疾風走破と黄金姫   作:火屋

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第六話 英雄光臨

 

カラン、カラン──。

 

不吉な鐘の音が、エ・ランテルの夜気を震わせていた。

 

 

「死ねェッ!!」

 

 

クレアの絶叫と共に、銀閃が走る。

 

怒りと殺意を極限まで乗せた、必殺の突き。

だが、その鋭い切っ先は、漆黒の鉄塊によって阻まれた。

 

火花が散る。

 

ヴィエラは巨大なモーニングスターを盾のように掲げ、クレアの一撃を涼しい顔で受け止めていた。

 

 

「あはは! いいねぇ、いい顔だ!

 さっきまでのすました聖女面より、今の顔の方がずっと可愛いよォ!」

 

「黙れ……ッ! その口を縫い合わせてやる!」

 

 

クレアは追撃を繰り出す。

 

高速の連撃。

だが、ヴィエラはドレスの裾を翻し、紙一重で躱していく。

 

 

「遊びたいけどさァ……聞こえる?」

 

 

ヴィエラが唐突にバックステップを踏み、距離を取った。

彼女はうっとりとした表情で、墓地の方角──鐘の音が響く空を見上げた。

 

 

「カジーの合図だ。宴の始まり。

 ……主役を迎えに行かなきゃ」

 

「逃がすと思ってるの!?」

 

「逃げる? 違うよォ」

 

 

ヴィエラは、嗜虐的な笑みをクレアに向けた。

 

 

「……貴女が()()()になったみたいな目を向けてた男の子、いたよねぇ?」

 

 

クレアの背筋が凍りつく。ンフィーレアのことだろう。

 

 

「あの子も可愛いし、貴女も良い声で泣いてくれそうだしそっちの方が楽しいわよねぇ!!!」

 

「待てッ!!」

 

 

クレアが飛び出すが、ヴィエラは人間離れした跳躍力で屋根へと飛び乗った。

 

 

「鬼ごっこをしましょう!!施療所まで!!遅刻したら、あの子の指から一本ずつ潰しちゃうからねぇ!」

 

 

高笑いを残し、喪服の女は闇夜へと消えた。

同時に、路地裏のマンホールや地面から、無数の影が這い出してくる。

 

ゾンビ。スケルトン。グール。

アンデッドの群れが、クレアの行く手を阻むように溢れ出した。

 

 

「邪魔よッ!!」

 

 

クレアは叫び、群がる腐肉を切り裂いて走る。

怒りで視界が赤く染まる。

だが、その奥底には冷たい恐怖があった。

 

間に合うか。

あの怪物が施療所に到達する前に。

 

 

 

 

街は大混乱に陥っていた。

 

エ・ランテルは城塞都市であり、住民たちの多くはいつか来る戦火への覚悟を持っている。

だが、それは「外」からの侵略に対してだ。

「内側」から、それも死者が溢れ出す事態など想定外だった。

 

 

「ひ、ひぃぃぃッ! 来るな、来るなぁぁッ!」

 

「お父さん! お父さぁぁん!」

 

 

逃げ惑う市民を、腐った手が引きずり倒す。

石畳は鮮血で濡れ、平和な食卓は死肉を喰らう饗宴の場と化していた。

 

衛兵や冒険者たちが応戦するが、数が違いすぎる。

 

倒しても倒しても、次から次へと湧き出してくるのだ。

それはまさに、死が死を呼ぶ螺旋。

 

クレアは一瞥もくれず、屋根の上を最短距離で駆け抜ける。

 

眼下では、見知った顔の自警団員たちが、簡易バリケードを築いて必死に応戦しているのが見えた。

 

 

「こ、こいつらキリがねえぞ!」

 

「下がったら殺される! 姐さんに殺されるぞ! 踏ん張れ!」

 

 

サンドラの指揮の下、彼らは恐怖に駆り立てられて戦っていた。

だが、あの程度の戦力では時間の問題だ。

 

 

(ンフィーレア……無事でいなさいよ!)

