ガチャの景品でTSしてもドスケベの親友に堕とされたくない 作:ハーメルンに性嗜好を歪められた被害者
ただのメス堕ちじゃねぇぞ
ド級のメス堕ち ドメス堕ちだ!
『お母さんはお父さんとデート中です』
趣味で集めている御朱印の手帳と共に、見るからに写真に写り慣れない父と、ちゃっかり顔を引いて小顔に見せようとする母が写っていた。
「仲いいのはいいんだけどさぁ……」
子供にまで惚気を見せてくるのはやめてくれないか。親のそういうところはなるべく知らないでいたい。
僕の知らないところでなら、いくらでも恋人気分でいてもらって結構だが、わざわざ見せつけてくるのは何でなんだ。
「あれ、アキからもチャット来た……」
チャットを閉じようとした瞬間に、アキの名前が一番上に上がってきた。
珍しいな。普段は何か用があれば直接僕の部屋を訪ねてくるのに。
「何だろ」
不思議に思いながらアキとのチャットを開いてみると、
『風邪ひいた』
39度を検知した体温計の画像が送られてきた。
やはり昨日、雨に打たれたのがよくなかったのだろうか。
お風呂でのぼせていたのもそうだ。色々あって体力を使ってしまったのだろう。
「玉崎さん、敷島と仲良かったよね? あいつ今日何してるか知らない?」
たまにアキと悪だくみをしている男子生徒の一人が話しかけてきた。こいつもアキと同類で、つまりはスケベなヤツだ。
「風邪ひいちゃったみたい」
露骨に胸を見下ろしてくる視線から、僕はさりげなく体を庇いながら返答した。
「え、敷島のヤツ今日休みなの?」
「マジかよー! 家庭科部と同じくらい裁縫できるのあいつしかいないだろ」
アキは正式には部員という訳ではないが、裁縫の活動をする時だけは参加しているらしい。
そんなに簡単に部外者を入れていいものかと思わなくもないが、顧問の先生はその辺りかなり緩い人で、道具の使い方が丁寧なら何でもいいのだとか。
「ところでさ、玉崎さんは、えと……」
「何?」
「当日はやっぱり……し、敷島と回るの?」
「そのつもりだよ」
アキは体育館ステージの学園お笑い寄席が見たいらしい。別のクラスの友達がそのためにコンビを組んだと言っていた。
僕としては正直、嫌な予感しかしないが、人前に立つ勇気を発揮した友達を応援したいアキの気持ちは分かる。
「そ、そうだよな、はは……ご、ごめん、変なこと聞いて……」
「え? う、うん、気にしてないけど……」
男子はなぜか肩をずんと落としながら、重そうな足取りで離れていった。
遠くで待っていた彼の友人らしき男子達が、戻ってきた彼の肩に手を置いたり、背を叩いたりして労っている。あれは何だ?
「朝の準備時間終わりだぞぉ〜。お前ら1時限目の準備しろぉ〜」
あ、もうそんな時間か。1限が始まる前に、作業で手に付いた液体のりを洗いに行かなければ。
遡って夏休み。やや遠くに見える花火に照らされた公園。
「フミ……その、オレ……」
大切な話がある、と言うまではよかったが、アキは僕の両肩を掴んだまま、突然その勢いを失ってしまった。
「あー……つまり、その……」
思い上がりでなければ、もしかしたらアキは僕が望んでいる言葉を言いそうな気がした。
そう思うと、まだ彼から何も言われていないというのに、胸がいっぱいになって、目に溜まるものがあった。
アキが顔を逸らしているうちに、僕は乱暴に目を拭って誤魔化した。性別が女に変わってから、心まで引っ張られているのか、感情の振れ幅が激しい。
「わ、悪い……一回深呼吸させてくれ」
「大丈夫。ゆっくりでも……」
アキが僕の思う通りのことを言おうとしているならば、そのために多大な勇気を振り絞っている。
いっそのこと、僕のほうから想いを言ってしまおうか? もし僕の勘違いだったとしても、恥をかくのは僕だけ……。
いや、折角勇気を発揮しようとしている彼の意気を挫くのは、違うよな……。
「ふぅー……よし、悪い。仕切り直すぞ」
「うん」
「こう……うまい喩えとか思い付かないから率直に言うぞ」
アキは恐怖と熱意が拮抗した表情で、正面から僕と目を合わせてきた。
あぁ、言ってしまいたい。その恐怖を今すぐにでも取りさらって、アキの笑顔が見たい。
でも、僕は…………。
「好きだ」
「僕も」
一拍すらおかない返答に面食らって、アキは目を丸くした。
「い、意味分かって、るか……?」
「うん。わ、分かってる……」
今度は僕が緊張させられる番だった。ただ好きと伝えるだけのことが、こんなにも難しいのは、人間が高度な知性を持ってしまった反動のようなものであろうか。
「す、好き……! 僕も、アキが……!」
