疾風走破と黄金姫   作:火屋

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第二話 皇帝と姫

 

帝国領に入ってから、馬車の揺れ方が変わった。

 

踏み固められた街道は王国よりもいくぶん整っており、車輪が拾う衝撃は少ない。

代わりに、道沿いに立つ兵の数は目に見えて増え、槍と鎧の光がちらちらと窓の外を流れていく。

 

 

「……そろそろ、帝都の外縁ですね」

 

 

窓の外を一度確かめてから、ローデンが言った。

 

ラキュースは小さくうなずき、外套の袖を少しめくる。内側の隠し袋に指を差し入れると、小さな膨らみが三つ。

指先でそのうちのひとつをつまみ出した。

 

布袋の表には、「一」と記されている。

 

 

「殿下のご指示では、帝国境に入る前、でしたね」

 

「ええ。ギリギリ手前、というには少し遅いかもしれないけれど」

 

 

ラキュースは指先で縫い目を切り、慎重に口を裂いた。中から、折り畳まれた紙片が一枚こぼれ出る。

 

広げれば、小さな文字がびっしりと並んでいた。

 

 

「相変わらず、姫さんはよく書くな」

 

 

隣で覗き込んだガガーランが、呆れ混じりに言う。

 

ラキュースは視線を走らせた。

 

 

『帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスについて』

 

『彼は怠惰ではありません。

 賢く、退屈を嫌います。

 ゆえに、意味のあるところだけでなく、意味のないところにまで意味を見出そうとします』

 

『王国の内政改革についても、すでに「わたくしの仕業」と見抜き、

 わたくしを“化け物じみた女”と評しているそうです。

 褒め言葉として受け取っておきましょう。

 しかし、半端に賢い者こそ読みやすく、御しやすいものです』

 

 

「……どこからそんな情報を拾ってくるのかしら、あの子は」

 

 

ラキュースが小さく愚痴ると、ローデンは苦笑した。

 

紙は続く。

 

 

『あなた方が竜王国に向かうことも、

「王家が貴族の反対を抑え、外へ手を伸ばし始めた証」と皇帝は読むでしょう。

 それは事実ですので、否定する必要はありません』

 

『ただし、帝国が兵を出すことはまずありません。

 彼には、自国の軍を動かす理由がありませんから。

 帝国が貸すのは道だけで、剣は貸さないでしょう』

 

『皇帝は、闘技場や御前試合などであなた方を見世物にしたがるかもしれません。

 すべてを見せる必要はありません。

 適度に力を示せば、そこまででも十分興味を示すでしょう』

 

 

最後に、短い一文。

 

 

『皇帝は、あなた方を私の差し金だと思い、政治的な意味を探ろうとすると思います。

 しかし、そこで身構える必要はないです。

 目的の主眼はあくまでも竜王国であり、帝国に対しては顔見せ程度の意味しかありません。

 勝手に答えのない問題を考えて疲弊してくれるでしょう』

 

「……本当に性格が悪いわ」

 

 

ラキュースは紙片を畳みながら、ため息をついた。

 

 

「まあ総合すると皇帝は大したことないから適当にあしらえってことね」

 

 

クレアが適当なまとめをする。

 

 

「会ってもいない相手をよくそこまで言えるものね」

 

「これから会うんだし同じようなもんでしょ」

 

(……そんなことないだろ)

 

 

イビルアイはクレアの雑さに心の中で反論する。

 

その時、馬車が速度を落とし始めた。

 

窓の外に、帝都の城壁が見えてくる。王都のそれより直線的で、無駄のない造りだ。門の両脇には帝国の紋章旗が並び、槍を持った兵士が整然と列を成している。

 

ラキュースは紙を内ポケットにしまい、姿勢を正した。

 

 

 

 

帝国宮殿の謁見の間は、飾り立てるよりも整えることを優先した空間だった。

 

