疾風走破と黄金姫   作:火屋

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貴族派閥の第一王子派で有能な貴族(オリキャラ)が出てきます。


第二話 偽物の兄

 

診療所でクレア――クレマンティーヌは所在なさげにしていた。

 

 

(……本当に来るのかしら)

 

 

唐突に、第一王子のバルブロ殿下から、

「診療所の視察をぜひ行いたい」という申し出があったというのだ。

 

さきほどから、ルミィも妙に落ち着かない。

 

布を整え、桶の水を替え、棚の上の薬瓶の位置まで綺麗に揃えている。

 

 

「ルミィ、そこまでやらなくてもいいわよ」

 

「分かっておりますが……バルブロ殿下がいらっしゃるなど、聞いたこともなくて……」

 

「まあ、普段から殿下がこんなところまで視察するなら、

 王国はもう少しマシな状態でしょうね」

 

「クレア様。絶対にそういうことを言わないでくださいね?」

 

「あらあら、ごめんあそばせ」

 

 

クレアは軽く笑い、作りものの微笑を整え直す。

 

診療所。

――それはラナーの管理する領分であり、クレアの仮の居場所だ。

そこに、王国の第一王子が視察に来るという。

 

 

(……ラナーの兄。王国の無能王子)

 

 

情報としては知っている。

 

貴族派と癒着し、利権を漁る王国の癌。

ラナーやザナックとは別の意味で、王国という国の形を決める存在だ。

 

クレアは少しだけ身構えていた。

 

 

(とはいえ、ラナーの兄な訳だから、噂通りの単純な人間ではない可能性もあるわよね)

 

 

などと考え、余計な情報を渡さないようにせねばと気を引き締める。

 

ルミィが診療所の中を往復すること数度、扉の向こうが急に騒がしくなった。

 

何人かの靴音。騒がしい話声。

 

 

「来たみたいだね~」

 

「はい。――クレア様!表情を“治癒師”に!」

 

「すぅー、……分かっておりますわ」

 

 

クレアは深く息を吸い、ゆっくり吐き出す。

 

昔の祈りの形をほんの少しだけ借りて、仮面を固定する。

 

柔らかな笑み。柔らかな声音。柔らかな手つき。

殺す方が得意な自分が、治す役を演じる姿。

 

 

扉が勢いよく開いた。

 

 

「――ここか」

 

 

低く、だがどこか知性を感じさせない間の抜けた声が響く。

 

厚手の衣服に宝石をじゃらつかせた、金の髪と髭を四角く整えた男が先頭に立っていた。

その後ろには数人の貴族と衛兵が控えている。

 

バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ。

 

ラナーの兄にして、王国貴族派の象徴。

 

 

(……弱いわね)

 

 

クレアの第一印象は、それだった。

指揮官としては王国髄一と言われる貴族派閥のトップであるボウロロープ候の娘を娶り、

剣の腕前は王族一であるとの評判のはずである。

 

しかしながら、自分の兄――漆黒法典 第五席次の鋭さを思い出してから見れば、あまりにも緩い。

 

 

「お初にお目にかかります、殿下」

 

 

ルミィが素早く前へ出て、裾をつまみ頭を下げた。

 

 

「第三王女殿下付きの侍女、ルミィにございます。本日は、診療所へのご視察とのことで――」

 

「うむ。まあよい」

 

 

バルブロは気のない返事をすると、ルミィをほとんど見もしないまま、クレアの方へと視線を向けた。

 

じろじろ、と。

 

上から下まで、遠慮のない視線を這わせる。

クレアは内心で肩をすくめつつ、顔には笑みだけを浮かべる。

 

「はじめまして、殿下。城内診療所を担当しております、クレアと申します。

 地方教会の出身で、第三王女殿下のご厚意により、こちらに居を構えさせていただいておりますわ」

 

「ほう……」

 

 

バルブロの口元がだらしなく緩んだ。

 

 

「噂は聞いているぞ。城で腕の立つ治癒師がいると。

 それが――そなたか」

 

「わたくしの腕など、まだまだ未熟でございますわ。

 ですが、殿下や兵の皆さまのお役に立てるよう、日々精進しております」

 

「ふん」

 

 

バルブロは一歩、二歩と近づき、クレアの修道服を眺めるように視線を滑らせた。

 

首元まできっちり留められた襟元。長い袖。足元まで覆う布。

 

