ザオサ廻戦   作:騙されたと思って無料分まで読んでくれ

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「五条悟を復活させる」

 

「アンタ…その意味わかって言ってるのか?」

 

日下部が煙草を咥えたまま、呆然と呟いた。火をつけることも忘れている。

 

会議室の空気が、凍りついた。新宿決戦の作戦会議───宿儺を倒すための、最後の策を練る場で、家入硝子はあまりにも重い提案を口にした。

彼女の表情には、迷いがない。ただ、覚悟だけがあった。

 

「分かってる」

硝子は腕を組んだ。

「確認するがな……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、羂索が正門を手放す理由もない」

 

日下部の言葉を待たずとも、全員が理解している。五条悟を封印から解放する手段は、失われた。あの最強の術師を取り戻す方法が、もうない。

 

「だから───」

家入硝子は、会議室の端に立つ男を見た。

「乙骨から報告を受けた。アンタの術式───メスメライズは、五つの骸骨に魂を降ろす。その魂は、ランダムだが……時に、常識を超えた存在を呼び出すこともあると」

 

ダリル・デ・ブアデは黙っていた。

事実だ。

ギギ・マーシンを呼び出したのも、メスメライズの力。大いなる存在を、地上に降ろした。

規格外の力を持つ霊を、この世界に顕現させた。

 

そして、敗れた。

 

「獄門疆は五条を内部に封じているが、存在を失わせたわけではない。そうでなければ、六眼を持つ人間が新たに発生していない説明がつかない」

 

だからイタコなどの降霊が不可能だったわけだが。

言外にはそのような口惜しさも含まれていた。

生きている者の魂は、通常の降霊術では呼び出せない。

 

虎杖が口を開いた。

「でも、それって……五条先生の魂を、無理やり引っ張り出すってことですよね」

「そうだ」

硝子は認めた。

「肉体は依然として獄門疆の中。魂だけを外に呼び出す」

 

「呪力そのものじゃ干渉不可能、それが獄門疆なんじゃ?」

乙骨の疑問は当然のものだ。

 

「だが、試す価値はある。メスメライズは、この世界の術式じゃない。異世界の力だ。獄門疆の封印を、別の角度から突破できるかもしれない」

 

仙台結界における戦闘には興味深い経過が含まれていた。

ダリル・デ・ブアデがメスメライズにより呼び出した幾つかの霊、その組成と詳細は明らかに呪力が伴うものではなかったのだ。

 

この地球上に、見た瞬間ヤバいとわかる巨大猿など存在しない。

その事実に硝子らが気付いたのは乙骨からの報告を受けたずっと後だった。

 

結果から言えば、あの時ダリルは、元いた世界にしかいない存在をメスメライズで呼び出していた。

ならばそれは、つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

硝子は、そう結論付けた。

 

「……だが、肉体のない魂なんて、意味があるのか?」

日下部が煙草に火をつける。

紫煙が、会議室の空気に溶けていく。

 

「五条の無下弦呪術は六眼によるコントロールを前提にしてただろ。その前提が正しいとして、獄門疆の中に肉体が置き去りなら、当然引っ張り出した五条は六眼を持ってない」

 

なら、出てくるのは無下弦呪術も六眼もない目隠しつけたバカの霊じゃないのか?

そう言いきり、フゥーと煙を吐く。灰が、床に落ちた。

 

「ある」

答えたのは、禪院真希だった。

 

「あるぞ、六眼」

「は?」

日下部が眉をひそめた。何を言っているのか、一瞬理解できなかった。煙草を持つ手が、空中で止まる。

 

「禪院家の忌庫を漁ったとき、幾つか呪術師の生体標本があった」

真希の声は、淡々としていた。

「その中に───六眼を持つ者の、眼球標本があった」

 

会議室が、再び静まり返った。

虎杖が息を呑む。

乙骨は目を見開く。

日下部は煙草を持つ手を止めた。

 

「そりゃ……スキャンダルだな」

日下部が、ようやく絞り出した言葉。煙草の灰が、長く伸びていた。

 

「恐らく、数百年前の六眼保持者のものだろう。禪院家が、何らかの研究のために保存していた」

 

御三家とは名ばかり、禪院家と五条家は、長年対立してきた。

その過程で、五条家の術師、六眼を持つ者を殺し、その眼球を奪ったのだろう。

研究のため、あるいは単なる戦利品として。

 

「六眼そのものは同時に存在しないだけで、単なる特異体質でしかない。だったら過去のものでも機能する……」

 