白い石の床は鏡のように磨かれ、赤い絨毯がまっすぐ玉座へと伸びている。側面には戦勝を描いた壁画や旗が並び、余計な金銀の装飾は少ない。

 

玉座には、若き皇帝が座していた。

 

ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 

赤い瞳の整った顔立ち。金色の髪はきっちりと整えられ、その背にはマントが流れている。

斜め後ろには、老いた魔法詠唱者と、重装の四騎士――ニンブル、ナザミ、バジウッド、レイナースが控えていた。

 

王国特使として、蒼の薔薇とクレアは絨毯の上を進む。

 

先頭にラキュース。

半歩後ろにガガーランとイビルアイ。

さらに後ろに双子とクレア。

ローデンは少し下がった位置で随行する。

 

 

「遠路はるばる、よくぞ参られた」

 

 

皇帝の声は、よく通った。

 

形式通りの挨拶を交わし、ラキュースは膝をつき頭を垂れた。

 

 

「リ・エスティーゼ王国を代表し、第三王女殿下ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフの名において、ご挨拶申し上げます」

 

 

ラナーの名を聞いた瞬間、ジルクニフの眉がわずかに動いた。

 

 

「噂の黄金の姫君か」

 

 

口元に、薄い笑みが浮かぶ。

 

 

「貴族どもを黙らせ、王国の内政をあれほど変えたと聞く。その姫君が、今度は遠い竜王国にまで手を伸ばすとは……王国もずいぶんと活動的になったものだ」

 

 

言葉は柔らかいが、その裏には「何を狙っている」という探りがある。

 

――意味のないところにまで意味を見出す。

 

ラキュースは、わずかに肩を竦めてみせた。

 

 

「我が王国は土地が肥沃でございます。内向きに暮らすだけなら、困りはしない国でしょう」

 

 

ジルクニフの瞳が細くなる。

 

 

「けれど、豊かさに甘えて門を閉ざした末路が、良いものだとは限りません。竜王国が獣人に呑まれれば、港も交易路も乱れ、人類全体の力も削がれ、いずれ我が国の豊かさにも影が射すでしょう」

 

 

ラキュースは簡潔に続けた。

 

皇帝はわずかに口の端を上げた。

 

 

「貴族たちは、よく許したものだな」

 

「もちろん、許しませんでした。けれど、今は喚いたところで彼らには力がありませんから」

 

 

ラキュースがさらりと言うと、背後でガガーランが喉を鳴らす。

 

 

「……なるほど」

 

 

ジルクニフは一度だけ頷いた。

 

 

「王家が貴族を押さえ込んでいる証として、遠い竜王国に手を伸ばす。外から見ても分かりやすい」

 

 

それは、ラナーの手紙に記されていた通りの受け取り方だった。

 

ジルクニフは一瞬だけ視線を横に滑らせる。

 

老魔法詠唱者――フールーダ・パラダインが、落ち着かなげにこちらを見つめているのが目に入った。

 

 

「我が帝国としては……今回の戦に兵を出すつもりはない」

 

 

皇帝は肘掛けに片肘を預けながら言った。

 

 

「竜王国は遠い。獣人どもも、今のところ我が国の喉元に牙を向けているわけではない。兵を動かす理由がないのだ」

 

 

謁見の間の空気が、わずかに張る。

 

 

「だが、王国が獣人を退けてくれるのを妨げる理由もない。ゆえに――道は貸そう」

 

 

ジルクニフはあっさりと告げた。

 

 

「街道の通行、宿場の利用、必要な範囲での補給。帝国は邪魔をしない」

 

 

――ラナーの予想と綺麗に重なっていく。

 

 

「望外のご配慮、痛み入ります、陛下」

 

 

ラキュースは深く頭を下げた。

 

 

「それにしても」

 

 

ジルクニフが視線をこちらの列に滑らせる。

 

 

