ザオサ廻戦   作:騙されたと思って無料分まで読んでくれ

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「似てねぇよ」

 

「いや、似てねぇ。宿儺のとは全然違う」

 

虎杖悠仁は画面の男を指差し、ハッキリと言い切った。

特徴的なピンクがかった髪色に黒いツーブロック、身の丈六尺ほどの偉丈夫。

斬撃に炎の術式となればもしや、とは思われたが───虎杖の断言は揺るがなかった。

 

会議室の空気が重くなる。期待していた仮説が、あっさりと否定された形だ。

 

「マ、当てが外れたってとこだな」

その場を代弁したのは日下部である。

 

「…分かるものなんですか?こんな写真1枚で」

「『共振』だね」

 

乙骨の問いに答えたのは冥々である。

共振───、虎杖悠仁と両面宿儺は魂を1つの肉体に共有した。

そこには奇妙な結びつきが生まれる。

さながら、周波数を同じにする音叉が片割れの反響を受け、自らも響き出すように。

 

呪いとは、縁なのだ。

 

乙骨は言葉を飲み込んだ。宿儺の魂を知り得ない自分には分からないことだが、当の虎杖が言うならば、きっとそうなのであろう。

ならばこれは、宿儺に類する存在ではない。

 

虎杖は画面の自分そっくりの顔を凝視し、唇を噛んだ。

「……俺に似てるってだけで、宿儺の関係者って決めつけるのは早計だろ?」

声に力はなかった。自分でも違和感を覚えている。似ている。確かに似ている。だが、それだけだ。魂の奥底で響くものが、何もない。

 

「俺が見た渋谷の奴とも一致する。こいつは、少なくとも死滅回遊で発生した泳者でもない」

パンダがモニターを指差した。

 

滋賀結界に発生した奇妙な存在については、幾つかの仮説が立てられていた。

1つは、宿儺の指の影響を受けた『宿儺寄りに変質した呪霊』

1つは、死滅回遊で発生した『宿儺に酷似した術式を持つ野良の泳者』

虎杖以外の肉体を使って受肉した『別の宿儺』などという珍説もあった。

 

そのどれもが身体的特徴と術式から推定した、宿儺の縁者であろうという考察に基づいている。

前提が棄却された今、1から考え直す必要がある。

 

「分かってんのは───」

日下部が資料を広げた。

「コイツはコロニー1つを1日で皆殺しにしたイカれ野郎で、単独で移動中。ポイントは保有していないが、ルール違反で強制退出もされていないし、リストアップすらされない。要は、システムに認識されていない」

 

死滅回遊とは元々、泳者の増加が見込めない破綻したクローズドゲームである。

ポイントの委譲が考慮されてない以上、コロニー内の総スコアは0に収束していき、最終的に泳者の数が100未満になった時点で泳者はアチーブメントを失う。

ゲームにルールを課すためにはプレイヤーを減らす必要があり、プレイヤーが減ればゲームを保てない。

お互いを食いあい、緩やかにゲームそのものが死に向かう結界───

だが、この男はその矛盾したルールにすら中指を突き立てている。

 

「システムに認識されない、ね」

冥々が腕を組んだ。

「つまり、死滅回遊の外部から侵入した存在、ということ?」

 

「そう考えるのが自然だな。だが、どうやって結界内に入り込んだのか」

 

「羂索の想定外、ってことですかね」

乙骨が呟いた。

 

「ああ。恐らくな」

日下部は資料をめくった。

「だが、それが俺たちにとって味方になるかは別問題だ。コイツが何を目的にしてるのか、全く分からねぇ」

 

「どうするんですか、こいつ」

パンダが尋ねた。

 

「忘れんなよ。あくまでも最優先は羂索だ」

日下部は溜息をついた。

「言い方は悪いが、優先度は低くせざるを得ないだろうな」

判断するには情報が少なすぎる。日下部の言葉には言外にそんなニュアンスが含まれていた。

 

「じゃあ放っておくのか?」

虎杖がテーブルを叩く。

「人が死んでるんだぞ!」

 

「そう熱くなんなよ。俺だって気持ちは同じだ」

日下部は溜息をつき、虎杖の肩に手を置いた。

 

「だが、お前もよく知ってるだろ。今の俺たちに余裕なんてねぇ。五条が封印されて、術師の数は足りない。死滅回遊のコロニーは全国に散らばってる。羂索の狙いも未だに掴めちゃいない」

 

冷徹な現実認識が場を支配する。

虎杖は唇を噛んだ。分かっている。分かっているが、納得できない。

 

