【スタジエール編】の話数が少なかったことと【月饗祭編】に入ると日常パートを書くことが出来なさそうなので、このあたりで少し書いておきたくなりました。
スタジエールが終わり、生き残った一年生は山場を終えたということで束の間の休息を楽しみつつ、【月饗祭】への準備に移行している。
そんな遠月学園の昼下がり…………水戸郁魅は極星寮に来ていた。手には自慢のお手製弁当が入った紙袋、化粧やグロスはいつもよりも丁寧に仕上げている。
「べ、別にアイツのために持ってきたわけじゃないし! ただ試作してたらいつの間にか多めに作ってて、捨てるのも何だから持ってきただけだから//////」
周りには誰もいないのに寮の入口の前で一人、顔を赤らめながら言い訳の予行練習のようなことをしている水戸。
一周どころか二周三周もしているほど古臭いツンデレには、もはや目新しさすら感じてしまう。
太陽の光を反射するほど鮮やかな金髪、日焼けした小麦色の肌、校則なんか知ったことかと言わんばかりに露出面積を増やした制服の着用に男顔負けな口調。
『ギャル』という言葉を辞書で調べれば、『水戸郁美』と載っていても不思議ではない彼女…………しかしやっていることは気になる男子への『お弁当の差し入れ』。
まさにツンデレ要素の『満漢全席』、古代中国の皇帝が三日どころか一週間かけても、味の主張が強すぎて食べきれないと思うのは気のせいではないはず。
兎にも角にも、水戸は周りに誰もいない状況で思いつく限りのツンデレセリフを吐き出し、気持ちを落ち着かせる。
体内にある『ツン』が無くなると、今度は頭の中に自分の料理を食べて喜ぶ幸平の顔が浮かび上がる。
『ツン』が無くなり『デレ100%』な未来予想図に思わず顔をにやけさせ、イメージトレーニングはバッチリ。手作りの弁当とお茶を携えて、いざ極星寮へと出陣。
しかし中へと入るや水戸は思い知る。
この建物には甘酸っぱい乙女の夢など無く、想い人との仲の進展などという希望も無く、『青春』という名の理想は闇へと消えて打ち砕かれることを。
「お~~~い! 料理の試作大量に作ったから皆で食べようぜ~~~♪」
「私も! 新作作ったから皆で食べて感想ちょうだい♪」
「みんな、今日のお昼は僕が作ったよ! たくさん作ったからジャンジャンおかわりしてくれ♪」
食堂で飛び交うは互いに作った料理を食べさせようとする声、声、声! 目に入ってくるのは全員の手元にある自慢の手作り料理の数々。
本来なら『女子が男子に手料理を持ってくる』というのは非日常的なことのため、甘酸っぱい青春の一ページの代名詞にもなる貴重なシーンのハズ。
しかしここは【遠月学園】! そんな巷では希少な光景も『この場所』では当たり前に見慣れたモノである!!
だからコレは『ココが料理学校』ということを失念していた水戸にも非が無いわけではない。
「おっ、にくみじゃん♪ ちょうど良かった、お前も試食してくんね? 調子に乗って作り過ぎちまってよ~~」
「なっ、なっ、なっーーーーーー////////////」
結局、幸平のペースに押し切られ水戸の甘酸っぱいイメージトレーニングは妄想の果てへと霧散してしまった。
極星寮に入るまでのあの葛藤の時間は、いったい何だったのだろうか?
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また別の時間、別の場所の一幕。アルディーニ兄弟がクラスの女子に昼食を誘われていた。
「タクミくん、イサミくん。一緒にお昼しない?」
「私たち、今日お弁当持ってきたんだ♪」
「ああ、もちろん構わないよ」
「僕たちもお弁当だから、せっかくだしオカズ交換しない?」
イタリア人ならではの紳士さにより、学内で屈指の人気を誇るアルディーニ兄弟。
モデル顔負けのイケメンを武器にファンクラブすら設立されている『タクミ・アルディーニ』。
兄とは別の『可愛らしさ』という魅力で女子の母性本能をくすぐる弟の『イサミ・アルディーニ』。
二人はクラスやファンクラブの女子から毎日のように昼食に誘われており、女子に囲まれて昼食を取る姿を見ては男子生徒が血涙と呪詛を垂れ流す様が、今では学園お決まりの光景になりつつあった。
もっとも『アルディーニ兄弟との昼食権』は順番性となっており、その鉄の掟を破った者には漏れなく『ファンクラブ主催 血の制裁』という名のフルコースが待っているとかいないとか。
それでも女子生徒は、このアルディーニ兄弟との昼食を毎日の楽しみとしている。
だが世の中そんなに甘くはない!