「蒼の薔薇は随分と重用されているようだな。

 冒険者は政治に不干渉という原則はあるはずじゃないのか?」

 

「それは、それが国のためにならないことが多いからでございます」

 

「ふむ」

 

 

その言葉に、フールーダが堪えきれなくなったように一歩前へ出た。

 

 

「ジル!わしにも会話をさせよ!!」

 

 

老魔法詠唱者の声には、興奮と焦りが混じっている。

 

「感じるこの魔力……第五位階をお使いになると聞き及んでおりますが、どのような魔法をお使いになれるのでしょうか!? いや、先ほどより感じる魔力の揺らぎからすると、もしかするとそれ以上――」

 

「フールーダ」

 

 

ジルクニフが片手を上げた。

 

 

「ここはお前の講義室ではない。客人の前で魔法談義を始めるな」

 

「しかし、第五位階を自在に扱える魔法詠唱者二人と同時に出会う機会など生涯でもそう何度も――」

 

「フールーダ!少し待て!」

 

 

もう一度名を呼ばれ、老魔法詠唱者は悔しそうに押し黙る。

 

 

「……はっ。約束は守ってくだされ」

 

 

場の空気が、ほんの少しだけ緩む。

 

狂気的な視線が自身を這い回っていた、ラキュースとイビルアイは視線を交わした。

仮面越しに、小さなため息が漏れた気がする。

 

 

「陛下の賢者は面白いお方なのですね」

 

 

ラキュースが控えめに言うと、ジルクニフはわずかに眉を吊り上げた。

 

 

「有能な者ほど扱いに手間がかかる。そちらの賢者も似たようなものだろう?」

 

「否定はできませんわ」

 

 

ラキュースは軽く頭を垂れた。

 

ジルクニフはふっと笑う。

 

 

「さて。道は貸すと決めたが……王国の剣がどれほどのものか、確かめておきたいというのが人情というものだ」

 

 

彼は背後の騎士たちに視線を送った。

 

 

「ニンブル、バジウッド」

 

「はっ」

 

 

二人の四騎士が一歩前へ出る。槍と剣、その姿勢には揺るぎがない。

 

「王国の客人に、我が帝国の武を披露する機会を設けよう。小さな御前試合だ。互いの刃を交えれば、余計な疑いもいくらか晴れる」

 

 

ラナーの手紙の一文が、またひとつ現実になる。

 

フールーダがそうだ!そうだ!と頷いている。

どうやら、約束とはこのことらしい。

 

ラキュースは内心でため息をつきながら、表情には穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「陛下のお望みとあらば。王国の面目を損ねぬ程度には、努めてみせましょう」

 

「楽しみにしている」

 

 

ジルクニフは満足げに頷いた。

 

 

 

 

御前試合は、謁見の間に隣接する中庭で行われた。

 

石畳の地面に、簡素な柵で正方形の区画が作られる。その周囲を帝国貴族と高官たちが取り囲み、二階の回廊にも見物人がぎっしりと並んだ。

 

 

「いい見世物だな。皇帝ってのは、こういうのが好きなもんなのかね」

 

 

ガガーランが肩を回しながら笑う。

 

 

「まあ力を示す一番手っ取り早い方法だしね~」

 

 クレアは、腰に差したスティレットに一瞬だけ指を触れた。冷たい金属の感触が指先に伝わる。

 

 

「第一試合、蒼の薔薇・ガガーラン vs 帝国四騎士・バジウッド・ペシュメル!」

 

 

高らかな声が響き、歓声が上がる。

 

ガガーランが大きな戦鎚を担いでリングに上がる。対するバジウッドは大剣だ。重い鎧を身にまといながらも、一歩一歩が無駄なく滑らかだ。

 

初撃からして、互いに手を抜いていないことが分かった。

 

鎚と大剣がぶつかり合う甲高い音。観客席から息を呑む声が漏れる。

 

 

「いいじゃねぇか!」

 

