神域の料理人が往く食戟のソーマ   作:あさやん&あさやん

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ただでさえ文字数が多くなるグルメの調理シーンと実食シーンを十傑全員分、つまり十食分を書かなくてはならないということ…………………ちょっと身の程知らずでした。




第四皿

 

 

 

 えりなを『食戟』にて破ったカムイだったが、再び調理場に立ち9人の男女と対峙していた。

 

 

 

 仙佐衛門は去ろうとするカムイを呼び止め、呼び寄せた9人と改めて『食戟』を行うように申し出る。

 彼らは遠月学園の中でもトップであり、その料理の腕前は一流店のシェフにすら匹敵するほどだ。

 

 無論そんなものに興味が無いカムイだったが、ここで断ってもしつこく付きまとってくるに違いないと思ったのと、えりなのように『未知の調理法』を見られるかもしれないと考え承諾した。

 

 えりながレアに焼いた『極小サイズのサイコロステーキ』。あのような調理法は今まで見たことが無かったため、カムイは強い興味が湧いたのだ。

 

 やり方そのものはシンプルだし、一目見れば自分でも出来るだろうが思いつきはしなかった。

 自分では思いつかなかった調理法を知ることが出来るという事実に『食運の導き』を感じたカムイは、渋々ながら仙佐衛門の申し出を受ける。

 

 しかし一人一人相手をするのは面倒なため、9人全員と同時に勝負するならとカムイが提案。

 

 自分たちを甘く見ているかのような提案に十傑たちも驚きと怒りを感じるが、仙佐衛門は『それで勝負してくれるなら』と受け入れた。

 

 こうして【カムイVS十傑】の同時食戟が始まったのだが…………………同時に料理を提供しても食べられる量は決まっているため、実食時に出来立てを提供できるよう第九席から始めて15分ごとの時間差で勝負を開始することになった。

 

 

 なお、食戟を取り締まる委員会が決めたカムイと十傑メンバーの対戦内容はこのようになっている。

 

 

制限時間は各々1時間。

 

第一席 司英士 テーマ食材『鹿肉』

第二席 小林竜胆 テーマ食材『ダチョウ』

第三席 女木島冬輔 テーマ食材『麺』

第四席 茜ヶ久保もも テーマ食材『イチゴ』

第五席 斎藤綜明 テーマ食材『マグロ』

第六席 紀ノ国寧々 テーマ食材『蕎麦』

第七席 一色慧 テーマ食材『鰆』

第八席 久我照紀 テーマ食材『唐辛子』

第九席 叡山哲也 テーマ食材『鳥肉』

 

 

 以上のように勝負内容が決まり、第九席である叡山から調理がスタートした。

 

 

 最初に戦うのは第九席である叡山。テーマ食材は『鳥肉』なのだが、当の叡山自身はこの勝負に対して乗り気ではなかった。

 

 負けたところで何かペナルティが課されるわけでもない。ただ仙佐衛門の指示で行っている勝負なのだから当然である……………………けれど勝負には興味が無くても、カムイ自身には興味があった。

 

 

『貧困地域でも生産可能な野菜や果物を栽培、食糧難を解決して飢える民を救う』

『作った料理一つで紛争地域の国を和解させて、戦争を終結させる』

 

 

 もはや空想の御伽噺の領域ではあるが、遠月や叡山の持つネットワークを駆使していくら調べても『事実である』ということしか分からなかった。

 

 そして先ほどのえりなとの食戟で作った料理を見て、叡山のコンサルタントとしての本能に火が点いたのである。

 

 

(カムイとか言ったな。コイツの料理は人間どころか国すら魅了する!!!

 コイツを使えば、金が湯水のように沸いてくることは間違いねえ………………………絶対に手に入れてやる!!!!)

 

 

 今まで多くの者がカムイの持つ知識や技術を求めてきたが、誰一人として手に入れることは出来なかった。

 だがそれでも叡山は『食』に携わる者として、目の前で見せられては抑えようの無い欲求に駆られていた。

 

 そんなカムイに対しての執着心を見せる叡山を他所に、カムイは淡々と調理を進めていく。

 

 

 カムイが使う鳥は、ニンニクの風味が肉や内臓に染みついた『にんにく鳥』。副食材にはネギの角を生やした『山羊ネギ』のネギを用意。

 

 手早く羽を取り除き、醤油・酒・みりんなどの調味料に漬け込む。『ワープキッチン』で時間を加速させ十分に味を染み込ませたら、手で仰いで表面をカラカラに乾かせる。

 

 表面を乾かすことでパリッとした食感に仕上がるのだが、本来であれば乾かすのに数時間は掛かる工程。

 だが、『グルメ界』の猛獣すら素手で捕獲するカムイの腕力であれば一仰ぎで十分である。

 

 次に乾かした『にんにく鳥』に、指が入れられるぐらいの低温に温めた『モルス油』を全体に流しかけていく。

 

 カムイの調理を注意深く見ていた叡山も初めて見るやり方だが、その意図は理解することができた。

 

 

(……………………なるほどな。あれだけデカい鳥を高温の油にいきなり入れたら、揚げムラが出来ちまう。それを避けるために敢えて低温の油を丁寧にかけているってわけか)

 

 叡山の推測通り、カムイが低温の油を全体に流しかけているのは揚げムラを作らないためである。

 

 しかもカムイは『食材の声』を聞きながら、どこにどの程度の油をどれくらいの熱さでかければ良いかを把握しているため、揚げムラが一切無い均一な仕上がりとなった。

 

 『にんにく鳥』に火を通し終えたら『モルス油』の温度を上げて高温にし、壺に移し替えて『にんにく鳥』を壺の中に沈める。

 