100%赤くなっている己の表情を誤魔化すために、僕ははアキの両手を解き、そのまま胸に抱きついた。
「ね、い、意味って、そういうことでしょ……?」
友達として。とか言われたら、もう僕は明日から何も手に付かなくなる。
だからお願い、どちらにしても、早く……。
「いいのか……? オレ、つまりさ……男に戻らないでくれって、言ってるようなモンだぞ」
「いいよ……どっちでも。アキが好きなほうの僕でいるから」
「お、オレ結構最低なこと言ってないか? 男に戻っても、親友のままでいる自信はあるけど……」
「もう! いいってば! 僕は本当に〝どっちでもいい〟の!!」
どちらでもいいのだ。二つの性を経験して、僕のアイデンティティはもはや性別の如何に頼ることはできなくなっている。
ただ、アキが好きで、アキに好かれたい僕がいるだけ。
「お、おぉ……わり、ごちゃごちゃ言って……」
「許す。それより……もう一回言って?」
さっきは緊張でそれどころではなかった。もっと実感が欲しい。アキが僕に恋愛感情を抱いてくれているという実感が。
「け、結構恥ずいんだぞ……」
「知ってる。えへ。言ってよ」
「分かったよ……あー、だから」
アキは赤い顔で難しげに口元を結び、気恥ずかしげに居住まいを正した。
「フミが好きだ」
ほ、ホントにアキは僕が好きなんだ。夢でも幻でもなく、僕達は同じ気持ちで……。
「ね、も、もう一回言って……?」
「お、おい! ズルいぞ! オレにばっかり言わせて! フミも言ってくれよ!」
「だ、だってさ……言うけど……」
は、恥ずかしいじゃないか。って、これはアキも同じことか。
「僕も、あ、アキが、好き……です」
「お、おぉ……すごいな、こう……いいな」
顔から火が出そうだが、嬉しそうにしているアキの表情を見ていると、途端にもっと気持ちを伝えたくなる。
「じゃあさ……あの、恋人がしそうなことしよ」
「例えばどんな?」
「ち、チュー、とか……」
折角同じ気持ちであることが分かったんだ。そういう関係性の二人がするようなことをしてみたいじゃないか。
何かに強制されるのではなく、自分の意思で。
「目、閉じてくれ……」
「えー、ズルい。僕もアキの顔見たいのに」
仕方ない。僕ばっかり唇を合わせている時の顔を見られて恥ずかしいけど、アキに見られているというのも、悪くはないし……。
「いくぞ……」
ちゅ。
お互いの居場所を確かめるだけのような、極めて控えめな接触。
ほんの1秒にも満たない短い間。まるで壊れ物に触れるかのような加減で、アキの唇が当たった。
「ど、どうだった?」
「気持ちいい、けど……」
こ、この気分は何だ……? 本当の女の子みたいに優しくしてくれるのは嬉しいし、もっとしてほしいとも思うけれど、何だ……。
「な、なんかこう、あれだな……お互い初めてじゃないしな……」
「あー、それかも」
ファーストキスなる信仰に特段のこだわりはないけれど、ミッションに踊らされ、図書館でその機会を消費してしまったのは、少しもったいないことをした気分だ。
「じゃあさ……」
でも、初めてならいっぱい残っている。他の誰にも許していない、たった一人、アキだけに許された特権が、沢山。
「もっと、すごいヤツ、してみる……?」
そんな感じで、発情期のウサギでも毛皮を脱いで逃げ出すような、思春期すぎるカップル成立の瞬間が、今から1週間と少し前。
「うーわ……よく撮れてるな……」
伊町が見せてきたのは、告白された拍子に舞い上がって、大人のキスをしている僕らの写真だった。
がっつり舌が絡み合っているところを写真に収められている。写真の中の僕に嫉妬してしまうくらい情熱的だった。
「恥っず……」
これが間違った感想だということは自分でも分かる。それにしても綺麗に撮影できたものだ。
アキに夢中でトロ顔晒して……ムカつくな、この女。僕のアキなのに。いや、この女が僕自身か……。
「で、何なの……? 僕にこれを見せて……」
風邪を引いたアキのお見舞いをするべく、放課後の学園祭準備を早めに抜けさせてもらった僕を引き留めたのは、いつかのチャットでアキのことを悪く言ったあの男。
耳目のあるところで騒ぎを起こされたくなかった僕は、大人しく校舎裏に呼び出され、こうして写真を見せられていた。
「何だと思う?」
「し、親切なカメラマンさん、とか」
「本当にそう思うのか?」
「…………」
悪だくみが表情に出ている。アキのスケベな表情と違ってかわいげがない。
「これさ、拡散してもいい?」
か、拡散っ!? 不特定多数にこのいやらしい顔をした僕の姿を見せるつもりなのか!?
