疾風走破と黄金姫   作:火屋

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推敲前のものを誤って投稿してしまったので再投稿です。
申し訳ありません……。
そして本年もよろしくおねがいします。

少し統計っぽい話が濃くなってしまい、読みづらいとは思いますので、後書きにまとめを書いておきます。


閑話 6σの魔女と悪魔

 

分厚い石壁に閉ざされたラナー王女の私室は、外界の喧騒から切り離された静寂の中にあった。

 

豪奢な調度品が沈黙する中、蝋燭の炎だけが揺らめき、二人の影を壁に長く伸ばしている。

 

ラナーは机の上に山と積まれた帳面──過去一年分の通行税帳、穀倉出納帳、配給帳を並べ、その背表紙を指先で愛おしげに撫でた。

 

 

「ルミィ。今から私たちは、この部屋にいながらにして『外界からの王都の見え方』について考えようと思います」

 

 

控えていた侍女、ルミィは主の言葉に首を傾げる。

 

机上の羊皮紙には膨大な数字が書き写されている。

それはルミィには、意味のない呪文の羅列にしか見えない。

 

 

「外界からでございますか?」

 

「ええ。想像して。もし私が、この国を外側から観察し、支配しようと目論む『何者か』だとして。

 この粗末な帳面に残された数字の残骸だけを頼りに何を特定できるか」

 

 

ラナーは筆を取り出した。

 

膨大な情報の中から知りたいことを知る術、そんな術があることはルミィにはにわかに信じられなかった。

 

 

「まず、解析のための前提条件を定めるわ。

 知りたいことを知るために適切な状況を定めることは、とても大事なのですよ。

 当たり前に思えることも、明示的に書くと物事がきちんと見えてくるものです」

 

 

彼女は筆を執り、美しいが少し癖のある文字で三つの条件を記した。

 

『前提一:直近の通行税帳、穀倉出納帳、配給帳の四半期の推移のみで推論を行う』

 

『前提二:異変の起きた時期とを特定することを目的とする』

 

『前提三:誤差とみなす範囲は過去一年の情報から設定する』

 

 

「最初の二つはわかりやすいですが、『前提三』は少し浮いているように感じますね」

 

 

ルミィがむむむと眉間に皺を寄せながらそう言った。

 

 

「そうかもしれませんね。しかし、帳面は人の手で書くものなのですから、数え間違い、居眠り、記帳漏れ……など必ず誤謬が混ざってしまうのです。

 それを前提に、どこまでが無視できて、どこからが無視出来ないのかをこちらから線を引く必要があります」

 

 

煮え切らない表情をするルミィを見やると、ラナーは少しだけ言葉を付け足す。

 

 

「もう少し優しく言えば、まず『この国が普段はどれくらい適当なのか』を知る必要があるのです。

 熟練のメイドのあなたが失敗を沢山したら不審に思われますが、見習いが失敗しても"それが普通"でしょう?

 だから、王都の帳簿がどれくらい失敗をするものなのかを客観的に見積もっておくのです」

 

 

ラナーは、過去一年分、およそ五十週にわたる統計資料を指差した。

 

 

「ですから、私は計算をしてみました。

 この一年、東門を通過する荷車は平均して週に42台。

 ただし、多い週で59台、少ない週で25台。

 雨の日もあれば、市の日もありますからね。

 この平均からの振れ幅を表す指標、標準偏差とでも呼びましょうか。これは『4』程度になります」

 

 

ラナーは流れるようにペンを走らせ、これは求めた平均値と各々の値のズレを足し挙げて、それの平方根をとったものなのですが……と続ける。

 

ルミィは真面目に考えて着いていくのが難しいと感じ、直感的な理解に頭を切り替えた。

 

 

「詳細な計算はわかりませんが、標準偏差というものは、平均からのズレを表すものなのですね?」

 

「ええ、例で言うとわかりやすいですわ。

 王都の村に各々いる鶏の羽数の平均が100で、標準偏差が10だったとしましょう。

 そうすると、七割程度の村には100±10羽の鶏がいるということを表しています」

 

「七割も!だいたいのことを考えるには十分ですね!」

 