 

(均一に火を通した丸鳥を高温の油に沈める、か。鳥の中に残っている水分を徹底的に搾り取って、旨味を凝縮させるってわけだな。

 初めて見るやり方だが、理に適っていやがる。それに……………………)

 

 

「…………………まるで【庖丁式】だな」

 

食材に一切手では触れず、長い菜箸を使って食材を掴み、取り分けていくカムイの姿を見た仙佐衛門が溢す。

 

 

 【庖丁式(ほうちょうしき)】。平安時代より伝わる宮中儀式の一つである。

 

 調理人は烏帽子・直垂、あるいは狩衣を身に纏う。そして大まな板の前に座り、右手に庖丁、左手に箸を持って食材を切り分け並べていく。

 

 料理に造詣が深かったと言われている『第58代光孝天皇』がルーツとされ、その最大の特徴は『食材には直接手を触れてはいけない』というもの。

 

 手で触れてはいけない理由は、神や(当時は神の化身と言われていた)天皇に捧げる料理であるためだったり、『食』と『命』に最大限の感謝と敬意を現すためだったりと諸説ある。

 

 

 カムイが『食運』に導かれ、【庖丁式】を現代に伝える千葉県の家元を訪れたときのことである。

 儀式のための練習をしている様子を見たカムイは【庖丁式】に興味を持ち、儀式について尋ねた。

 

 その理念もそうであったが、何より『手で触れずに調理する』という点にカムイは高い合理性を見出した。

 

 『グルメ食材』の中には手で触れずに専用のゴム手袋や器具を使って調理しなければならない『特殊調理食材』や『超特殊調理食材』が多数ある。

 

 そのためカムイは、調理の必然性と食材への感謝から『手を触れずに全ての食材を調理する』という技術を独学で身につけたのである。

 

 

 『にんにく鳥』を壺から取り出したカムイは、表面をパリッと仕上げるため、更に温度を上げた『モルス油』を金のオタマでかけ流していく。

 揚げ終わった肉は全体に味をなじませるため、しばらく寝かせて『タレ』の調理に取り掛かる。

 

 『にんにく鳥』のエキスが染み出た『モルス油』に、『山羊ネギ』のネギをみじん切りにして投入。

 コクがありながらもしつこさが無く、そのうえネギの香り漂う『ネギ油』が完成。

 

 そして『ネギ油』を二つに取り分け、片方を茄子のピューレ・黒ゴマのペースト・竹炭を混ぜた『黒いタレ』に仕上げる。

 もう片方は『ネギ油』にメレンゲを入れて十分に泡立て、『ミネラルらっきょう』の汁と様々なスパイスを混ぜて『白いタレ』に仕上げた。

 

 最後に寝かせた『にんにく鳥』を切り分け、二色のソースを入れた容器を添えて………………………≪にんにく鳥の油淋鶏(ユーリンチー) 二色ソース添え≫の完成である。

 

 

 

 二人の料理が最初に提供されるが、カムイは他の料理も作らなければならないため調理を続け、二人の料理の実食が開始。

 

 叡山が作ったのは『海南鶏飯 ハイナンジーファン』。丸鶏から取った出汁で米を焚き、茹でた鶏とピクルスを添えて食べる東南アジアの定番料理である。

 

 鶏は繊細な旨味が特徴の『薩摩地鶏』、米はインドの香り米である『バスマティライス』を使用。

 

 香り高い『バスマティライス』に『薩摩地鶏』の旨味が溶け込み、出汁から作った特製ソースを肉と一緒に頬張れば、審査員は鶏1羽を丸ごと口に放り込んだかのような旨味に包まれる。

 

 えりなの時とは別の審査員も絶賛、仙佐衛門も『おはじけ』をするほどの完成度であったが…………………………カムイの料理は次元が違った。

 

 

 自然なニンニクの風味が漂う『にんにく鳥』は、丁寧に油をかけられたことで旨味が極限まで凝縮。

 金の包丁で肉の繊維細胞の隙間を通して切られたことで、肉汁は一滴たりともこぼれてはいない。

 

 そのため、噛んだ瞬間に肉の旨味が爆弾のごとく爆発し、身体中に鳥の旨味が走っていく。

 

 ソースが無くても口の中で極上の旨味を迸らせた『油淋鶏』だったが、審査員は息も絶え絶えながらも『二色のソース』を絡めて食べる。

 

 『黒いソース』はネットリとしたコクがありながらも非常に軽く、『油淋鶏』の油を感じさせないほどに軽やかな味となっている。

 一方の『白いソース』はどっしりとしたコクがあり、スパイシーな香りと甘さによって、『油淋鶏』にさらなる満足感を与えていた。

 

 しかもカムイは【マイノリティーワールド】によって、ネギ油と調味料の水分を完全に結合させていたため、通常ではあり得ないほどのコクがソースに生まれていたのだ。

 

 そのままでも十分に美味な『油淋鶏』だが、『黒いソースの渋み』と『白いソースの甘味』が加わることで、全く別々の顔を見せており味に飽きることが無い。

 

 

 (この上ないコクと快感の極みとも呼ぶべき余韻! 何も足さず、何も引かず、油だけで鳥の旨味を引き出しきってやがる!!

 俺のような小手先の技術で作った料理とは、比べ物にならない美味さだ! こんな、こんな美味さの料理があるのかよ…………………………!!!)