見える肌は、手首と顔だけ。

 

 

「地味な服だな」

 

「信仰にございますので」

 

「――だが、悪くない」

 

にやり、と唇が歪んだ。

 

 

「隠れている分、想像の余地がある。

 男というものは、そういうのに弱いのだぞ、クレア殿」

 

「まあ。殿下はたいへんお詳しいのですね」

 

 

クレアは、口元の笑みをわずかに深くした。

不快感を見せないように堪える。

 

 

(本当に、分かりやすいわね)

 

 

このタイプは、法国にも稀にいた。

 

権力と金と女を手に入れて、そこで成長が止まった連中。

 

そのうち、さらに大きな何かの恨みを買い、殺されることもよくある。

もっとも王国にはこの男の上にはただ一人しか居ないのだが。

嘆かわしいことだ。

 

 

「殿下。本日は、兵の皆さまの診療のご様子を――」

 

 

ルミィが恐る恐る口を挟もうとしたところで、バルブロが手を振った。

 

 

「分かっている、分かっている。

 兵の士気を高めるためにも、こういう場所を見ておくのは、王子たる者の務めだからな」

 

 

言葉だけ聞けば、立派なものだ。

しかし、その目はクレアの胸元から離れていない。

 

内心でため息をつきつつ、改めて一礼した。

 

 

「でしたら、丁度よろしい患者がおりますわ」

 

 

ベッドの一つに座っている若い兵士へと、クレアは視線を送った。

 

昼の訓練中、派手に膝を痛めた兵だ。

包帯の上からでも、赤黒い滲みが見える。

 

 

「先ほど、訓練中の模擬戦で怪我をなさったのです」

 

「……殿下、失礼いたします!」

 

 

若い兵士が慌てて立ち上がろうとして、痛みに顔を歪めた。

 

それを制して、クレアが言う。

 

 

「無理をなさっては、傷に障りますわよ。

 殿下の前だからこそ、きちんと座っていてくださいな」

 

「は、はい……」

 

 

クレアは兵士の前に膝を折り、包帯にそっと手を当てた。

 

指先に意識を集める。

 

呼吸を整え、心のどこかをごく一部だけ、昔の祈りの形に重ねる。

 

 

中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)

 

 

淡い光が、クレアの指先からじんわりと広がった。

兵士の震えた息が、少しずつ落ち着いていく。

 

クレアは診療所での度重なる使用により、信仰魔法をより使いこなせるようになっている。

訓練で発生するような傷ならば、すぐに片付くようになって来ていた。

これもラナーに言わせれば、自然ではない"おそろしい"力なのだろう。

 

 

「どうですか?」

 

「……痛みが、ほとんど……。す、すごいです、クレア様!」

 

「大げさですわ。殿下の前で怪我の跡を見せるわけにはいきませんでしょう?」

 

 

そう言ってクレアが笑うと、兵士は真っ赤になって慌てて頭を下げた。

 

バルブロがその様子を眺め、ふんと鼻を鳴らす。

 

 

「たしかに、腕は悪くないようだな」

 

「恐れ入ります、殿下」

 

「気に入った。――どうだクレア」

 

 

突然、声の調子が変わった。

 

クレアが顔を上げると、バルブロはにやついた顔のまま、ぐっと身を乗り出していた。

 

 

「そなた、第三王女付きというのは仮の話だろう?

 あの気味の悪い女の遊びは、いつまで続くか分からん。

 ならば――私の下で働く気はないか?」

 

「……殿下の元でですか?」

 

 

ルミィが小さく息を呑んだ。

 

衛兵たちの何人かが、困ったような顔をしながらも、口を挟めずに視線を泳がせている。

 

 

「兵の多くはここで世話になっていると聞く。

 軍部の勝手知ったるこの私の下へと入るのが筋であろう?」

 

 

バルブロは、いかにも「良いことを思いついた」と言わんばかりの顔をしていた。

 

 

「父上も、認めてくださるはずだ。

 なに、そなたを蔑ろにするつもりはない。

 待遇は今よりも良くしてやる。住まいも、付き人も増やして――」

 

「――殿下」

 

 

クレアは、静かに言葉を挟んだ。

表情は崩さない。声の調子も、柔らかいまま。

 

 

「身に余るお言葉、光栄に存じますわ」

 

「なら――」

 

「ですが」

 

 

そこで、ほんの少しだけ笑みを深くする。

 

