神域の料理人が往く食戟のソーマ   作:あさやん&あさやん

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オリ主の活躍がほとんど無い代わりに原作主人公の登場です。




第六皿

 

 

 

 カムイと十傑の食戟が終わってから1ヶ月ほどが経過し……………………えりなは自室で、ただ呆然と窓から見える景色を眺めていた。

 

 

「……………………えりな様、お食事です」

 

 

 えりなの秘書である『新戸緋沙子』が、薬膳の知識を用いて作った粥を差し出す。えりなはカムイに負けてから気落ちしてしまっていた……………………………かつての自信に満ちた表情と凛とした佇まいは、もはや見る影もない。

 

 特に体調そのものを崩したわけではないが、それでもえりなはあれからほとんど食事を取っていなかった。

 

 

「ありがとう、緋沙子…………………………でも、ごめんなさい。今は食事が喉を通らないの、下げてちょうだい」

 

「っ………………………えりな様、この1ヶ月まともに食事を取られておりません。お辛いかとは思いますが、何か食べないと本当にお身体を壊してしまいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たとえ、【味覚が無くなってしまった】としても」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緋沙子の言葉にえりなの顔は、より一層悲痛な面持ちとなってしまう。

 そう。えりなはカムイの料理を食べてからというもの、一切の味を感じなくなってしまっていたのだ。

 

 

 カムイの料理を食べて気絶したえりなは、保健室で目を覚ました。

 

 頭が上手く働いていない中で、えりなは秘書の新戸にお茶を用意させたのだが、そこでお茶の味が全くしないことに気づいた。

 何かの間違いだと思い、新戸だけではなく薙切の専属料理人にも料理を作らせるが…………………………その悉くが全く味がしなかった。

 

 【『神の舌』の消失】。前代未聞の大事件に仙佐衛門は遠月が持つコネクションを最大限活用し、様々な医療機関のスペシャリストを招集した。

 

 最高峰の医師たちだけでなく、最先端の専門機関でも調査をしたのだが…………………………結局、理由を解明することは出来なかった。

 日々の激務から来るストレスが原因だとも思い、えりなへの仕事を減らしカウンセリングも受けさせたが、一向に改善が見られない。

 

 味覚が戻らない以上、当然ながら『味見役』としての仕事などは出来ない。えりなへの依頼は全てキャンセルされ、屋敷で療養させることにした。

 

 そして味も香りもしない料理を口に入れると食感の気持ち悪さだけが際立つので、必要な栄養は点滴やサプリメントで摂取しているという状況だ。

 必要最低限の栄養は取っているため、今のところ身体に変調はきたしていない。だが、このままではストレスで身体を壊してしまう。

 

 そう考えた新戸は『せめてお粥だけでも』と思い用意したのだが、えりなは一切手をつけようとはしなかった。

 

 

(………………………知らなかった……………………『味』の無い世界というものが、こんなにも辛く、苦しいものだったなんて)

 

 いつだって『神の舌』で絶対的な味の判定を下してきた。自身の舌にそぐわない料理は『ゴミ』とさえ断じてきた。

 しかし味覚を失った今となっては、そんな料理ですら恋しく思えてしまう。

 

(これは………………………天罰なのかもしれない。食べ物の大切さを、食材となる命の尊さを軽んじてきた、愚かな私への天罰)

 

 不必要な料理など何一つとして無かったのだと、『味を感じることが出来る』それそのものが幸せなことなのだと、えりなは今さらながらに理解した。

 

 

(カムイ……………………『神威』。まさしく彼の料理は、神の領域にあるとさえ思える味だった。そんな彼の作る『人生のフルコース』とは、いったいどんな料理なのかしら?

