アニメ版【美味しんぼ】のリメイクが決まりましたね♪ 【鉄鍋のジャン】のアニメ化に続き、【美味しんぼ】まで新しくなるとは嬉しい限りです!
このまま【ミスター味っ子】もリメイクして欲しいですね〜〜♪
【スタジエール】。フランス語で『研修生』という意味で、実践的なスキルを学ぶためのプログラムであり、外部の料理現場で実戦を経験することが求められる。
この遠月学園では『秋の選抜戦』を終えた一年生が迎える次なる関門であり、生き残った生徒たちを更なるふるいにかける地獄の試験第二弾なのだ。
一年生たちは学園側が指定した店に『研修生』として向かい、『料理人としての実績』を出さなければならない。
配属される店は一流の老舗から大手チェーン。果ては遠月卒業生が経営する店までと様々ではあるものの、いずれも一癖も二癖もある店がランダムに割り振られる。
そのため、せっかく『地獄の宿泊研修』を生き延びても、この【スタジエール制度】で蹴落とされる生徒が毎年後を絶たない。
「そういうわけで………どうであろう、カムイ。【スタジエール】に参加してみる気は無いか?」
秋の選抜特別試合に勝利したカムイは現在、仙左衛門の私室に呼び出されていた。
フルコースの『サラダ』の内容がようやく決まり、アリスから『減圧調理器』を借りに学園へ来たところ、運悪く仙左衛門に捕まってしまったのだ。
神出鬼没なうえに普段は全く連絡が取れないカムイを見つけたことで、仙左衛門はこれ幸いとカムイを私室へ連れ込んだ。
そして今まさに、【スタジエール制度】へ参加してもらえるようカムイに打診している最中なのである。
「興味ない」
「むう、やはりダメ、か」
当然ながら、カムイは仙左衛門の提案を拒否する。
元の世界で名だたるスーパーシェフの店で、昼夜問わず修行に明け暮れていたカムイからすれば、今さら学生レベルのスタジエールなどに参加する意義は無い。
そもそもカムイは学園側が用意した試験やイベントに参加しなければならない理由は無い、それが遠月学園へ在籍する際の条件なのだから。
仙左衛門もそれが分かっているが故に、無理強いが出来ず頭を悩ませてしまっていた。
「ハァ、このように其方を貸し出して欲しいという多数の要望が来ておってな。そろそろ断るのも限界なのだ。
一つで良い、ここは儂の顔を立てると思って受けてはくれないだろうか?」
仙左衛門がSPに持って来させたのは、おびただしい数の手紙の山だった。
スポンサーである大手企業から遠月と繋がりの深い一流店、さらには仙左衛門が個人的に贔屓にしている店や学園卒業生が経営する店まで多岐に渡る。
その数たるや、この手紙だけで標本がいくつも作れると思うほどの量であった。
『カムイに料理を作ってほしい』
『新メニューの開発に協力してほしい』
『短期間で良いので店で働いてほしい』
カムイが学園へ在籍してからと言うもの、このような嘆願書が毎日のように送られてきている。
今までは『カムイにはフルコースの完成という至上の命題があるため応じられない』と学園側で断ってきた。
だが、つい先日行われた特別試合のせいで、カムイへの問い合わせに拍車が掛かってしまったのだ。
カムイが作った【二種の米のサラダ】は、『サラダ』の新機軸とも呼べる新しいジャンルの料理。
そんな新しい料理群を生み出し続けるカムイを遠月学園が管理しているということで、『遠月グループがカムイの知識や技術を独占しようとしている』などと悪評が立ってしまったのだ。
