疾風走破と黄金姫   作:火屋

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1日遅刻すみません


第七話 抱擁と決別

 

「やってみろ、下等生物が」

 

 

モモンがわざとらしい挑発をする。

しかしそれは、夜の支配者を自負する吸血鬼のプライドを逆撫でした。

 

 

「……ふふ、あははははッ!!

 いい気になってるねェ、鉄屑がァ!」

 

 

ヴィエラが狂笑する。

彼女は自身の漆黒のドレスの裾を掴むと、躊躇いなく引き裂いた。

 

布が裂ける音と共に、豊満な太ももが露わになる。

動きを阻害する装飾を捨て去り、彼女は前傾姿勢をとった。

その全身から、赤黒い魔力が噴き出す。

 

 

「教えてあげるよォ。

 パワーだけのウドの大木が、スピードに翻弄されてなぶり殺される惨めさをねェ!」

 

 

ヴィエラの姿がブレた。

 

次の瞬間には、彼女はモモンの背後に回っていた。

 

音速に近い機動。

クレアですら目で追うのがやっとの速度だ。

 

 

「遅いッ!」

 

 

ヴィエラがモーニングスターを振り抜く。

狙うは兜の後頭部。

 

モモンは素早い動作でモーニングスターを受け止める。

 

その視線の方向は着地したヴィエラではなく、空を向いたままだった。

 

 

「いつまで経っても墓地へ来ないと思ったが、難敵か」

 

 

空から降ってきた声に、ヴィエラもそちらに視線を向ける。

 

施療所の屋根の上に一人の男が降り立った。

 

ズーラーノーンの幹部、カジット・デイル・バダンテールである。

 

だが、その姿は以前クレアが見た時とは異なっていた。

 

肌は土気色に変色し、全身の血管が黒く浮き上がっている。

その手には、禍々しい紫光を放つ宝珠が握りしめられていた。

 

 

「カジー……?」

 

「遅いぞ、ヴィエラ。グロム。

 死の螺旋の儀式は、既に最終段階に入っているのだぞ」

 

 

カジットの声は、何重にも重なった亡者の呻きのように響いた。

 

クレアが屋根を見上げ、鋭い視線を向ける。

 

 

「額冠もなしに、どうやってこれだけのアンデッドを制御しているの?

 その身体……人間を辞めたわけ?」

 

「ククク……鋭いな、クレマンティーヌ」

 

 

カジットは、手に持った宝珠を掲げた。

 

 

「盟主より賜った、この『死霊の心臓』がある限り、古臭い額冠など不要!

 これは我が生命力を糧に、死の魔力を無限に増幅させる禁断の秘宝……!

 今の我は、第六位階の魔法詠唱者にも匹敵する力を得ているのだァ!」

 

 

カジットが叫ぶと同時に、彼の身体からどす黒い瘴気が噴出した。

それは物理的な圧力を伴い、周囲の空気を軋ませる。

 

(……マズい。今のあいつは、以前とは別物だわ)

 

ズーラーノーンが本気でエ・ランテルを落としに来ている。

 

カジット自身を炉心にして、死の螺旋を完成させ、アンデット化することで支払った生命力を踏み倒す計画だろう。

 

 

「邪魔が入ったようだが……予定を変更する。

 ここで全てをすり潰す!」

 

 

カジットが宝珠を掲げ、詠唱する。

彼の腕の皮膚が裂け、血が宝珠に吸われていく。

代償と引き換えに、地面が大きく揺れ、施療所前の広場の石畳が爆ぜた。

 

地中から現れたのは、骨の竜。

巨大なスケルトン・ドラゴンが二体、夜空に向かって咆哮を上げた。

 

 

「魔法無効化の特性を持つ絶対の守護者だ。

 これなら、そこの魔法詠唱者も役には立つまい」

 

 

カジットは勝ち誇ったように笑った。

ヴィエラ、グロム、強化されたカジット、そして二体の骨竜。

この狭い通りには過剰すぎるほどの戦力が、モモンとクレアたちを取り囲む。

 

 

「さあ、ヴィエラ。グロム。

 その黒い冒険者と、裏切り者の聖女を殺せ。

 そしてその『鍵』を我に献上せよ!」

 

「はーい♡」

 

 

ヴィエラが再び構える。

グロムも再生を終え、肉切り包丁を握り直した。

 

 

(やはり、ンフィーレアの生まれつきの才能(タレント)のことを掴んでいたか……!!)

