疾風走破と黄金姫   作:火屋

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第六話 手を離れ集う声

 

謁見の間は、いつもより少しだけ窮屈だった。

 

並べられた席の数は普段より明らかに多く、空気も重い。

長椅子に座る武官たち。壁際に控える文官。

そのさらに後ろに、身なりの質素な男女が小さく身を縮めて立っている。

 

民の代表、と言って呼び出された者たちだ。

 

玉座の上には、ランポッサ三世。

その横手には第一王子バルブロに第二王子ザナック。

少し離れた席に、第三王女ラナー。

 

その手前に、戦士長ガゼフと、蒼の薔薇のラキュース。

 

 

「……本日は、王都に渦巻く声を聞くための場である」

 

 

ランポッサの低い声が、王の間に落ちた。

 

 

「王国を支える戦士長と冒険者のたっての希望によりこの場は実現した」

 

「ここは誰が正しいと決めつける場ではない。まずは、話を聞こう」

 

 

そう前置きしてから、王は視線を巡らせる。

民と、貴族と、王族と、武官。

 

木の床に響く衣擦れの音と、固唾を呑む気配。

 

 

ラナーは、膝の上でそっと指を組んだ。

 

本来なら、まず自分が陛下の元に行き、状況を整理してから場を作るつもりだった。

 

けれど現実には、ガゼフとラキュースがそれぞれの立場から動き、

「王が民の声を聞く場」が先に実現してしまった。

 

ラナーに来たのは、「教会や算学小屋で集めている資料があると聞いた。用意しておきなさい」という父からの一言だけ。

 

 

(順番が、入れ替わってしまいました)

 

 

予想より早い舞台。

けれど、ここまで来たならやることは変わらない。

 

ラナーは、膝の横に置いた薄い木箱に指先を触れた。

中には、あらかじめ選び抜いた紙束が収められている。

 

 

「では」

 

 

ランポッサが、側近の文官に目配せした。

 

 

「ガゼフ・ストロノーフ。お前の言っていた“声”とやら、まずは、それを聞かせてみよ」

 

「はっ」

 

 

戦士長は一歩前に出て、片膝をついた。

 

 

「陛下。私はこの数ヶ月、兵や民の訴えの中から、いくつもの重なるものを見て参りました」

 

「重なるもの、か」

 

「はい。国が定めた税と組合によって取り決められた賃金を観察すると、

実際に民が受け取るものとの間にズレがある。

これは、領主や元締めによる、取り分の誤魔化しだと思われます」

 

 

ランポッサが小さく眉をひそめる。

バルブロは、あからさまにうんざりしたようにため息をついた。

 

 

「ガゼフ。民が国に不満を言うのは今に始まったことではないだろう」

 

「不満そのものではなく、その“形”の話にございます、殿下」

 

 

ガゼフは視線を上げることなく答えた。

 

 

「最近の訴えは、単なる不満ではなく、具体的な内容が伴っております」

 

「具合的な内容?」

 

 

ランポッサの声に、王の間の何人かがざわめいた。

 

ラナーは、心の中で小さく息を吸う。

 

ガゼフは、玉座の前からひとりの男を振り返った。

 

 

「ハインツ」

 

「は、はい!」

 

 

びくりと肩を震わせながら、若い兵士が前に進み出る。

鎧は着ているが、その姿はどこか頼りなく見えた。

 

 

「お前が持っている紙を、陛下の前で読め」

 

「そ、それは……」

 

「お前が訓練の最中まで気にしていた“迷い”の正体だろう」

 

 

ガゼフは静かに告げた。

 

 

「ならば、ここで吐き出してしまえ」

 

 

ハインツは、一瞬だけラナーの方を見た。

彼女が小さく頷くと、覚悟を決めたように紙を取り出し、震える手で広げた。

 

 

「しょ、正直に申し上げます!」

 

 

声は上ずっているが、王の間に響いた。

 

 

「お、親父は、荷運びの仕事をしております!

 日当は銅貨十枚。宿と飯で四枚引かれて、六枚が残るはずだと……そう言っていました!」

 

 

ランポッサが目を細める。

バルブロは興味なさそうに爪を眺めている。

 

部屋のあちこちから、貴族たちの嘲笑が聞こえた。

「いちいち王の前で言うことか」という空気だ。

 

ハインツは、震える声で続けた。

 

 

「ですが、実際に手元に来るのは三枚か四枚です!

