疾風走破と黄金姫   作:火屋

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第二章 自生する花々
第一話 診療所の朝


 

朝の光がよく差し込む、城内の一角。

兵舎と侍女部屋のあいだに用意された、簡素な診療所には今日も薄い薬草の香りが漂っている。

 

その中央で、修道女の装いのクレア――クレマンティーヌは、腕を組んで立っていた。

珍しくその日は患者も少なく、手持無沙汰な時間が生まれていたのだった。

 

 

「時間ができたからにはやらないとよね……」

 

 

机の上にあるのは、問診票と――薄い冊子。

その冊子には、

 

『ものの数え方』

 

と丸っこい文字で書かれている。

どこか見覚えのある金髪のお嬢様と白い子犬の絵、

端の方には、猫目で口元に意地の悪そうな笑みを浮かべた女の子まで描かれていた。

 

どう見ても自分である。

 

この冊子は、ラナーが「算学小屋」と称して教会の横に作らせた教室で配っている教科書とのことで、

読み書きと、()()()数の扱いを教えるためのものらしい。

ちなみに文字と挿絵はルミィの担当らしく、一言文句を言いたくなる。

 

自分に似た女の子が出てくる、それだけならクレアにはあまり関係がなかったのだが――

 

 

「やさしい治癒師のクレア様は、算学小屋にも顔を出してくださいますよね?」

 

 

と、満面の笑みで渡された以上、無視するわけにもいかない。

 

 

(だんだんガキたちにも懐かれてるのよね……)

 

 

最近、教会のガキどもの初恋ランキング不動の一位であったルミィを猛追している治癒師がいるらしい。

 

仕方なくぱらぱらとめくると、少女趣味なゆるい挿絵の雰囲気からは想像できないくらい、

中身はきっちりしていた。

 

最初は、王女と子犬がパンを分ける可愛らしい、ごく優しい話から始まり、

手持ちのお金でくだものが何個買えるかを求める話など、

幼い子が初歩的な算術を覚えるのにちょうど良さそうな内容が並んでいる。

 

しかし読み進めると、子犬からお金をだまし取ろうとする猫目の女の子の話など、

徐々に内容は難しくなっていき、最終的には貸し借りと利子の話や、

簡単な日当の計算例まで載っている。

 

子供だけでなく親にも役立つ内容を書き、あわよくば親子で勉強してもらおうという考えなのかもしれない。

 

おまけに、物語仕立てで絵もついており、文字も同時に学べるようになっている。

 

そして、この冊子には繰り返し出てくるフレーズがある。

 

――気になるときは、数えてみると良いですわ。

 

"おうじょさま"が得意げに子犬にこう言うのだ。

 

 

(……腹立つわね)

 

 

思わず本をとじて、天井を仰ぐ。

 

治療師のつぎは"せんせい"をやらせるつもりらしい。

 

クレアが自分なんかが教師役をやることを想像し悶えていると、

扉の向こうから控えめなノックと声がした。

 

この音はおそらくルミィだろう。

 

 

「どうぞー、入っていいわよ」

 

 

湯気の立つ茶と小さな皿に焼き菓子を二つ乗せ、ルミィが部屋に入ってきた。

 

 

「お茶をお持ちしました。……あ、それ、読んでくださってたんですね」

 

 

ルミィの視線の先には、机の上の教科書がある。

 

 

「殿下のご本、いかがでしたか?」

 

「子ども向けの顔して、最後にはいっぱしの商人が扱うような算術まで入ってるのはラナーらしいわね」

 

「ふふ。……でも、分かると便利ですよ。お給金の計算とか。

 それに、ラナー様みたいな子供がこの本を読んだらとっても喜ぶと思います!」

 

 

ルミィはそう言って笑った。

「クライム様に教えた経験で作ってるんですよ~」と聞いてもないのに楽しげに話す。

 

実際、診療所の問診票にしても、ラナーの書く帳簿にしても、

私の周りでは数字で管理されているものは多い。

クレアもそういった物を扱わなければならないので、他人事ではない。

 

 

「挿絵もとっても可愛いと思いませんか?