 

 

よそ者のクレアに秘密を漏らすくらいである。

何かのきっかけでその秘密が漏れていても不思議ではない。

 

クレアは奥歯を噛み締めた。

 

しかも、この戦力差である。

 

モモンがどれほど強くても、ンフィーレアを守りきるのは至難の技だろう。

 

 

「……ンフィーレア。私の合図で走りなさい。

 私が道を開けるから、その隙に……」

 

 

だが、その視界の端で、漆黒の巨人が「やれやれ」と肩をすくめるのが見えた。

 

 

「……小道具を使って必死に底上げか。

 これだから、頭の悪い死霊使いは困る」

 

「なんだと?」

 

「おい、ナーベ」

 

 

モモンは背後の美女に声をかけた。

 

 

「あの骨は魔法が効かないらしいぞ」

 

「左様でございますか。

 では、私が撲殺して参りましょうか?」

 

「いや、いい。

 ……俺がやる。準備運動には丁度いい」

 

 

モモンは二本の大剣を抜き放ち、ゆらりと前に出た。

その姿は、包囲網など存在しないかのように自然体だった。

 

 

「ヴィエラとか言ったな。

 先程の続きだ。……来い」

 

「ナメるなァァァッ!!」

 

 

ヴィエラが激昂し、地面を蹴った。

先程よりも速い。残像すら残さず、モモンの懐へと潜り込む。

 

 

「死ね! 潰れろ! 肉塊になれェ!!」

 

 

モーニングスターによる乱打。

上下左右、あらゆる角度からの高速連撃がモモンを襲う。

だが。

 

モモンはその早さに比べぎこちない動きで大剣を振る。

あのヴィエラの動きを全て捌いている。

 

 

「遅い」

 

「な、なんで……ッ!?」

 

「まあ単純な速さの差だろうな」

 

 

モモンが一歩、踏み込んだ。

その瞬間、ヴィエラの視界からモモンの姿が消えた。

否、あまりの加速に認識が追いつかなかったのだ。

 

 

「──ッ!?」

 

 

気づいた時には、モモンはヴィエラの背後に立っていた。

そして、その太い腕が、ヴィエラの華奢な身体を背後から抱きすくめていた。

 

 

「捕まえたぞ」

 

「は……離せッ! なんだこれッ!?」

 

 

ヴィエラが暴れる。吸血鬼の怪力で拘束を解こうとする。

だが、モモンの腕は万力のように食い込み、微動だにしない。

絶対的な拘束。

 

 

「鬼ごっこは終わりだ。

 ……次は、『力比べ』といこうか」

 

 

モモンの腕に力が込められる。

漆黒の鎧が軋む音。

 

 

「ぐ、ぎぃ……ッ!?」

 

「どうした? お前の自慢のパワーで、俺の腕を押し開いてみろ」

 

 

ミチ……ミチチ……ッ。

 

ヴィエラの肋骨が悲鳴を上げる。

内臓が圧迫され、口から空気が漏れる。

 

 

「あ、が……や、やめ……」

 

「お前は言ったな。壊した時の音が綺麗だと」

 

 

兜の奥の赤い光が、冷酷に輝いた。

 

 

「ならば、自分の身体で聞いてみるがいい。

 ……貴様の最期が奏でる、断末魔の音色を」

 

 

モモンは一気に力を込めた。

戦士の武技ですらない。

純粋な、圧倒的な筋力による鯖折り。

 

 

「ギャアアアアアアアアアッ!!」

 

 

乾いた枝を踏み折るような音と、この世のものとは思えない絶叫が重なった。

ヴィエラの背骨がへし折れ、胸郭がひしゃげる。

内臓が破裂し、口から大量の血と肉片が噴き出した。

 

 

「あ、カ……ジー……たす……け……」

 

 

ヴィエラの手からモーニングスターが滑り落ちる。

カラン、と虚しい音を立てて転がる鉄球。

彼女の瞳から光が消え、手足がだらりと垂れ下がった。

 

 

「……汚い音だ」

 

 

モモンは興味を失ったように、ヴィエラの死体をゴミのように放り捨てた。

美しかった吸血鬼は、見るも無惨に折れ曲がった肉人形となって地面に転がった。

 

 

「ヴィ、ヴィエラァァッ!?」

 

 

カジットが悲鳴を上げる。

彼にとって最強の矛が、たった一人の冒険者に、しかも素手で圧殺されたのだ。

 

理解が追いつかない。

 

 

「バ、バカな……! 貴様、何者だ!