 算学小屋で数を習ってから、家の帳面……いえ、帳面がなかったので、ちゃんと数を紙に書いてみました!」

 

 

紙を握る手に、汗が滲んでいる。

 

 

「宿と飯で四枚。それはわかります。ですが、支払いのときに渡される紙には、

 “管理代”や“謝礼金”と書いてあって、そこからさらに三枚引かれていると……!」

 

 

言葉が詰まり、喉がひくりと動く。

 

 

「……陛下。銅貨十枚から四取られて、さらに三枚取られて、残ったのは三枚です。

 これが正しい状態なのか、それとも誰かに訴え出るべきなのか、私にはわかりませんでした」

 

 

静寂。

 

笑っていた貴族たちも、少しずつ顔を曇らせていく。

 

 

「その“管理代”とやらを取っているのは誰だ?」

 

 

ランポッサの声に、ハインツは首を振った。

 

 

「わ、わかりません……親父も“そういう決まりだ”としか……」

 

「――ハインツ」

 

 

別の声が割って入った。

 

教会で何度か見た顔の中年の女が、一歩前に出る。

城下の女たちをまとめている世話焼きのひとりだ。

 

 

「そいつは、うちの店の元締めが言ってたのと同じ話だよ」

 

 

女は、王を見上げる。

 

 

「三枚は“お守り”として荒事が得意なヤツらに差し出すってね。

 これを払っときゃ大抵のことをなんとかしてもらえる。

 だから必要なお金だってね」

 

 

部屋の空気が、少しだけ冷える。

 

 

「民の口からこれほど具体的な言葉が出てくるとはな」

 

 

ランポッサは、わずかに驚いたように呟いた。

王都では商売人ですら読み書きができないものも居る。

 

ましてや、ただの兵が初歩的とはいえ、数を用いてその理由を求める訴えをしているのだ。

 

 

「お前たちに数を教えたのは、誰だ」

 

 

女は一瞬だけラナーの方を見、それから首を横に振った。

 

 

「算学小屋の先生です、陛下。

 最近は、“十枚から二枚を取れば八枚残る”くらいは、子どもでもわかるようになりました」

 

「ふむ」

 

 

ランポッサの視線が、今度はラナーに向けられる。

 

ラナーは穏やかな微笑を浮かべたまま、静かに頭を下げた。

 

 

「陛下のご慈悲のもと、教会の一角をお借りしているだけですわ。

 私は、ほんの少しお手伝いを」

 

「そうか」

 

 

それ以上、王は深く突っ込まなかった。

今はラナーに問う場ではないと判断したのだろう。

 

 

「他には」

 

 

王の声が響く。

 

 

「訴えたい者はいるか」

 

「陛下」

 

 

応じたのは、ラキュースだった。

 

貴族にして、冒険者のチーム、蒼の薔薇のリーダー。

その金髪が、差し込む光を受けて淡く揺れる。

 

 

「私ども蒼の薔薇は、冒険者として王都の外にも出ております。

 そこで見聞きし、村人より託されたことをお伝えしたく存じます」

 

「申してみよ」

 

「はい」

 

 

ラキュースは一歩前に出た。

背筋は伸び、声はよく通る。それでいて、どこか緊張の色も残っていた。

 

 

「ある村では、昔から、収穫のたびに領地が“護衛料”として穀物の全体を十としたら三を取っている、と聞きました。

 それ自体は、山賊や魔物から守るための必要な費用だと、皆、理解していました」

 

「ふむ」

 

「ですが、数年前から“これは王国の新しい決まりだ”と言われて、

さらに三も持っていかれるようになりました」

 

 

王の間のどこかで、誰かが小さく舌打ちをした。

 

ラキュースは、その音を聞いても表情を変えない。

 

 

「村の者たちは計算ができませんでした。

 作物全体の“十のうち三と三を取られて、残りがいくつか”を、正しく言葉にできていませんでした。

 ただ、ただ生活には困っているからなんとかしてほしいと言われたのです」

 

 

そこで、ラキュースは一瞬だけラナーの方を見た。

 

 

「ですが、最近では、算学小屋で学んだ子どもや、教会で教えを受けた者も増えております。

 村々へ、その知識が広がれば彼らは事態を正しく認識するでしょう」

 

 

ラナーは、わずかに目を細めた。

 

 

「十から六取られて、残りが四。

 そこから税と、冬に備えた蓄えを差し引けば、残るのはほとんどありません。

 その結果、飢えやすくなった村もございます」

 

 

ラキュースは、軽く息を吸った。

 

 

「殿下――第三王女殿下の救貧教会に来る者の中には、

 そうした村から逃げてきた者もおります。

 彼らは皆、同じ貴族を挙げておりました」

 

「同じ名、だと?」

 

 

バルブロが、苛立ちを隠さず声を上げる。

 

 

「曖昧な言い方をするな。名を言え、名を」

 

「それは、陛下の御前で許されるのであれば」

 

 

ラキュースは、真っ直ぐにランポッサを見た。

 

 

「ここを“ただの愚痴を聞く場”ではなく、“正すための場”とするおつもりがあるならば」

 

 

王の間の空気が、ぴんと張り詰める。

 

武官たちの手が、無意識に剣の柄へと寄る。

文官たちの額に汗が滲む。

 

ランポッサは、しばし黙考し、それからゆっくりと頷いた。

 

 

「……よかろう。ここで名を出されたからとて、即座に断罪するわけではない。

 ただ、話を聞くべき相手として、その名を覚えておく」

 

「畏れながら」

 

 

ラキュースは深く頭を下げた。

 

 

「では、一つは、チエネイコ男爵の名」

 

 

その瞬間、王の間の視線が一斉にひとりの男へと向いた。

 