 猫目の女の子がおうじょさまに褒められてツンと顔を背けるこのページは特にお気に入りです」

 

「自画自賛するんじゃないわよ」

 

「殿下のご本に私が協力できるなんて思ってなかったので嬉しくて……」

 

 

そう言って勝手に照れ始める侍女。

クレアはため息をつき、椅子に腰を下ろした。

 

 

「で、今日はどういう用件?」

 

「はい。……殿下から急ぎのお言葉をお伝えに参りました」

 

 

ルミィの表情が、わずかに引き締まる。

 

 

「第一王子バルブロ殿下が、診療所の視察をご希望とのことです。

 本日中に、と」

 

「……は?」

 

 

意味が分からなかった。

 

王国の第一王子バルブロ。貴族派閥と癒着し利権を広げることに熱心との噂の無能王子。

 

 

「診療所の視察? なんでまた」

 

「最近、城内ではこの診療所が話題になっているようです。

 “城に凄腕の治癒師がいて、どんな怪我もすぐ治してくれる”とか、

 “聖女のような美しい治癒師が癒してくれる”とか」

 

 

ルミィは淡々と状況を説明する。

 

 

「要するに、噂になってるから、自分も味見してやろうってわけね」

 

「はい。そういったところかと」

 

 

クレアはこめかみを押さえた。

 

 

「ラナーはなんて?」

 

「『好きにさせていいですよ』とのことです」

 

 

ラナー語でこれは「泳がせて弱みを掴んどいてください」を意味するのだろう。

可愛い治癒師が好きにされて本当に良いと思っているのだろうか?と問い正したい。

 

クレアは、机に置いた教科書の表紙のおうじょさまを指で弾いた。

 

 

(ま、でも、いい機会かもしれないわね)

 

 

バルブロの情報は知っているが、自身の目では確かめられていなかった。

あのラナーの兄なのだ。見ておく価値があるだろう。

 

クレアは立ち上がり、修道女の装いを整え、

ルミィは慣れた手つきでベッド周りを片付け始めた。

 

この国の王家は不甲斐ない状態が続いている。

 

国王は体面と古い慣習から抜け出せておらず、改革には消極的。

年老いてからは戦場に出ることもなくなり、覇気もなく、貴族派閥からの圧力に押され気味である。

 

バルブロ王子は言わずもがなだが、ザナック王子もあまりいい噂を聞かない。

ラナーによれば、ザナック王子は愚かな振りをしつつ、水面下ではレエブン候と繋がり、

最悪の事態を回避するために動いておられるとのことだが。

 

王族派の貴族は基本的に保守的なものが多く、王家がこの調子なので立場は弱いようだ。

 

一方、貴族の利権を第一とする貴族派はバルブロという神輿を担ぎ、

日ごとに増長していっているとのことだ。

 

貴族派の中には、帝国や法国に情報を売っている者さえ居るという。

 

こういった貴族たちを見つけ出し、来訪者が現れたときに、

どういった動きをするか予想できるようにしておかなければならない。

 

ラナーは自身は矢面に立たずに貴族たちを掌握していこうとしているらしい。

じわりじわりと内部から、第三王女の影響力を大きくしていくのだろう。

 

クレアは、自分の胸に下げている小さな紋章に触れた。

もう信じていない神に、何かを祈るつもりはない。

 

ただ、不安を感じたときに紋章を触れ、祈りをささげるのは幼い時からの習慣であり、

そういった癖はすぐには抜けてくれない。

 

そして、六大神の紋章に触れると自身の兄のことを思い出してしまう。

六大神の熱狂的な信徒で一番身近なところにいた私の神様。

こういった認識の方も癖と同じようにすぐには抜けてくれないのだ。

 

しかし、今は、私に心地よい期待をかけてくれた、あの第三王女の望みを叶えるのが自分の願いである。

 

思考を手放し、ルミィに同意の旨を伝える。

 

 

「仕方ないわね。ラナーの兄がどんなもんだか確かめてやろうじゃない」

 

「では、ラナー様に伝えて参ります」

 

 

侍女が部屋を後にすると、診療所には再び薬草の匂いと静けさだけが残った。

 

クレアは椅子に腰を下ろし、机の上の教科書を再び開く。

 

さっき途中で投げ出したページの続きから、

一文が目に飛び込んでくる。

 

――気になるときは、数えてみると良いですわ。

 

 

(……そうね)

 

 

クレアは、窓の外に目をやった。

兵士たちの行き来。侍女たちの足音。遠くから聞こえる訓練の掛け声。

 

王家。

貴族。

兵士。

冒険者。

そして民衆。

 

ひとつひとつ数えていけば、少しずつこの先が見えていくのかもしれない。

 

そんなことを思いながら、彼女はラナーの教科書をめくり始めるのだった。

 




第二章スタートです。
この章もできるだけ毎日更新できるように頑張ります。

※改行についてのアンケートにご協力ありがとうございました。
現状のままで良い方が多かったので、現状維持いたします。
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