こうなってくると、これまで通りの建前で断るのが難しくなってくる…………そこでこの【スタジエール】である。
【スタジエール】はあくまで学業の一環であるため、交渉の主導権は学園側が持つことが出来る。
それにカムイを【スタジエール】に参加させれば、『学業の一環として例外的に参加させた』という建前を作ることが出来るし、今後は『学業には直接関係ない』という名目でオファーを断ればいい。
そのように考えていた矢先に、たまたま学園へ来ていたカムイと鉢合わせしたものなのだから、仙左衛門にとっては『渡りに舟』のような思いだっただろう。
「断る。俺はフルコースの、『サラダ』作りに、忙しい」
だがカムイからすれば、そんな学園側の事情など全くもって関係ない。
カムイが学園へ在籍しているのは【人生のフルコース】を完成させるためではあるものの、居心地が悪くなればいつでも去ることが可能なのだ。
久しぶりに味わうカムイの天上天下唯我独尊っぷりに、仙左衛門の顔のシワが増えているように見えてしまう。
こうなったカムイに言うことを聞かせるのは不可能であると、仙左衛門はこれまでの経験から痛感していた。
いよいよ説得できる材料が無くなり、カムイが部屋から出ていこうとする。
しかし、そこへ不意の来客がやってきた。
「む、カムイではないか、選抜以来だな。あれからどうだ、フルコース作りは? 『サラダ』は完成したか?」
カムイが扉を開くと、現れたのは遠月リゾート総料理長の堂島銀だった。堂島はカムイが現れたことに驚くも、すぐにフルコース作りの進捗状況を尋ねる。
「食材の、厳選は終わった。後は試作を、繰り返すのみ。今から必要な機械を、取りに行くところ」
「そうか。そういえば、カムイの『サラダ』には『減圧調理器』を使うんだったな。それで、仙左衛門殿と何を話していたんだ?」
「ハァ、実はな」
カムイのフルコース作りが順調であることを知った堂島は興味と関心を見せると、カムイが仙左衛門の私室にいる理由について質問した。
そうして仙左衛門から事情を聞いた堂島は、手のかかる弟を見るような目をカムイへ向ける。
「そういうことでしたか。相変わらずだな、カムイ。だが、そう仙左衛門殿を困らせるものではないぞ」
「興味ないのだから、仕方が無い」
「まったく、お前というヤツは………その自分勝手なところは『アイツ』にそっくりだ。だが、それなら丁度良かったかもしれないな」
「?」
仙左衛門の話を聞いて『グッドタイミング!』と言わんばかりに腕組みをしながら笑う堂島に、カムイは首を傾げてしまう。
しかし堂島の話を聞いてカムイは『直感』と『食運の導き』から、【スタジエール】に参加することを決めたのであった。
「…………それで、カムイを俺の所へ連れてきたってわけか」
堂島に連れられカムイがやってきたのは、なんと四宮小次郎が手掛ける『SHINO’S TOKYO』だった!
『SHINO’S TOKYO』はパリに本店を置く『SHINO’S』の東京支店であり、四宮にとっては初の海外出店となる。
そう、堂島が仙左衛門を訪ねたのは『SHINO’S TOKYO』のプレオープンを遠月学園のスタジエールで手伝ってもらえないか打診するためだったのだ。
「『【秋の選抜戦】で決勝まで残ったヤツなら、スタジエールとして迎え入れてもいい』と言っていただろう?