 

 叡山の料理も一流と呼べるほどの品であったが、『鳥肉』の味を限界以上に引き出し、別々の魅力で審査員を虜にしたカムイの料理には遠く及ばなかった。

 

 なお、カムイの料理を食べた仙佐衛門は、またも『おさずけ』が発動。審査員もカムイの料理の美味にこれ以上は耐えられないということで再び交代する。

 

 叡山もカムイの料理を食べて身体に旨味の暴力が走るが、逆に『何としてでも手に入れてやる!!!』と思いその顔は不気味に微笑んでいた。

 

 

 

 自分が負けたことをむしろ喜ばしく感じている叡山は、不気味に笑いながら調理場から外れていく。

 

 次は第八席である『久我照紀』の番、テーマ食材は『唐辛子』。

 

 

 久我は中国料理人であり、その中でも『四川料理』を得意としている。

 

 四川省は山々に囲まれている湿度が高い地方のため、汗をかきにくく体内に熱が籠りやすい。

 そのため、唐辛子や山椒などを用いて体内の熱を汗で放熱する発汗作用の高い料理が多い。

 

 つまり『唐辛子』は久我の本領を発揮できる食材の一つと言える。自分が最も得意とする食材を調理を進める中で、久我も叡山同様にカムイの調理を注意深く観察していた。

 

 

(ふ~~~ん、叡山相手に『油淋鶏』を作っていたことから分かってたけど、奴さん随分と中国料理の知識があるじゃないの……………………まさか、『辣油(ラーユ)』を手作りするなんてねぇ)

 

 久我の見立て通り、カムイが行っているのは『辣油づくり』である。大量に粉にした唐辛子を水で練り、油を入れて薬味と共に鍋で煮るというものだ。

 

 一見すると簡単そうにも見えるが、『辣油づくり』は一流の料理人ですら手を焼くほどの困難な作業である。

 

 油の温度は200℃に保たなくてはならず、少しでも低いと味も香りも出ないし、逆に少しでも高いと唐辛子の粉が焦げて苦味が出てしまう。

 

 実際に久我の技術力を持ってしても『辣油づくり』には相当の神経と集中力を要するため、滅多に行うことはないし少なくとも『食戟』の場でやろうとは思わない。

 

 今回カムイが『辣油づくり』に使用するのは、『アイランドシェル』にて自家栽培した『白い唐辛子』・七つの香味を楽しめる『七味酒』・香辛料の香りを染み込ませた『モルス油』。

 唐辛子は『金のすりこぎ』で粉末状にし、水の代わりに『七味酒』で粉を練り『モルス油』で『辣油』を作ろうとしている。

 

 一流の料理人ですら苦戦する『辣油づくり』だが、カムイにとっては造作も無い。『ワープキッチン』で瞬く間に『辣油』を完成させたカムイは、炊けた『極楽米』に作った『辣油』をかけながら炒めていく。

 

 

(っ…………………………、なんつーーーやり方で炒めてんだよ!? バケモンか、アイツ!!!)

 

 

 久我がそう思ってしまうのも無理はない、調理としてはただ米を辣油で炒めているだけなのだが…………………………問題はその『火力』だった。

 

 

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッッ!!!!!!

 

 

 

 天井まで届かんばかりに立ち上った火柱! カムイはその火柱にくぐらせながら、米を炒めていたのだ!!

 

 通常のガスコンロでは火力が足りないと判断したカムイは火を点けると炎を巻き上げ発火する『灼熱コークス』を使い、この火柱を起こしたのである。

 

 スプリンクラーが発動してもおかしくないほどの火柱の中で調理を行うカムイ、常人ならばあまりの熱さに全身が焼けただれるだろう。

 

 作った『辣油』全てを使い切って炒めた後は、自家製のキムチを刻んで混ぜ、仕上げに『七味酒』を加えて米をふっくらさせる。

 

 最後に一つの卵に十個の黄身が入った『十黄卵』をチャーハンに絡めて炒めれば完成。

 

 

 

 強烈な火柱の中で調理するカムイに度肝を抜かれた観客と審査員だが、それでも実食は通常どおり執り行われる。

 

 

 久我が作ったのは≪四川風麻婆豆腐≫。

 

 本場四川から取り寄せた唐辛子や花椒をふんだんに使い、麻婆豆腐の極意である『辣(辛味)』『香(香り)』『色(色合い)』『燙(熱)』『麻(山椒のシビレ)』を完璧にこなしたうえ、薄く細かく切ったレンコンを混ぜることでサクサクとした食感もプラスした特製である。

 

 辛み成分であるカプサイシンが目に見えるほどの真っ赤な色合い、口へ入れていないのに強烈に鼻を刺激する香りに審査員である教師たちも恐る恐る口に含む。

 

 そして口に入れた瞬間、口内に激痛が走るほどの辛さが押し寄せてくる!

 だが、その辛さの中にある深い旨味が脳の快楽中枢を刺激して一口、また一口とレンゲがどんどん進んでいく。

 

 気づくとあれだけ辛かった麻婆豆腐があっという間に完食されており、教師たちは汗を滝のようにかいてご満悦の表情。仙佐衛門も汗を撒き散らしながら『おはだけ』をしていた。

 

 

 続くカムイの料理だが、珍しくクロッシュで蓋をして審査員たちに提供されていた。作った料理を久我と審査員に蓋をしたまま置いたカムイは、次の料理を作るべく調理に戻る。

 

 何も言わずに去っていくカムイに戸惑いながらも審査員がクロッシュを取ると…………………………食欲をかき立てる微香が会場にいる全員の鼻をくすぐった!!!

 

 久我の攻撃するような香りではなく、鼻にある匂いを感じる細胞を優しく包んでくれるような微かな香り。

 それでいて食欲をかき立てるその香りに、涎を垂らさないものはいなかった。

 

 

(っ、何だよ、この食欲に直撃するような香りは!? それに、あれだけ大量の辣油を使ってたってのに、色は普通じゃねえか!!!)

