ガチャの景品でTSしてもドスケベの親友に堕とされたくない   作:ハーメルンに性嗜好を歪められた被害者

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 昔はお前のような男だったが、全身にメス堕ちを受けてしまってな……。




その14 ぶっちゃけもう引く必要ないけど

 

 鳴り止まないチャットに「内緒」とか「ご想像にお任せします」とか曖昧な返信をしながら、僕は己の意思に反してつり上がる口角を抑えられなかった。

 

「ふふ……彼氏、だって」

 

 夏休みが始まったばかりの頃の僕に見せたら、果たしてどんな反応をしただろう。怒って強く否定していたかもしれない。

 今の僕を男の僕には見せられないな。堕落だなんだと怒られてしまいそうだ。

 

「アキが彼氏かー……」

 

 アキは、下ネタとセクハラが大好きで、そのせいで学年の女子から死ぬほど毛嫌いされているが、意外と雰囲気や段階を大切にするところもある。

 以前、一番デートが上手い男子は誰か? なんて話になった時、女の子とデートなんてしたこともないくせに、一番槍で得意げに、「プラネタリウムに連れて行く」なんて言っていた。

 

「へへへ……」

 

 そうだとは言っていないのに、僕とアキが恋人同士であるという体で進むグループチャットを見てニヤつきながら、母の到着を待っていると、インターホンのけたたましい呼び出し音がした。

 

「おーす。フミ、オレの部屋来いよ。ガチャ引こうぜガチャ」

「うひゃあっ!?」

 

 いつの間にか母から僕の部屋の合鍵をもらっていたらしいアキは、僕の了解も得ずに勝手に部屋に入ってきた。

 噂をすれば、とかいうけど、流石に家の中にまで入ってくるようなことを意味する慣用句でないだろ。

 

「ちょ、い、いきなり入って来ないでよ!」

「チャイムは鳴らしたろ」

 

 こ、こいつ、一応僕は女子だぞ。確かに元の体は男だし、精神も普通に男だが、外見だけは行き交う野郎が全員振り向く超絶美少女なんだぞ。

 

「き、着替え中とかかもしれないだろ!」

「着替えてねーじゃん」

「そうじゃなくて! 返事するまで開けるな!」

 

 今度から気を付けないと。もし僕が、持て余した熱を発散している最中に入ってきたら……。

 

 入ってきたら、そ、そのまま……。

 

 一糸纏わぬ僕の体は、アキの餌食に……♡

 

「い、いやいやいやっ!!」

「どーした?」

 

 そ、そんなのはダメだ。全然よくない。いざそのようになった時、拒める自信もないけど、とはいえ理想的ではない。

 

 初めてはもっと丁寧に行きたい。デートの終わりとか、ロマンチックな雰囲気で、お互いの気持ちを確認し合ってからじゃないと……!

 

「おーい。聞いてるか?」

「え!? あ、な、何だっけ?」

「だから、ガチャ引こうぜって話だよ。ほら、またコイン10枚貯まっただろ?」

 

 ああ、思い出した。海で一緒に遊んだりした時のセクハラやらハプニングで、僕もアキも結構レベルが上がったんだ。

 あとから聞いた話だが、アキのほうにだけ『大ピンチの彼女を守れ!』なんて緊急ミッションが発令されていたらしい。

 

 ガチャの認識では、僕はもう既にアキの彼女扱いか。よく分かっている。変なものしか出さないポンコツだが、見る目はあるようだ。

 

「今度こそフミの性別を戻せるアイテムが出てくるかもしれないしな」

「そ、そう、だね…………」

 

 性別が戻ったら、アキはもう僕をそういう目では見てくれなくなる。

 

 で、出ないといいな……。

 

 

 

 10連で一気に引いた色とりどりのカプセル群を並べてみる。

 やはりカプセルの大きさは全て同じで、開けた瞬間に大きさが変化しているとしか思えない。どういう原理なのだろうか。

 

「とりあえず端から開けてみっか」

「そうだね」

 

 実は、僕はこの時内心で大いに安堵の息を吐いていた。というのも、出てきたカプセルのどれか一つでも、紐付きタグが垂れているものがなかったから。

 つまり、あのアイテムはこの中にはない。まだ僕は女の子でいられる、ということだ……。

 

 

《☆1 紙飛行機専用折り紙》

・これで紙飛行機を折ると、とても飛距離が伸びる。普通に使うこともできる。

 