一緒に楽しめるのは『昼食を食べる前』まで! イケメンを前にして胸をドキドキときめかせる女子は、食事開始と同時に乙女心を爆殺されるのだ!!
昼食時の恒例行事である『オカズ交換』は、アルディーニ兄弟が必ず持ち前の紳士スキルを発揮して持ち掛けてくる。
女子は当然二人の好意をそのまま受け取り『オカズ交換』に応じるのだが、それこそが罠である!
((私たちが作ったのより遥かに美味しいんですけどーーーー!!!))
打ち砕かれる乙女心! こと料理において『妥協』という日本語を知らないアルディーニ兄弟は、もちろん自分たちが作る弁当にも『料理人』としての全力を傾ける。
そんな料理を食べれば、よほど料理の腕が立つ女子でない限り、ペンペン草も残らないほど『乙女心』と一緒に『料理人としてのプライド』が吹き飛ばされるのだ。
これも料理学校だからこその光景。そして女子は何度吹き飛ばされても立ち上がり、『イケメン兄弟との昼食』というひと時のために不屈の闘志で列の最後尾に並び直す。
それはまさに『推しメン』のためなら湯水のように貯蓄を溶かすファン…………いや、さながら『生者』を求める『亡者の隊列』が如し!
『イケメン』という心の栄養を得るためなら、乙女はプライドを捨てていくらでもゾンビと化すのだ。
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また別の場所、別の時間………薙切家の所有地にあるえりなの屋敷にて、えりなは椅子に座ってぐったりとしていた。
お腹を押さえながら顔色を悪くしていることから、風邪とは違った様子である。
「えりな様、お腹の具合はいかがですか?」
「うぅ、お、お腹が重い…………」
「あぁ、おいたわしや。やはり最近の味見の依頼が多かったことがアダに………とりあえず今日の依頼はキャンセルしてきますね」
「お、お願い緋沙子。うぅ…………」
どうやらえりなは日々の味見役としての仕事で料理を食べ続けた結果、胃腸に負担が掛かり体調を崩してしまったようだ。
仮に少量ずつだとしても、年頃の女子が毎日のように何食も食べ続ければ、そのような状態になるのも無理はない。
むしろあれだけ食べ続けているのにモデルさながらのスタイルを維持できているのだから、世の女性から見れば羨望と憎悪の的だろう。
バタンッ!!!
「え~~りな♪ ランチにしましょ! ほら、リョウくんが作った『海老カツサンド』。ボリューム満点よ♪」
えりなが新戸の淹れてくれた薬湯を少しずつ飲んでお腹を労わっていると、勢いよくドアが開く。
やってきたのはランチボックスを携えたアリスと黒木場だった。
「ッ、ウップ、い、いらない………」
「あらどうしたの、お腹でも痛いの?」
「大量に来た味見の依頼で、えりな様は体調を崩されている。すまないが、あまり重い物は胃腸が受け付けないのだ」
「そうなの? それは困ったわねえ、どうしましょうか『兄さん』」
「え?」
アリスの持っている『海老カツサンド』を見て吐き気を催したのか。えりなは視界に入れないよう反対方向を向くも、アリスの一言に再び逆方向へ顔を向けた。
「……………………」
「カ、カムイくん!? 今日は学園に来てたの!? ッ、ウップ!」
「えりな様、無理はなさらないでください! どうかご自愛のほどを」
「この屋敷に来る途中で会ったの。せっかくだし一緒にランチをしようと思って連れてきたのよ、感謝してよね♪」
見ると無表情のカムイが扉の近くに立っていた。あまりに音も無く入ってきたため、新戸も気づかなかったようだ。
立ち上がろうとするえりなだったが、お腹の調子が悪いせいで立ち上がれず新戸に支えられる。
「腹の具合が、悪いのか?」
「っ、え、ええ。そんなに酷くはないのだけれど、ただちょっとお腹が重い感じがして…………」
「まぁ何てこと! えりなったら、いつの間に妊娠したの!?」
「なっ、ふざけないで! 何でそうなるのよ! ッ、ウップ!」
「えりな様!? アリスお嬢、えりな様を揶揄うならお帰り願おう!!!」
「もう、そんなに怒らないで秘書子ちゃん。ちょっとした冗談じゃない♪」
「秘書子って言うな!」
所々でえりながお腹を押さえながら吐き気を催す姿は、悪阻(つわり)に苦しむ妊娠初期の女性のソレなのだが、本人にとっては深刻なので茶化すアリスを新戸が叱りつける。
新戸に叱られたアリスだったが、どこ吹く風と言わんばかりに気にせず新戸まで揶揄う。