 

 香りや色からではどんな味なのか全く想像できない『未知のチャーハン』に期待と不安を募らせながら、久我と審査員がチャーハンを一口含む。

 

 

「「「「ッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!」」」」

 

 

 チャーハンの米粒に歯を入れた瞬間、口の中へ充満する強烈な旨味と香り!!

 先ほどまで感じていた微香とは打って変わって、旨味を含んだ香りと味が口の中を駆け巡ったのだ!!!

 

 

(うっ、うめええええええええええええええええっっっっっ!!!! 何だこのチャーハン!? 美味すぎるなんてモンじゃねえ、別次元だ!!! こんなチャーハンがこの世にあるのかよ!?)

 

 カムイの料理を貪り食う教師を他所に久我は懸命に味を分析、掻き込みたくなる衝動を必死に堪えながら何度も咀嚼していき………………………カムイの作った辣油に【色がついていない】ことに気づいた!!!

 

 慌てて鍋に付いている辣油を一舐めし、久我はこの料理の味の核心を理解。この料理がいかに既存のチャーハンの常識から逸脱したものなのかを思い知った。

 

 

「これは………………………『韓国産の白唐辛子』か!!!」

 

 

 久我の発言に仙佐衛門の『おさずけ』を受けて騒いでいる観客たちがどよめく。

 

 そう、カムイが今回使用した唐辛子は『韓国産』の唐辛子の種を『アイランドシェル』で改良、栽培したものだ。

 

 

 通常は辛み成分であるカプサイシンを豊富に含む唐辛子…………………だが『韓国産』の唐辛子はカプサイシン以上に他の成分が多く含まれている。

 それにより韓国産の唐辛子は『唐辛子本来の旨味』を持っているのだ。

 

 カムイは『食運』に導かれて韓国を訪れた際に本来の味を持った唐辛子とその唐辛子から作られた『辣油』を食べたことがある、もちろんその時は味はしなかった。

 

 だが『食材の声』を聞いて、種を『アイランドシェル』へと持ち帰り栽培を始めた。

 

 アカシアのフルコースの旨味を存分に得て育った唐辛子は、辛さ以上に濃厚で複雑な旨味を持っていた。

 

 その唐辛子を改良し、今では赤・青・緑・黄色・黒・白と様々な唐辛子が畑に実っている。

 

 ちなみにチャーハンの具材として使った『キムチ』も、この唐辛子や『アイランドシェル』で取れた『チーズ白菜』をはじめとする野菜などから作ったものだ。

 

 そんな唐辛子の旨味成分が全て溶けだした『辣油』を存分に吸収した『極楽米のチャーハン』がマズイわけがない……………………だが、カムイの料理の凄まじさは『それ』だけではなかった。

 

 

(辣油の複雑な美味さもそうだが、それ以上に驚きなのはこの『色』だ。今までの辣油の常識を覆す『無色透明な辣油』。

 これを使えば食材の色を生かした料理を作ることが出来る……………………今まで漬けダレぐらいにしか使われなかった辣油を、まさかここまで進化させるなんて!!!)

 

 

 辣油と言えば『赤くて辛いもの』という常識が根底から覆された全く新しい調味料に、久我は今が料理勝負の最中であることすら忘れてカムイの作った辣油に夢中になっていた。

 

 『もし自分が使ったなら……………………』、そんな考えに思い浸り頭の中には様々な料理が浮かんできたのだ。

 

 

「この料理の恐るべきところは『辣油』だけではないぞ、久我照紀」

 

「え?」

 

 久我がカムイの辣油を使った料理のレシピ作成に没頭していると、周りに『おさずけ』をし自らもふんどし一丁に『おはだけ』した仙佐衛門が声をかけてきた。

 

「このチャーハンの米粒をもっと観察してみよ」

 

 仙佐衛門に言われた久我は皿に残っている米を一粒指に取って見ると……………………久我の顔が驚愕を超えた恐怖に変わっていく!

 

 

「っ、これは……………………米粒に卵がコーティングされている!? まるで『オムライス』みたいに!!!」

 

「「「「!!!!!!!!!!!!!!」」」」

 

 

 久我の発言に会場中が驚き、口の周りに米粒を付けながら貪っていた教師たちすら食べるのを中断してしまった。

 

 久我の言う通り、カムイは『十黄卵』をチャーハンに入れた際に米一粒一粒を包み込むように絡めて、謂わば『米一粒サイズのオムライス』にしたのだ。

 

 『辣油』の旨味と『七味酒』の香りをはちきれんばかりに内包した『極楽米』を『十黄卵』によってコーティング。

 そのため米を噛んだ瞬間に閉じ込められていた旨味と香りが一気に爆発したのである。

 

 

「さらに言えば、双方の料理で決定的に違ったのは…………………『香り』の使い方であった」

 

 仙佐衛門の解説では、カムイの料理は食べるまでは食欲をかき立てる微香が漂うだけだった。

 

 人の鼻は強い香りが入ってくると、鼻を守るために細胞が収縮してしまう。それは言ってみれば、ボクサーがガードを固めているようなもの。それではどんな良い香りも十分には味わえない。

 

 だが微かにしか感じられない弱い香りであれば、鼻はより強く感じようと細胞を開く。

 言わば固めていたガードを開いて無防備な状態となり、食欲に直撃する香りを存分に鼻で楽しんだところへ、旨味と香りが口の中で炸裂したのである。

 

 そのためカムイの料理の一番美味しい香りを味わっていたのは『食べた張本人』であり、久我の料理で一番美味しい香りを味わっていたのは『作っていた久我自身』なのであった。