……正直に言えば、悪い笑顔を浮かべていたこの男に呼び出された時点で、何かよくないことを言われる予想はできていた。
しかし、まさかこんな……現実でエロ漫画の導入みたいな脅しを仕かけてくるヤツがいるとは思いもよらないじゃないか。
「と、盗撮だろ……!」
「そうだよ? 盗撮だけど」
「は、犯罪だ! こんなの……!」
「誰にも証明できない」
この男、開き直って……!!
「実はこの写真、もう仲間内で共有してるんだよね」
伊町はそう言うと、マンションの一室らしき場所に写った、サッカー部のゴツい先輩達の姿を携帯に表示した。この4人は、あまりいい噂を聞かない先輩達だ。
サッカーは好きでもこの人達は嫌いだ。気に入らない後輩を奴隷扱いしているとか、そんな噂を聞いてしまったので、僕はこの高校のサッカー部には入部しなかった。
「先輩達、フミちゃんのこと随分気に入ってるみたいでさ。是非このあと、お部屋で一緒に遊ばないかって」
伊町はそう言いながら、わざと僕に悟られるように胸を見てきた。
脅しに屈して彼に付いて行ったあとに、僕が何をされるのかというを、暗に視線で示している。
最悪だ。こんなヤツらに触らせてやる場所は僕の体のどこにもない。
それに、
「グループチャットにでも上げるのか? そしたらお前が盗撮したってバレるだろ!」
盗撮がバレたらこいつのほうが危ない。僕は脅された被害者のほうだ。
「貰いものの写真だって言えばいい。それに、そんなバレるリスクのある拡散の仕方はしない」
彼がそう言うと、僕の携帯に通知が来た。エアドロで、今この男が見せてきた僕とアキの写真が送られてきたらしい。
送り主の名前は伊町にゆかりのない適当なニックネームになっていて、これでは人混みの中で拡散されれば、下手人が割れない。
「自分の立場分かった? 大丈夫だって。先輩達優しいから、大人しく言うこと聞いてれば、気持ちよくしてくれるよ」
下卑た痛快の色をした笑顔を浮かべながら、伊町は校舎の壁に僕を追い詰めた。
どうすればいいんだ。これを拡散されたら、アキの前でだらしない顔をしている僕の姿がバレてしまう。
そしたらアキは、アキは……。
よ、喜びそうだな…………。
「この写真拡散されたくなかったら……」
そうだ。この写真はほぼ僕の顔しか写っていないから、恥ずかしい思いをさせられるのは僕だけだし、アキには何の痛痒もない。
ただ、僕らの関係性が周知されるだけだ。それも恥ずかしいけれど……でも、別に……。
「…………すれば」
「は?」
「拡散するならしろ! ぼ……私は別に、それを人に見られて恥ずかしいなんて、お、思わないし!」
嘘だ。めちゃくちゃ恥ずかしい。
アキが僕の彼氏であることがバレるのが恥ずかしいのではなく、浮かれて目がハートになっている僕の姿を見られるのが、だ。
でも、こんなヤツに脅されて、変なことをさせられるくらいなら、もう学校中にバレたほうがマシだ。実は僕のほうがアキにメロメロですって……。
そうだよ。いいじゃないか、それで。こうなったらもう、学校中で公然の名物カップルにでも何にでもなってやる。
むしろそうなったほうが、今後現れるかもしれないアキにちょっかいを出す女への牽制にもなるのではないか?