なお後ろにいる黒木場は『体調不良な人間が傍にいる状態で騒ぎ立てること自体どうなのか』とマトモな疑問を抱いている。
そんな少しカオスな状況において、カムイがえりなに近づき頬と首に手を添えて何かを探り出した。
「カ、カムイくん!? な、何を//////////」
「ジッと、していろ」
「っ、は、はい//////」
「あーーーー! ちょっと兄さん、何して「静かにしてろ」 ブーーーーーー!」
いきなり触られてえりなの顔は恥ずかしさで真っ赤になり、それを見たアリスが嫉妬で顔を真っ赤にする。
だがどちらもカムイの真剣な表情で制止させられてしまった。
「ん、分かった。少し待ってろ」
やがて知りたいことを調べ終わったのか、カムイはえりなの顔から手を離し部屋から出ていく。
カムイの考えが図りかねる一同だったが、とりあえず新戸が淹れたお茶で時間を潰すことにした。
「待たせた」
そうしてお茶を飲んで一服し、30分ほど経つとカムイが三段の配膳用ワゴンにクロッシュ付きの皿を乗せて戻ってくる。
座っているえりなの前に皿を置き、クロッシュを外すと中から料理を盛り付けた『レンゲ』とオレンジ色の液体が入った『お猪口』があった。
皿の上に小さなレンゲとお猪口が一つずつ。フランス料理どころか懐石料理と比べても、みすぼらしい見た目のためカムイ以外の全員が首を傾げている。
「なぁに、コレ?」
「料理も飲み物も一口サイズっすね」
「お猪口の方は分からないが、レンゲの方はフカヒレを纏わせてるのか? 見た目は美しいが…………?」
「食べてみろ」
「え、ええ…………」
デパートの試食品売り場に出てくるような一口サイズの料理を目にして戸惑う面々だが、『一口だけなら』とひとまずえりなはカムイに促される通りにレンゲの料理を頬張る。
(っ、美味しい! 薄い塩味のスープをたっぷりフカヒレに含ませて『もち』を包んだのね、それもコレは『大根もち』だわ。
『もち』の中身はハチミツを染み込ませて細かく刻んだ『蓮根』『大根』『リンゴ』『生姜』が入ってる。
シャクシャクモチモチとした食感で、噛めば噛むほど甘酸っぱい旨味が滲み出てくるわ!)
グゥ~~~~
「っ~~~~~~//////」
「あらあら、えりなったら♪ はしたないわね♪」
「え、えりな様!?」
噛む楽しさから何度も咀嚼していると、突然お腹から大きな音が鳴って思わず赤面するえりな。
先ほどとは別の意味でお腹を押さえてしまい、アリスは意地の悪い笑みを浮かべる。
新戸はさっきまで調子を崩していたとは思えないようなえりなの活発的なお腹の音に驚く。
えりなにとっても人前でお腹の音がなるという事態で困惑するが、『神の舌』の性なのか味の分析は恥ずかしがりながらもしっかり行っていた。
「う、薄いながらもしっかりとした塩味のスープを含んだフカヒレのサラサラとした舌触り!
中に入っている『大根もち』はクワイの粉末と一緒に練り上げているから、米で作った餅よりもコチラの方が消化に良いわ。
さらに『大根もち』の中のハチミツを含ませて細かく刻んだ『蓮根』『大根』『リンゴ』『生姜』が素晴らしい食感を出している。
このシャクシャクとした食感によって、一口サイズの『大根もち』に食べ応えが生まれてるわね。
レンゲの底にあるジュレ、これは『サンザシ』から抽出した糖液に『柚子』の酸味を加えたもの。
甘酸っぱいジュレが咀嚼していく内に『大根もち』と絡み合い、うす塩味のフカヒレがアクセントとなって、噛めば噛むほど心地よい甘酸っぱさが口の中に広がるわ!!!」
「ウフフ♪ えりなってば、照れ隠しで料理の解説をするなんて往生際が悪いのね。そんなに一生懸命になって誤魔化そうとしても手遅れよ?」
「う、うぅぅぅぅぅうるさいわね! 一口なのにこんなに美味しく感じられる料理なんて初めてだから、感動しただけよ//////////」
「え、えりな様、そちらのお猪口はどうなのでしょうか?」
「っ、そ、そうだったわね!」
料理について一息で解説しまくるえりなを見て、アリスが笑ってえりなの悪あがきにマウントを取ってくる。
それでもえりなは最後までお腹の音について誤魔化そうとするが、新戸が話題を変えてくれたのを幸いに残りのお猪口を飲み干す。
「っ、『生姜湯』のようなネットリとした舌触りと口当たり! コレは『ツバメの巣』ね、それにこの旨味は『スッポン』!