 もしかしたら彼自身が『食の神』の化身なのかもしれない、そう感じるほどの料理。そして私は…………………………そんな彼を侮辱し、冒涜した)

 

 精神的に弱ってしまったえりなは、今の状況が『食の神』に不敬を働いたことへの罰なのではないかと思い始めていた。

 『食の神』の怒りに触れたことで、神は自分から『食』に関わる全てを取り上げてしまったのだと。

 

 事ここに至って、えりなは自分から『食』を取り除けば、自身には何も残らないということに気づいてしまった。

 

 

(でも、もう………………………何もかも遅い。私は、そんな当たり前のことに気づくのが……………………………遅すぎた)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、う、うっ………………………うぅぅぅぅぅぅぅわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神の怒りにより『食』を取り上げられたという現実と、『食』が無くなった自分がいかに空虚な人間なのかという思いから……………………えりなは涙を流した。

 

「えりな様……………………失礼いたします」

 

 仕える主が涙を流して嗚咽する姿に、かける言葉すら見つからない新戸。自分にはどうすることも出来ない無力さを思い知りながら、新戸は料理を持って静かに部屋を出た。

 

 

 

 

「………………………えりなはどうであった」

 

「っ、そ、総帥!!!」

 

 新戸が部屋を出ると、後ろから仙佐衛門に話しかけられる。

 

 えりなの祖父であり、遠月総帥でもある仙佐衛門にいきなり話しかけられ委縮してしまうが、それでも表情を曇らせながら何とか答えた。

 

「っ、いいえ、本日も召し上がってはいただけませんでした」

 

「そうか………………………苦労をかけてすまないな」

 

「そんな、滅相もございません! 一番辛いのはえりな様です。あの御方のご心痛に比べれば、私など……………………………っ、失礼いたします」

 

 新戸がえりなに料理を持っていくのは、これが初めてではない。今まで何度もえりなが食べられそうな料理を作っていたのだが、えりなは一口も食べようとはしなかった。

 

 『丹精込めて作った料理なのに一口も手を付けられない』…………………………料理人にとって、これほど辛いことは無いだろう。

 そのことについて仙佐衛門が謝罪するも、部屋から聞こえてくるえりなの泣き声に、新戸は『主の方がもっと辛い』と理解を示す。

 

 新戸がその場を去り、えりなの泣き声を聞いて仙座衛門は物思いに耽った。

 

 

(結果として、『あの男』からの呪縛が解けたのは良いことだ。しかしその代償は……………………………あまりにも大きかった)

 

 

 えりなが女王様気質の傲慢な性格になってしまったのは、幼少期に施された父親からの英才教育のせいであった。

 

外界からの接触は一切シャットアウト。ただひたすら料理の是非にのみ向き合わせ、『頼れるのは父親である自分だけだ』と徹底的に教え込んだ。

 

 えりなの前に二つの料理を並べ、どちらの料理が美味いかを判断させる。『神の舌』によって僅かな良し悪しも見抜き、良い方を選ぶ。

 そして選ばれなかった料理は『ゴミ』として、えりなの手で直接ゴミ箱に投じさせた。

 

 美味なる料理以外は『ゴミ』であると何度も教え込み、拒絶するようなら力づくで言うことを聞かせる。

 最初はイヤイヤながらに不出来な料理を捨てることに反対をしていたえりなも、怒られたくない一心で僅かにさえ劣っている方の料理を『ゴミ』として捨てる。

 

 そんなことを毎日、何年も繰り返した結果………………………えりなは自分の舌が認めない料理は全て『ゴミ』と断ずる性格となってしまった。

 そしてえりなのことを知った仙座衛門は、父親を薙切家から勘当し、えりなを自分の手で育てることにした。

 

 仙座衛門の教育の賜物でえりなは徐々に感情を取り戻していったが、父親から与えられた『トラウマ』は完全には無くならなかった。

 しかし今回カムイの料理を食べたことで、えりなは『料理』と『食』への尊さを再認識し、トラウマを克服することが出来た………………………………味覚を失うという代償を払って。

 

 

 

「いったい、どうすれば「総帥!!!」ん?」

 

 八方手を尽くしても一向に改善しない状況に頭を悩ませていると、一人のSPが仙座衛門に駆け寄ってきた。息を切らせているところから見るに相当の大事だということが分かる。

 

「どうした、そのように血相を変えて」

 

「ハァッ、ハァッ、お、お見苦しいところお見せして、申し訳ございません!」

 

「よい。それで、どうしたのだ」

 

「は、はい! 遠月のありとあらゆる情報網を駆使して調査しましたところ…………………………………彼を、『あの男』を発見しました!!」

 

「!!!!!!!!!!」

 

 SPの報告を聞いて仙座衛門の目が『グワッ!』と開く!