 組織の秘術で強化された我らに対抗できるなど……ありえん!」

 

「ありえん、か。……井の中の蛙だな」

 

 

モモンは鼻を鳴らし、大剣を構え直した。

 

 

「次はあの骨だ。……ナーベ、そっちの腐肉は任せる」

 

「御意」

 

 

ナーベラルが杖を振るう。

グロムが反応するよりも速く、第七位階魔法──偽装した『連鎖する龍雷』が放たれた。

 

 

「蛆虫が」

 

 

雷撃がグロムを包み込む。

再生能力など意味がない。細胞の一つ一つまで焼き尽くす熱量が、腐肉の巨人を一瞬で炭化させた。

グロムは悲鳴を上げる暇もなく、黒い灰となって風に舞った。

 

 

「ヒッ、ヒィィッ!?」

 

 

カジットは腰を抜かした。

全滅だ。

自分が築き上げてきた最強の布陣が、たった数分で、たった二人の冒険者によって蹂躙された。

 

 

「お、お前たち……行け! 殺せ! 食い殺せェッ!」

 

 

カジットは錯乱し、二体のスケルトン・ドラゴンをけしかけた。

魔法無効の竜。これなら、これなら勝てるはずだ。

 

 

「スケリトル・ドラゴンの魔法耐性は第六位階までなんだが……まあ、これも()()だ。叩き斬って見るか」

 

 

モモンが跳躍した。

その身体が砲弾のように空を舞い、一体目のドラゴンの頭上へ。

 

ズドンッ!!

 

大剣が脳天から振り下ろされ、硬度な骨の頭蓋を一撃で粉砕した。

竜が崩れ落ちる。

 

モモンは着地と同時に回転し、二体目の竜の足元へ。

 

 

「フンッ!」

 

 

薙ぎ払い。

竜の太い脚が両断され、巨体がバランスを崩して倒れる。

そこへ追撃の突き。

竜の核が貫かれ、ガラガラと音を立てて骨の山へと還った。

 

静寂。

 

あまりにも一方的な虐殺だった。

 

ンフィーレアは、ポーション瓶を握りしめたまま、震えが止まらなかった。

 

これが本物の英雄。

 

 

「……残るは、お前だけだな」

 

 

モモンが、屋根の上のカジットを見上げる。

 

 

「あ、あ、あ……」

 

 

カジットは後退った。

勝てない。逃げなければ。

 

その時、風を切る音がした。

 

 

「ガッ……!?」

 

 

カジットの喉に、銀色の刃が突き立った。

クレアのスティレットだ。

彼女はいつの間にか屋根に登り、カジットの背後に回っていたのだ。

 

 

「……見てるだけなんて、性分じゃないのよ」

 

 

クレアは冷たく囁いた。

その瞳は、獲物を仕留める捕食者のものだった。

 

 

「アンタの作った舞台、随分と楽しませてもらったわ。

 ……幕引きは、私がしてあげる」

 

「ま、待て……! 私は……我は、死を超越する……!」

 

「地獄でお母様(ヴィエラ)と仲良くしなさい」

 

「あの哀れな女など私の母ではない!!!」

 

 

カジットは絶叫とともに宝珠からどす黒い波動が放たれる。

 

 

「……ッ!?」

 

 

クレアは直撃を避けるために横に飛んだ。

彼女がいた場所の屋根瓦が、腐食して溶け落ちる。

防御魔法すら貫通する、純粋な死のエネルギーだ。

 

 

「我は死の支配者! 永遠の命を得る者だ!

 このような小娘に、我が悲願を断たれてたまるかァァッ!」

 

 

カジットの身体が膨れ上がり、ローブの下から無数の骨の槍が飛び出した。

死霊の心臓が暴走し、彼自身をアンデッドの怪物へと作り変えていく。

 

 

「死ね! 聖女ォォッ!」

 

 

「『負の衝撃波(ネガティブ・バースト)』」

 

 

カジットを中心に、全方位への衝撃波が放たれる。

逃げ場はない。

 

だが、クレアは笑った。

 

 

「遅いのよ」

 

 

「『流水加速』」

 

 

クレアの姿が霞んだ。

衝撃波のわずかな隙間、魔力の流れの奔流を読み切り、水のように滑り込む。

防御ではない。回避でもない。

攻撃の波に乗って加速し、懐へと飛び込む神速の歩法。

 

 

「なッ……バカな!?」

 

 

カジットの驚愕の表情。

その目の前に、クレアの刃が迫る。

 