「お、おおおぉ〜……ん」

 

 アキは透明なフィルムに入った75枚組の折り紙を持ち上げて、感想に窮したまま日本語ではない何らかのため息を漏らした。

 

「いらね〜〜」

「折り紙なんて百均でも買えるよね……」

「企画によっちゃ、文化祭で使うことになるかもしれないし、一応取っとくか……?」

 

 近所の小学生にあげるとか……い、いや、それもダメだ。ところ構わず紙飛行機を飛ばして、近所迷惑になるかもしれない。

 

「た、対決とかする? どっちのほうが遠くまで飛ばせるか」

「フミが負けたらおっぱい揉ませてくれるならいいよ」

「関係なしに好き勝手揉んでくるだろ!」

 

 最近は偶然を装ったり、ミッションとか体重を支えるみたいな言い訳もしなくなってきた。もうストレートに「乳揉ませてくれ!」とか言いながら揉んでくる。

 もうそれはいいのだけど、胸を揉みながらキスまでしてくるのはやめてほしい。変なクセが付きそうだから。

 

 

《☆3 なんでもリモコン》

・登録した家電全てを遠隔で操作できるようになるリモコン。ただし、ボタンは全て汎用の無記名ボタンなので、割り当てを忘れると悲惨なことになる。

 

「動力は、単四電池2本か……単三じゃないところが惜しいな……」

 

 上部側面にまで細々とボタンが付けられたリモコンを弄りながら、アキは何とも言えない表情で僕の部屋の扇風機を付けた。赤外線に対応していない家電まで動かせるのか。

 

「僕これ絶対無理。100パーどのボタンがどの家電に対応してるのか分からなくなる」

「表とか作っとけよ」

「表と睨めっこしながら無理やり遠隔で動かさなくても、手動でボタン押せばいいじゃん」

「まあな……」

 

 本当に単なるリモコンの代用だ。超遠距離かつ遮蔽物があっても反応する、というようなシロモノでもないので、あんまり使い道は思い付かない。

 布団の近くに置いて、死ぬほど眠い時でも立たずに照明を消すのに使うくらいか。それも照明のリモコンを使えばよくないか?

 

「ま、こいつはオレが使うか。持ってくぞ」

「どーぞー」

 

 アキは器用だし、こういうものを上手く活かすのが得意そうだ。大体こういう系統のアイテムは彼に任せておけばいいか。

 

 

《☆4 夜盗の石切り賽》

・出た目の分だけ前方に瞬間移動する2組のサイコロ。建物や遮蔽を完全に無視して移動できる。

 事故防止のため、絶対に屋外かつ人間の体重に耐えられる足場の上に出る。何らかの物体、生物と座標が被ることはなく、またY軸で見た時、生物の上部にも被らない。

 出目1につき50メートル。最大600メートルの移動が可能。投げた賽は使用者のポケットに自動で移動する。

 

「ど、どゆこと?」

 

 説明がややこしいけど、つまりこれは、出た目に応じて瞬間移動ができるアイテムということだろうか。

 見た目は石膏から削り出した手作りのサイコロだ。市販のプラ製サイコロと比べると滑らかさに欠けるが、転がしにイレギュラーが起こりそうなほど面に凹凸はない。

 

「緊急用に持っとけよ。たとえばほら、変なヤツに腕とか掴まれて身動きできない時に、咄嗟に投げて逃げろ」

「ああ〜、アキ、頭いいね」

「取ってつけたような賞賛はやめろ」

 

 これが必要になるほどの緊急事態というのが思い至らない。誤って振った時に、民家とか、関係者以外立ち入り禁止の場所に入ったりしそうで怖いし。

 

「ちゃんと防犯ブザーと同じところに入れて、すぐ取り出せるようにして持っとけよ」

「はいはい」

 

 この頃のアキはちょっと心配症というか、大げさに僕の周囲の防犯を考えている。防犯ブザーも彼に持たされたものだ。何かあったら躊躇わずにピンを抜け、と再三の説明を受けた。

 母さんに「守ってあげて」なんて言われて使命感を燃やしているのだろうか。そんなに心配しなくとも、元は男なんだから、男に腕を掴まれたくらいじゃ……。

 

 …………。

 

 い、いや、確かに、アキの心配もあながち大げさではないか。あの大学生達相手に、ロクな抵抗ができなかった訳だし。

 

 あの時は、アキが助けてくれたけど……。

 