選抜にこそ出ていなかったが、カムイなら申し分ないはずだ」
「そりゃあコイツが出たりしたら、選抜そのものが成り立たなくなるだろ。
聞くところによると、150人を相手に【連隊食戟】なんていうムチャクチャしたそうじゃねえか………まぁ、いいですけどね」
「うむ。カムイよ、四宮はこうして快諾してくれたぞ「そこまで言ってねえ」 後は四宮の指示に従ってくれ。それじゃあな四宮、後は頼んだぞ」
オープンの準備に追われる四宮は頭を掻きながら渋々承諾すると、すっかり気を良くした堂島は四宮のツッコミを無視して早々に店から出ていく。
後に残されたのは四宮と部下のスタッフ、そしてカムイだけだった。
「ハァ、お前も災難だな。よりによって俺の店を紹介されるとは」
「別に、構わない。むしろ丁度良かった」
「? 丁度良いってどういうことだ?」
スタジエールを受け入れることに了承はしたが、当然『通常営業の店』と『オープン間近の店』とでは全く話が違う。
ましてや四宮にとっては初の海外出店となるのだから、一層気合も入っているしスタジエールを見る目も厳しくなるのは必定。
他の生徒よりも遥かに合格のハードルが高くなったことを四宮なりに皮肉を込めて同情するが、全く気にしていない様子のカムイに四宮は疑問を抱いた。
「俺のフルコースの、『サラダ』を完成させるには、シェフ四宮の店が、丁度良い」
「っ、カムイのフルコースの『サラダ』、ネットでも見たが確か『米を使ったサラダ』だったか。っ、まさか…………」
「ん、あの料理は、シェフ四宮の、『米を野菜として捉えた料理』という発想から、生まれた」
カムイの話を聞いて四宮は目を大きく開くほど驚いた。
カムイが特別試合で作った【二種の米のサラダ】は、四宮の『看板料理 スペシャリテ』である『季節の野菜を使ったトマトリゾット』から生まれた料理だった。
宿泊研修の際に食べた四宮の『看板料理 スペシャリテ』から『米を野菜として扱う』という発想を得たカムイは、『米も野菜の一種』という考えを持つようになり、色々と試行錯誤を繰り返していた。
そうして試作を繰り返す内に『冷たい米の味』と『米本来のサラサラとした食感』が『サラダ』にピッタリだと思ったカムイは、『米』をフルコースの『サラダ』にすることを決めたのだ。
「そうか………フッ、とりあえずスタッフを紹介しよう」
「うわぁ、シェフったら顔がにやけて「黙れ」アダダダダダダダダダダダ!!!!」
「そういえば四宮さん、【神域の料理人】に関する記事とかを集めて「お前もくらいたいか?」っ、いえ、すみません!」
自身の料理の一部がカムイのフルコースに入ったことに喜びを隠せず、思わず顔がにやけてしまう四宮。
そんな四宮をスタッフの『リュシ・ユゴー』が揶揄うと、乾にやっているようにアイアンクローで黙らせ、同じくスタッフの『高 唯(カオ ウェイ)』を睨んで黙らせる。
「っ、しかしよろしいのですか、四宮さん。スタジエールとは言え彼を、【神域の料理人】を迎え入れるだなんて…………」
「どういう意味だ、アベル」
一通り自己紹介を終えると四宮の右腕であり、この東京支店のメインシェフを任されている『アベル・ブロンダン』が、カムイが働くことについて異議を申し立てる。
「噂では、彼の料理を知ったことで料理人人生が断たれたり、店を閉店に追い込まれた料理人が何人もいるそうじゃないですか。
そんな曰く付きの彼を受け入れれば、この店の評価に「そこまでにしろ」っ、四宮さん…………!」
カムイがこの世界の料理人や飲食店で料理を振る舞ったことは、これが初めてではない。
今までにカムイの名声を聞きつけて数多のプロがカムイの料理と味を求めてきた。
しかしそのほとんどが、カムイとの実力差に絶望し料理界から足を洗ってしまったのだ。
自分のこれまでの常識や料理人としてのプライドが粉々に砕かれた者、何とかカムイの料理を再現しようとするも結局叶わなかった者と理由は様々だが、いずれも自ら料理人としての道を歩くことを諦めていった。
特に一流と呼ばれるプロの料理人ほど、その傾向は顕著である。
料理人としての地位や名声を確立しているだけに、カムイの味によって侵食され『自分の味』が分からなくなってしまうのだ。