「そうなのです。さらに、100±20羽まで考えると、おおよそ九割五分程度の村が収まります」

 

「20は10の2倍ですか?」

 

「はい、私はこの標準偏差をσ(シグマ)という文字でよく表すのですが、20はσの2倍なので、"2σ"と呼んでいます。

 非常におもしろいことに、このσの値が変わっても先ほど言った割合は変わらないのです。

 つまり、ばらつきを表すσが30と大きくなったとしても、100±30羽の範囲を考えれば、やはり七割程度の村が収まるということです」

 

 

ラナーはそう言いながら、釣鐘の形を描き、中心から10ずれるごとに、区切るように線を引く。

 

ルミィはこの釣鐘を見て目を丸くする。

 

 

「賽の目の釣鐘!以前考えた万物が向かっていく釣鐘と同じ形ですね!」

 

「そうです!つまり、この釣鐘のどの位置にいるかでどれくらい普通からずれているかが見積もれます」

 

 

ラナーは発見の喜びを見いだしたルミィを愛おしそうに眺める。

 

 

「普通の兵士を基準にしたら、クレアはさしずめ"5σ"ってところでしょうか」

 

 

そう言うとラナーはお茶をゆったりと啜った。

 

 

「話が逸れましたが、つまるところ、王都の東門を1週に通過する台数の平均は42台で、標準偏差が4台、つまり七割くらいの週は42±4台、38台~46台に収まるということ。

 これを基準に"正常な範囲"を定めるのです」

 

「それならば、先ほどの話からすると、2σになる範囲を考えると九割五分程度が収まるから都合が良いということですね!」

 

 

ルミィが得意げな表情を浮かべ、ラナーに褒めて欲しそうに目配せする。

 

 

「賢いメイドなことは褒めてあげたいのですが、少し恥じらいが足りないですわよ」

 

 

ラナーはそういって、ルミィのおでこを軽く弾いた。

 

 

「あう」

 

「話を進めますよ。

 あなたの言うとおり、±2σの範囲を正常な範囲と定めましょう」

 

そう言うとラナーは直近の四半期──十二週間分のデータを並べた表を机に置いた。

 

――――――――――――――――――――

◎基礎資料:四半期推移表(直近12週)

 

※単位:袋(三十食相当)、台

※荷車の基準積載量:1台あたり6袋

 

■上火月(2ヶ月前)

 

|払出|支給|東門|西門|合計

――――――――――――――――――――

第1週 | 300| 210| 43 | 20 | 63

第2週 | 310| 229| 42 | 21 | 63

第3週 | 300| 210| 43 | 20 | 63

第4週 | 295| 204| 44 | 19 | 63

 

■中火月(1ヶ月前)

 

|払出|支給|東門|西門|合計

――――――――――――――――――――

第1週 | 310| 220| 41 | 22 | 63

第2週 | 310| 229| 42 | 21 | 63

第3週 | 300| 300| 40 | 20 | 60

第4週 | 300| 279| 40 | 20 | 60

 

■下火月(今月)

 

|払出|支給|東門|西門|合計

――――――――――――――――――――

第1週 | 300| 240| 41 | 22 | 63

第2週 | 310| 229| 42 | 21 | 63

第3週 | 315| 258| 34 | 28 | 62

第4週 | 320| 272| 32 | 30 | 62

――――――――――――――――――――

 

「……さて。ただ数字を眺めていても、真実は見えてこないわ。

役人たちは嘘をつくこともあります。自分の失敗を隠すため、あるいは私腹を肥やすためにね。

だから、彼らが『隠しきれない場所』を照らすための鏡が必要なの」

 

ラナーは楽しげに、三つの式を書き下ろした。

それは、彼女が独自に編み出した指標だ。

 

欠損率、東門割合、荷物積載率が先ほどの表にもまとめられていた。

それぞれの指標の説明は以下の通りとのことだ:

 

1. 欠損率 r =(払出-支給)÷払出

【意図】支給からの損失の割合。横領や管理不足が起こると増える。役人が最も操作しやすい数字。

 

2. 東門割合 e = 東÷(東+西)