派手な飾りのついた上着。

甲高い声で取り巻きと笑うその男――チエネイコ。

 

 

「な、なんですかな!」

 

 

彼は慌てて立ち上がった。

 

 

「私が、何をしたと!」

 

「私自身が直接目にしたわけではありません」

 

 

ラキュースは静かに続ける。

 

 

「ですが、教会に来た者が、

 "護衛料を取っているのはチエネイコ様のところの人間だ”

 と口にしておりました。そして、実際にそう書かれた訴えも複数届いています。

 算学小屋で勉強した子どもが、それが原因で妹は飢えて死んだと言って泣いておりました」

 

「ば、馬鹿な! それは、商人どもが勝手にやったに違いない!」

 

 

チエネイコは声を裏返らせた。

 

 

「私は、そんな細かい取り立てまで知る立場では――」

 

「では、知ろうともしなかった、ということですか?」

 

 

今度口を開いたのは、ガゼフだった。

 

戦士長の声は、いつもより少しだけ低い。

 

 

「自らの名で徴収している護衛料を、どう分配しているかも知らずに、

 “王国貴族”を名乗っておられたと?」

 

「そ、それは……」

 

 

チエネイコの額に汗が浮かぶ。

 

王の間のあちこちから、冷たい視線が注がれていた。

それは民だけでなく、一部の貴族からも向けられている。

 

ここまできても、チエネイコはまだ「何とか誤魔化せる」と思っている。

だがもはや鍍金は剥がれかけている。

 

チエネイコは声を張り上げる。

 

 

「だいたい、平民どもは“もらえるものをもらっている”ことに感謝すべきなのだ!

 貴族のために十あったものが三になろうが二になろうが、身を粉にして働き、

 貴族の持ち物たる土地で暮らしていけることをありがたがるのが筋――」

 

「十から七や八を取るのが当然だと、今仰いましたか?」

 

 

ラナーの鋭い切り込みに王の間の空気が、きしりと軋んだ。

 

チエネイコは、はっと口を押さえたが、遅い。

 

ランポッサの目が、鋭く細められていた。

 

 

「……民が」

 

 

王の声には、怒気ではなく、深い疲労が滲んでいた。

 

 

「本当に生きていけるかどうか、お前は真剣に考えたことがあるか」

 

「そ、それは――」

 

「陛下」

 

 

陛下がゆらりと立ち上がりかける。

 

ラナーは、そっと一歩前に出た。

 

玉座への距離を測るように、慎重な歩幅で。

 

 

「この場が、ただ感情をぶつけ合うだけの場になってしまうのは、好ましくありません。

 もし、お許しをいただけるならば……」

 

 

ラナーは膝を折り、薄い木箱を前へ押し出した。

 

 

「教会と算学小屋、診療所で集めた数字と名前を、陛下にご覧いただきたく存じます」

 

 

ランポッサは、側近に目配せし、木箱を受け取らせた。

 

蓋が静かに開かれる。

中から、きちんと束ねられた紙の束が数個、姿を現した。

 

 

「ほんの一部にございます」

 

 

ラナーは、柔らかな声で続けた。

 

 

「いくつ取られたのか。誰が取ったのか。

 残ったいくつで、どのように暮らしているのか。

 そういったことを、拙い字でも良いので書いてもらったものです」

 

 

人々の視線が、箱の中に吸い寄せられる。

 

 

「民の言葉は、どうしても感情が前に出てしまいます」

 

 

ラナーは、頭を垂れたまま言う。

 

 

「ですが、数字と名とを並べることで、少しだけ冷静に見ることができます。

 どこまでが仕方のない痛みで、どこからが許されない搾取なのか」

 

 

ランポッサは、紙束のひとつを手に取った。

 

震えるような字で書かれた一枚を、静かに目で追う。

 

 

「……そうか」

 

 

短い吐息とともに、王はぽつりと漏らした。

 

 

「ここまで、積み重なっていたのか」

 

 

ラナーは、膝の上でそっと手を握りしめた。

 

 

(陛下が“重なり”と言った)

 

 

それは、ただの各々の愚痴ではなく、「同じこと」が繰り返されていると認めたということだ。

 

貴族たちにおもねり、増長を許し、貝になり続けていたあの王が逡巡している。

それはここ最近の王国になかった光景である。

 

謁見の間には再び沈黙が落ちる。

 

誰もが、次の言葉を待っていた。

 

王の言葉を。

 

ラナーは、ほんの少しだけ伏せていたまつげを上げた。

 

彼女の予想通りではない。

けれど、だからこそ面白くもある。

 

 

「ならば続きは、第三王女が集めた声を聞いてからにしよう」

 

 

ランポッサが低く告げた。

 

 

「ひとりを処断して済む問題ではないらしい。

 今日はここまでだ」

 

 

その言葉で、謁見の間に張り詰めていた空気が弛緩し多くの者が息を吐き出した。

 

 





この前のおまけで心配されてしまいましたが私は元気です!
次回、チエネイコ 死す、デュエルスタンバイ!
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