遠月学園の生徒がカムイの料理を食べてもそこまで絶望を感じないのは、『自分の味』というものを確立していないことが大きいのかもしれない。
「そういった噂は俺も聞いたことがあるし、そんな料理人がいることも事実だ。
だが、それはカムイの料理に呑み込まれて『自分の料理』を見失ったソイツらが悪い。カムイには何の非も無いはずだ」
「っ、そ、それは……………」
もちろん全員が全員、廃業に追い込まれたわけではない。ごく僅かな料理人はカムイのセンスの一部をモノにして、更なる高みへと至った者もいる。
ただそれは1万いる料理人の中の1人…………いや、もっと少ないかもしれない。それほどまでに僅かな料理人しか生き残れていないのだ。
当然ながら、カムイに料理人を破滅させる意図など全く無い。
ただ群がられるのが鬱陶しかったから料理を作って黙らせたり、初めて見る技法を試したかったから料理を作ったなど、料理人としては至極真っ当な理由である。
その結果周りが勝手に絶望していっただけなのだから、四宮の言う通りカムイに責任を求めるのは筋違いだろう。
そしてカムイの料理を食べて絶望するどころか、更なる高みへと至るべく初の海外出店を決断した四宮は、廃業していった料理人とはモノが違うと言える。
「まぁ、得体の知れないコイツ自身に疑問を抱くってのは尤もな話だ。実際、俺も出会った当初は半信半疑だったからな。そこで、だ…………カムイ」
「?」
「もうすぐ俺たちの賄いの時間だ、厨房にある物は好きに使っていいから何か作ってみろ。
作る料理はそうだな、以前と同じで『野菜がメインの料理』がいい」
「ん。ウィ、シェフ」
アベルから疑惑の目で見られるも全く動じていないカムイは、四宮に言われた通り賄いを作るべく厨房へと向かう。
賄いとは言え、いきなり来た人間に厨房で料理を作らせる四宮の判断にスタッフたちも戸惑ってしまっていた。
「アベル、まずはカムイの料理を食ってみろ。それがお前が感じている疑問への答えだ」
「………ウィ、シェフ」
「【神域の料理人】とは言え、来た初日にスタジエールへいきなり料理を任せるだなんて、ちょっと驚きだわ」
「デモデモ! 噂に聞く【神域の料理人】の料理ダヨ! こりゃあどんな味なのか楽しみネ♪」
スタッフたちはカムイの料理に対して、興奮を抱いたり噂の真偽を確かめたいと思ったりと様々だが、みな一様に【神域の料理人】の料理に興味を抱いていることには違いない。
カムイがどんな料理を出してくるのか気になりながらも、スタッフたちは四宮の指示の下、オープン準備のための作業を続けることにした。
「出来たぞ」
四宮たちの作業が一段落したタイミングで、カムイが大皿にパイのような料理を乗せて運んできた。
皿の上から漂わせる香ばしい香りが、四宮たちの疲れた身体に染み渡り食欲をそそる。
「これは…………『キッシュ』か」
『キッシュ』、フランスはアルザス=ロレーヌ地方発祥の卵と生クリームを使った塩味のタルト料理である。
パイ生地やタルト生地に卵液(アパレイユ)を流し込み、ベーコン・チーズ・野菜などの具材を加えてオーブンで焼いて作る。
焼き上がったキッシュはケーキのように三角形に切り分けて食べるのが一般的で、サクッとした生地と柔らかい卵液の食感が特徴。
甘い食材はほとんど使わず、洋風茶碗蒸しのようなイメージで「おかずケーキ」として親しまれている。
また、温かくても冷めても美味しく、前菜やブランチ・ワインのお供としても楽しめるというフランスの伝統的な家庭料理なのだ。
「ん~~~♪ 凄く香ばしい香りダヨ! これだけで最高の出来ってことがワカルネ♪」
「ええ、『是非とも熱々の状態で食べたい!』という欲求に抗えない『魅力』を感じるわ♪」
「しかし賄いに『キッシュ』とはな。【神域の料理人】というからどんなキワモノが出てくるかと思ったが、案外無難な料理を出してきたな」
「アベル、どこに目をつけている。このキッシュの『生地の色』をよく見てみろ」
「『生地の色』、ですか………っ、これは!?」
四宮に言われてキッシュを横から観察すると、アベルの顔が驚きに変わる。
上から見ただけでは分かりにくかったが、カムイが作ったキッシュは生地が『緑色』だったのだ!