生姜・ニンニク・クミン・コリアンダー・ウコンで味と風味を付けた『スッポン』のスープを温めて溶かした『ツバメの巣』と合わせ、蒸して味を馴染ませたんだわ!!」
『ツバメの巣』、正確には海辺に生息する『アナツバメ』が海藻類を自身の唾液によってノリ状に固めたもの。
主な産地はマレーシア、インドネシア、タイ、フィリピンなどの東南アジアで、断崖や洞窟に巣を作るため採取は困難であることから高級な食材なのだ。
歴史的にも古く、かの楊貴妃も好んで食べていたことから中国でも珍重されている食材の一つでもあり、価格だけではなく以下のような高級食材に恥じない栄養が含まれていて、『完全食』と呼べるほど非常に栄養価が高い。
・コラーゲンやヒアルロン酸を体内で活用するための『シアル酸』
・肌の水分保持や健康維持に重要な旨味成分の『アミノ酸』
・カルシウム・鉄分・リンなどが含まれ、アンチエイジングや体力維持に貢献する『ミネラル』
・細胞の修復や免疫機能の維持のための『グリコプロテイン』
なお、使う場合は乾燥したツバメの巣を水で戻す。約5〜6倍に膨らんだらピンセットで羽毛や不純物を取り除き、スープ・デザート・サラダ・ヨーグルトなどの具材として用いていく。
「腹の具合は、どうだ」
「え? あ…………不思議。さっきまでの不快感が無いばかりか、今は落ち着いていてスッキリしているわ」
「っ、本当ですか、えりな様!?」
レンゲとお猪口に盛られていた一口サイズのカムイの料理を食べたえりなは、先ほどまでグッタリしていた表情から打って変わり清々しいものになっていた。
えりなの変わりぶりに周りだけでなく、えりな自身が一番驚いている。
「カ、カムイ、えりな様に出したものと同じものは作れるか? 私も食べさせてほしい!」
「あ、じゃあ私も♪」
「俺にも食わせろ」
「ん、用意してある」
カムイの作った不思議な料理に興味が湧いた新戸たちは、『同じものを食べたい』とカムイに頼んでくる。
しかしカムイはこうなることが分かっていたのか、配膳ワゴンに残っていた皿のクロッシュを開けると、えりなに出した料理と同じものが人数分揃えられていた。
「っ、確かにレンゲの方の料理を食べると猛烈にお腹が空いてくる!」
「でもお猪口の方のスープを飲むとお腹が満たされるわ、オモシロ~~イ♪」
「不思議な感覚っすね。一瞬だけ空腹になって一瞬で治るってのは」
「カムイくん、どうしてこんなことになってるの?」
「食材の、組み合わせ」
「食材の組み合わせ? それだけでこんな風になるのか?」
一口食べればたちまち空腹、一口食べればたちまち満たされる。
そんな不思議な体験をしたえりなたちは、カムイに料理について詳しく尋ねた。
カムイは単に『食材の組み合わせ』とだけ答えるが、当然それだけで分かるはずもない。
そのためカムイは、口下手なりに何とか噛み砕いて説明させられると言う苦行を強いられた。
今回カムイが応用したのは『薬膳』であり、さらに食材を組み合わせ、効能を掛け合わせることで相乗効果を発揮させたのだ。
まず大根が消化を促進させるのは言うまでもない。加えて『ネズミザメのフカヒレ』に染み込ませた薄塩味のスープ、底に盛っていたジュレの『サンザシ』の甘味と『柚子』の酸味を舌で感じさせる。
これにより『大根もち』を何度も咀嚼することでモチモチ・シャキシャキ感を感じると共に、具材の甘酸っぱさが口内を満たすことで脳は身体…………胃腸に対して消化命令を下した。
そしてリンゴ・蓮根・生姜は『薬膳』における『開胃』、即ち胃の活動を活発化させる効能がある。
つまりカムイは『味覚』と『食感』を通し、『脳』から身体へ『消化促進』の命令を出させることで、身体そのものを消化のしやすい状態にしていた。
そこに胃の働きを活発化させ、なおかつ消化のしやすい料理を吸収させることで、お腹に溜まっていた料理を一瞬で腸まで送り出したのだ。
薬膳の世界では、このような胃の中にあるモノを腸まで送り出す働きを『消導』と呼ぶ。
えりなのお腹が鳴ったのは、本来なら時間をかけて消化するモノが一気に無くなったことで、広がっていた胃が空洞状態になったからである。
「っ、だから一瞬で空腹状態になったのね!」
「体に良い料理と言うと『粥』などが思い浮かんでしまうが…………なるほど、その前段階における『消化・吸収のしやすい身体作り』が重要だったのだな」
「『一口サイズで提供した』というのも重要ね。普通に一人前で提供したら物怖じしちゃって、食欲が無くなっちゃうかもしれないもの」