「理屈上はそうだろうな、希望的観測そのもんだが」

日下部が煙草を灰皿に押し付けた。火が消える。

 

五条悟の魂を呼び出し、その魂の器に六眼を与える。肉体は───

 

「私の反転術式で、作る」

硝子は自分の胸を指した。

 

「五条の肉体の一部、髪の毛一本でもいい。それを元に、反転術式で呪骸を構成する。完璧ではないが、戦えるだけの肉体は作れる」

 

虎杖は、硝子の表情を見た。彼女の目には、決意がある。だが、同時に、疲労も滲んでいる。

五条を失ってから、彼女はずっと方法を探し続けていた。

 

「無下限呪術は?」

乙骨が尋ねた。

「術式は肉体に刻まれる。新しい肉体には、五条先生の術式は───」

 

「ある」

硝子が遮った。

「無下弦術式は、五条家の生得術式そのもの。六眼と無下限呪術は、表裏一体。たとえ反転術式で形作った肉体が不完全であっても、六眼があれば魂が無下限呪術を再現できる」

 

それも、仮説だった。だが、他に方法はない。宿儺という災厄を前に、五条悟という最強の戦力が必要だった。どれほど危険でも、どれほど不確実でも───賭けるしかない。

 

日下部は、ダリルを見た。

「アンタの術式、どこまで制御できる?」

 

「制御、か」

ダリルは初めて口を開いた。

「できない。メスメライズは、厳密には呼び出す霊を選べない」

 

「じゃあ───」

「だが」

ダリルは続けた。

 

「意図を込めることはできるだろう。五条悟という存在を意識し、強く呼び掛けながらメスメライズを発動すれば───指向性を持たせることは出きるはずだ」

 

ダリルはそこで一度口を噤む。

記憶を辿るような、遠い目。

マウンテンシティの屋敷で、父から術を学んだ日々。

メスメライズの本質を、叩き込まれた日々。

 

「メスメライズをこのような目的で使用するのは初めてだが......」

 

ブアデ家に伝わるメスメライズとは、他者の使役する霊を奪取し支配下に置くことを目的とした術である。

だが、ダリルはトルトゥーガの素性を調べ上げ…そしてより強大な霊を呼び寄せる方向へ舵を切った。ギギ・マーシンを呼び出すために。復讐のために。

 

ならば、これは本来の使用法に近い。特定の霊を、意図を持って呼び出す。

 

「生きている人間の魂を、肉体を生かしたまま外に引っ張り出す、そういった用法は記憶にない、おそらく父も経験した事はないだろうが……、可能ではある、はずだ」

 

ダリルの言葉に、全員が顔を見合わせた。

可能、ではある。だが、保証はない。失敗すれば───

 

「……一番の問題は、私が五条悟という人物を殆ど知らないということだ」

 

ダリルは顎に手を当てた。

メスメライズは、術者の意図を反映する。

だが、その意図は明確でなければならない。

呼び出す霊の本質を、理解していなければならない。

 

いわば、砂漠の中から1粒の砂金を探すようなものだ。

そして今、その探し手は砂金を見たことがない。

 

ダリルの言葉に、会議室が再び静まった。

 

そうだ。ダリルは、五条悟に会ったことがない。

この世界に来てから、五条は既に封印されていた。

資料で顔を見たことはあるが、それだけだ。

 

「メスメライズは、術者の意識に強く影響される。私が五条悟という存在を明確にイメージできなければ───別の霊が降りてくる可能性が高い」

 

「なら───」

虎杖が立ち上がった。

「俺たちが教えます。五条先生のこと」

 

乙骨も頷いた。

「僕も。五条先生には、色々と教わりました」

 

パンダが手を上げた。

「俺もだね」

真希は腕を組んだまま、だが───頷いた。

 

日下部は新しい煙草を咥えた。

「......俺も、少しは知ってる」

 

硝子は、小さく笑った。

「私が一番知ってるけどね」

会議室の空気が、わずかに和らいだ。絶望的な状況の中で、わずかな希望が灯る。

五条悟という男を、皆が思い出す。あの傲慢で、強くて、どこか寂しげだった男を。

 

虎杖が椅子を引いた。

「五条先生は、すげぇ人でした」

「最強だったな」

 

乙骨が続けた。

「でも、それだけじゃない。生徒想いで───」

「うるさくて」

真希が付け加えた。

 