 言う通りにするか。アキが僕の心配をしてくれるのは、嬉しいし……。

 

 

 

 9個目までのアイテムで、新規に獲得できたのは以上。あとはやっぱりあの光るステッカーと、通風で金切声をあげるキモい虫がいくつかでてきたくらいだ。

 

「こいつが最後か。なんかいいもん出ねーかな」

「開けるよー」

 

 慣れたものだ。最初の頃は一つカプセルを開けるのにもビクビク怯えながらだったのに、今となっては、アキも両手を後ろについて足を投げ出して見守っている。

 慣れた時ほど危ないとか、恐ろしいとか言うものだけど、今回はどうか……。

 

 

《☆4 惚れ薬》

・自身の髪の毛を入れて2日後、髪の毛を取り除き、内容物を規定量、意中の相手に飲ませると、対象に恋愛的欲求をおよぼす。永続。

 

「お、おぉ……こりゃー、また完全アウトなシロモノが出てきたな」

「なんか、直球のネーミングだね……」

 

 透明の小さなガラス瓶に入った半透明、半ピンクの液体だった。蓋は立体のハート型で、こちらもやはり桃色。

 見た目は小中学生女子向けの香水に近い。少女漫画雑誌の付録とかにありそうな。

 

「すげーな……レア4にもなると」

 

 超常の事物にとって、人間の倫理観などは瑣末事らしく、こういうものがいくつかラインナップに混在している。

 

「ひ、人の気持ちを勝手に操っちゃうってかとでしょ? しかも期限もなしって……」

 

 許されないことだ。その人の心はその人だけのものであり、他人が他人の意思でどうこうしていい概念ではない。

 

 し、しかし…………。

 

 も、もしこれに僕の髪の毛を入れて、その後飲み物か何かに混ぜてアキに飲ませれば……。

 

 あ、アキが、僕のことを好きになってくれるということ、だよな…………!?

 

「あ、アキ、あの……これ、2瓶あるじゃんか」

「そ、そうだな」

 

 これを使えば、アキが……。

 

「ふ、二人で別々に管理するって、どうかな……!?」

 

 な、何を言っているんだ僕は!?

 

 お、おかしいじゃないか!? こんな洗脳染みたシロモノ、すぐに割るなりして廃棄しなければダメだ。

 所有しておくなんて以ての外だし、しかも2瓶を別々管理って……それでは、もし僕だけではなくアキにも目的があったら、少なくとも二人以上がこのアイテムの餌食となる。

 

「あ、ご、ごめ、今のは――――」

「い、いいかもな!! お、オレもそう言おうと思ってた!」

「へっ!?」

 

 ええぇ!? い、いいの!?

 

「あ、アキ、それ、ほ、本気で――――!」

「ほ、ほら!! いつか何かの役に立つかもしれないしよ! ふ、二人で分散して持っとけば、オレお前のどちらかがなくしても……」

 

 いいのか……!? 明らかに血迷っている提案なのに、こんなにすんなりと受け入れるものだろうか……?

 

 はっ。

 

 も、もしや、あ、アキにも、これを使いたいほど好きな人がいるということか……!?

 

 だ、だから僕の無理くりな提案に、特に異議も唱えず鵜呑みにしたのか!?

 

 アキに…………僕以外に、好きな女の子……。

 

 そんなの……。

 

「ちょ、ちょっとオレ、これ台所の戸棚に入れてくるわ」

「あ、うん…………」

 

 挙動のおかしいアキを見送ってから、僕は早速自分の髪を一本引き抜いて、瓶に入れた。

 

「これで、2日待てばいいんだよね……」

 

 躊躇いはなかった。

 

 むしろ、僕は焦っていた。

 

 台所と廊下の壁で、アキから僕への視線が切れている瞬間を狙って、即座に髪の毛を入れて蓋を戻した。

 

 早くしなければ。もし、アキがあの瓶の中身を意中の相手に飲ませて、その人と恋仲になったら、僕は邪魔ものだ。

 

 そんなのは、嫌だ…………。

 

「いや、待てよ……」

 

 別によくないか。アキの作戦が成功した後だとしても。

 その後にでも、僕がこれをアキに飲ませれば、結局はアキの心は僕に向くのではないか……!?

