ガチャの景品でTSしてもドスケベの親友に堕とされたくない   作:ハーメルンに性嗜好を歪められた被害者

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 心という器は、
 ひとたび、
 ひとたびメスに堕ちれば二度とは、
 二度とは




その6 カップル(偶力)系投稿者のモーメント

 

 課題に忙殺されているとはいえ、夏休みで少しは時間がある。

 ということで、休み中は週2でジムに行こうという結論になった僕とアキは、今日も朝早くからストレッチをしていた。

 

「ん、しょ……も、ちょっと」

「おう」

 

 相変わらずアキは僕の体にセクハラしたくてたまらないようで、そわそわして落ち着かない。

 

「いいぞ。もっと伸ばせるだろ」

「伸ばせる、けどっ……おい……! さっきからそれ、太もも、撫でるな……!」

 

 アキが僕の体を伸ばしながら、すりすりと太ももの内側を撫でてくるので、反射で体がビクビクする。

 こいつ、あんまり調子に乗らせたら、本当にエロ同人みたいなこと頼んできたりしないだろうな。僕相手ならいいと思って。

 

「つか、ウェアの色ピンクじゃん、お前そんな趣味だっけ」

「ぎぎ……女性用の、ヤツが……これしかなかった、の。なんか、男物に比べて、かわいい、感じのしか……」

「ちゃんと見たのかよ。女性コーナーが恥ずかしくて逃げ出したんじゃなくて?」

「違、う……! 見たっ、て……!」

 

 黒にピンクラインの奴とか、ピンクのジャージとか。ピンクが嫌いって訳じゃないけど、もっと目立たない色がよかった。

 

「2人ともおはよう。フミちゃん、ストレッチ終わったらちょっといいかしら?」

「は、い……? いい、ですよ……!」

 

 アキに後ろから腕を引っ張られながら、僕は伸びて絞られた声帯から何とか声を通した。リナ先生は「よろしくねー」と言って奥へ引っ込んでいった。

 

 それにしてもこの体、すごく柔らかいぞ。

 

 ストレッチなんてここでしかやっていないのに、前屈で手のひらが足の裏にまでしっかり伸ばせるし、背中も曲げられる。

 

「よっ……ほら、見てっ……! 開脚!」

「おぉ〜。なんか柔らかくなってんな」

「そ……でしょ!」

 

 男だった時よりずっと柔らかい。もう少し頑張って続けていれば、そのうち立ったままY字開脚とかできるかもしれない。

 

「ケツも柔らかいぞ」

 

 がしっ。

 

「ひぇっ!? 揉むなバカっ!」

 

 背中がゾワっとした。中学の頃の嫌な体育会のノリを思い出す。お前が今、両手で鷲掴みにした尻の持ち主は、同い年の男なんだぞ!

 

 

ランク4

・(r)異性に服越しに臀部を触らせる Success!

 

 

 うるさい!! 通知するな!!

 

 

 

「僕が練習してる映像をジムのフォトスタにあげたい?」

 

 リナ先生の呼び出しの理由はそれだった。彼女はスマホ(ハイエンドのヤツだ!)の画面を僕に見せながら、人差し指で下にスワイプしていった。

 

「そう。実際にどんなことをやってるのか、宣伝目的でやってるの」

 

 生徒が各級の課題に挑戦している画像や、リナ先生が初心者向けに用語や技術を説明する動画が、ズラリと並んでいた。

 何と言うべきか。特にリナ先生が登場する画像や動画は、他のものに比べてハート獲得数やコメント数が圧倒的だ。人の欲望たるや、ここまで露骨なものか。

 

「ぶっちゃけるわ。女の子が写ってるほうが見てもらえるの。これ、全てのエンタメに通じるから、覚えておいて損はないわよ」

「は、はぁ……そうですか」

 

 そんなに素直に言われると、まぁそうですよね、としか返せない。

 女性は著名人相手でもなければ(インフルエンサーと呼ばれる類の人間に女性が多いこともあってか)大抵女性の投稿にハートを付けるし、男性は男性で見目のいい女性にハートを付ける。

 

「だからお願い! フミちゃんにPRしてほしいの!」

「う、うーん……」

 