 

ガガーランが笑う。

 

 

「そっちこそ、女にしとくには勿体ない力だな!」

 

「女だから良いんだろぉ?」

 

「違いないな。そういう意味じゃあの治癒師も食わせ物だろ。

 歩き方が魔法詠唱者のそれじゃあない」

 

「戦ってるうちに別の女の話してる余裕があんのか??」

 

 

激しい音が幾重にも響き渡る。

 

数合重ねたのち、バジウッドは大剣に手を添え受けきる態勢をとるが、ガガーランの連撃を受け、膝をついた。

ダメ押しの追撃を寸前で止め、鎚を肩に担ぎ直す。

 

 

「強ぇな、あんた。あたしがあと一歩遅けりゃ、逆にやられてたかもな」

 

 

彼女の率直な言葉に、バジウッドは無言で一礼した。

 

 

二試合目は、ティアとティナがニンブルの部下を相手に軽快に立ち回り、会場を沸かせた。ニンブル自身は柵の外からその動きを観察していたのが印象的だった。

 

しかし、四騎士そのものではない者には荷が重く、早々に仕留められる結果となった。

 

 

三試合目、ラキュースが剣を携えてリングに上がる。

 

対するはナザミ・エネック。盾による受けの技量に優れた騎士だという紹介がなされた。

 

剣と剣がぶつかる音と盾で受ける音が入り混じり響く。押し合い、引き合い、一瞬の隙を突く踏み込み。

ラキュースの剣筋は、帝国の剣士と互角に渡り合ったが、魔剣の威力を見せることなく、最後にはナザミが喉元に刃を当てた。

 

魔剣ゆえに威力の制御が難しく、模擬戦には向かないのだろう。

 

 

「見事だ」

 

 

二階席から、ジルクニフが控えめな拍手を送る。

 

フールーダは、その横で身を乗り出し、興奮を隠し切れていない。

 

「なぜ魔法を使わなぁぁい!!」

 

「爺、うるさいぞ」

 

 

皇帝が短く遮る。

 

 

「これでは戦ってる意味がないではないか!!」

 

「こちらは約束は守っているぞ?」

 

 

観客から笑いが漏れ、場の空気が少しだけ和らいだ。

 

最後はレイナース・ロックブルズとイビルアイの試合であったが、イビルアイがフライを使い空中から低位階の魔法で固めて勝利した。

 

 

「なぜ高位階の魔法を使わぁぁん!!」

 

 

またもやフールーダが叫んでいる。

ロクな会話をしていないが、イビルアイはこの老人が苦手になってきていた。

 

試合が終わる頃には、青の薔薇と帝国の四騎士のいずれも人並み外れた実力を有していることが誰の目にも明らかになっていた。

 

 

ジルクニフにとっては、それで十分だったようだ。

 

 

 

 

宮殿を後にし、帝都の城門でローデンが言う。

 

 

「殿下の読みが外れるところを見てみたいような、見たくないような、ですね」

 

 

それには、ラキュースは苦笑した。

 

整然とした帝都の街路。訓練された兵。まっすぐな城壁。

 

これらは鮮血帝とあだ名されるジルクニフが作り上げた風景である。

 

クレアは腰のスティレットにそっと触れ、背もたれにもたれかかった。

 

 

「さーて、とりあえず帝国は問題なく通過ってところかな」

 

「竜王国の王女はとっても可愛いときいてる。楽しみ」

 

「獣人の可愛い男の子に期待してる」

 

「えー獣人ってかなり動物よりっしょ」

 

「でもそれが可愛い可能性もある」

 

 

クレアと双子のやりとりにイビルアイはため息をつく。

 

 

「馬鹿は気楽なものだな」

 

「気楽に言ってないとやってらんないでしょ?」

 

 

クレアは竜王国で待つ戦いを思い、自然と鼓動が早くなるのを感じるのだった。

 

 

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