 

「い、いやいや、僕は、何考えて……!」

 

 ち、違う!! ダメだ! こんなものを使って人の心を歪めてはいけない。

 アキの心はアキだけのものだ。それを、まるで自分のものみたいに操作して、それで向けられた好意で嬉しい訳がない……。

 

 はぁ……でも、アキにはそこまでして振り向かせたい誰かがいるってことだよな……。

 

 誰なんだろ、それ……。

 

 

 

 あの〝惚れ薬〟を引いてから、露骨にアキは挙動がおかしくなっていた。多分、僕の目がないところで髪の毛を入れたかったからなのだろう。

 それを察した僕は、適当な理由を付けて自分の部屋に戻った。僕に彼の〝惚れ薬〟の利用を咎める権利はない。僕だってアキに飲ませようと、一度でも考えてしまったのだ。

 

「はぁ…………」

 

 アキの好きな人……誰なんだろう。

 

 やっぱり、僕みたいな偽物じゃ、アキも嫌なのかな……。

 

 女になった当初こそ、TSCの過去や認識の改変によって、誰も僕を元男だなどと思っていない環境で、アキにまで認識改変が及んでいないことに感謝した。僕の頭が変になった訳じゃないのだ、と。

 

 しかし今となっては、なぜアキだけは僕を元男だと正しく認知しているのかと、歯痒い思いがわいてくる。

 だって、最初から女だと思われていれば、アキの恋愛対象に含まれていたはずだ。性的願望を叶えるだけの相手ではなく……。

 

 そうだ……アキは、あれで結構奥手なところもあるし、何よりロマンチストだから、好きな女の子にあんな風に迫ることはないはずだ。

 僕はアキにとって、いつでもエッチな要求を受け入れさせるだけの、都合のいい存在なのかな……。

 

「苦しいな……」

 

 気まずそうなアキに交際を断られるイメージが頭の中によぎった。

 

 付き合うなら、本物の女の子がいい、と言われるイメージが。

 

 最初から女だったらよかったのに。そうでないならば、最初からこんな思いはしたくなかった。男のままでいたかった。アキへの恋心なんて知りたくなかった。

 女性の体になっていなければ、普通に同性のクラスメイトとして、何の悩みもなく、アキと友達でいられたのに……。

 

 僕が、本物の女の子だったら…………。

 

 

 ブーーーッ!!

 

 

 思わず立ち上がるほど驚いた。僕の陰鬱な内心を考慮しない大音量の呼び鈴に次いで、扉をノックする音も聞こえてきた。

 

「フミー? 開けてー!」

「あ、母さん……」

 

 そうだ。今日も母が何か渡すものがあると言っていた。そのために部屋の掃除をしていたのに、目的をすっかり忘れていた。

 

「ふーっ……外あっつい……! 中は涼しいわねー」

 

 母は手荷物を肘にかけたまま、パンプスを綺麗に脱いで片手で揃えると、出迎えた僕の前を横切って部屋に入っていった。

 

「お茶もらっていい? 汗すごくて」

「あ、うん……出すから、座ってて」

 

 僕の汗っかきは母譲りだ。母は手持ちタオルで首周りを重点的に拭きながら、ほてった顔を手で扇いでいた。

 

「はい」

「ありがと。はー、生き返るわー」

 

 母が部屋に入ってくると、途端にこの殺風景な室内が賑やかになる。僕も口数は多いほうだと自認しているが、母ほどではない。

 

「もー聞いてよー! お父さんったら、ガソリン入れ忘れたからエアコン切るとか言って、車の中もうほとんど蒸し風呂よ!」

「あ、そうなんだ……」

「死ぬかと思ったわよ! だから何度も通りがけのスタンド寄らなくていいのって言ったのに!」

 

 母さんはいつも通りだった。こんな時、相手に気鬱を悟られないようにするのでせいいっぱいで、話を聞くこともできない。

 

「…………」

 

 そんな僕の女々しい落ち込みを、母が察するのは早かった。

 

「何、あんた、元気ないけど。どうしたの?」

「そんなことないよ……」

「あるから聞いてんのよ」

 

 母さんは麦茶をさっさと飲み干して食卓にコップを置くと、僕のほうに身を寄せて肩を揺さぶってきた。

 

「辛気臭い顔して。アキオくんと喧嘩でもした?」

「そんなんじゃない……けど……」

「喧嘩じゃないけど、アキオくんが関係してることは合ってるってところ?」

 

 すごい。全くのノーヒントからほとんど察しを付けられた。もはや読心術の域だ。

 元から僕が、嘘や隠し事の類いが得意ではないということを差し引いても、母は特に僕の考えていることなど、お見通しのようだ。

 

「…………」

「言ってごらんなさいよ。ほら」

「……アキが」

 

 話をしようとした途端、僕は自分の声にびっくりした。上擦っていて、少し鼻が詰まっているような響きだった。

 ああぁ、くそ……なんで目が熱いんだ。こんなことで心の均衡を失うものじゃない。

 

 男だろ……僕は……!