 

クレアは手首を返した。

カジットの首が飛び、屋根の上から転がり落ちる。

その身体は力なく崩れ落ちた。

 

カラン……。

 

砕けた宝珠の音が、死の螺旋の終わりを告げた。

アンデッドたちの動きが止まり、やがて土へと還っていく。

 

 

「……終わった」

 

 

クレアは屋根の上で、大きく息を吐いた。

全身の力が抜けていく。

 

下を見れば、ンフィーレアがへたり込んでいるのが見えた。

無事だ。守りきった。

 

 

「……終わりましたね、モモン様」

 

「……ああ。……騒がしい夜だった」

 

 

モモンは剣を納め、何事もなかったかのように歩き出した。

ナーベラルも無言でそれに従う。

 

 

「あ、あの! ありがとうございました!」

 

 

ンフィーレアが慌てて頭を下げる。

モモンは足を止めた。

 

 

「いや、代わりと言ってはなんだが、ポーション製作を頼みたい。

 後日、正式に依頼を出そう」

 

「は、はい!」

 

「それとそこの物騒な聖女様にも聞きたいことがある。

 こちらも後で時間を取っていただきたい」

 

「わ、わかりました……」

 

「では。今日のところはもう良いだろうか」

 

 

そう言うと、漆黒の英雄は夜の闇へと消えていった。

後に残されたのは、クレアとンフィーレア、そして静寂を取り戻したエ・ランテルの街だけだった。

 

 

 

 

数日後。

王都直轄施療所の執務室。

 

クレアは報告書に向かっていた。

今回の騒動の顛末。カジットとヴィエラの死。

 

そして何より、突如として現れた『漆黒』という特異点について。

 

クレアのペンが走る。

 

『重要報告:冒険者チーム『漆黒』の戦闘能力について』

 

『対象「モモン」及び「ナーベ」の戦闘力は、王国のアダマンタイト級を遥かに凌駕すると推測される。

 魔法による支援なしで、ズーラーノーンの切り札(腐肉の巨人・骨の竜)を単独撃破。

 また、高位の吸血鬼を徒手空拳にて圧殺。

 その実力は、スレイン法国「漆黒聖典」の席次持ちに匹敵、あるいはそれを上回る可能性がある』

 

クレアは一度手を止め、インクの乾いていない文字を見つめた。

 

これは、王国を崩壊させかねない劇薬だ。

 

ラナーはこの情報に飛びつくだろう。

 

「蒼の薔薇」以上の武力。手駒にできれば最強、敵に回せば最悪。

彼女の興味は、間違いなくこの『漆黒』に集中する。

 

 

(……だからこそ、隠せる)

 

 

この巨大な獲物を差し出すことで、本当に隠したい「小さな宝石」を瓦礫の中に埋もれさせるのだ。

 

『報告:ンフィーレア・バレアレに関する調査結果』

 

クレアは少しの間、窓の外を見た。

そこでは、ンフィーレアがサンドラたちと一緒に、壊れた扉の修理を手伝っている。

 

包帯を巻いた手で、楽しそうに笑いながら。

 

あの夜、彼は震えながらも前に出た。

自分を守るために。

 

その「善意」は、道具として消費されるべきものではない。

計算や国家の野望なんかに汚させたくはない。

 

 

「……ふん」

 

 

クレアは鼻を鳴らし、羊皮紙にこう書き記した。

 

『対象の薬学的知識は有用だが、戦闘能力及び特殊能力の保持は確認できず。

 一般人であり、王都への移送は不要と判断する』

 

クレアのペンに迷いはなかった。

ラナーの目はモモンに向く。その隙間こそが、彼が平穏に生きられる唯一の聖域となる。

 

彼女は報告書に封蝋をし、刻印を押した。

 

クレアは椅子に深くもたれかかった。

窓から差し込む陽光が、彼女の顔を照らす。

 

その表情は、エ・ランテルに来てから一番、晴れやかだったかもしれない。

 

 

(精々、長生きしなさいよ?)

 

 

クレアは小さく呟き、目を閉じた。

机の引き出しの奥には、灰色の髪の少年──ミューが遺した短剣が、静かに眠っていた。

 

エ・ランテルの聖女。

その仮面の下で、彼女は初めて、誰かのために嘘をついた。

 





これにて第四章は完結です~!
次章ではナザリック勢と本格的な接触がはじまります。
また、少し時間をいただいて話をまとめて行きたいと思います!

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