【意図】物流の偏り。立地から、王都の物流は東門に偏る傾向がある。役人の小手先では変えづらい。

 

3. 荷車積載率 q = 払出÷(東+西)×6

【意図】荷車に積み込まれた荷の割合。王都からきちんと外へ運ばれたかが確認できる。

 

 

ラナーは標準偏差σに対して、平均はよくμ(ミュー)を使うわと言いながら、これらの下に先ほどの理屈で求めた正常範囲を書き込む。

 

 

『正常範囲(過去一年の統計から。μ±2σ を正常範囲とみなす)』

 

・東門 週通過台数:34~50台(μ=42, σ=4)

・西門 週通過台数:15~27台(μ=21, σ=3)

・合計 週通過台数:53~73台(μ=63, σ=5)

 

・欠損率 r:15~35%(μ=25%, σ=5%)

・東門割合 e:59~75%(μ=67%, σ=4%)

・荷車積載率:72~88%(μ=80%, σ=4%)

 

 

「ではこれを基準に直近三ヶ月の指標を計算してみましょう」

 

ラナーは予め用意していた表にすらすらと書き込んだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

解析用資料:直近十二週推移表

 

■上火月(2ヶ月前)

 

|欠損率|東門率|積載率

――――――――――――――――――

第1週 | 30% | 68% | 79%

第2週 | 26% | 67% | 82%

第3週 | 30% | 68% | 79%

第4週 | 31% | 70% | 78%

 

 

■中火月(1ヶ月前)

 

|欠損率|東門率|積載率

――――――――――――――――――

第1週 | 29% | 65% | 82%

第2週 | 26% | 67% | 82%

第3週 | 0% | 67% | 83%

第4週 | 7% | 67% | 83%

 

 

■下火月(直近)

 

|欠損率|東門率|積載率

――――――――――――――――――

第1週 | 20% | 65% | 79%

第2週 | 26% | 67% | 82%

第3週 | 18% | 55% | 85%

第4週 | 15% | 52% | 86%

――――――――――――――――――

 

 

「……一見して、大きな変化が二箇所あるわ。

 まずは中火月の第三週、欠損率が0%になっているわね。

 ルミィ。あなたはこれをどう思う?」

 

 

ルミィはこれまでの説明を思い出し、慎重に首を振った。

 

 

「急に泥棒がいなくなるわけがありませんからかなり変ですね。

 それに、次の週も7%と、異常に低いです」

 

 

「これはほぼ明らかに偽装だけど、これを資料だけから見抜くために、他の二つの指標を見ると良いわ」

 

 

ラナーは東門割合の欄を指さす。

 

 

「東門割合を見て。

 ここは67%で平時と全く変わらないわ。相変わらず東門に荷車が殺到して、渋滞している。

 ……おかしいでしょう?

 もし本当に行政改革が行われて効率が上がったのなら、渋滞を解消するために西門へ誘導するはずよ」

 

「積載率も83%と、正常範囲ギリギリまで上がっているけれど、渋滞はそのままで積載量だけが増えて、欠損だけが消えた。

 物理的な辻褄が合わないわ。

 これは役人の保身による『偽装』ね。計算して導き出した完璧な数字を帳簿に書いただけ。

 構造を変えずに結果だけ良く見せようとした、浅はかな嘘。

 これはこれで問題だけれど……悲しいかな王都の変化とは呼べないでしょうね」

 

 

次にラナーの指は、表の最後、下火月の第三週と第四週へと滑る。

 

 

「本当の異変は、ここよ。

 欠損率は18%から15%。正常範囲の縁をなぞるような、現実味のある数字。

 これだけなら見逃してしまいそうだけれど……東門割合を見て」

 

 

ルミィは数字を追い、目を見張った。

 

 

「55、52%……!