 

「あ、アキ、に、好きな女の子が、いるかもしれない、から……」

 

 自分が情けなかった。こんな簡単な一文を話すだけで何度もつっかえて、しかも、母さんの目を見ることもできず……。

 

「は? 今更? どう考えてもあんたのことでしょそれ」

「違うの……僕じゃなくて」

「本当に? お母さんが言うのもアレだけど、アキオくん、絶対フミのこと好きだと思うけど」

「…………」

 

 母さんはこう言って慰めてくれるけれど、アキは本当のことを知っている。僕の本当の性別を知っている。

 

「僕が、本当にかわいい女の子だったらな……」

 

 母の手前、思わず隠しておきたかった本音が漏れた。甘えた精神が顔を出してくる。

 

「なーに言ってんの。あんたよりかわいい子なんてそうそういないわよ。お母さんそっくり」

「それは……」

 

 趣旨としては「女の子」のほうであることは無視しても……。

 

「母さんだから……」

 

 母親だからそう言うんだ。自分の子供をブサイクなんて言う親のほうが珍しい。

 僕も、自分自身を見る贔屓目があったから、自分のことを美少女なんて言っていたけれど、アキからしたらそうでもなかったかもしれない。

 

「贔屓目とかじゃないわよ。あんたね、折角かわいいんだから、笑顔でいなさい。アキオくんだって笑顔の子のほうが好きよ」

「アキの好みなんて知らないでしょ……」

「男の人なんて大体笑ってる女の子が好きなの」

 

 自分自身が男であった時の好みで考える。確かに無表情で取り付く島のない女性よりは、明るくて溌剌な女性のほうが話しかけやすい。

 でも、それもこれも全部「女性」。僕のことではない。そして、アキにとって僕が元男であるという事実は、変えようがない。

 

「…………」

「はぁ〜〜っ……仕方ないわね」

 

 母さんは息の多いため息をつくと、心配とか呆れが入り混じった表情で立ち上がった。

 

「な、何……?」

「あんたも立ちなさい。ほら」

 

 な、何だ? 何をしようと言うんだ……?

 

 

 

「お、おお……!」

 

 僕は鏡の前に立って、自分の姿を何度も確認していた。

 

「気に入った? この浴衣」

 

 アキに見せるため、ダメ元で母に浴衣はないかと聞いてみたところ、あるわよ。と返ってきたのが事の始まり。

 母さんはこのためにわざわざ来てくれた。どうせ僕では着付けなどできないことを知っていたからだろう。

 

「すごい、綺麗……」

 

 深緑の布地に、赤白の小さな花が散らされた、どこか品を感じる浴衣だった。

 とても綺麗だ。黒い帯がモダンで大人っぽい。それに、アキが似合うと言ってくれる、緑色であるところもいい。

 

「母さん、着付けなんてできたんだ」

「あんたのお婆ちゃんが厳しい人でね。息子のお嫁になるならこれくらい覚えろ! って」

 

 意外だ。父方の祖母は今も健在だが、すっごい甘やかされた記憶しかない。

 息子や孫息子に優しいだけと思いきや、僕の部屋のアルバムに写っている孫娘に改変されてしまった僕も、どうやら相当甘やかされているようだったから、てっきり厳しさとは無縁の人だと思っていた。

 

「それにしても、取っておいてよかった。お母さんも昔ね、これを着てお父さんと夏祭りに行ったのよ」

「そうなんだ……」

 

 母さんがこんなに綺麗でかわいい浴衣を持っていたなんて。ダメ元で聞いてみてよかった。

 アキから言ってきたことだ。僕に浴衣を着てほしいって。これを着て行ったら、アキ、喜んでくれるかな。かわいいって……。

 

「うーん。やっぱり小娘には惜しいわね。お母さんが着ようかしら。これ着てお父さんとデートにでも行こうかな」

「えぇっ!?」

「それともお母さんがこれ着てアキオくんとデートしちゃおうかな」

「ええっ!!?」

 

 そ、そんなのダメ!! 前者は息子に言わなければ好きにしたらいいけど、後者は絶対にダメ!!