「……生存者の証言はないんですか」

乙骨が尋ねた。

 

「憂々経由で助けられた奴が一人だけいる。だが、その証言がまた訳が分からん」

冥々が別の資料を繰った。

 

「曰く『魔物が出た』『角が生えた』『炎が出た』『目が黒かった』───錯乱してるのか、それとも何かの術式なのか」

「魔物?呪霊じゃなくて?」

「ああ。本人は呪霊じゃないと言い張ってる。術師でも呪詛師でもない、何か別の存在だってな」

 

虎杖は眉をひそめた。

呪霊でない。泳者でもない。宿儺でもない。ならば一体、何なのだ。

 

「炎は、まあ術式として理解できる。だが『目が黒かった』ってのは───」

「写真だと白黒反転してるけど、戦闘時は通常の目に戻るってことですかね」

乙骨の推測に、冥々が頷いた。

 

「可能性はある。何らかのトリガーで変身する術式───そう考えれば、角の証言とも一致する。それにもう一つ、気になる証言があってね」

冥々が別のページを開いた。

 

「『ガキ』という名前を呼んでいたらしい」

「ガキ?」

「知らねぇな。呪霊の名前か?それとも術式の名称か」

日下部が首を傾げた。

 

「復活させる、とも言っていたそうよ」

「復活?」

虎杖が声を上げた。

 

「まさか、特定の誰かを───」

「呪術での復活なんて、普通は不可能だ。だが───」

冥々は資料を指差した。

 

「羂索がやろうとしているのは、ある意味で死者の復活とも言える。過去の術師たちを現代に蘇らせている」

「じゃあ、こいつも羂索の仲間か?」

「それはないだろう」

日下部が否定した。

 

「羂索の計画に組み込まれてるなら、こいつがシステムに認識されないままコロニーをぶっ潰して移動し続けるなんて言うのはあり得ない。死滅回遊の舞台を破壊して回ってるわけだからな」

 

「つまり、第三勢力───」

乙骨が呟いた。

 

「俺たちでもない。羂索でもない。独自の目的を持った、誰か」

会議室に再び沈黙が落ちた。

 

状況は、想定以上に複雑になっている。

 

「いずれにせよ、単独でコロニー1つを壊滅させる戦闘力は確かだ。それも短時間で。特級相当、いや、それ以上かもしれん」

日下部が煙草に火をつける。

 

「現在確認されている出現ポイントは京都、滋賀、大阪。いずれのコロニーでも特級相当の呪霊が消滅している。そして、現在の位置は不明」

 

パンダがマップを広げた。赤いピンが8箇所に刺さっている。

「移動パターンは?」

「規則性は見られない。ランダムに移動してるように見える」

 

「いや───」

伏黒がマップを凝視した。

「これ、もしかしたら何かを探してるんじゃないでしょうか」

 

「探してる?」

指が、ピンを順番に辿った。

 

滋賀結界の2件の目撃情報、多賀大社・都久夫須麻神社

壊滅した京都結界内唯一の目撃情報、下鴨神社

そして最後に、大阪結界、難波宮跡

 

「何かを探して、見つからないから次の場所に移動してる、と」

乙骨が続けた。

 

「その『何か』が、この『ガキ』って存在なのかもしれない」

虎杖が呟いた。

「復活させるために、必要な何かを───」

 

一同は顔を見合わせた。

おそらく───こいつは"狩り"をしているわけではない。

目的のために動いているだけで、邪魔をする者を排除しているだけ。

 

「だとすれば───」

日下部が重々しく口を開いた。

「こいつが探してるものを見つけた時、何が起きる?」

 

 

 

 

状況が理解できない。

 

ガキとの最終決戦を終えた筈だった。

 

肉体も、魂も、名も、その全てをアブレウスに捧げ、そしてガキとの約束を果たした。

 

だが気づけば、見知らぬ場所、見知らぬ匂い、見知らぬ空気。

周囲には奇妙な力が張り巡らされ、人間らしき存在が殺し合いをしている。血の臭いと、何か別の───呪力と呼ばれる力の残滓が、空気を満たしていた。

 

最初は、ガキとの決戦の後どこかで目を覚ましたのだと思った。

だが、違う。

雰囲気は似ているが、決して、ここは己のいた世界ではない。

 

拳を握り締める。

ガキは?Vは?あの世界は一体どうなった?

これはアブレウスの気まぐれか?それともガキの仕組んだ罠か?Vのガキが何かしたのか?