「つ、強がんなよ。いいの? この写真以外にもほら、こんなヤバいヤツもあるけど」
伊町が見せてきたのは、アキに抱きついて2回目をおねだりする僕の、とんでもなくだらしない顔の写真だった。
自分から胸を押し付け、手をアキの背に回してしがみつきながら、雛鳥のように口を開き、彼に口内を蹂躙されるのを待っていた。
「うーわ。表情エッロ。チュー好きなんだ。俺達も後で沢山してあげるから」
最悪だ……こんな恥ずかしい写真を撮られて、下卑た欲求を通すための脅しに使われている。
し、しかしっ……!
「……い、いい、いいっ、けどっ!?」
「なっ……う、嘘つくなよ! こんなエロい顔拡散されたら、お前明日から学校通えなくなるぞ!」
「通えるし!! 拡散すればいいじゃん!!」
もしこれのせいで、明日から僕の学校でのあだ名が「スケベ女」になったとしてもいい。だって僕にはアキがいるから。
アキなら、僕がイジメられているのを見逃すはずがないからだ。彼がいるなら、他のヤツにどう思われてもいい。
「いいんだなっ!! 拡散するぞッ!!」
「好きにすればっ!!」
「っていうか、僕忙しいから!!」
アキの看病のために帰らないといけない。アキのヤツ、一人では料理なんて卵かけご飯が関の山だというのに、風邪なんか引いていたら余計に台所仕事は無理だ。
早く帰ってアキが食べられるようなものを作ってあげたいのだ。こんなことに構っている暇はない。
「くそっ……! お望み通りにしてやるよ……!」
ああ、やっぱり逸ったかな……。
い、いや……! 最初から恥なんてあったものではないだろ……! もう開き直ってスケベ女を自称するか。持ちネタとして。
脅迫してきた伊町を振り切ったあと、コンビニで冷却シートやらのど飴やら、必要そうなものを目に付いた順にカゴに放り込み、急いでアパートまで帰ってきた。
帰るのが遅くなってしまった。途中離脱とはいえ学園祭の準備、そして先ほどの一悶着ときて、時刻は5時少し前に差しかかろうとしていた。
「アキー! 開けるよー!」
返事はなかったが、以前お互いに交換した合鍵を使って勝手に入る。中で寝ているのかもしれないので、大きな音を立てないように慎重に。
あ、入る前にマスクはしておこう。
「お邪魔しまーす……アキ、起きてる……?」
「フミか……?」
居間に入ると、風邪を引いた人間に特有の匂いがして、せんべい布団に横たわった顔の赤いアキがいた。
髪も乱れており、顎にはうっすらと髭が生えていた。朝、髭を剃る体力すらなかったのだろう。
「入ってくるなよ……移るぞ……」
「だって心配なんだもん。辛そうだし」
買ってきたものを机に置き、風邪だというのによく利かせていた冷房の温度を上げてから、僕はアキの額に手を当てた。
「お、冷てー……ごほっ……ごほ」
「まだちょっと熱いな……冷えピタする?」
「頼む……」
弱っていて、返事に覇気がない。できるものなら代わってあげたいが、こんなに弱っているところを見せてくれるのが、少し嬉しい気もする。
「はい。どうかな」
「さんきゅ……」
どさくさに紛れてアキの手を握ったり、肩を叩いたりして、今日一日触れ合えなかった分を取り戻す。
普段は逆立ちしても勝てそうにないアキに、今なら指一本で対抗できそうだ。
「何か食べられそう? のど飴とか、ゼリー飲料とか、あとプリンもあるよ」
「のど飴くれ……」
「はい、これ」
いつも僕が使っている、漢方だか生薬だかを配合しているとかいうのど飴だ。
僕の体か脳かのどちらかは非常に簡単な構造をしているのか、この謳い文句一つあるだけで効き目が全然違う。
「ごほっ……うあー……喉痛ぇ」
「代わってあげたいな……」
「大げさだぞ……寝たら、治る」
「でもさ、辛そうだから……」
いつもは背が高くて届かないアキの髪に触れる。
目にかからないほどの前髪を避けながら、眉間にシワを寄せて寝転がるアキの顔を覗き込んだ。
「水飲んでる? スポドリ買ってきたよ」
「悪い……あとで、金……」
「そんなのいいから、はい、ゆっくりね」
自重を重そうにしながら、何とか上体を起こしたアキに、コップに注いだスポドリを渡した。
力が入らないのか、アキは両手でコップを持ってゆっくりと傾け始めた。
「忘れてた……水」
「脱水になるよ。ちゃんと飲まないと」