 言い方を悪くすれば客寄せパンダだ。今の僕はあの奇怪なアイテムのおかげで美少女になっているだけで、男に戻ったら、フォトスタの投稿に映る僕も男に変わるだろう。

 そうなった時、その僕は客寄せパンダとしての責務を全うできているだろうか? 途端にハートが激減しそうだ。

 

「フミちゃんなら500いいねはカタいわ! どうかお店を助けると思って!」

 

 自分で気付かないうちに表情が渋くなっていたのか、リナ先生はさらに懇願してきた。男の時は僕が先生を見下ろす身長差だったのに、今は先生が僕を見下ろしている。何だか圧を感じるな。

 でも、まぁ、フォトスタ投稿程度のことだ。ここまで言うのなら……。

 

「リナ先生が、言う、なら」

 

 先生にはよくしてもらっているし、僕もこのジムを気に入っている。一度や二度、撮影に協力するくらいのこと、断るほうが難しい。

 

「ホント!? ありがとー! これでフォロワー倍増確定ね! フミちゃんはいつも通り、練習していればいいから。それを私が後ろから勝手に撮らせてもらうわ」

「そんなことでいいんですか?」

 

 もっとこう、このジムのいいところ! とか、宣伝するべきではなかろうか。素人の僕に喋りを期待されても困るのは確かだが、だからといって単なる練習風景が何の宣伝になるというのか。

 

「そんなことだからいいのよ。女子も来てるって知ったら、私も行ってみようかな……って思う女性が増えるわ。まぁどちらかといえば、フミちゃん目当てで男の人が……

「え? 最後なんて言いました?」

「う、ううん? とにかく、カメラとか気にしないでいいからね」

「は、はい。分かりました」

 

 と、とにかく、先生がそう言うのであれば、いつも通りやらせてもらうだけだ。今日こそ男の時の勘を取り戻して、アキと同じ3級挑戦へと近付くんだ。

 

「そういえばフミちゃん、髪型変えたのね」

「あ、これ、髪留め、もらったから……」

 

 高めの位置でまとめた髪が、ふんわりとうなじにギリギリ届くくらいの尾を作っていた。その付け根には、アキからもらった深緑のリボンが巻かれている。

 

「そうなの。かわいいわ。フミちゃんには緑が似合うわね」

 

 先生は、誰と言わずとも、その送り主を半ば察しているようだった。確かにいつも一緒にいるとはいえ、ここまで筒抜けだと流石に恥ずかしい。

 

「あ、ど、どうも……」

 

 かわいい、か……複雑な気分だ。男としては嬉しくも何ともないが、リナ先生のような美人に褒められると、その内容に関係なく嬉しい。少なくとも不細工と思われるよりはずっといいはずだ。

 

 それにしても、リナ先生まで僕には「緑が似合う」か。アキだけならまだしも、二人も言うんだったら、そうなのかな……。

 

 

 

 

 ジムでの練習を終え、昼の2時。帰ってきた僕達は、相変わらず電気代節約のために一部屋に(今日は僕の部屋のローテ)集まって、冷房に当たりながらダラけていた。

 

「何見てるの?」

 

 畳んだ布団の上に座って、熱心にスマホを凝視するアキの肩に手をつき、後ろから覗き込んで見た。

 

「店のフォトスタだよ。早速投稿されてるぞ」

「は、恥ずかしいな、なんか……」

 

 彼が開いていたページはお店のフォトスタだった。確かに僕のぎこちない笑顔の写真と、5級課題に挑戦する僕の後ろ姿がサムネイルの動画が、ページの一番上に来ていた。

 

「オレには確認しておく義務がある。万が一屈んだ時にブラジャーとか見えてたら保存しないと」

「バカ。リナ先生がそんな映像あげる訳ないだろ」

「いや、あの人結構……まあいいか」

 

 リナ先生はアキとは違うんだ。というか同性同士だし。僕にそんな気持ちを起こしている雰囲気もない。

 

「見ろよ。ハッシュタグに美少女って書いてあるぞ。あと巨乳とも書いてある」

「えぇ!? ちょ、これボルダリングの動画でしょ!?」

「それもほら一応、一番後ろにあったな」

 

 僕はアキの肩に体重を預け、身を乗り出して画像や動画に付けられたハッシュタグを確認した。

 最初はアキも言っていた「美少女」に始まり、「巨乳」「セクシー」「谷間」「おっぱい」「ボルダリング女子」……。

 

 

なんだこれッ!!?