 

 

クレアは祈るように駆ける。

 

あの少年だけは。

 

あの純粋な笑顔だけは、絶対に守らなければならない。

それは任務のためではない。彼女自身の意地だった。

 

施療所の入り口には、奇妙な肉の壁が現れた。

 

三メートルを超える、縫い合わされた腐肉の集合体。

こんな趣味の悪いヤツはズーラーノーンにしか居ないだろう。

 

そして、街灯の上には、先回りしたヴィエラが足を組んで座っていた。

 

 

「遅いよォ、聖女ちゃん。

 グロムちゃんが先についちゃったよぉ?」

 

 

巨人の一撃が、施療所の扉を叩く。

強化された木製の扉が悲鳴を上げ、蝶番が弾け飛ぶ。

 

 

「させるかぁッ!」

 

 

クレアは屋根から跳躍し、流星のごとく巨人の頭上へ落下した。

 

狙うは延髄。

加速と重力を乗せた、必殺の一撃。

 

刃は深々と突き刺さった。だが、骨を断つ感触がない。

まるで泥沼に石を投げ込んだかのように、肉に刃がズブズブと沈んでいく。

 

 

「……は?」

 

 

クレアが驚愕に目を見開く。

 

巨人は痛痒を感じた様子もなく、緩慢に首を回した。

その濁った瞳が、肩に乗ったクレアを捉える。

 

 

「ウ、ガァッ!!」

 

 

丸太のような腕が、暴風を伴って迫る。

クレアはとっさにスティレットを手放し、巨人の肩を蹴って後方へ飛んだ。

 

空気を切り裂く音。見た目通り膂力も半端ではなさそうだ。

クレアは着地し、予備のダガーを抜く。

 

 

「なによこいつ……! 刺突無効!?」

 

 

最悪の相性だ。

 

クレアの戦法は、急所を一点突破する暗殺術。

だが、この肉塊には急所がない。

 

脳も心臓も、腐肉の中に分散しているのか、あるいは核が別の場所にあるのか。

 

いくら刺しても、ダメージが通らない。

 

 

「あはは! 残念だったねぇ!

 グロムちゃんの中身はギュウギュウだよォ。アンタの爪楊枝じゃ、痒くもないってさ!」

 

 

難攻不落の盾に加えて、ヴィエラも控えている。

 

さらに、時間をかければ無数のアンデッドが押し寄せてくる。

 

 

状況はかなり厳しい。

しかし、退くわけにはいかない。

 

ここで引けばンフィーレアは敵の手に落ちるだろう。

ズーラーノーンがどこかで彼の生まれながらの異能(タレント)の情報を掴んでいる可能性もある。

 

そんなときに、施療所から飛び出したのはンフィーレアだった。

彼は震える手で、数本の瓶を握りしめていた。

その後ろには、サンドラや怪我人たちが怯えている。

 

 

「僕はクレアさんを置いていけません!」

 

「馬鹿ッ! アンタが一番の狙いなのよ!?」

 

「それなら!僕が囮になれば……!」

 

 

ンフィーレアは、あろうことか前に出た。

そして、手に持った爆薬の入った瓶を、グロムに向かって投げつけた。

 

パァンッ!!

 

炎が上がり、グロムの表面が焼ける。

腐肉が焦げる臭いがあたりに立ち込める。

 

だが、巨人は僅かに怯んだだけだ。

 

 

「……可愛い抵抗じゃなぁい♡」

 

 

ヴィエラが目を細める。

 

グロムが咆哮し、巨大な肉切り包丁をンフィーレアに振り上げた。

 

 

「やめろぉぉぉッ!!」

 

 

クレアが駆ける。

 

間に合うか。いや、間に合わせる。

武技を重ねがけ、限界を超えた加速を行う。

 

自身の筋肉が断裂する音を聞きながら、彼女はンフィーレアの前へと滑り込んだ。

 

ダガーを構える。

受け流せない。質量が違いすぎる。

 

なら、肉を切らせて骨を断つ。

左腕を犠牲にして、その隙に懐に入り、内側から爆発薬を炸裂させるのだ。

 

しかし、これは上手く行かないことをクレアの経験が直感した。

 

濃密な死の匂いが溢れ出してくる。

 

走馬灯のように記憶が駆け巡る。

 

決して良い思い出とは言えない任務に明け暮れた半生。

見たくもない兄や両親との生活も甦ってきた。

ラナーやルミィ出会い過ごした王都、忙しくも充実したエ・ランテルでの日々。

 

これが私の最期か。

誰かを守って死ぬなんて、らしくない。

 

でも、まあ、あの兄に殺されるよりは、ずっとマシか。

 

包丁が振り下ろされる。

クレアはその瞬間を待った。

 

──だが。

 

その瞬間は訪れなかった。

 

代わりに凄まじい金属音が、夜気を切り裂いた。

 

クレアの目の前。

 

そこに、漆黒の壁が立っていた。

 

 

「……チッ、騒がしいな」

 

 

低く、地を這うような男の声。

クレアは呆然と見上げた。

 