 

 ずっと探していた人物を見つけたという喜びと、今の状況を打破してくれるかもしれないという淡い期待から、仙座衛門の目つきが変わる。

 

 

「場所は!!!」

 

「オーストラリア、グレートバリアリーフです!」

 

「すぐに自家用ジェットを用意せい! 絶対に見失うな、だが決して接触してはならん!! 儂が行くまで監視だけに専念するよう徹底させろ!!!」

 

「はっ!!!」

 

 仙座衛門の指示を受けてSPが近くの空港に連絡、自家用ジェットを出せるよう準備をする。仙座衛門も留守のことは秘書に任せ、外に用意されているリムジンに乗り込む。

 

(待っていろ、えりな。必ずお前の味覚を、『神の舌』を取り戻して見せる!!!)

 

 かつては『「神の舌」など無ければいい』とさえ思った仙座衛門だったが、今のえりなには必要なものであると考えて一路オーストラリアへ向かった。

 

 

 

 

 

 【グレートバリアリーフ】。オーストラリアのクイーンズランド州北東岸に位置し、全長約2,300km、面積は約344,400平方キロメートルに及ぶ世界最大のサンゴ礁である。

 

 約2,900の暗礁と900以上の島々から構成されており、サンゴ礁の形成は約2,500万年前に始まったとされている。

 また、魚をはじめとする多くの海洋生物の巣があり、繁殖場でもあることから世界遺産にも登録されている。

 

 しかし近年では、気候変動や人間の活動によってサンゴの白化が進み、環境ストレスに悩まされたサンゴが共生藻類を排出する事態が起こっている。これがサンゴの健康に悪影響を及ぼし、多くの生態系にも影響が出ているのだ。

 

 そのため、サンゴ礁を復活させようと活動する自然保護団体もいるのだが………………………その中に何故かカムイもいた。

 

 

「いや~~~キミのおかげでサンゴがここまで蘇るとはね! キミはまさに私たち、いやこのサンゴたちの救世主だよ!!」

 

「ホント、信じられないわ! まさかたった1ヶ月足らずで白化したサンゴをここまで復活させるなんて、まさに『奇跡』としか言えないわ!!!」

 

 カムイが調理技術と共に培ってきた再生技術を駆使したことで、グレートバリアリーフの白化したサンゴ礁は少しずつ色を取り戻していった。

 

 本来ならサンゴが形成されるのには途方もない年月が掛かるのだが、カムイの『ワープダイニング』で時間を加速させれば1ヶ月程度でも十分に回復させることが出来た。

 

 当然ながら、カムイに慈善事業や自然保護をしたつもりはない。単に多くの海洋生物が住まうグレートバリアリーフは、カムイにとって食材の宝庫であったから復活させたに過ぎない。

 

 しかしそんなことを知る由も無い自然保護団体の職員たちは、こぞってカムイのことを『神の化身だ!』などと褒めちぎる。

 

 自身のことを賞賛してくる職員たちを放っておき、カムイは腹ごなしの料理を作っていた。食欲のスイッチを連打してくる香りを漂わせているのは【エイヒレ肉のアロゼ】。

 

 

 近海で捕れたばかりのエイを『活性切り』で捌き、『金のフライパン』で溶かしたエイの肝にスパイスやハーブで香り付け。

 

 エイの肝は脂肪の塊であるため、フライパンで熱せれば溶けて油だけになる。これにスパイスやハーブの香りを移せば、特製の『肝オイル』となるのだ。

 

 エイのヒレ付近の部分(エンガワ)にスパイスの香りを染み込ませた『肝オイル』をかけ、ケッパーやスパイスを振りかける。最後に『白金レモン』を絞れば完成。

 

 

 エイは戦後直後の食糧難時代では日本でも食べられていたが、今ではほとんど食べられていない。サメやエイなどの軟骨魚類は排尿器官が未発達で、肉の中にアンモニアを蓄えて体内の塩分濃度を調節している。

 

 そのためサメやエイは死ぬと尿素が分解されて、肉がアンモニア臭くなるのだ。故に捕れたてや加工食品ならともかく、生の状態では保存に不向きのため、一般的に出回ることはない。

 

 ただオーストラリアではサメやエイはシーフードの代表格であるため、サメ肉やエイ肉を揚げた『フィッシュアンドチップス』などで親しまれている。

 

 