「調子に乗ってて」

パンダが笑った。

「でも、格好良かった」

 

日下部は煙草の煙を吐いた。

「......面倒な奴だったがな」

 

硝子は、遠くを見るような目で言った。

「昔から、変わらない奴だった」

 

ダリルは、黙って聞いていた。

彼らが語る五条悟という人物像。

最強の術師。生徒たちの師。

仲間たちの友。そして───友人を守ろうとした男。

 

「……時期はどうする、羂索は領域を閉じずに展開できる程度には結界術に精通している。奴がむざむざ手元の門から五条の魂が抜け出るのを見逃すとも思えん、やれば確実に気づかれるぞ」

 

腸相の指摘は的確だった。羂索は獄門疆を所持している。五条の魂が動けば、たとえそれが封印の内側であろうとも…必ず感知するだろう。

千年を生きた術師の感覚は、常人の想像を遥かに超えている。

 

「待て、閉じない領域?おいそりゃ初耳だぞ…」

「言ってなかったか」

「聞いていない」

「難しいものなのか」

「至難の技だ」

 

「領域ってのは、基本的に閉じた空間に術式を刻む。だが、閉じずに展開するってことは……結界の内と外の境界を曖昧にしたまま、術式を維持するってことだ。普通の術師じゃ、不可能に近い」

 

腸相は肩をすくめた。呪霊としての直感と、人間としての知識の間に、まだ齟齬がある。

生まれてからの時間が短すぎる。この世界の常識を、まだ完全には理解できていない。

 

「すまない、てっきり熟練した術師ならば、そういった芸当は可能なのかと……」

 

真希が腕を組んだ。表情は、いつも通り冷静だったが、その目には警戒の色が浮かんでいる。

「羂索は千年生きてる化け物だ。結界術の知識も、桁違いだろう」

 

「つまり、メスメライズを発動した瞬間、羂索に察知される」

「ああ」

日下部は煙草を灰皿に押し付けた。

 

「そして、妨害される。最悪の場合、中身ごと獄門疆ごと破壊されるかもしれねぇ」

会議室が、再び重い空気に包まれた。希望が見えたと思った矢先、新たな壁が立ちはだかる。

 

「なら───」

虎杖が拳を握り締めた。

 

「羂索を、先に倒せばいい」

「無理だ」

日下部が即答した。

 

「羂索の居場所も分からねぇ。分かったところで、獄門疆の解放なんてお題目に気づかれずに奴を倒しつつ宿儺をやり過ごすなんてのはさすがに無理な想定だ」

 

「じゃあ、どうするんですか」

虎杖の声に、焦りが滲む。

分かっている。分かっているが、他に方法が───

 

硝子が口を開いた。

「羂索の注意を、別の場所に向ければいい」

 

「別の場所?」

「宿儺だ」

硝子は地図を広げた。

新宿の地図。そこに、赤い印がついている。

死と破壊の中心点。

 

「宿儺は今、新宿にいる。伏黒恵の肉体を乗っ取り、何故かは分からないが、虎杖、お前を待っている」

虎杖は唇を噛んだ。伏黒を取り戻さなければ。

 

「羂索の目的が何にしろ、死滅回遊に於いて最もスコアを稼ぎ、もっとも呪いを集めているのは宿儺だ。もし、宿儺が本気で戦い始めたら、羂索もそちらに注意を向けざるを得ない」

硝子の指が、地図の上を滑る。新宿から離れた場所に、もう一つの印。そこが、メスメライズの発動地点になるだろう。

 

「つまり」

乙骨が理解した。

 

「宿儺との戦闘を開始し、羂索の注意を引きつける。その間に、別の場所でメスメライズを発動する」

「そういうことだ」

 

「だが、問題がある。宿儺との戦闘を五条なしで……」

「持ちこたえる必要がある」

真希が遮った。

 

「どれだけ時間がかかる?メスメライズの発動から、五条の復活まで」

 

ダリルは考え込んだ。メスメライズの発動自体は、数分。だが、五条の魂を呼び出し、肉体を構成し、六眼を移植し───

 

「最低でも、三十分」

硝子が答えた。

「反転術式で肉体を作るのに、それくらいかかる。完璧ではないが、戦えるだけの肉体は作れる」

 

「三十分……」

日下部は新しい煙草に火をつけた。

「宿儺相手に、三十分持ちこたえる。五条なしで」

 

誰も、何も答えられなかった。

三十分───それは、永遠にも等しい時間だ。

宿儺の圧倒的な力を前に、どれだけ持つか。

 