 

「私は、ラナー殿下のお計らいにより、この診療所を預かっております。

 私に自身の進退を決める力はありません」

 

「もちろん、バルブロ殿下が王国のために尽くしておられることも、承知しております。

 兵の慰問も、こうしてお越しくださったことも。

 ――ですから、私はここで、どちらの殿下の兵も治すことをお許しください」

 

 

クレアはわざと、「バルブロ殿下」と「ラナー殿下」を同じ音の高さで発音した。

 

本来、上の立場である第一王子を第三王女と同じ高さに置く行為である。

それは、自分の居場所がラナーの下であり、動くつもりはないことを暗に告げている。

 

 

(さて。これでどう噛みつくのかしら)

 

 

バルブロの顔に、一瞬だけ不快そうな色が浮かんだ。

自分の提案を断られた、と理解する程度の頭はあるらしい。

 

だが、その不快感はすぐに、妙な笑いに上書きされた。

 

 

「ふん。生意気な修道女だな」

 

「申し訳ありませんわ」

 

「だが――嫌いではない」

 

 

バルブロは、喉の奥で笑った。

 

 

「強情な女ほど、手に入れがいがあるというものだ。

 まあいい。今は父上の顔もある。 だが覚えておけ、クレア」

 

 

ぐっと肩を引き寄せて、耳元にささやく。

 

 

「王になるのは、第三王女ではない。

 この第一王子と決まっているのだ。

 国の形も、人の命も、そのとき決めるのは俺だぞ」

 

「――たいへん、心強いお言葉ですわ」

 

 

クレアは、微笑みを崩さない。

心の中だけで、静かに息を吐いた。

 

 

(……そう)

 

(本当にくだらない男なのね……)

 

 

自身の兄を思い出す。

 

漆黒聖典第五席として人を率い、神の御心に近づくために、すべてを捧げる男。

 

自分と同じ血を引きながら、まったく別の歪み方をした、あの男。

 

 

(絶対に殺してやるとは思っているけど)

 

 

あの男には凡百の人間にはない圧倒的な才覚と意志の力があった。

 

 

(それに比べてこの男は、生まれたときから座っている椅子の上で満足している)

 

 

視線の向く先と積み上げてきたもの圧倒的な差。

 

 

「――さて、殿下」

 

 

クレアは、わざと一歩だけ下がり、スカートの裾を持ち上げて礼をした。

 

 

「本日は、お忙しい中お越しいただきありがとうございます。

 次は兵舎の視察でしたか? 兵たちも、殿下のお姿を見れば、きっと励みになりますわ」

 

「ふん。まあ、そうだろうな」

 

 

バルブロは満足げに鼻を鳴らした。

 

 

「そのうち、また様子を見に来てやる。

 そのときには――もう少し素直になっているといいな、クレア」

 

「善処いたします」

 

 

 

バルブロ一行が診療所を出て行き、足音が遠ざかっていく。

 

扉が閉まった瞬間、ルミィが長い息を吐いた。

 

 

「……疲れました」

 

「同感」

 

 

クレアも、ようやく笑みを解いて肩を回した。

 

 

「殿下は、想像していたよりも“分かりやすい方”だったわね」

 

「ですわね」

 

 

ルミィは苦笑を浮かべる。

 

 

「ラナーの兄だから噂通りの男ではないと思ってたんだけどね……

 噂以上に無能かもしれないわね……」

 

 

クレアは、革手袋の中で指を握りしめた。

ほんの少し、革がきしんで返ってくる。

 

兄というものへの無条件な畏怖と期待があった。

だが、実際に目にしたのものは、

権力の椅子に座っているから偉いと勘違いしている男。

 

 

「第一王子派は基本的にろくでもないけど、一人だけ、

 少しだけマシそうなやつが気になるわ」

 

「……レーヴァルド子爵のことでしょうか」

 

「ええ。アイツだけは、視線の向かいづらい立ち位置に潜んで、

 ラナーの品定めをしている」

 

 

クレアは、窓の外――薄く曇った空を見上げた。

日も傾き外では鐘が静かに鳴り始めていた。

 

王国という盤面の形が、少しずつ、誰にも気づかれないまま変わり始めている。

 

 

 

(あーーできることならあのバカ王子を嚙み殺す仕事くれないかなあ)

 

 

彼女は肩に食い込んだ指の感触を思い出し、そう思うのだった。

 

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