「う~~~~~ん♪ それにこの料理の腕前! 俺たちもエイは食べ慣れているが、こんなに美味いエイ料理は初めてだ!!!」

「ホントホント♪ エイがこんなに甘くて上品な味になるなんて!」

「ねえカムイ、ずっとここにいてよ。私たちと一緒に自然保護活動を続けましょう?」

「ああ! こんな美味い料理が毎日食べられるんなら大歓迎さ♪」

 

 職員たちから勧誘の嵐を受けまくるカムイだが、自分の再生技術も料理を作るために磨いただけであるため、取り合うことはしない。

 

 カムイは作ったエイ料理を平らげ、挨拶もそこそこにその場を後にする。

 

 『次はどこへ行こうか』、食欲と食運のコンパスが指し示すまま旅を続けようとするカムイの前に………………………仙佐衛門が現れた。

 

 

「探したぞ、カムイよ。話がある、付いて来てくれ」

 

 いつぞやのように付いてくるよう言われるが、あの時とは違いカムイにはもう仙座衛門の話に興味は無かった。

 けれど、そのまま無言で立ち去ろうとするカムイのことを多数のSPが取り囲む。

 

 構うのもいい加減面倒になってきたカムイは、『ワープロード』で『アイランドシェル』に帰ろうとするが………………………いきなり仙佐衛が土下座をしてカムイを引き留めた!!!

 

 

「頼む! えりなを……………………孫娘を救ってやってくれ!! このままではあの子は身体を壊し、最悪死んでしまう!!!」

 

 

 突然目の前で土下座をされ、さすがのカムイも戸惑ってしまう。自分は料理人で再生屋でもあるが、医者ではない。

 

(そんなに酷いのなら、医者に診てもらうべきじゃないか?)

 

 自分には関わり合いの無い話だと切り捨てて去ろうとするも、仙座衛門はカムイが聞いてもいないのに詳しい事情を話し出した。

 

 

『カムイとの料理勝負を終えてから、えりなは味覚を失ってしまったこと』

『料理の味が分からないことに絶望し、今では何も喉を通らず点滴生活を送っていること』

『どんな医者や医療機関でもえりなを治せないどころか、原因すら分からないこと』

『このままではえりなは料理そのものに絶望し、「美味しい」という気持ちすら失ってしまうこと』

『カムイの料理を再び食べれば、味覚が戻るかもしれないと思ったこと』

 

 矢継ぎ早に事情を聞かされたカムイは、『尚更、自分には関係ない』と思い、『ワープロード』でその場を去る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………ことが出来なかった。

 

 

 

 

 決してえりなのことを気に掛けたわけではない。

 

 自分のフルコースをバカにされたこともあったが、それもカムイにとっては既に過去のことである。故に今さらえりなに思うことは何もない。

 

 ただカムイの心に引っかかったのは………………………えりなが『美味しい』という感覚が分からなくなってしまうということだった。

 

 ロクな食べ物すら手に入らず、本当の意味で『美味しい』という言葉の意味を理解できずに死んでいった妹。

 

 そんな妹と、味覚を失いこのままでは『美味しい』という気持ちすら分からなくなってしまいそうな『えりな』が重なったのだ。

 

 

「其方のフルコースを侮辱したことは儂が謝る! 望むならえりなにも頭を下げさせる!! 一度きりで構わない、どうかえりなのために料理を作ってやってくれ!!!」

 

 一度イメージしてしまえば拭い去ることは不可能だった。

 

『ここで見捨てれば、自分はあの時から何も成長していないことになる』

『もしかしたら自分の再生技術で何とかなるかもしれない』

 

 

 そう思ったカムイは……………………………仙座衛門の要求に応じた。

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り………………………仙座衛門が出ていってしばらくして、えりなは遠月学園の本年度編入試験の監督官として出席していた。

 

 本来ならば仙座衛門が編入試験に立ち会うのだが、不在のため代わりに薙切家としてえりなが立ち会うことになったのである。

 

 

「それではこれより編入試験を始めます。テーマ食材は『卵』、制限時間は1時間とします」

 

 100名以上いる受験生の前で、えりなが試験の概要について説明する。

 精神的に弱っているとはいえ、試験の監督官として表に出る以上は遠月学園の看板に泥を塗ることは出来ないと職務を全うしようとする。

 

 だがどんな世界にも、人の失敗や欠点を嘲笑う輩はいるものである。

 

 