 

 

 全然ボルダリング関係ないじゃないか! というか、あの人僕の写真にどんなタグ付けて投稿してるんだよ!

 

「すげーな、投稿1時間でもう300いいね付いてるぞ」

「リナ先生何考えてるのッ!?」

「客引きだろ」

「そうじゃなくて!」

 

 聞いてない! こんなの聞かされてないです僕は! 

 

「なんだよこの……! 売り出し中のグラドルみたいなハッシュタグは!?」

「グラビアアイドルみたいな体してるだろ」

「うるさいぞ!」

 

 まるで僕が自ら巨乳を自称して、あまつさえ人に自慢したがっている自意識過剰な女みたいじゃないか!

 

「あの人、商魂が服を着て歩いてるみたいなところあるからな」

「知りたくなかった……」

 

 およそ知性の片鱗すら感じさせないタグ欄だったが、同族を呼び込むにはもってこいだったらしい。コメントも付き始めている。

 

「『裸見せてください』だって。店のフォトスタにセクハラコメ送るなよ……職員にも見られてんのに」

「全く同意見だけど、君が言えることではないよね」

 

 というか、もしかして初コメがそれ?

 

 他人のアカウントとはいえ、フォトスタに自主的に投稿する画像を提供するのは初めてだったんだけど。人生初のコメントがこれ?

 

 その他にも『おっぱい揉ませてください』とか『エロいですね』みたいなストレートなセクハラや、口に出すのも憚られるような、同人誌みたいな要求を書いてくるコメントもある。

 

「ほらな? 確認しといてよかっただろ。見てなかったら野放しだったんだぞ」

「うう……絶対抗議してやる」

 

 こんな使われ方をすると知っていたら、安易にいいですよなんて言わなかった。

 

「こうなったら動画も確認するしかねーよ。ほら、再生するぞ」

「よ、よし……!」

 

 アキが再生ボタンを押すと、すぐに軽快な音楽と共に、僕の後ろ姿が画面に映し出された。

 

『よっ……とぉ……! こんな、風にっ……! 少し遠い、ホールドを、目指す際はっ……』

 

 先生の指示で、登る時にいつも心がけていることを解説しながら、見やすいようにゆっくり登っていく僕の姿。

 

 それを接写で撮るカメラ……。

 

『対応、する足を、意識しましょうっ! 右手なら、左脚を!』

 

 ずっとアングルに悪意がある。下から尻を見上げるように撮ったり、低い位置にいる時は背後から頭上に回り、上からレンズを傾けて胸を撮影したり。

 シャツの裾に近付いて、中のブラジャーが見えそうな位置まで二の腕を撮ったり、壁から降りた時の揺れる胸を撮ったり……。

 

「イメージビデオ?」

「正直オレも思ったけどさ……本人の口から出る疑問として正しいか?」

 

 スポーツウェアの襟の色を暗める汗や、太ももの裏を流れる汗を撮り、つま先から頭までを舐め回すように撮り、そしてやはり胸や尻にアングルが向く。

 

「つか、こんなにセクハラ全開のカメラ横にして、よく普通に解説できたよな」

「集中してたから気が付かなかったんだよ! リナ先生がこんなことすると思わなかったし」

 

 この映像だけ見ると、下着すれすれのド接写を許してくれる、エロ撮影に協力的な女性みたいになっている。

 そのうち画面内の僕は、バランスボールの上で跳ねて胸を揺すったり、ソファに寝転がってなまめかしく脚を擦り合わせ始めるのではないか。

 

「リナ先生って……」

「ああ。あの人撮影上手いよな」

「そうじゃない!」

 

 同性(精神的には異性だけど)を売ることに躊躇いがなさすぎる。僕ではなく自分でやったらいいのに。

 

『……え、えっと、KKTクライマーは毎日開放! 初心者でも僕らがサポートするので、きっ、気軽に来てください、ね……?』

 

 カメラを向けられて慌てふためきながら、カンペ通りのセリフを述べ、顔を真っ赤にして笑う美少女の全身の姿で、動画は終了した。

 こりゃセクハラコメントも集まるわ。客観的に見た僕は、いかにも隙だらけの気弱そうな少女、という様相だった。

 

「保存しとこ」

「もう止めないからさ、せめて僕の前で宣言しないでよ」

「マジで使えるわこの動画」

「使えるとか言うな!!」

 

 こいつ正気か? 1000歩譲って使うまでは許したとして、男の頃の僕の顔がチラついたりしないの?