 

(っ~~~~、なんてこった……………………あの火柱はパフォーマンスでも何でもなく、余分な油を消し飛ばしてこの『米粒サイズのオムライス』を作るためだったってことか)

 

 【中国料理】の強力な炎は一瞬で食材の旨味と香りを引き出して閉じ込めるため、別名『炎の料理』とも呼ばれている。

 

 また強力な炎によって作り出された【中国料理】の香り高さは世界でもトップクラスであり、『五大料理』として数えられているほどだ。

 

 【中国料理】の象徴である『炎』と『香り』、そして四川料理の象徴である『唐辛子』。

 自身が得意とする分野で完全に上を行かれたカムイの料理の前に、プライドの高い久我も素直に負けを認めた。

 

 

 

 久我が無言で調理場を離れ、腰の抜けた教師が交代する傍らでカムイは調理を進めていた。

 

 

 第七席は二年の『一色慧』、テーマ食材は『鰆』。魚の中でも数少ない春に旬を迎える珍しい魚だ。

 

 ただし、鰆は少し火入れを間違えると途端に固くなり、味が落ちてしまう扱いの難しい食材でもある。

 

 今回使用する鰆は学園側が用意した食材であるため、『グルメ食材』ではない。故に条件は同じに見えたが………………………実際はそうではなかった。

 

 

(っ………………美しい。彼が食材を切るたびに旨味の成分が輝いているように見える。まるで『食材そのもの』が喜んでいるようだ!!!)

 

 カムイが箸で鰆を抑え、包丁で切りつけると食材が輝きを放ち出す。これまでの調理でも同じように食材から光が放たれているのを会場にいる全員が見ていた。

 

 食材が輝くなど流石に見間違いとも思えるが、料理人であれば一目見ただけで食材の良し悪しがある程度分かるもの。

 そのため、カムイが調理した食材はいずれも最上級の味を宿していることを視覚以上に脳が理解してしまったのである。

 

 観客たちが食材が輝いているように見えるのも当然である…………………カムイが使う調理器具は全て『グルメマター』で作られた『金の調理器具』。

 包丁に限らず、箸でも鍋でも食材に触れるだけで旨味成分の『グルメマター』が微量ずつ食材へと染み渡っていく。

 

 さらにカムイの『活性切り』によって、食材が蓄えていた旨味成分が最大限に高まる。

 

 限界以上に味を昇華させられた食材たちは、まるでカムイに感謝するかのように自身の旨味を引き出しているため、料理人には輝いているように見えるのだ。

 

 つまりカムイは、たとえ同じ食材を使おうとも理論値を超えた旨味を持つ最高の食材を使用することが出来るということなのだ。

 

 

 会場にいる者たちがカムイの調理を静かに眺める中、鰆のハラワタを抜いたカムイは『金のペッパーミル』で花山椒、『寿司塩』、『あられコショウ』、『メルクの星屑』をふりかける。

 

 さらに熱を加えると発熱する塩『ホッカイロソルト』を鰆の中へとまぶしていく。

 

 そうして下処理を終えた鰆を箸で押していき、切り口を塞いでいく。

 

 『活性切り』によって細胞が活性化したことで、包丁で切っても軽く上から押さえるだけで切った部分が塞がり接着されるのだ。

 

 そうして見た目は包丁を入れる前の状態となった鰆を、竹で出来た馬『馬竹』から取れた竹に入れて炭火の中に投入。

 ゆっくりと回しながら竹ごと鰆に火を入れていくことで、炭火によって熱せられた竹の香りが会場中に充満し、観客の郷愁を誘う。

 

 

(へぇ、『青竹焼き』かぁ。春が旬の鰆と竹を合わせるなんて洒落てるね♪

 でも鰆みたいな大きな魚を丸ごと入れられる竹なんて、いったいどこの竹なんだろう?)

 

 

 『青竹焼き』とは、水分の多い青竹の中に山菜などを混ぜたご飯や魚を入れて蓋をし、火で炙りながら蒸し焼きにする料理である。

 中の具材には青竹の水分によって蒸されたことで、青竹のエキスと香りが染み渡り香り高くなる。

 

 一色が見たことも無い大きな竹を両手で難なく回しながら炙っていくカムイを不思議に思いつつ、自身の調理を進めていき…………………双方の料理が並べられた。

 

 

 

 一色の料理は≪鰆のデコポン味噌焼き≫。

 

 西京味噌にデコポンの果肉を潰して混ぜて『デコポン味噌』を作り、デコポン味噌を酒・みりん・昆布出汁で溶いたものを鰆の切り身へ刷毛で優しく塗ってからオーブンで焼く。

 表面から脂が染み出てきたタイミングで取り出し、少し寝かせたら再び味噌を塗ってオーブンで焼く。

 

 塗っては焼いて休ませ、また塗っては焼いて休ませるという工程を繰り返すことで、鰆の身にはじんわりと優しく火が通っていき、十分に中まで熱が通ったら柚子胡椒を添えて完成。

 

 

「ふむぅ、果物と味噌の取り合わせは『金柑』を使った『金柑味噌』が有名だ。

 しかし春が旬のデコポン、そして鰆の味付けの代表格である『西京味噌』の二つを合わせるとは……………………実に春らしく、また新しい料理だ」

 

 仙佐衛門が『おはだけ』をしながら解説する隣で、二人の審査員も絶賛する。

 

 白身魚に柑橘系の果物を合わせることはフランス料理では珍しくない。優しく丁寧に火入れされた鰆の身がシットリジューシーに仕上がり、特製の『デコポン味噌』の甘味と渋みが鰆の味と香りを引き立てる。

 

 添えられた『柚子胡椒』により刺激的な香りと味がアクセントとなって、食す者の食欲を刺激させつつも満たしてくれる逸品となっていた。

 

 審査員が和洋の技術を踏襲した新しい鰆料理を絶賛していき、続くカムイの≪鰆の青竹焼き≫が運ばれていく。

 

 

 青竹の微香が鼻をくすぐり、既に一品食べ終えたのに食欲のスイッチを連打してくる!