「分かってる……げほっ、ごほっ」
冷却シートの冷感に癒されたのか、少しだけ元気を取り戻したアキは、立ち上がって自分でコップを机に戻した。
「寝てなよ。辛いでしょ?」
「トイレ行くついで……つか、ごほっ、フミは自分の部屋帰れよ」
「帰らない! 心配だもん。すぐに救急車呼べるようにしとかないと!」
「だから、大げさ……」
大げさなもんか。そんなに酷い顔色をして。本当は僕も学校を休んで、今日一日付きっきりで看病をしたかったくらいだ。
のど飴で咳が落ち着いたおかげか、アキはすぐに寝息を立て始めた。
弱っているアキの寝顔は可愛げがあって、ずっと眺めていられる気すらしたけれど、僕には他にやることがあった。
「こんなもんでいいかな……」
種を取り除いた梅干しの身を潰し、包丁で念入りに刻む。
あらかじめ作り始めていた塩こんぶの雑炊鍋の中に、潰した梅を入れ、さらに万能ネギも加えてから火を止める。
最後に溶き卵を回しかけ、蓋をして終わり。
「よし……あとは、そうだ」
お湯にハチミツを溶かして、そこにレモン果汁の調味料を加えてから混ぜる。
ハチミツ漬けレモンを作っておくのは手間がかかるし、というかこの場にないので、これが即席のハチミツレモンということで。
「なんか、いい匂いだな……」
「あ、起きた?」
目を覚ましたアキは、寝る前よりも多少顔色がよくなっていた。
「食欲ある?」
「ごほっ……ある。腹減った」
「よかった。あと少しだから、これ飲んでて」
「悪いな……ごほっ、色々」
アキは食器やゴミが片付いた部屋の中を見渡しながら、所在なさげにマグカップを受け取った。
寝起きで乾燥気味の喉が痛むのか、少し咳っぽくしながら、彼は一口お湯割で唇を湿らせた。
「いいの。むしろ嬉しいんだよね。いつも僕がアキに頼ってばっかりだから」
「そんな、ごほっ、ごほ、ことは」
「ある。アキは気にしてないかもだけど、僕は結構気にしてるんだよ」
僕のほうからは何を返せているのか、と不安になることがある。
お互いに損得などとはかけ離れたところでお互いを必要としているのは分かっている。それでもアキの力になりたいという僕の欲だ。
「ハチミツか、これ……? うまい」
「そう。僕が病気になった時、母さんが作ってくれてたんだ」
尤も、母さんが作っていたのはレモン果汁調味料で代用した即席のものではなく、普段から趣味で漬けているハチミツレモンのお湯割りだったけれど。
栄養価的にどんな違いがあるかは知らないが、味はそこそこ似ている……はずだ。
「母さんね……」
アキは湯気の立つマグカップに、慎重に口をつけては少量を啜って、弱り目に独り言を漏らした。
「アキ……」
「わり、何でもない」
アキは、あまり家族のことを詳しく教えてくれないが、何となく、幼い頃に母親を病気で喪った、というのは知っている。
もし、もしも、母親という存在に何かしら思うところがあるというのならば、
僕が代わりになってあげたい。僕がアキのことを包み込んで、弱いところも全部、癒してあげたい。
というのは、流石におかしい、かな……。
「さ、3人家族なんだっけ」
「おう。実家に親父と姉貴が……ああ、フミは姉貴と会ったことあるんだっけか」
「うん。三者面談の時に」
以前会った時の話によると、お姉さんは化粧品の会社で忙しくしているとかどうとか。年は結構離れており、確か9歳か10歳差だった。
アキが中学生の頃には、勉強面で大分お姉さんにお世話になったとかで、あの人には頭が上がらない様子だった。
「年末は帰るの?」
「多分な。姉貴もたまには帰って来いってうるさいからさ……」
僕がお姉さんと会ったのは、アキの実家ではなく三者面談の時だった。
デスクワークで腰を痛め、ベッドを降りられない彼の父の代わりに、保護者として来ていた時のことだ。結構気の強い人で、それからアキのことをかなり心配していた。
「長くても三ヶ日くらいだな。何なら元旦には東京に戻ってくるつもり」
「ふーん……」
三ヶ日か。移動時間も考慮して、30日に帰省したと考えれば、最長でも5日はアキと会えない日がある、ということか……。
付いて行っていいか、と訊ねたら、アキはどんな顔をするんだろう。
お父様にお付き合いを始めたことの挨拶をするため、とか、それっぽい言い訳をして、強引に連れて行ってもらおうかな?