平時の67%と比べて、劇的に下がっています。

東と西が、ほぼ同じくらい使われています!」

 

 

「ええ。これは『構造』が変わった証拠よ。

 人の流れが強制的に変えられ、物流の最適化が行われている。

 そして積載率も85%まで向上しているわ。

 渋滞が解消されて回転率が上がったから、無理なくたくさん運べるようになった。

 ……ここには、中火月のような矛盾がない」

 

「では、これが……?」

 

「まだよ。これだけなら『優秀な指揮官が現れた』で説明がつく。

 私が確信を持ったのは、この二週間の『日ごとの記録』を見たときよ」

 

 

【門番控え:下火月 第3週(合計62台/東34・西28)】

一|東5 西4(9)

二|東5 西4(9)

三|東5 西4(9)

四|東5 西4(9)

五|東5 西4(9)

六|東5 西4(9)

七|東4 西4(8)

 

【門番控え:下火月 第4週(合計62台/東32・西30)】

一|東5 西4(9)

二|東5 西4(9)

三|東4 西5(9)

四|東4 西5(9)

五|東5 西4(9)

六|東4 西4(8)

七|東5 西4(9)

 

 

「平時のばらつき、標準偏差は『4』もあった。

 それなのに、この二週間だけ、その値が『1』を切っている。

 毎日、ほぼ9台。雨の日も風の日も、商人が多い日も少ない日も。

 衛兵たちの動作から『人間としての揺らぎ』があり得ない位小さくなっている」

 

 

ラナーの表情には、未知の支配者への敬意と同族を見つけたときのような暗い喜びが同居していた。

 

そして、筆を動かし結論を書いた。

 

 

『異変が起きた時期:下火月第三週(わずか十日前)』

 

『主体:決定不能』

 

 

ルミィが尋ねる。

 

 

「誰がやったかはわからないのですか?」

 

「ええ。この帳簿という閉じた世界の中には、誰がこれを行ったかを示す根拠は存在しない。

 この帳簿から特定できるとしたら、役人や運搬役の不正や王都全体の改革くらいね。

 証明できないことは証明できないまま残す。それが、正しい推論の作法よ」

 

 

──その時だった。

 

 

ルミィの背筋が凍りついた。

彼女は密偵を行うこともあり、気配を読むことに関しては秀でている。

 

だが、今の今まで「それ」に気づかなかったのだ。

扉が開いた音もしない。窓が開いた風もない。

 

部屋の隅にある影の濃度が唐突に高まり像を結ぶ。

 

 

(──死ぬ)

 

 

ルミィの手が太ももに括り付けた短剣に伸びるよりも早く、本能的な死を悟る。

 

しかし、そのときはやってこなかった。

 

代わりに穏やかな声が響く。

 

 

「……見事です。その『決定不能』という判断こそが、何より雄弁だ」

 

 

影の中から、一人の男がインクが滲むように現れた。

上質な朱色のスーツに、知的な丸眼鏡。

 

紳士的な風貌だが、その背後には隠しきれない異形の尾が、ゆらりと揺らめいているように見えた。

 

 

「ひっ……!?」

 

 

「静かに、ルミィ。……お客様よ」

 

 

ラナーは動じない。

顔色一つ変えず、むしろ待ちわびた家庭教師を迎える少女のように微笑んだ。

 

 

「夜分に恐れ入ります、ラナー王女。

 貴女の構築した推論の枠組み、興味深く拝見させていただきました」

 

 

男──デミウルゴスは、ラナーの許可も待たずに机上の羊皮紙を覗き込んだ。

その視線が、前提、数式、そして結論の表を走査する。

 

 

「ほう……。東門の均衡化という構造変化、そして『分散の消失』に着目しましたか。

 確かに、我々が支配した組織において、非効率な偏りや揺らぎは許されません。

 しかし、人間がその痕跡を計算で見つけ出すとは」

 

 

デミウルゴスは楽しげに、しかし試すように問いかけた。

それは教師が、己の想像を超える回答を期待して、優秀な学生に問いかけるようだった。

 

 

「一つ、お聞かせ願いたい。

 なぜ、我々は直近のデータにおいてばらつきを完全に零にせず、わずかに残したと分析されたのですか?」

 

「それは、あなたが私を『探して』おられたからです」

 

 

ラナーは即答した。迷いは一切ない。

 

 

「もしあなた方が本気で隠れるつもりなら、平時の人々の分布を完璧に再現されたでしょう。

 そうすれば、私も気づかなかった。

 ですが、あなたはあえて『正常範囲』の内側で、『作為的な整列』を残された」

 