 

 

 

 後日。課題も朝から少しずつ進め、手持ち無沙汰の昼前。やることもないし昼間は体を動かすか、という結論になった僕らは、気散じ程度の気分でジムにやってきていた。

 

「…………まじか」

 

 受付前には、全く見たことない人達が数人、列を作っていた。

 

「あ、フミちゃん、アキくん!?」

「リナ先生!」

 

 少し慌てた様子のリナ先生が、手にボールペンを持ったままこちらに近寄ってきた。壁を登った形跡もないのに、既に額に汗を浮かべている。

 

「今日、あの、なんか」

「早速効果あったみたいなの! こっちの手続きで手が離せそうにないから、二人ともごめんね!」

 

 それだけ言うと、また人だかりのほうへと戻っていく。〝大〟とまでは言わずとも、普段より盛況な様子だ。

 

「これ、投稿の効果……?」

「どう考えてもそーだろ。ジムに入った瞬間、ほぼ全員、お前を見てたぞ」

 

 アキの言う通りだ。列を作る人達から、何だかチラチラと見られている。

 見られているし、その視線の5割くらいが胸に、3割くらいが尻に吸われているのにも気付いた。

 

「昨日の投稿見た人達かな……すっごい恥ずいんだけどこれ」

「ちゃんと〝繁盛〟って感じの繁盛だな」

「見たことない先生もいるね」

「こんだけ人が多いと、指導員も沢山いないとなんだろーな」

 

 しかし……何だこの遠回りな羞恥プレイは。

 彼らはみんなあのひどいタグの付いた動画を見てきたらしい人達なので、視線に遠慮がない。僕のことを性に寛容な女とか思っているのだろうか。

 

「ん、んん……ちょっと」

「何だよ。どうかしたか?」

「ごめん。隠れさせて……」

 

 アキの背に隠れ、視線から逃れる。すると、僕を見ていた視線の一部は、後ろめたそうにあさっての方向に切り替わった。

 あまりにも不躾な視線に囲まれ、しかもそれが知りもしない相手ばかりというのは、ちょっとしたホラーだ。

 

「とりあえず着替えようぜ。女子更衣室かトイレなら、視線も気になんねーだろ」

「そーだね……そうするか」

 

 着替えている間に人の波も収まるだろう。ここまで人が多いと、登録してその日から参加できます、ということにはならないはずだし、少し待てば先生達も落ち着くはずだ。

 

 

 

「もうちょっと、近い石がいいかな……」

 

 僕は5級を登る前に、今の体に適したルートを頭の中で構築していた。

 

「アキに、追い付くためにも……!」

 

 向かいの壁で3級に挑むアキを横目に見ながら、僕は気合いを入れ直した。

 

 男の頃よりもずっとリーチが短い。自分で思っているそのまた倍くらいには、近い位置を探して登るべきだ。手数を考慮して、最初はあのクリンプから……。

 

 

「ねぇ、フミちゃん、で合ってるよね?」

 

 

「え?」

 

 腕の筋肉を見せつけるようなタンクトップの男性と、マッシュヘアの男性2人組が、薄笑いで話しかけてきた。

 よくここに来ている、大学生のうちの二人だ。結構難しいコースを登っていた姿を、何度か見たことがある。

 

「お店のフォトスタ見たよ。こんなかわいい子が同じとこに通ってたとはね〜」

「マジでノーマークだったよな。ほぼ義務感でフォローしてたけど、店のフォトスタ見といてよかったわぁ」

 

 な、なんだか距離が近いぞ。話し口調もそうだけど、物理的に。2人で僕を挟んで、肩がぶつかりそうな距離で見下ろしてくる。

 威圧感に負けて下がろうにも、後ろは壁だ。しかも、今はお昼時に近いため人が引いていて、誰も注意する者がいない。

 

「今日はこっちでさ、俺達と3人でセッションしてみない?」

「あ、えっと……」

 

 彼らと話したことはない。お互いに仲間うちでいるところに水を差す野暮なマネをしなかったというだけだが、同じジムの人間としては、確かに距離が遠かったかもしれない。

 しかし、今になって急に話しかけてこられるのは、僕でも流石に察するものがある。つまり。僕の見た目が目当てか。

 