「ん? どしたフミ?」
「あ、いや、なんでもない」
……なんて。
これからいくらでも時間はある。アキと離れるつもりはないのだから。
「そろそろできたかな」
鍋の蓋を取って、雑炊の中身を軽く切るようにして混ぜてみる。卵はうまく固まっていた。
「お、うまそうな匂い」
「様子見ながら、食べられそうな量だけよそってみよっか。アキ、梅干し平気だったよね?」
「おう。むしろ好きな部類だぞ」
雑炊を取り出す最中の手元に、アキの視線をこれでもかと感じる。頼もしい食欲だ。
「少なかったらおかわり足すから、はい」
「ありがと。いただきまーす」
「熱いから気をつけて」
ついでに僕もご相伴に預かりながら、早速雑炊を食べ始めたアキの様子を確認する。
まだ頬が赤いので、熱は依然下がっていない様子だが、少なくとも元気は出てきたようだ。受け答えもはっきりしてきたし。
「うまいなこれ。塩こんぶ?」
「梅と合うでしょ」
いい感じの出来だ。単なるお粥では口寂しいかと思って少し手間を加えたが、狙い通り食欲を増進する結果となったようで、何よりだ。
「ごほっごほ……あー、くそ……学園祭も、合唱祭の練習もあるってのに……」
去年の合唱祭でA組が2位だったこと、アキも気にしているんじゃないか。
「そう思ってるなら、明日一日はずっと僕に看病させてね」
「なんでそうなる。土曜でも午前中は学園祭の準備があるだろ」
「心配だし。それに、アキが早く治ってくれたほうがみんな助かるよ」
あと二、三日で脚本ができあがると言うが、正直それまで大半の生徒が手持ち無沙汰だ。それならば僕はアキの側にいたい。
みんなやる気があるから、部活や予定がある人を除いて全員土曜も準備に参加しているというだけで、強制でもないし。
「あ、そういえば、これ言っておかないと……」
アキにも関係することだ。知らせない訳にはいかないだろう。
「何だ? 話でもあるのか?」
「帰り際に、伊町って同級生に呼び出されて……」
僕は先ほど無理やり共有された、僕らの情熱的な愛の交わし合いを写した写真をアキに見せた。
「あ!? えっ、ごほっげほ……これ……!」
「だ、大丈夫? ごめん。調子悪い時にする話じゃなかったよね」
「そ、それより、これ、何で……!?」
おそらくは草むらから撮られた写真。偶然居合わせたのか、夏祭りの時から尾行されていたのかは定かではない。
シャッター音は違法なアプリで消したのか、花火の音に紛れて聞こえなかったのかは分からないが、とにかく伊町か、彼の仲間の誰かに撮られたらしい。
「この写真をバラまかれたくなかったら、言うことを聞けって……」
「はぁっ!? げほっ、脅迫だろそれ! フミお前なんて言ったんだ……げほっ、それ!」
「拡散しろって言った」
「……え?」
「だから、言いなりになんてなりたくないから、写真は好きにしろって、それだけ」
いつも真面目な顔して、敷島の前だとこんな顔するんだぁ……と、心の中のセクハラシミュレートが囁いてくる。
あるいはデリカシーを激しく損失している学校の誰かが、次に僕達が登校した時に言ってくるかもしれない。
その時は言わせておけばいいのだ。何食わぬ顔でいれば、そのうち噂も止むだろう。
「だ、だってフミ、お前これ……結構すごい顔してるぞ……い、いいのかよ」
う、ま、まぁ……自分でも引くくらい男の面影が消え去った表情だけど……。
し、仕方ないだろ! 変な言い訳したり、自分の気持ちに嘘をつかなくてもよくなったんだ! これくらいは多少の茶目っ気だ!
「あ、アキだって、僕が他のヤツに好き勝手されたくないでしょ? 逆の立場なら僕は嫌だもん」
「それは、まぁ……そうだな」
アキは空になったお椀を床に置いて、かける言葉を探すかのように眉間をかいた。
「それともさ、〝持ち物マーカー〟で僕の体にアキの名前書いておく? どこに書いてもいいよ」
「お前な……そういうバカなことをほざくのはオレのキャラだっただろ!」
キャラって。気にするところそこなの? というか最近セクハラをしなくなったのは君だろ。
次の日から学校でのあだ名が「スケベ女」になるかもと心配になるほどドエロい顔ってどんな顔なんでしょうね。