全身を漆黒のフルプレートアーマーに包んだ、巨漢の戦士。

背中には二振りの大剣。

 

彼は、片手で抜いた一振りの大剣だけで、グロムの全力の一撃を受け止めていたのだ。

微動だにせずに。

 

 

「モ、モモンさん……?」

 

 

ンフィーレアが、信じられないという顔で呟く。

 

そう、彼は最近エ・ランテルで噂になっている冒険者。

漆黒のモモン。

 

 

「……なんだ、その汚い肉塊は」

 

 

モモンは、兜の奥から不快そうにグロムを見下ろした。

 

 

「せっかく静かに考え事をしていたというのに。

 外でハエが飛び回っている音が気になって来てみれば……この有様か」

 

 

彼は軽く腕を振るった。

 

ただそれだけで、グロムの巨体が木の葉のように弾き飛ばされた。

 

数メートル後方の民家に突っ込み、家屋が倒壊する。

圧倒的な膂力。

 

クレアは戦慄した。

魔法による強化なしで、あれだけの質量の物体を弾き飛ばすなど、人間の領域ではない。

 

 

「な、な……!?」

 

 

街灯の上のヴィエラが、初めて余裕を崩した。

 

 

「アンタはだれよぉぉ!!邪魔しないでよぉぉ」

 

「黙れ」

 

 

モモンがヴィエラを一瞥する。

 

殺気ですらない。

ただ、道端の石ころを見るような、絶対的な強者故の無関心だ。

 

 

「……ナーベ」

 

「ハッ」

 

 

モモンの背後から、一人の美女が現れた。

東方風の顔立ちと髪の色の魔法詠唱者。

『美姫』ナーベだ。

 

 

「周囲の雑魚を掃除しろ。一匹たりとも近づけるな」

 

「承知いたしました、モモンさ……モモンさん。

 この程度の羽虫どもは一瞬で片付けさせていただきます」

 

 

ナーベが冷酷な笑みを浮かべ、杖を構える。

 

次の瞬間、連鎖する雷撃が走り、通りを埋め尽くしていたゾンビの群れが一瞬で灰燼に帰した。

 

夜の闇を一瞬で昼間のように照らし出す閃光。

そして、その後に残ったのは、炭化した死体の山だけだった。

 

 

(……化け物か、こいつら)

 

 

クレアは乾いた笑いが出そうになった。

自分も大概「規格外」だと思っていたが、目の前の二人は次元が違う。

 

これが、英雄級?

いや、それ以上だ。

この戦士は、人間ではないのかもしれない。

 

 

「おい、そこの女」

 

 

モモンが振り返り、クレアを見た。

 

 

「お前がここの責任者か?」

 

「……ええ、そうよ」

 

 

クレアは痛む腕を押さえながら、なんとか気丈に答えた。

 

敵か味方か分からない。

だが、少なくとも今は敵対しない方がいいのは明らかだった。

 

 

「助太刀する。その薬師に死なれると困る。

 有益なポーションを作るようなのでな」

 

 

モモンはそう言うと、大剣を肩に担ぎ直し、瓦礫の中から起き上がろうとしているグロムへと歩き出した。

 

 

「あの肉塊と、そこの跳ねっ返りの女。

 ……俺が片付ける。文句はないな?」

 

「……ないわ。好きにして」

 

「交渉成立だ」

 

 

モモンが地を蹴る。

その速度は、クレアの動体視力ですら追いきれないほどだった。

 

グロムの前に瞬時に肉薄し、大剣を一閃。

再生しようとしていた腐肉の腕が、今度は根元からごっそりと斬り飛ばされる。

 

 

「ギャァァァッ!?」

 

 

痛覚を持たないはずのグロムが、魂を削られたような悲鳴を上げた。

ただの物理攻撃ではない。魔法的な何かが付与されているのか、あるいは単なる威力が再生能力を超えているのか。

 

 

「なっ……グロムちゃん!?」

 

 

ヴィエラが慌てて飛び降り、モーニングスターを構える。

 

 

「よくも……よくもォ!!

 許さないよォ! アンタも肉団子にしてやるッ!」

 

「やれるものならな」

 

 

モモンは挑発的に手招きした。

 

死都と化したエ・ランテルの夜。

 

怪物による蹂躙が今まさに始まろうとしていた。

 

クレアはンフィーレアを背に庇いながら、その光景を目に焼き付ける。

 

自分たちにできることは、その余波で吹き飛ばされないよう、必死に地面にしがみつくことだけだった。

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