 

 審査員である教師が涎を垂らしながら、鰆の身を一口含むと…………………………目の前に日本の『春』の情景が広がった!!!

 

 青竹のエキスと香りが鰆に染み渡りながらも、包んでいた『赤毛豚の網脂』が鰆の味を一切外へは逃がさないどころか、更なるコクを鰆に与える!

 

 『活性切り』によって限界まで高められた旨味は言うに及ばず、まぶされていた花山椒の刺激的な香りと『メルクの星屑』の旨味が鰆の味をより高次元へと引き上げたのだ!!

 

 

「なんという美味さだ……………………完璧な火入れによって、鰆の身が花弁のように口の中で溶けていく。

 青竹のエキスが鰆の旨味と共に舌の味蕾を優しく包み込む味わいが堪らない。

 そして何より、一番驚くべきは………………………どこを取っても均一な『火の通り加減』!!!」

 

(っ、総帥の言う通り……………………鰆のような大きいサイズの魚を丸ごと蒸したり焼いたりすれば、必ず部位ごとに『蒸しムラ』『焼きムラ』が出来るのが当然。

 だが、この鰆はどの部位を取っても全て均一に火が通っている!!! いったいどうやって…………………!?』

 

 

 仙佐衛門の感想に会場がざわつき、同じくカムイの料理を食べている一色も疑問が尽きない。

 会場の観客たちの疑問も当然である、食材が大きければ大きいほど熱の通り具合に差が出来るのは『常識』だからだ。

 

 では、カムイは如何にしてこの『常識』を覆したのか……………………その秘密は鰆の身の中にまぶした『ホッカイロソルト』にある。

 

 

 熱を加えることで発熱しながら溶けていく『ホッカイロソルト』により、鰆は外側からだけではなく内側からも熱が加えられていた。

 

 それにより身の外側と内側は同じ時間で火が通った上に、身全体の塩加減も均一になったのである。

 

 また、同じ時間で火が通ったことで鰆の身のエキスは皮一枚のところで絶妙に止まり、エキスが全く外に流れ出ずに100%その旨味を閉じ込めることが出来たのだ。

 

 青竹の微香が食欲をかき立て、外側に振りかけられた花山椒・塩・『メルクの星屑』によって口の中に旨味が迸る。

 その後、鰆の身が花弁のようにほどけて口の中を鰆と青竹のエキスが満たす。

 

 

(何という規格外の料理なのだろう…………………この美味しさ、まるで食材そのものが喜びを身体全体で思いっきり表現しているようだ!!!)

 

 一色の料理も他に類を見ないほどの鰆料理の『新基軸』ではあった。

 しかし鰆の味を限界以上に高めた120%の旨味を全て身に留め、さらには『春』という味を皿の上に表現した『常識外れ』の料理であるカムイの相手ではなかった。

 

 

 だが仙佐衛門の『おさずけ』によってふんどし一丁にされながらも、自分の全てを圧倒してくれたカムイに一色の顔は感謝と歓喜の涙に濡れていた。

 

 

 

 一色が満ち足りた表情で打ち震えている姿に戸惑いを見せている第六席の『紀ノ国寧々』。テーマは彼女の最も得意とする『蕎麦』。

 

 

 歳不相応な熟練の技によって作られていく蕎麦は、まさに芸術そのものと言える。

 室町時代から続く老舗の技術を継承してきた彼女の蕎麦の完成度は疑うべくも無く、すでに達人の領域に達していた。

 

 そんな彼女だが、『本当に同じ食材を使っているのか』と疑うほどカムイの調理に疑問を感じていた。

 

 

(凄く独特な方法だったけど、蕎麦を作っていたのはまぁいいわ。それより彼が揃えている具材は…………………『合鴨』と、『ネギ』? もしかして『鴨南蛮』を作るつもり?)

 

 室町時代から技と味と伝統を引き継いできたあって、紀ノ國が作る蕎麦は『九割そばに桜エビのかき揚げ添え』。

 

 一方のカムイの蕎麦は、具に揃えている食材が『鴨』・『ネギ』と、どう見ても『鴨南蛮そば』の具材。

 

 金のすりこぎで蕎麦の実を擦り、灰色の塊を灰色の汁で溶かしたものと混ぜる。ドロドロの液状となったものを、金の菜箸で回転させながら空気を含ませて生地を作り寝かせる。

 

 生地を寝かせている間にスープ作り、『ステーキ昆布』を『エアアクア』に『ワープダイニング』で三日ほど漬け込む。

 

 『ステーキ昆布』の旨味が染み出た昆布水を『相合鴨』の骨と血から作ったスープに混ぜて、仕上げに『茶色いペースト』に『相合鴨』の油と『山羊ネギ』のネギで作ったネギ油をスープに入れて煮込む。

 

 スープを煮込む間に寝かせていた生地を金の麺棒に巻きつけ、生地を削ぎ落とすようにシャッシャッシャッと包丁で麺状に切っていく。

 

 

「アレは……………………『刀削麺 とうしょうめん』か。しかし、それでもあんなやり方は見たことが無い」

 

 