 というか、だったら最初から僕に着せたりするなよ! 見せびらかすだけ見せびらかして没収なんて殺生じゃないか!?

 

「嘘よ嘘。あんたね、動揺しすぎ」

「変な嘘つくから……!」

 

 こっちはただでさえ、アキに他の女性の雰囲気がしてナーバスだというのに。

 

「お父さん泣いちゃうしね。ただでさえ娘を取られて落ち込んでるのに」

 

 お、落ち込んでるって、あの人が……? 僕の父さんのことで合ってるよな?

 

「あんたの一人暮らしに反対してたのもお父さんだしねぇ」

 

 ぼ、僕の記憶と違うぞ!? 僕が一人暮らしをしたいと切り出した時、父さんはむしろ反対する母さんを説得していたくらいだ。

 何でも「男が自分一人の力を試したくなる気持ちは分かる」とか言って。

 

 父さんが落ち込んでいる……やっぱり全然想像が付かない。笑いもしなければ激することもない、常に無表情な人なのに。

 

「ほ、ホントに? 父さんが?」

「あんたの前じゃカッコ付けてるのよ。威厳ある感じのお父さんに見られたいから」

 

 そ、そうなんだ……ちょっと面白いかも……。

 

 女の子になって、周囲の記憶や接し方が変わってしまったことに、最初こそ悲観的な見方しかできなかったけれど、誰かの新しい一面を知れるのは楽しいかもしれない。

 

「それ着て夕方に夏祭り行ってくるんでしょ。暗い顔してたらアキオくんにも楽しんでもらえないわよ!」

「う、うん。でも……」

 

 確かに浴衣はかわいい。これならアキにめ喜んでもらえると思う。

 しかし、先ほどからずっと、「では、本当の女の子が着たらもっと喜ぶのでは?」という疑問が、頭の中で何度も僕の悪心を試してくる。

 

「に、似合ってる?」

「大丈夫。かわいいわよ。お父さんをオトした実績ある浴衣だから。アキオくんもきっとイチコロ」

 

 イチコロって……一々表現に世代を感じるな。というか親のそういう話聞くの、ちょっと嫌なんだけど。

 母の贔屓目ありとはいえ、自分以外の誰かにそう言ってもらえるのは嬉しかった。アキにとってまだ魅力的でいられている気がして、少しでも安心する。

 

「あとほら、ちょっとこっち来て。ここ、座りなさい」

「何?」

 

 母は僕を手招きして、さっきまで僕が枕にしていた座布団の上に座らせた。

 

「動かないでね。目、瞑ってて」

「え、こ、怖い。何するの」

「あんたね、別に目閉じてる間にぶったりしないわよ。いいからじっとしてなさい」

 

 母さんは僕のほっぺを手で挟んで無理やり押さえつけると、僕の動きが大人しくなったと見るや、僕の顔に何か付け始めた。

 

「はい。いいわよ。鏡見てごらん」

「え、こ、これ……!」

「これでアキオくんも見直してくれるわよ。そろそろ待ち合わせの時間でしょ。元気出して行ってきなさい」

「う、うん……! ありがと……!」

 

 

 

 夏祭りは夕方6時半から始まる。

 

「少し早かったか……」

 

 フミの提案で、祭りが始まる頃に駐輪場前で待ち合わせをしていた。

 そんなことをしなくても、一緒のタイミングで家を出ればよくないかと反論したが、あいつには何か準備があるらしい。

 

 現在時刻は6時半と2分。夏祭りが丁度始まった頃合いで、友人同士や恋人達が境内までの道中を過ぎていく。

 人の多くなる祭りの通りの直前では、既にその気を多量に感じるもので、まだ10分と待っていないにもかかわらず、フミが待ち遠しく感じる。

 

「一応、連絡入れとくか……」

 

 到着の報告でもしておけば、フミもこちらを目指しやすいだろう。

 

 そう思って携帯を取り出した瞬間、

 

「ごめん! お待たせ……!」

 

 息を切らしたフミの声が後ろから聞こえてきた。

 

「ふぅ……ホントに、ごめんね。ちょっとこれ、動き、にくくて」

「いや、そんなに待ってな――――」

 

 動きにくいとは何だ? と疑問に思いながら、後ろを振り向いた時、オレは言葉を失った。

 

「これ、走れなくて……!」

 

 そこには、深緑の浴衣を着たフミがいた。

 