「すみませ~~~ん。この試験って、えりな様が試食するんですか~~~?」

「噂じゃあ、ご自慢の『神の舌』が機能不全を起こして味が分からなくなったって聞いてますけどぉ、本当に大丈夫なんですか~~~?」

「そうそう。私たち真剣に試験に臨んでいるのに、味も分からない人に試食されて落とされたりしたら堪ったもんじゃないんですけど~~~~」

 

 

 挑発とも言える受験生たちの野次にえりなは唇を噛み締める。普段のえりななら一蹴するのだが、今の彼女にはそのような気力が無い。

 

 それに彼らが言っていることは事実。試験である以上、厳正に味を見極められない者に試験官は務まらない。

 

 凡庸な者にバカにされるのはこの上ない屈辱だが、自分もカムイに同じようなことをしたのを思い出すえりな。

 新戸が前に出ようとするのを手で押し留め、心無い野次を呑み込む。

 

 

「……………………ご心配なく。試験は我が遠月学園が誇る教師の方々が『厳正』に行います。

 それから……………………本来であれば試験を辞退する時間が設けられるのですが、そこまで自信がおありなら不要ですね。

 試験官の皆さん、遠月の名に恥じないよう【厳しく】吟味してあげてください」

 

 自ら試験を辞退するのであれば、料理人としてのキャリアやプライドが傷つくことはない。

 しかし試験を受けて『不合格』ともあれば、その事実は少なからずキャリアに影を落とす。

 

 ましてや遠月学園は退学者こそ多いが、入学自体はさほど難しくはない。どれだけ多くの生徒が入学しても、卒業するまでに大半が退学を言い渡されるからだ。

 

 そんな遠月学園に入学すらさせてもらえなかったとあれば、料理人としてのキャリアに拭えない泥を付けるばかりか、プライドはズタボロになるだろう。

 

 試験を担当する教師たちも遠月学園の風習を知っているため、そこまで厳しく味を審査するつもりはなかったが、監督官であるえりなに言われては厳しく審査せざるを得ない。

 

 それに………………………『神の舌』を失ったとはいえ、彼女は学園総帥の孫娘である。そんな彼女に無礼を働くような輩に手心を加える余地は無いと判断した。

 

 

 

 老舗の跡取りや料理コンクールで入賞した者など、多くの受験生が次々と不合格を言い渡されていく。

 

 不合格になった瞬間に喚き散らす者、もう一度チャンスをもらおうと縋りつく者、親や店の名前を出して忖度を図ろうとする者などが揃って阿鼻叫喚となっている。

 

 いかに才能を持ち、将来有望な者であっても所詮は学生レベル。日本最高峰である『食』の伏魔殿に務めている教師たちを唸らせることが出来る料理など作れるはずもない。

 

 

しかし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幸平創真、合格!」

 

「お粗末!!!」

 

 

 

 

 不合格を言い渡された者が去っていき、閑散とした会場内で最後に残った1人が合格を言い渡された。100名以上いた受験生の中で唯一合格した者に試験官たちも注目する。

 

 

「幸平創真………………………実家が定食屋で、料理のコンクールやコンテストに出場した記録はありません。また、老舗などで修行をしたという経歴も無いようです」

 

「そう…………………………でも試験官が認めたというのなら問題はありません。彼は合格、入学手続きの説明と準備を」

 

「し、しかし、彼は定食屋の出身。正直に申し上げまして、名門である遠月学園には相応しくないのではありませんか?」

 

「構いません。どれだけ出生が平凡で、どれだけ料理人としてのキャリアが無くても『試験は試験』。審査はどこまでいっても、皿に出された料理で判断すべきよ」

 

 秘書である新戸に合格の是非について尋ねられるが、えりなは『試験官が認めたのであれば、監督官として口を挟むべきではない』と判断。

 係の者に合格手続きを行うよう伝えて会場を後にする…………………………………だが、いきなり合格した幸平に話し掛けられた。

 

 

「さすがは日本最高峰の料理学校の試験監督官! 俺と同い年ぐらいなのに言うことが違うねぇ♪」

 

「なぁっ!? キ、キサマ、えりな様に対して馴れ馴れしいぞ! その手をどけろ!!」

 

 見ず知れずの女性の肩に、いきなり手を乗せる幸平の馴れ馴れしさに怒りながら、新戸はすぐさま幸平の手を払いのける。

 