「5級で困ってるんでしょ? 丁度俺達も基礎のムーブ練しようと思っててさぁ」

「そーそー! よければ教えてあげるよ!」

 

 セッションとは、ボルダリングにおいて課題と呼ばれるルートに、複数人で挑戦するというものだ。

 普段は、というか男の頃はアキと二人で、常に同じペースで級を上げていったので、実質彼とセッションをしているような状態だった。

 しかし女になってから、アキにはかなり水を開けられている。必然的に個人での練習が増えたのだが……。

 

「俺らもう3級までいってるからさ、結構いいアドバイスできると思うよ?」

「絶対楽しいからさ! ね?」

 

 まさかこんな弊害が出てくるとは。

 

「い、いえ……僕は、一人で……」

 

 表情は確かに笑顔のはずなのに、全然喜色が見えてこない。それどころか目付きがギラギラしていて、ちょっと怖い……。

 

「そんなこと言わないでさ! 大丈夫だから!」

「別に変なことしようって訳じゃなくてさ! あ、ほら! 結構動いて汗かいたろ? スポドリ奢ってあげるよ!」

 

 彼が指差したのは、見かけには未開封のペットボトルだった。しかし、僕は先ほどあのボトルを開けている瞬間を見た。

 飲んでいたかはどうかは確認していないが、開封済みなのに新品同様の量のままというのは、それはそれで不自然で怖い。

 

「あの、ホントに僕は……」

「何? もしかして緊張してる? かわいいねぇ! ほら、俺達何にもしないからさ、肩の力抜いてよ」

「えっ、ひ、あ、あの……」

 

 突然肩に腕を回され、身が竦んでしまう。抵抗したいのに、体が動かない。

 ぼ、僕は一体どうしてしまったのか。もしこれが男の時だったら、普通にやんわり肩から手を外すか、きっぱりと断ることができただろうに、なぜか声が出ない。

 

「はーい決定! じゃ、ほら、とりあえずさ、一旦ジムから離れて親睦会する?」

「いい場所知ってんだよね俺ら。そこで色々教えてあげるから」

 

 ど、どうしよう……! 抜け出したいけど、この人達、力、強くて……!

 ダメだ……声も出せないし、掴まれているのは肩だけなのに、全然力で勝てない……これじゃホントに、どこに連れて行かれるか分かったものじゃない。

 

「あ、あの、やめて……!」

「またまたー! 恥ずかしがっちゃって」

「ひやっ……!? ちょ、どこ……!?」

 

 大胆にも、男達は、僕を周りから隠すようにして、尻に手を回してきた。左右をそれぞれ別の男の手に触られ、頭のてっぺんまで電流のような不快感が走る。

 

「んー? なんか言ったー?」

「早く行こうってことだろ? ね、フミちゃん。積極的だよなぁ」

 

 こんなに人が多いのに、誰も何も言ってくれないのか……!? い、いや、確かに、こんな明らかな面倒事、首を突っ込みたくないのかもしれない。

 それに、ナンパではなかった時、男女両者に嫌な思いをさせるかもしれないリスクを考えたら、滅多なことはできないってことか……。

 

「お酒とか飲ませてあげるよ。飲んだことないでしょ?」

「こいつ悪いヤツっしょ、でもそういうの憧れてるんだろ? ついでに俺らで色々大人の遊び方教えてやるよ」

「やめ……」

 

 肩をさすっていた手が降りて、胸を掴まれた。硬い手に収まらない部分まで、逃さないと言わんばかりに撫でられ、恐怖で体が固まってしまう。

 

 せ、せめて助けを呼べたら……! なんでこんな時に限って、声が出ないんだ……!

 

「ほーら、さっさと歩けよ」

「痛いの嫌でしょ? 言うこと聞いたら優しくしてあげるからさー」

 

 本気で振り払おうとしてるのに、挟まれて何にもできないし、こ、これじゃ、ホントに……

 

 い、嫌だ……こんなの、誰か……!