 そこにはいたのは単に「浴衣を着たフミ」ではなく、オレの知らないフミだった。

 

「あ、えと……お、怒ってる?」

 

 屋台や提灯の赤い灯りが、左からフミの白い表情に射す。夕方から夜に変わる薄い闇の中、夏の神秘に心を溶かされていた。

 

 魅了された目で見る景色の中で、人々は現実とは違う何かに悦楽を見出す。頑迷な世の中の常識やら公序良俗から離れ、寛容で欲求に素直な自分の感情に従って動く。

 一時の過ちとか、その場のテンションなるものに多少なりとも冷ややかであった認識を、急速に塗り潰すような魔力がそこにあった。

 

「あ、あのアキ――――」

「綺麗だ」

 

 驚きのまま半開きだったせいで、唇は喉奥に本音を押し留める機能を果たさなかった。オレ自身の意思に反して、馬鹿みたいに思ったことがそのまま言葉に出た。

 

 面食らったような顔をして、みるみるうちに赤くなるフミの子供っぽい頬にすら、普段は感じないようなエロティックが朱を馴染ませていた。

 夏に化かされているから? いや、それだけではない。オレは、その程度で揺らぐような軟弱な情緒の人間ではない。

 

 つまりこれは、フミが……。

 

「アキ……!」

「あ、わ、悪い……! 全然待ってねーぞ。それよりその格好……」

 

 いつもの少し高い位置にまとめたポニーテールではなく、後頭部の低いところでお団子にまとめていた。

 浴衣に合わせてきたらしい髪型だ。足下も赤い鼻緒のかわいらしい下駄で合わせてきており、長い丈の下に見えるくるぶしがヤケに艶っぽく見えた。

 

「これ、アキ、見たいって言ってたから……」

 

 フミは真っ赤にした顔をオレから隠すように俯いて、蚊の鳴くような声でそう言った。

 

「かわいいよ。似合ってる」

 

 左側の往来から庇うようにして、フミの肩を抱き寄せた。フミは驚いて肩を震わせたが、オレの手を拒まなかった。

 

「ほ、ホントに、かわいい……?」

「かわいい。すっげーかわいい。これ、オレのために着てきてくれたんだろ?」

「う、うん……」

「わ、悪いな。折角フミは浴衣なのに、オレも甚平とか着てくればよかった」

「へ、平気。僕はいつものアキだって……」

 

 フミを眺めているだけで、短い祭りの夜などは終わってしまいそうだった。

 

「あの、さ……行こ?」

「あ、あぁっ! そうだな! 悪い! つ、つい見惚れてた。綺麗だったから」

 

 そう言うと、これ以上赤くなる余地があるのかと思っていたフミの顔が、さらに赤くなった。

 

「お、お店も開く時間だよね。今年こそ金魚すくいのリベンジするよ」

「去年は二人とも惨敗だったからな」

 

 フミを周囲の視線から隠すようにして、オレは往来の側に立った。

 すると、息を呑むような声が聞こえてきて、気が付くと、オレの左手がフミの右手に握られていた。

 

「ふ、フミっ……!? 何を……!」

「な、ナンパされちゃうから!」

「は……?」

 

 驚いて肩の横を見下ろすと、フミは俯いたまま声を張り上げて、オレの疑問に被せるようにしてそう答えた。

 そして顔を真っ赤にしたまま、取り繕うかのように(というか十中八九取り繕って)おどけ始めた。

 

「ほ、ほら! 僕って美少女だからさ、ここに来るまでも何人も声かけられて……あの、だから」

「そ、そうか。じゃあ、仕方ないよな」

「う、うん。仕方ない、から……」

 

 やはり待ち合わせではなく、フミの準備を待って一緒に来ればよかった。

 

 フミ自身の贔屓目やナルシズムなどではない。フミは10人が10人振り返る美少女だ。

 しかも、今日は特別綺麗だ。唇には何かを塗っているようで、いつも以上に艶が立って見える。変な気を起こす男が群がってきてもおかしくない。

 

「あっ……」

「仕方ないから、離すなよ。人混みで逸れないためにもさ」

「…………離さないよ」

 

 オレは〝彼女〟の手を、少しだけ強めに握り返した。フミのほうが離したくても離せないくらい。

 今日は危険だ。フミの無意識の魔性に引き寄せられる男達には、指一本〝彼女〟に触れさせない。

 

 誰にも……。

 

 

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