「この色合い、生地に乾燥したホウレン草のパウダーを混ぜ込んだか」
「で、ですが! 生地を蒸すならまだしも、焼いたりすれば生地の外側は茶色になるはず! なのにどうやって………!?」
アベルの言う通り、キッシュに限らずパンであっても小麦粉の生地を焼いた場合は、生地に含まれている還元糖とアミノ化合物(アミノ酸、ペプチド、タンパク質)が急激な加熱によって、『メイラード反応』を起こし褐色(茶色)になる。
しかしカムイの作った『キッシュ』な鮮やかな緑色。これにはアベルだけではなく、他のスタッフ二人も思わずカムイをジッと見てしまう。
すると空気を読んだカムイはゆっくりと口を開いた。
「『超低温長時間焼成』だ」
「っ…………なるほど、それで生地の色を保ったまま焼き上げることができたのか」
カムイから答えを聞いてスタッフの三人は驚愕、四宮は納得した表情を浮かべた。
四宮が驚かなかったのは、宿泊研修以来『カムイならどんな料理を作っても不思議ではない』という事前予測が出来ていたからだろう。
なお『超低温長時間焼成』とは、テスコムや低温コンベクションオーブンなどの専用オーブンを使い、35℃〜230℃の温度帯で長時間じっくり加熱・調理する方法である。
主にパンや他の発酵食品の焼成において使われており、生地を焦がさずに色合いを保ったまま焼き上げることが可能なのだ。
「確かにウチの厨房にある低温コンベクションオーブンなら、『超低温長時間焼成』は可能だ。
しかし、それをキッシュのような無発酵の生地で実現するなんて………!」
「そう。『超低温長時間焼成』は、生地の水分管理が難しかったはず!
それを発酵生地よりも水分量が少ない無発酵生地で行うなら、なおさらキレイに焼き上げるのに熟練の技術とセンスが必要となるわ!!」
「デモ、もし出来るようになれば、キッシュだけじゃなくパイやタルトにも使えるヨ!」
「お前ら、考察はそこまでにしておけ。とりあえず冷める前に食うぞ」
食べる前から『キッシュ』の枠を逸脱したカムイの料理に考えを巡らせるスタッフたちを四宮が諫める。
気になることは多々あれど、『焼き物は出来立てが一番』であることを自覚している面々は、下手に時間を置いて味を損なうようなことを避けるべく急いでキッシュを切り分ける。
「この世すべての食材に、感謝を込めて、『いただきます』」
「いたただきます」
「「「っ、い、いただきます!」」」
カムイが合掌して一礼すると、四宮も手を合わせる。食前に『いただきます』と一礼するのは日本独自の文化で、外国には『いただきます』に相当する作法のような文化は無い。
ただスタッフたちも郷に入っては郷に従い、四宮に倣う形で一礼して切り分けたキッシュを頬張る。
目の前に突如として現れる森………どこまでも深く、青々とした実り豊かな森が広がっていた!!!
「こ、これは、なんというコクだ! 生地に含まれている『ホウレン草』のまろやかな渋味と風味が、中に入っている具材の味を引き立てつつ調和させている!!!」
「ほ、本当に凄い! 一般的な家庭料理に過ぎない『キッシュ』を、『SHINO’S』本店のメインディッシュに使えるくらいにまで高めるなんて…………!」
「チーズのトロっとした味わいもそうだけど、特にこのシャキシャキした食感が堪らないヨ! これはいったい「ゴボウだな」ッ、ゴボウ?」
「知らないのも無理はない。フランスをはじめ、ヨーロッパでは敬遠される食材の1つだからな」
ゴボウだけではなくニンジンなどの根菜は、ヨーロッパでは長らく食用としては使われてこなかった歴史がある。
理由としては『根菜は木の根っこにしか見えない』などの他に、『ナチスドイツによる占領下時代の食糧難を思い出させる』ということが挙げられる。
現代ではそこまで重く見られてはいないものの、未だに根菜に対しての偏見が残っている地域もあり、特にゴボウはその最たる食材である。
「そうか! アクの強いゴボウを渋皮ごと使うことで、生地に含まれているホウレンソウ草の渋味と調和させたんだな!!」
「それだけじゃないぞ、アベル。この中に入っているチーズと生地に使われているバターだが、これらは全て『豆乳』で作ってある」
「っ、本当だわ! それに中に入っている肉も鶏肉かと思ったら、『大豆の練り物』よ!