 

 

 アキ…………。

 

 

「ちょっと」

 

 

 その時の僕は、すごく間抜けな表情をしていただろう。驚いて、ぽっかりと口を開けていた。

 

「あ? 何、君?」

 

 ジムの自動ドアのすんでのところで、アキがドアの僕らの間に割って入ってきた。

 

「そいつになんか用すか」

 

 アキの声は、いつも僕と話している時より、ずっと冷たくて、感情が見えてこなかった。

 

 一回だけ、彼のこんな風な声音を聞いたことがある。去年のマラソン大会のことだ。

 ビリでゴールした同級生の男子生徒をからかう先輩達の間に入って、アキは今みたいな声で静かに怒っていた。

 

「見て分かるだろ? 今から俺達で楽しいところ行くんだわ」

「フミちゃんの、友達だっけ? えっと……名前知らないけど、ごめんね。この子、今日は俺らと遊びたいんだってさ」

 

 僕は必死に首を横に振った。彼らの手から逃げ出したい一心で。

 首を振らなくてもアキなら分かってくれるはずだけど、僕はとにかくおもいきり首を振って、大学生達の言うことを否定した。

 

「嫌がってますけど」

「は? どこが? つか君なんなの?」

「あのさぁ、お前、高校生でしょ? 俺ら、お前より年上なんだけど。いいのそんな態度とって」

 

 マッシュのほうがアキに詰め寄って、その襟元を掴んだ。アキも身長は低くないほうとはいえ、大学生2人のほうが、少しだけ目線が高い。

 

「フミが嫌がってることと関係ないですよね」

「だからさ……はぁ、ま、いいや。大人しくそこどいてよ」

 

 アキは全くそこを退くつもりはないようで、しかもその意思を示すかのように腕組みをした。

 

「そいつ、離してください」

「お前……! いい加減に――――」

 

 アキの胸ぐらを掴んでいたマッシュの男が、痺れを切らしたかのように一歩前に出て、もう片方の腕を振り上げた。

 

「あっ、や、やめて……!」

 

 マッシュの男を止めようとして、体を振って抜け出そうとするが、タンクトップの男の手ががっちり食い込んでいる。

 さっきより乱暴で痛い上に、全然離してくれない。こ、このままアキが……!

 

 やめ……やめろ、アキに酷いこと――――!

 

 

「――――いやぁごめんねー! アキオくんお待たせー! ブラシ持ってきた……よ……?」

 

 

 拳が振り下ろされる寸前、裏のブースからホールド清掃用のブラシを持って、リナ先生が出てきた。

 

「リナ先生……!」

 

 まさに天の助け、アキを助けてくれる存在だった。

 

「ん? みんなどうかして……」

 

 アキはこれからくるであろう痛みに耐えるように、じっと目を瞑り、拳を固く握っていた。

 そして、その前に立つ、中途半端に手を上げた大学生。

 

 そんな明らかに不自然な状況を、彼らが今更取り繕えるはずもなく、またリナ先生が見逃してくれる訳がなかった。

 

「何してんの?」

 

 リナ先生の口から、普段の朗らかな声色からは想像も付かないような冷ややかな一声が浴びせられた。

 

「せ、先生……! い、いや、これは……」

「お、俺らほら、ボルダリング! そう、この子にボルダリング教えてあげようと思って……!」

 

 僕はまだ際どいところを無遠慮に掴まれ、拘束されているというのに、なんだか安心感で力が抜けてきていた。

 リナ先生が来てくれたことにか、あるいはアキが僕のせいで殴られずに済んだことにか。

 とにかくよかった、と気を抜いていると、大学生達ではなく、いきなり僕の腕を引く誰かの手がこちらに伸びていた。

 

「フミ、こっち来い」

 

 大学生達がリナ先生に動揺している隙に、アキは僕の手を取って、彼らの腕に捕まっていた僕を引っ張り出した。

 

「あっ……」

 

 その勢いで、アキの胸に飛び込む形になってしまう。

 

「あ、ご、ごめ……」

 

 すぐに離れようと思ったが、今度はアキが僕の肩を離してくれなかった。

 

「あ、アキ……!?」

 

 僕は彼の胸に頭と腕をついて、そのまま内に抱かれているしかできなくなってしまった。

 こうやって密着すると、女になった僕とアキとの著しい身長差が分かりやすい。まるで大人と子供みたいな…………。

 

「おい、お前……!」

 

 僕の肩を掴んでいたタンクトップのほうの大学生が、怒りを溜めた表情で、再度こちらに手を伸ばしてくる。

 

「あ……」

 

 それを、アキは僕をさらに胸の内に抱くようにして、伸びてきた腕を避けた。

 