 『刀削麺 とうしょうめん』。中国山西省発祥の麺で、小麦粉と水だけで練った生地を棒に巻き付けて、専用の包丁で麺状に削り沸騰したお湯の中に入れていくというものだ。

 

 生地を1つ作っておけば数人前は出来上がる上に、麺の片側が太く片側がピロピロと薄いのが特徴。

 太い部分で麺の味を楽しみ、薄い部分がスープに絡むため【中国五大麺】の1つに数えられている。

 

 しかしそれだけに美味い『刀削麺』を作るには長い修行が必要であり、面点師(点心などの軽食専門の料理人)でも作れるものは限られている。

 

 カムイが中国の山西省を訪れた際に面点師が作っているのを見て模倣したのだが、今回カムイが作る麺は小麦粉ではなく『蕎麦粉』。

 

 切り出しも専用の削麺刀ではなく金の包丁で切り落としていっているため、通常の『刀削麺』とは違い平打ち麺状になっている。

 しかし包丁の切っ先の角度を調整することで、平打ち麺でありながらも【片側は太く片側が薄い】という『刀削麺』の基本はしっかりと守られていた。

 

 生地を全て『刀削麺』に切り終えたカムイはお湯ではなく、蒸し器に入れて蒸す。

 

 具材の『相合鴨』の肉はミンチにして団子状に丸め、油で軽く揚げたらスープの中に投入し、一煮立ちしてから蒸し終わった『刀削麺』と一緒に金の中華鍋で炒め煮すれば完成。

 

 

 紀ノ國の『九割そばに桜エビのかき揚げ添え』を食べた教師2名は、時を忘れてしまうほどに瞬く間に蕎麦を食べきってしまう。

 

 室町時代から連綿と受け継がれてきた伝統の味に加え、春に旬を迎える『桜エビ』の甘さが『一番粉』で作った蕎麦ののど越しと調和し、食べる者に時の流れを感じさせないほど夢中にさせる。

 

 

 続くカムイの料理は≪刀削麺の鴨南蛮風味≫。『蕎麦粉で作った刀削麺』『赤いスープ』と何もかもが未知数な料理であったが、審査をする以上は必ず食べなくてはならない。

 

 審査員は意を決して一口すすると………………………………取りつかれたようにカムイの料理を貪る!!!

 

 圧倒的なまでの強烈な旨味と深いコク、『呼吸する時間すら惜しい!』と言わんばかりに一気に搔っ込む!!!

 

 あっという間に完食した教師2人はまともに呼吸をしていなかったため、肩で息をしながら椅子にもたれている。

 

 ただ紀ノ國は腰が砕けそうになるのを堪えながら、仙佐衛門は『おさずけパルス』を撒き散らせながら、カムイの料理を分析した。

 

 

(この『刀削麺』、『そばがき』を練って寝かせたものに『蕎麦湯』と挽き立ての蕎麦粉を混ぜて作ってある!?

 しかも挽いた蕎麦粉と『そばがき』は、『一番粉』『二番粉』『三番粉』だけじゃなく、外殻部分の『引きグルミ』を独自にブレンドしたもの。

 これは、この作り方は…………………………まさか、『津軽そば』!!!)

 

 

 『津軽そば』とは、青森県で食べられる温そばで小麦粉ではなく大豆の粉を蕎麦粉に混ぜて作った『そばがき』を『つなぎ』に使うのが特徴。

 

 さらに通常の蕎麦は『挽き立て』『打ち立て』『茹で立て』が一番と言われているが、『津軽そば』は粉を挽いて作った『そばがき』を一晩寝かせる。

 

 その『そばがき』に新しい蕎麦粉を加えて蕎麦を打ってから、翌朝茹でて午後に食べるという、通常の蕎麦とは作り方が全く違う。

 

 

(『津軽そば』は確かに熟成された蕎麦そのものの味を楽しめる。しかしその性質上、蕎麦自体の風味やコシが無くなってしまうはず。

 コシは『刀削麺』に仕上げているから分かるけど、この香り高さはいったい……………………!?)

 

 『そばがき』を作って置いておくと『グルテン』が形成され、新鮮な蕎麦では味わえない独特の美味しさを楽しむことが出来る。

 

 しかし茹でてから時間を置いているため、蕎麦の香りとコシは無くなってしまい、食べ慣れていない人によっては物足りなさを感じてしまうこともある。

 

 だがカムイの蕎麦は『津軽そば』でありながら、蕎麦の『味』『コシ』『香り』が強く感じられた。

 

 味は『そばがき』、『コシ』は刀削麺からくることは分かったが、『香り』については紀ノ國にも分からなかった。

 

 カムイは既に他の料理の調理に入っているため、本人に直接確認することは出来ない。

 紀ノ國はカムイが使い終わった調理器具や食材の残りに目を走らせる…………………………すると、『ある調理器具』に目が止まった。

 

 

(アレは、『蒸篭 せいろ』? どうして蕎麦に『蒸篭』が必要なの。具材など見ても蒸して作ったものは無い…………………………っ、まさか、『蒸し蕎麦』!?)