大豆の練り物に味噌を混ぜて揚げ焼きにすることで、味と食感を鶏肉に近づけたのね!
味噌も大豆の発酵食品だから、豆乳チーズや豆乳バターとの相性も抜群だわ!!!」
「た、確かニ! しかもこのムチっとした食感は、『テンペ』! 塩・胡椒で濃いめに味付けした『テンペ』を小さなサイコロ状にカットして散らすことで、ベーコンみたいな味のアクセントになってルヨ!!!」
『テンペ』とはインドネシア発祥の大豆発酵食品で、高タンパク・低脂肪・低糖質の健康食材である。
水煮した大豆をバナナの葉などに含まれるテンペ菌(クモノスカビの一種)で発酵させて作り、インドネシアでは400年以上前から食べられてきた伝統食材なのだ。
形状はブロック状で、白い菌糸に覆われており、カットするとホワイトチョコのクランチのような見た目をしている。
納豆と同じく大豆を発酵させて作られるが、納豆菌ではなくテンペ菌を使用するため匂いが少なく、糸を引かず淡泊で食べやすいのが特徴。
食感は肉のようにしっかりしていて、ナッツのような香ばしい風味もあるため、ベジタリアンやヴィーガンにとって肉の代替食品としても重宝されている。
そのためインドネシア政府は、『テンペ』をスーパーフードとして公式に認めているほどである。
また、『豆乳』からバターやチーズを作ることは難しくない。『豆乳バター』は『豆乳』に『ココナッツオイル』を加えれば作れるし、『豆乳チーズ』は温めた『無調整豆乳』に『レモン果汁』を加えて濾せば作れる。
だがカムイの作った料理には、それだけでは説明がつかない部分があった。
何故なら『豆乳チーズ』も『豆乳バター』も、既存のモノと比べてあまりにも深い味わいだったのだ!
「で、ですが、キッシュの『味わいの統一感』は大豆由来の『旨味』から来るものだとしても、この『深いコク』はありえません! カムイ、このコクはどうやって出してるんだ!?」
「…………………………」
「フッ、『教えてやれ』、カムイ」
カムイに向けていた疑惑の目など既にどこかに消え去ってしまったアベルは、純粋に料理についてカムイへ尋ねる。
四宮の片腕として認められるほどのプロ料理人が、曲がりなりにも学生であるカムイに教えを請うという異常な事態。
そのことを愉快に見て、この場にいる全員がカムイのことを認めたと確信した四宮は、アベルの質問に答えるよう指示を出す。
堂島より四宮からの指示には従うよう言われているカムイは、この料理における『味の根幹』について教えた。
「『植物性レンネット』だ」
『植物性レンネット』は植物由来の凝乳酵素であり、動物性レンネットの代替として利用されている。
そもそも『レンネット(凝乳酵素)』には動物性と植物性があり、動物性レンネットは仔牛の第四胃から抽出される『キモシン』を主成分としている。
一方の植物性レンネットは、アーティチョーク・チョウセンアザミ(カードーン)・イチジク・ネトルなどの植物から抽出される酵素である。
植物性レンネットは主に宗教的な理由や地域的にチーズの生産が難しい場合に用いられており、動物性レンネットには無い独特の風味が特徴で、ベジタリアンやマクロビアンから好まれている。
そのため一概にどちらが上かということは言えないが、植物性レンネットの独特の風味が苦手という人もいることから、動物性レンネットで作ったチーズの方が万民向けと言える。
「た、確かに植物性レンネットでもチーズは作れる。ただ植物性レンネットには独特の風味だけではなく、渋味やえぐみと言った『雑味』も出てしまうはずだ。
けれど、このキッシュには雑味らしい雑味は感じられない。いったいどうやったんだ!?」
「掛け合わせた」
「っ、か、掛け合わせる…………そうか! 一種類だけではなく、複数の植物性レンネットを掛け合わせることで、単独では雑味に感じられる味わいを深いコクに変えたのか!!!」
所謂『ミックスジュース』と同じ理屈。単独ではキツ過ぎる甘味や酸味も複数混ぜ合わせることで、まろやかで深い味わいとなる。
カムイは『ミックスジュース』のように複数の植物性レンネットをブレンドすることで、単独では際立つエグみや渋味を抑えつつ、キッシュの命とも言える『チーズ』のコクと味わいを深めたのだ。
「こ、これが、【神域の料理人】が生み出す『味の世界』…………!」
「なんて常識外れ、なんて豊穣で芳醇な味わいなの…………!」
「こんな方法、考えたこともナカッタ。発想の段階からして、ワタシたちとは次元がチガウ………!」
カムイの料理を食べてアベルを含めたスタッフたちは戦慄した!!!
