思議と拒絶の感情を抱かなかったことから『食運』が働いているとカムイは判断。
カムイは仙左衛門からの『予選の特別模範調理でカレーを作ってくれ』『選抜優勝者と戦ってほしい』という要望に了承した。
そうして多くの生徒たちのカレーを知り、自分なりにアレンジして『宝石肉』に試してみるも…………結果はイマイチだった。
もちろんそれでも極上を超える『神品』とも呼ぶべき味になっているのだが、自分の『肉料理』に採用するような味ではなかったのだ。
(『カレー』ではない? でも『食運』はまだ働いている。けど、しばらくは学園へ行こうとは思えない。秋の選抜戦、いったい他に何があるんだ?)
『肉料理』の調理法は『カレー料理』ではないと判断したカムイだが、未だに『食運』が働いていることから『食運』はもっと別のことを自分へ教えようとしていると考える。
選抜本選の1回戦は10日後で、二日にかけて行われると聞いている。
しかし不思議なことに『食運』が働いているわりには、何故か興味が湧かなかった。
『食運』が自分に何を教えようとしているのか分からないカムイは混乱してしまうが、ひとまず『肉料理』の試作を続けることにする。
カムイ自身が気づかないのは仕方ないことであった。『食運』がカムイに選抜へ参加させてカレーを作らせたのは、選手たちを奮起させるためだったのだから。
そしてカムイは後に知ることになる。
『肉料理』の調理法は、カムイのカレーを食べたことで闘志を漲らせている選手たちの中から生まれるということを。
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『食運』の思惑に気づかないカムイを他所に時間は過ぎていき、いよいよ本選前日を迎えることになった選手たち。
本選出場者が対戦カードごとに呼び出され、運営委員である十傑から1回戦のテーマを聞かされる。
ちなみに対戦カードはこのように決まった。
第一試合 テーマ『弁当』
幸平創真 対 薙切アリス
第二試合 テーマ『ラーメン』
田所恵 対 黒木場リョウ
第三試合 テーマ『ハンバーガー』
新戸緋沙子 対 葉山アキラ
第四試合 テーマ『デザート』
タクミ・アルディーニ 対 美作昴
選手たちはテーマと対戦相手を教えられたらすぐに試作に取り掛かったのだが、第二試合の『ラーメン』だけは他の試合とは少し違う点があった。
「そういうわけで、麺はこの中から選んでくれるかい? もちろんこの場ですぐに決めなくてもいい、日付が変わるまでに連絡してくれれば構わないよ」
そう言うと運営委員の1人である一色は麺のリストが書かれた紙を二人に渡す。
ラーメンの麺は物によっては何日か寝かせる『熟成』という工程が必要となる。
『かん水』を使わない分、『かん水』が持つアルカリ由来の臭みが無くなるうえ、グルテンの結合が強まり麺自体の旨味が引き出されるからだ。
そのため選手は予め用意された麺の中から1つを選び、その麺に合ったスープや具を調理するという試合形式となっている。
よって田所も黒木場も、自分が得意とする料理の長所を活かせる麺を選ぶことになる。
「あの~~1つ聞いていいッスか?」
「ん? 何だい黒木場くん」
「試合で使う麺なんですけど」
「【自作】したらダメなんですかね?」
バンダナを巻いていない黒木場が気だるけな顔で尋ねると、田所は思わず驚いてしまう。ニコニコ顔だった一色も意外そうに目を開いた。
「それは構わないけど…………でも大丈夫かい? 試合は明日だ。スープのことも考えると、今から麺を自分で作る時間はほとんど無いよ?」
田所と一色が驚くのも無理はない。試合は明日で今からスープの試作もしなければならないのだ、なおさら麺を作っている余裕など無い。
ましてや遠月学園が用意するからには、試合で使う麺は間違いなく『最高品質』の麺。
ソレを捨てて自分で作った麺を使うなど『無謀』としか言えないだろう。
「ええ、大丈夫です。それに………メイン食材である『麺』を既製品に頼っているようじゃあ、『アイツ』には勝てませんので」
「っ……そうか。でも無理はしたらダメだよ。気が変わったら連絡してくれて構わないからね」
「うっす。ところで、カムイは本戦でも『特別審査員』ってのになるんスか?」
「………いや、残念だけど断られてしまったよ。彼には彼の目的があるからね。
もしかしたら、『特別試合』まで学園には来ないかもしれない。一応『興味が出たら行く』とは言っていたけどね」
「チィッ、そうッスか」
黒木場の発言からカムイへの並々なら闘志を感じ取った一色は黒木場の提案を認めた。
そして黒木場は勝つこと以上に、『自分の料理をカムイにぶつけたい!』という衝動に駆られる。
だが一色から返ってきた言葉は、まるで自分たちには興味がないような返答だった。
これには黒木場も仕方ないこととはいえ、拳を強く握りしめるほどに悔しさを滲ませている。
「つまり、彼に自分の料理を食べさせたいのなら…………この選抜戦、『優勝』しなければならないということだ」
「ッ………ニヤァ、ジョートーですよ」
しかし一色の言葉で悔しさに歪んだ顔が一転して、獰猛な笑みへと変わる。それはまさに極上の獲物を見つけた肉食獣のようであった。
また、脇道に逸れようとしている黒木場を一言で引き戻してしまうあたり、一色も中々な強かさを持っている。
不気味な笑みを浮かべた黒木場が退室するのを見送ると、一色は田所にも麺についてどうするかを確認する。
「それで、田所くんはどうする?」
(っ、黒木場くんは自信があるみたいだけど、私に麺を今から自作できるような実力は無いし…………)
「え、えっと、私は学園が用意してくれる麺を使おうと思います。
ただ、どの麵を使うかについては……………すみません、少し考えてもいいですか?」
「もちろんだよ。さっきも言ったけど、日付が変わる前に連絡してくれればいいから」
「は、はい!」
麺を自作する自信が無い田所は、『安全策』で学園側が用意する麺を使うことにした。
ただどの麺を使うかまでは決めていない模様。しかしこれは一色も想定内であったため、無理に答えを急ぐことはしなかった。
こうして二人の『ラーメン対決』は黒木場が自家製麺、田所が特製麺という異色の対決となったのだ。
そしてこの麺の選択が、実は勝敗の行方を左右するということをこの時は誰も知らない。
カムイの『肉料理』完成については、もう少し先になりますので気長にお待ちいただければと思います。
【本日のグルメ食材】
宝石肉
それでは皆さん、次回で♪
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