 

 

 カムイの料理の中で『蒸篭』で蒸して作ったものが無かったことから、紀ノ國はカムイが蕎麦を茹でずに『蒸して』仕上げたと判断した。

 

 紀ノ國の推測通り、本来は大量のお湯で茹で上げる蕎麦をカムイは蒸して作ったのである。

 

 

 元来、蕎麦は茹でるのではなく『蒸篭』で蒸して作っていたと言われており、店で『ざるそば』などの冷そばを注文すると蒸篭に盛って提供されるのは、その名残だとされている。

 

 『蒸し蕎麦』は『茹で蕎麦』よりも加水率が少ないため、より強く蕎麦の香りが楽しめる。

 

 では何故、今では蕎麦は茹でて作られるのか……………………それは蒸すことで蕎麦に含まれている水分が無くなり、美味しくなくなるからだ。

 

 蕎麦粉は水分をほとんど吸収しない、そのため蕎麦粉だけで蕎麦をつくる『十割そば』は食べ慣れていないと口当たりがボソボソと感じてしまう。

 

 だから小麦粉などの『つなぎ』を混ぜることで保水力を高め、大量のお湯で茹でることで口当たりと喉越しを良くしているのだ。

 

 『蒸し蕎麦』も蒸すことで蕎麦の水分が無くなり、口当たりと喉越しが悪くなってしまうため、今では全く作られることが無くなってしまった。

 

 紀ノ國は通常どおり小麦粉を『つなぎ』とした『蕎麦:9、小麦粉:1』の九割そばを使用。蕎麦粉を9割も使っていながらも、口当たりと喉越しの良さを両立できたのは、彼女の長年の修行の賜物と言える。

 

 

 一方のカムイは『つなぎ』である『そばがき』に、新しい蕎麦粉を加えた『オリジナル十割そば』。

 

 けれど『そばがき』に『水あめ大根』のすりおろし汁を混ぜることで、蕎麦の保水力を高めていたのだ。

 

 これにより蒸しても蕎麦の水分は失われず、『味』『コシ』『香り』の三拍子が揃った蕎麦となったのである。

 

 さらにカムイはより蕎麦とスープの一体感を高めるため、『ちゃんぽん』のように蕎麦をスープで煮ていた。

 これにより蒸した蕎麦でも茹で蕎麦のようにツルっとした喉越しとなったのである。

 

 

(驚愕すべきは蕎麦だけじゃない、このスープも物凄い旨味と深いコクがある。

 こんなに強烈な旨味のスープなら蕎麦の繊細な風味が無くなってしまいそうだけど、逆に蕎麦がこれだけ強いからこそ味の調和が取れているんだわ………………………!!!!)

 

 

「この鴨1羽の旨味が丸ごと溶けだしたかのような旨味とコク………………………なるほど、『ネギ油』で火を通した『鴨の脳みそ』を血のスープと合わせたのか」

 

「っ、『鴨の脳みそ』!? っ、そうか、あの『茶色いペースト』!!!」

 

 

 これだけの香りと旨味とコシを持った蕎麦ならば、通常の和風出汁から作るツユではとても支えきれない。

 

 そこでカムイは『相合鴨のガラ』で取った出汁に骨髄のエキスと新鮮な『相合鴨』の血でスープを作り、さらにネギ油で火を通した『相合鴨の脳みそ』のペーストを入れて煮込んだのだ。

 

 十六世紀から続くフランス料理の老舗【トゥール・ダルジャン】で生まれた『鴨肉のロースト 血のソースがけ』のように、鴨肉に鴨の血で作ったソースを合わせるのは鴨料理の定番…………………謂わば鴨料理の『伝統』とも言える。

 

 今回カムイは蕎麦の原点である『蒸し蕎麦』と伝統である『津軽そば』、鴨料理の伝統である『鴨肉の血のソースがけ』を『鴨南蛮』という形でまとめ上げたのだ。

 

 しかも『グルメ食材』である雌雄一緒に捌くことで抜群の旨味を発揮する『相合鴨』の美味が、『スープ』『肉団子』という形となり、【マイノリティーワールド】で『相合鴨の血のスープ』と『相合鴨の油』が結合している。

 

 この常識離れした深いコクと強烈な旨味のスープが『刀削麺』にたっぷりと絡みついているのだ。

 そんなものがまとめて口の中に入ってくれば、審査員たちが夢中になって貪るのも無理はない。

 

 

(『津軽そば』『蒸し蕎麦』という蕎麦の伝統と原点を踏襲しつつ、日本人には馴染みが薄い『刀削麺』を親しみやすい『鴨南蛮』仕立てにする。

 仕上げに『ちゃんぽん』のように蕎麦とスープを炒め煮して一体感を出す…………………………まさに『温故知新』、伝統と革新を両立した一皿だわ!!!)

 

 

 【温故知新】。古きを温めて新しきを知る………………即ち積み重ねられてきた知識や技術を学びつつ、自らも新しいものを積み重ねていくという意味である。

 

 紀ノ國は己の中にあるのは先代たちが積み重ねてきた技術のみであって、自分自身は新しいものを積んではいないということを思い知らされた。

 

 連綿と受け継がれてきた伝統と技術を宿す紀ノ國寧々だったが、古き伝統を土台にしながらも新しい美味を作り出していこうとするカムイの相手ではなかった。

 

 しかし紀ノ國は自分に足りないものを教えてくれたカムイに心の中で感謝し、彼女は納得した表情で敗北を受け入れた。

 

 

 

 第九席から第六席までを破ったカムイ……………………しかしここからは遠月学園でも僅か10数名しかいない三年生。

 その中のトップである上位五名が相手となるのだが、果たしてカムイはどんな料理を出してくるのか。

 

 

 






豆知識
『中国料理』〜中国本土の料理。
『中華料理』〜中国料理をベースに日本人向けにアレンジした料理。

【グルメ食材】
『にんにく鳥』『モルス油』『山羊ネギ』『ミネラルらっきょう』『極楽米』『七味酒』『エアアクア』『十黄卵』『チーズ白菜』『寿司塩』『あられコショウ』『メルクの星屑』『水あめ大根』

【オリジナル食材】
『白い韓国産唐辛子』『馬竹』『ホッカイロソルト』『相合鴨』


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