『ほうれん草』『ゴボウ』『大豆』『植物性レンネット』という野菜の魅力を多種多様な形で完全に引き出しきることで、普通のチーズやバターなどの動物性油脂では味わえない深いコクと一体感を生み出した手腕には、只々感服するしかなかった。
まさしく四宮が出した『野菜がメインの一品』という条件に、これ以上ないと思えるほどの品で答えたと言えるだろう。
スタッフたちは【神域の料理人】にまつわる噂に偽りが無いことを強烈に実感していた。
「これで分かっただろ、コイツがどういう料理人なのかが。コイツは『他の料理人を潰す』なんて殊勝な考え、持ち合わせてねえよ。
アベル、この料理を食ってもまだカムイを『危険な存在』だと思うか?」
「っ、い、いえ、そんなことは……………」
「ハァ、くだらない意地を張るのは止めろ。お前だって本当はもう認めているはずだ。だからこそ、カムイに教えを請うたんじゃないのか」
「っ……………………」
「お前たちもだ。そこらへんにいる愚図な料理人であれば、この料理で自分とのレベルの差を思い知らされ、自ら料理人であることを辞めるだろう。
だがココにいるのは、そんな物分かりのいい連中じゃないはずだ!!!」
四宮の言葉にアベルたちはハッと我に返った、同時に料理人としての情熱の炎が目に宿る!
自分たちでは思いつかないであろうセンスによって紡がれた美味なる一品。
その味わいに絶望を感じるよりも、このセンスや技術の一部をなんとしても自分のモノしようと、料理人としてのプライドに火が点いたのだ!!
スタジエールに求められる要素の1つ、『現場に何を与えられるか』という条件を初日でこなしてしまったカムイ。
そんなカムイがいれば『SHINO’S TOKYO』はどうなるのか…………それを想像するだけで四宮はプレオープンを待ち遠しく感じた。
「よし、ワインを開けるぞ! アベル、持ってこい。この料理に見合う良いヤツだ! カムイ、お前はジュースな!」
「は、はい!」
「えーーーーーっ! 大丈夫なんですか!? 予算ギリギリなんでしょう!?」
「何言ってやがんだ。これほどの料理、ワインに合わせなきゃもったいないだろう?」
「でもこの料理に見合うワインなんて、かなりのモノになりますよ!? 本当にいいんですか!?」
「っ……………大丈夫だ、開けるぞ」
「そんなに葛藤するナラ、銀行やスポンサーから出資してもらえばいいノニ」
「ダメだ! ほぼ全てのスポンサーから出店を反対されたんだぞ、今さら頼めるか!
それに銀行なんかに金を借りたら、出店成功の印象が薄くなるだろうが!」
「うわぁ、意地っ張りな上に強情「何か言ったか?」 イエ、別に」
カムイの作った料理をワインと共に楽しもうとする面々。彼らもまた一流の料理人、いつの間にかカムイへの疑念は料理を通して消え失せていた。
かくして四宮の店でスタジエールをすることとなったカムイ、はたしてこの店から何をモノにするのだろうか。
そんなわけでカムイのスタジエール先は四宮の店にしました。なお、幸平のスタジエール先については遠月リゾートで面倒を見させようかと考えていますが、あまり詳しくは書かないと思います。
スタジエールはあくまでカムイの『心境的な変化』がメインですので♪
それでは皆さん、次回で♪
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