 と、というか僕はどうして……! さっきから「あ」とか「ん」とかしか言えなくなって……。

 か、顔が熱い。なんだか、いつも見ているはずのアキの胸板が、すごく、大きいような……。

 

「お前さっきから――――!」

「ちょっと? 君らが話すべきなのは私よね?」

 

 今度はリナ先生が、僕達と大学生2人との間に入った。ジムに入会してから、それなりに付き合いは長くなってきたが、一度も見たことがないくらいの怒気を発している。

 

「それで、フミちゃんに何しようとしてたのか、もう一度説明してくれる?」

「い、いや、俺らは別に……」

「いいわ、あなた達、裏に来なさい。今日は私以外のコーチも来てくれてるから、全員に説明してちょうだい」

 

 アキの胸に押し付けられているので、僕から先生の表情は見えなかったが、大学生達の声の震えからして、相当恐ろしい顔をしているようだ。ちょっと見たかった。

 

「フミちゃん、アキオくん、2人ともごめんね。ちょっとだけ外に行かないで待ってて」

 

 先生はブラシを適当なところに置くと、大学生2人の首根っこを掴み、そのままずんずんと奥へ戻っていってしまった。

 あの2人がいなくなったと見るや、僕の体は安心感とは裏腹に、突然ぶるぶると震え始めた。今はアキの胸の中にいて、震えが彼に丸分かりなのに、と、止まらない……。

 

「ご、ごめん……僕」

「平気か? 強く掴まれてたけど」

「え? う、うん」

「そっか」

 

 僕の右肩を確認するように触れると、彼はいよいよ両腕で僕を抱きしめた。

 

「えっ、ちょ!?」

 

 男同士なのに何をしているんだ、とか、言えばよかったのに、僕は何も言えなかった。

 

「もう大丈夫だ」

「へ、へーきだっ、て……! もう……!」

「無理するな。震えてるぞ」

「え……」

 

 アキは僕の体の震えをすぐに見抜いてしまった。なぜか冷房の風が異様に寒く感じる。僕は、こんなに……?

 

「ご、ごめ……」

「気にすんなよ。今はしょーがないだろ」

 

 全然離してくれる気配はない。それどころか、少し強まって締め付けられているような感覚がする。

 それなのに、さっきの大学生達とは、全然違う。乱暴じゃない。嫌じゃない。力強いのに、でも、優しくて……。

 

 うわ、アキの腕、大きくて、かた……。

 

「はっ……!」

 

 いっ、いやいやいやいやっ!!

 

 ち、違う……僕は男だ。男なんだ……! 断じて同性の(肉体的には異性だとしても)アキにそんな気分を催すはずがないっ!!

 

 僕はいつの間にか、アキの背中に回していた自分の手を離した。

 

 …………いやホントにいつの間に腕を回していたんだ僕はっ!?

 

「何してるの僕!?」

 

 あまりに自分の感覚から乖離した体の動きに、思っていた言葉が勝手に口を突いて出てきた。

 これには僕を胸に埋めて離してくれないアキもギョッとして、少し抱きしめる手を緩め、顔を窺ってきた。

 

「フミ? ホントに大丈夫か?」

「だ、だいじょびゅ、大丈夫!!」

 

 お、落ち着いて、呼吸を整えなければ。

 

 はぁー……はぁー……。

 

 胸が熱い……どうなってるんだ、僕は……相手はアキだぞ……!

 文化祭の出し物でヌードデッサンを提案して女子に総叩きにされた、あの敷島秋生だぞ……!

 

「あ、あの、ありが……! と……」

 

 お礼を言っていなかったことを思い出し、僕は彼にお礼を告げようとしたのだが、なぜか声が出ない。

 いつものような声量にならず、蚊の鳴くような大きさの声しか出てこなかった。

 

「いいんだ。ごめんな。早く気付いてやれなくて」

 

 違う、アキが悪いことなんて一つもないのに、優し……♡

 

 

 うわあああぁぁーー!!

 

 

 違う違う違うッ!! 今のナシッ!!

 

「もー昼だし、先生戻ってくるまでちょっと休もうぜ」

「う、うん……」

 

 アキは男だ。僕も男だし、女性が好きなはずだ。

 

 それなのに……なんか……。

 

 

 はぁーっ……♡ はぁーっ…………♡

 

 

 

ランク4

・異性に抱きしめてもらう Success!

 

 





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