「……本末転倒になってねぇか。宿儺を倒す戦力を復活させるために、宿儺との戦を開始するなんてのは」

日下部の指摘は、的確だった。五条を復活させるために宿儺と戦う。だが、五条なしで宿儺に勝てるのか。矛盾しているように見える。

 

「選択肢がない」

硝子の声は、冷徹だった。

 

「五条なしで宿儺に挑めば、全滅する。だが、五条を復活させられれば、勝機がある。なら、賭けるしかない」

虎杖は拳を握り締めた。三十分。その間、自分たちが宿儺を引きつける。死ぬかもしれない。いや、おそらく死ぬだろう。だが───

 

会議室に、重い沈黙が落ちた。

煙草の煙だけが、ゆっくりと天井に向かって昇っていく。

全員が、自分の死を想像していた。宿儺の一撃で、肉体が砕かれる瞬間を。

 

その時である。

ドアを開け放ち、侵入したのは冥々だ。

彼女の表情は、いつもの余裕を欠いていた。

 

「諸君、あまり笑えない事態になっている」

「何があった」

「トルトゥーガが新宿に向かってる。目撃情報が複数入った」

 

会議室の空気が、再び凍りついた。

トルトゥーガ───虎杖に酷似した容姿を持つ、異世界からの闖入者。特級以上の戦闘力を持ち、目的も不明。そして今、新宿に向かっている。

 

「まずいな」

日下部が煙草を消した。

「宿儺との決戦に、あいつまで絡んでくる」

 

「とにかく」

硝子が立ち上がった。彼女の声が、会議室の空気を切り裂く。

「時間がない。五条の復活を試みる。同時に、新宿での決戦準備を進める」

 

「硝子さん」

虎杖が声をかけた。

「五条先生を───よろしくお願いします」

硝子は、わずかに笑った。

 

「任せな。あいつは、私の親友だ」

 

硝子の声が、会議を締めくくった。

 

「決行は、3日後。新宿で全てを終わらせる」

全員が頷いた。

それぞれの覚悟を胸に。それぞれの想いを抱えて。

会議室の扉が開く。全員が、それぞれの準備に向かって散っていく。

 

虎杖は、廊下を歩きながら拳を見つめた。

血が滲んだ掌。その痛みが、彼を現実に繋ぎ止める。

 

「大丈夫?」

「───大丈夫じゃない」

虎杖は正直に答えた。

 

「五条先生を復活させる。トルトゥーガが新宿に来る。宿儺との決戦。全部が、一度に来てる」

「そうだね」

乙骨は頷いた。

「でも、俺たちにできることは───戦うことだけだ」

虎杖は、乙骨を見た。その目には、覚悟があった。

 

「乙骨先輩」

「どうしたの?」

「トルトゥーガのこと、どう思いますか」

乙骨は、少し考えてから答えた。

 

「敵だ。でも───」

彼は言葉を選んだ。

「ダリルさんと話している時、感じたんだ。その人も、何かを背負ってる。誰かのために、必死に生きてる」

 

「俺も、そう思う」

虎杖は頷いた。

「あいつ、俺に似てるんだ。顔だけじゃなくて───何か、本質的なところで」

 

二人は、しばらく黙って歩いた。

廊下の窓から、夕日が差し込んでいる。

やがて、窓の外に新宿の街が僅かに見える。そこが、決戦の場になる。

 

「行こう」

乙骨が言った。

「みんなが待ってる」

 

 

ダリルだけが、会議室に残った。

 

全てが決まる。

 

五条悟の復活。

宿儺との決戦。

そして───

 

トルトゥーガとの、再会。

 

自分の手を見る。メスメライズを発動する、この手。

 

ロゼールの仇を討てなかった、この手。

 

「五条悟、か」

呟きは、誰にも届かない。

最強の術師。だが、勝てなかった男。

 

「───強さだけでは、足りないのか」

ダリルは拳を握り締めた。

トルトゥーガも、強かった。

だが、それ以上に、執念があった。

ガキを復活させるという、揺るがない意志。

 

「オレには」

ロゼールの顔が、浮かんだ。

「まだ、やることがある」

 

ダリルは立ち上がった。

新宿で。全てが、決まる。

 

五条悟の復活。宿儺との決戦。

そして───トルトゥーガとの、決着。

 

ダリルは、会議室を出た。

廊下には、誰もいない。

静寂だけが、彼を包んでいた。

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