「敢えて一口料理にすることで、脳の警戒を緩めて消化を促したってわけか」
まさに『医学』や『人体の構造』を踏まえた『薬膳』の真骨頂とも呼べる料理。
またカムイは秘伝の『バイタルレシピ』を応用することで、栄養効果を最大限に発揮できるよう身体づくりまで見据えていたのだ。
「カムイくん。『消化促進』と『消導』については分かったけど、この『ツバメの巣』にはどんな効果を持たせていたの?」
胃の中をあっという間に空にするだけでも驚愕の料理なのだが、現在えりなの胃は不思議と落ち着いていた。
それこそ、ラーメン一杯ぐらいなら問題なく食べられるぐらいにまでニュートラルな状態となっている。
えりなは一瞬で空腹にしたお腹の調子を通常時の状態まで持っていったお猪口の方の料理について尋ねた。
胃というのは詰めすぎはもちろん良くないが、空っぽな状態が続くのも良くない。
ましてや消化がしやすい身体ということは、消化液(胃液)が分泌され続けているということでもある。
その状態が長く続けば胃潰瘍などを引き起こしてしまうため、消化を促した身体を今度は通常の状態に戻さなくてはならない。
そこでカムイは『ツバメの巣』をメインにスッポン・生姜・ニンニク・クミン・コリアンダー・ウコンを使い、ネットリとした糊状のスープを作って、今度は『消化に時間が掛かり内臓の機能を高める薬膳』に仕上げた。
『大根もち』とは違い、基本的な調味料は使わずに作ったこのスープは逆に消化を穏やかにする。
さらに使われた食材はいずれも内臓の機能を補強する効能を持っているため、身体にゆっくりと染み渡ることで消化機能もゆるやかにしたのだ。
「な、なるほど。確かに食材そのものの旨味は強いけれど、塩などの調味料は一切使ってないわ」
「だからこそ、加速させた消化機能にブレーキをかけて、身体を通常の状態に戻すことができたってことね」
「団子の方で身体の消化を促進、スープの方で抑制。足し引きをキッチリ計算することで、プラマイゼロってわけか」
「………………………………」
人は大量の料理を見ただけで空腹が満たされ、『食欲』が奥へ引っ込んでしまう場合がある。
ましてや体調を崩しているのであれば、なおさら『食欲』の引き出し方には気を配らなければならない。
また一口で食べられる料理を少しずつ提供するのは、妊娠初期の『悪阻 つわり』で身体の作りや食欲が変化した患者に用いられている手法でもある。
アリスが悪ノリで揶揄っていたことも、あながち間違いではなかったのだ。
えりなたちは『食欲』だけでなく『人体の機能』すらもコントロールし、体調改善を成せるカムイの料理に感嘆している。
ただ新戸だけは、カムイの料理をジッと見据えて何かを考え込んでいた。
「それにしてもオモシロイわね、この料理。一口で成立させる料理なんて初めて♪」
「フランス料理のコースとかだと、前菜でこういうのはありますけどね」
「カムイくん、こんな発想どこから得たの?」
「スタジエール先、シェフ四宮の店で、思いついた」
「そういえば、『SHINO’S TOKYO』で『一口で満足できる料理』っていうのが話題になってるわよね。
え、アレってもしかして兄さんが考案したの!?」
アリスの言う通り、『SHINO’S TOKYO』発祥の『一口で満足できる料理』は斬新さのみならず、健康志向の客や若い女性を中心として爆発的に人気が高まっている。
『オードブル』のようなコース用の料理ではなく、一皿で提供される料理の一口盛りでもない。
全く新しい料理のスタイルを確立したことで、テレビや雑誌だけでなくネットでも話題となり、他の料理店も『作ってみよう』という動きが広まりつつある。
余談だが、四宮はカムイがスタジエールを終えた後『一口料理』によって構成されたコースメニュー作りに勤しんでいるのだとか。
『食事もまた環境の一部である』。カムイがこの料理を思いついたのは、『食材への感謝』や『食事を環境』として捉える『バイタルレシピ』を作る習慣があったことも理由の一つだろう。
その考えが『食事にあまり時間を取れない』という日本の現代社会の環境に適合し、多くの人々から求められる料理になったのだ。
「………カムイ、頼みがある」
「?」
えりなたちが時代を席巻する料理すらも作り出すカムイのセンスに脱帽していると、今まで静かに何かを考え込んでいた新戸がカムイに詰め寄ってくる。
「っ~~~~! この料理、私に伝授してほしい!」
「ひ、緋沙子?」
「私は日々激務に追われるえりな様の支えになるような料理を作りたい!