疑問は尽きないが、答えは得られない。

このようなパターンは初めてだ。

 

「チッ」

舌打ちが、廃墟に響いた。

周囲を見渡す。崩れたビル、ひび割れた道路、放置された車。戦場の跡だ。だが、Ryu genkeiの世界とは何かが違う。建築様式も、文字も、全てが微妙に異なっている。

 

彼は廃ビルの屋上から、街を見下ろした。結界の存在は感じ取れる。

何か巨大な力場が、この一帯を覆っている。

 

「死滅回遊、か」

先ほど襲ってきた男が、死ぬ間際に叫んでいた言葉だ。

意味は分からないが、この状況を指す言葉なのだろう。

 

殺し合いのゲーム───五家の宴を思い出す。

 

「お前、そこにいるんだろ」

声が響く。

「出てこい。オレは話ができる相手を探してる」

 

沈黙。

だが、確かにそこに何かがいる。

トルトゥーガは溜息をついた。

この世界に来てから、まともな会話ができていない。襲ってくる者を排除するだけでは、情報が得られない。

 

「……G、GRR……」

唸り声が聞こえた。

張り詰めた恐怖と緊張を抱え、人型の化け物が瓦礫の影から姿を現した。

人間のようで、人間ではない。歪んだ顔、異形の腕。呪力の塊が、形を成している。

 

「てめぇらは揃いも揃って言葉が通じねぇのか?」

トルトゥーガは眉をひそめた。

「ガン首揃えて出てきて割には、どいつもこいつも無能だらけか。使えねぇな」

 

失望が声に滲む。

この世界に来てから、何体もこういった化け物と遭遇した。どれも知性が低く、問答無用で襲いかかってくる。時間の無駄だ。この化け物からは何も得られない。

次の場所を探すべきだろう。このあたりには、まだ探索していない区画がある。

 

そのさまを見て、呪霊は本能的に理解した。

 

───この男は自分を見逃した。

───自分は、侮られている!

 

呪霊の中で、何かが沸騰した。

恐怖が、屈辱に変わる!畏怖が、憤怒に変わる!

 

「舐メルナ術師ァ!」

咆哮が、廃墟を震わせた。

 

帳に閉ざされた街は人間に満ち、これ以上ない饗宴の場だった。

逃げ惑う誰もが自分を恐れ、称え、絶望の後に死んでいった。

術師を名乗る愚か者どもも、最後には恐怖に顔を歪めて命乞いをした。

 

バカどもの殺し合いなど絶好の狩場だ。

潜伏し、後ろから両方を殺すために、この呪霊は待ち続けていた。

弱った獲物を狙い、確実に仕留める───それが、彼の戦略であり戦術であった。

 

なら、コイツは何だ。

 

獲物を片っ端から奪い、あまつさえ背を向けてくる、この舐め腐った男は。

呪霊の腕が膨れ上がった。呪力が渦を巻き、殺意が形を成す。

「殺ス!絶対ニ殺ス!」

 

「やっぱりか」

トルトゥーガは振り返りもせずに呟き、次の瞬間、一瞬のうちに腕が蒸発した。

 

「GRAAAAAA!」

呪霊は悲鳴を上げて後退した。

 

腕が───消えた。再生しようとするが、炎の痕が呪力の流れを阻害している。

 

「てめぇも……」

トルトゥーガがゆっくりと振り返った。

その瞳は、白と黒が反転したまま───だが、何か別の光を宿していた。失望と、僅かな苛立ち。

「オレは話し相手が欲しいだけなんだがな。なんでてめぇらは、揃いも揃って攻撃してくる」

 

この男は、何を言っている。

ありえない。人間は己に食われるために存在する。それ以外の関係性など───

 

「消えろ」

呪霊の身体が縦に両断される。

呪力が散り、存在が霧散していく。

 

最期に見えたのは、無表情な顔だった。

感情がない。怒りも、喜びも、何もない。

ただ、邪魔者を排除しただけ。

 

───こいつは、化け物だ。

呪霊はそう思いながら、消滅した。

 

トルトゥーガは空を見上げる。

見慣れない空。見慣れない雲。だが、太陽の位置から時刻は推測できる。もう夕暮れが近い。

廃墟を抜け、次の区画へ。この力場の中心には、何かがある。強大な力の源を感じる。

 

それは、鍵か、それとも錠か。

 

足音が、静寂の中に響く。

 

誰も理解しない。誰も共感しない。

 

それでいい。

 

紅丸は、常にそうだった。

 

裏切られ、裏切り、それでも目的のために進み続ける。

 

友との約束のため、悪魔に魂を売り、全てを捧げた男。

 

まだ何も――――終わっていない。

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