 当のえりな本人も今までこれほど距離感を詰められたことが無かったため、若干戸惑ってしまっていた。

 

「別に、遠月学園の試験監督官として当然の判断を下したまでです。アナタに褒められる謂れはありません」

 

「そうか~~~~。ところでよぉ、お前って本当に『味覚』が無えの?」

 

「キ、キサマァァァァァァァァァァァ!!! えりな様が気にしておられることを!!!!」

 

 馴れ馴れしいどころか人のデリケートな問題にズカズカと踏み込んでくる幸平。

 そんな幸平の態度に新戸の怒りを更に増し、えりなも『こんな人間を見るのは初めてだ』と呆れてしまう。

 

 しかし先ほどの者たちと同様、えりなは『所詮は庶民の戯言』と聞き流す。

 

 

「およしなさい、緋沙子。まともに取り合う必要は無いわ…………………アナタの言う通り、今の私は一切の味を感じられない。でもそれがアナタに何の関係があるというの?」

 

「あ、いや~~~、気を悪くさせちまったのならすまねえ。ただ、『もし俺の味覚が突然無くなったら』って考えたら他人事に思えなくってさぁ…………………………辛いよなぁ、料理が好きなのに味を感じられないって」

 

「っ……………………好き? 私が………………………『料理』を?」

 

 『自分は料理が好き』………………………生まれてからずっと『神の舌』で料理の良し悪しを見抜くことを強いられてきたえりなにとって、考えたことも無いことだった。

 

 今の自分は料理のことをどう思っているのか…………………………そんな疑問を抱いているえりなへ、幸平はさらに話を続ける。

 

「だって薙切って料理が好きなんだろ? 好きだから料理の味が分からなくなって、そんなに辛そうにしてるんじゃねえのか。

 それに試験の最中も他の連中が料理を作ったり、試験官が料理を試食している時もずっと苦しそうな顔してたしさ」

 

「ッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!」

 

 

 

 幸平の言葉で、えりなは自分がどれだけ『料理』を愛していたのかに気づいた。

 

 『味』が分からなくなり、『神の舌』を取り上げられても醜く『食』にしがみついていた…………………………それは自分が『料理』が好きだからに他ならない。

 

 『大切なものほど身近過ぎて気づかない』とはよく言ったものである。美味いマズイ以前に、えりなは『味』を感じることが出来た事実がいかに大切だったのかを思い知った。

 

 

「……………………そうね、たぶんアナタの言う通りよ。私は『料理』のことをこよなく愛している。たとえ味覚を失おうが、これからも何らかの形で『食』の世界に関わっていくと思うわ」

 

「だよな♪ 俺もたぶんそうすると思う。あっ、そうだ薙切。もしお前の味覚が戻ったら、俺の料理食べてみてくれよ。快気祝いってことでさ♪」

 

 幸平の言葉で自分の『原典 オリジン』が分かったような気がしたえりなは、味覚を失って以降初めて笑った。緋沙子も久しぶりに見るえりなの笑顔に思わず涙ぐんでしまう。

 

 最初は不快に思っていた幸平の馴れ馴れしさも、気づくと二人はそれなりに見れたものとなっていた。

 

「フフ、気が向いたらいただくことにするわ。それではごきげんよう、幸平くん。入学式は来週だから遅れないようにね」

 

 少しだけ前向きになれたえりなは、会場を後にして屋敷へ帰る。

 

 そして今まで作ってくれた料理を無下にしていたことを新戸や使用人たちに謝り、身体に優しい料理を作ってもらうよう頼んだ。

 

 この日からえりなは、味が感じられないながらも食事は取るようにした。

 万全とは言えないまでも、食事を取り仕事も出来る限りこなしていくえりなの姿に、新戸や屋敷の使用人たちも少し胸を撫で下ろす。

 

 

 

 だが…………………………彼女の味覚が戻らない限りは、本当の意味でえりなの笑顔が戻らないことも理解していた。

 

 

 






グルメ食材〜『白金レモン』

エイって基本的に居酒屋とかで『エイヒレ』でぐらいでしか食べたことありませんが、北海道や九州あたりでは食べられているそうですね。

九州に旅行に行った際にアカエイの煮付けや唐揚げを食べましたが、煮付けがコラーゲンたっぷりで美味しかったのを覚えてます♪

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