私が『薬膳』を学んでいるのも、全てはえりな様の助けとなるためだ!」
『薬膳』という言葉が生まれたのは1980年頃の中国、北京のレストランだと言われているが、『医食同源』のように『料理=薬』という考えそのものはもっと古くからあった。
『風邪をひいた時はネギや生姜を食べる』という簡素なものも含まれるため範囲も非常に広く、古代中国では皇帝を食事で支える医者『食医』という役職も存在していたほどであり、その地位は医者よりも高かったという。
「実は………えりな様がお腹の調子を崩されるのは、今日が初めてではないのだ。そのたびに苦しむえりな様を見て、私は忸怩たる思いをしていた」
やはりと言うべきか、味見の仕事によって腹の調子を悪くしたのは過去にも何度かあったようだ。
新戸はその時のことを思い出して悔しさから目を伏せるが、すぐにカムイへ『グアッ!』と目を向ける。
「それをたった一口の料理で治してしまったカムイの手法には、正直に言って感動した!
けれどえりな様を一番に癒すのは私でありたいのだ! だから頼むカムイ、このとおりだ!!」
えりなのことを第一に想う新戸は、カムイに向かって勢いよく頭を下げる。
【選抜戦】の時と同じ、優先するべきは自分の『意地』ではなく『誇り』。そして新戸の『誇り』とは『えりなの支え』となること。
えりなの助けとなるのであれば、新戸はカムイに限らず誰にでも頭を下げて教えを乞う揺るぎない『覚悟』を持っていた。
「………人に教えるのは、苦手」
「っ、そこを何とか「だが」 え?」
「もう一度作るから、隣で見て、覚えろ」
基本的に無口で不愛想で他人には『我関せず』を貫くカムイだが、モノが料理ならそれなりに付き合ってはくれる。
またカムイはスタジエールを終えてからというもの、フルコース作りと並行して【環境がもたらす味】を知るため、なるべく周りと関わるようになっていた。
相手は主に十傑メンバーなのだが、それでも今までには見られない積極性に十傑メンバーは大変喜んでいる模様(特に司が)
新戸もカムイの不器用な性格は知っていたし、そもそも技術や味というのは『教わる』のではなく『盗む』ものだと考えを改めた。
「っ、あ、ああ! それでいい、よろしく頼む!」
「あ、じゃあ私も一緒に行く! この『一口料理』のこと、もっと知りたいもの♪ ね、リョウくん?」
「そっすね。味の強弱をコントロールできるようになれば、もっと色々作れそうですね」
「なら私も行くわ。非常に興味深い料理だもの」
そしてえりなたちも、一皿や一椀ではなく『一口で満足できる料理』という新しいジャンルに興味が沸き同行することにした。
ただ『一口で満足させる』という性質上、味の調整が難しく調理段階でいくつもの手間をかけなくてはいけない部分が多かった。
特に『ネズミザメのフカヒレ』は、『真空調理法』を用いるため、フカヒレの身を全く荒れさせずにスープを最大限染み込ませるという繊細な技術があったことから、今回作った料理を真似るだけでも丸一日を要してしまう。
結局えりなの仕事は後日に回して、この日は全員で『一口料理』の研究を行った。これも遠月学園らしい日常なのだろう。
遠月学園って、つくづくラブコメとは縁遠い学校ですよね~。あと書き終わって思ったこと…………『グルメ食材出してなかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
それでは皆さん、次回で♪
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