 

ラナーは恍惚とした表情でデミウルゴスを見上げた。

 

 

「これは偽装ではなく、暗号です。

 この泥沼のような王国の数字の中に、あえて異質な『知性の波長』を混ぜることで、それに気づく者がいるか試された。

 あなた……、あなた様は、問いかけておられたのですね。

 『この国に、私と言葉が通じる者はいるか?』と」

 

 

デミウルゴスの口元が、裂けるように歪んだ。 それは、荒野で唯一無二の宝石を見つけたときのような、純粋な歓喜の表情だった。

 

 

「素晴らしい。ただの解析能力に留まらず、その裏にある『意図』までも正確に読み解くとは!

 愚か者は得てして、数字の大小に一喜一憂するものです。

 しかし貴女は、混入した不純物の中から真実の砂金だけを抽出する術を心得ている」

 

 

デミウルゴスは羊皮紙から顔を上げ、ラナーを真っ直ぐに見据えた。

その瞳の奥には、地獄の業火に似た知性の光が宿っている。

 

 

「私は確信していたのです。

 この腐り落ちる寸前の王国というシステムの中で、情報を秩序へと変換しているものが存在すると。

 ゆえに、私は試験を行いました」

 

 

「試験、ですか?」

 

 

ラナーは小首を傾げる。

 

 

「ええ。私が掌握した物流区画において、あえて完全な隠蔽を行いませんでした。

 平均値を正常範囲に収めつつ、分散値だけを不自然に操作した。

 ……普通の人間にはノイズにしか見えないが、貴女のような特異点にならば『作為的なメッセージ』として届くはずだと信じて。

 いわば、監視を通じた貴女への招待状です」

 

 

デミウルゴスは、机上の羊皮紙を指差した。

 

 

「そして貴女は、見事にその信号を受信し、解読して見せた。

これこそが、貴女が我々と同質の知性を持つ何よりの証明です」

 

 

ラナーは頬を染め、嬉しそうに手を合わせた。

それは、難解な謎掛けに正解した子供のような、純粋な喜びだった。

 

 

「まあ!では、この帳簿はあなたからの『お手紙』だったのですね。

 私の小さな箱庭を、空の上から見つけてくださったのですね」

 

 

ルミィは震えながら、そのやり取りを見ていた。

この二人は、人間と悪魔という種の壁を超えて、論理という名の共通言語で対話している。

そこには、ルミィのような凡人が立ち入る隙間など、一ミリも存在しない。

 

 

「答え合わせをしましょう、ラナー王女。

 その時期──わずか十日前。

 確かに我々がその物流区画に()()いたしました。

 貴女の導き出した結論は正しい」

 

 

「ありがとうございます。

 ……では、最後の決定不能については?」

 

 

「それこそが、貴女が『こちら側』の知性を持つ証明です」

 

 

デミウルゴスは、羊皮紙の空白部分を指差した。

 

 

「貴女の作ったモデルは、王国を記述するには、つまり役人や配達者の不正を見抜くには十分です。

 しかし、我々という『外部からの介入者』を記述するには不完全です。

 その不完全さを理解せず、無理に既存の組織の名を結論づけていれば、貴女の評価は賢いだけの人間で終わっていたでしょう。

 しかし、貴女は異常だけを認識し、その主体は誰かを証明できないことを正しく理解していた。

 その厳密さこそが、我が主が求められる有能さに他なりません」

 

 

デミウルゴスは一歩下がり、優雅な礼をした。

それは、王族に対するものではなく、同格の知性に対する敬意の礼だった。

 

 

「今後もその明晰な頭脳で、証明可能な領域を正しく処理し続けてください。

我々の益になる限り、貴女の『小さな願い』も計算式に組み込みましょう」

 

 

「なるほど。交渉ということですね。ならばお任せください。

 あなた様の偉大なる主様が作る新しい式をとても楽しみにしております」

 

 

男は微笑みを残し、再び影の中へと溶けて消える。

後に残ったのは、静寂と、完璧に整理された羊皮紙だけ。

 

 

「……行ってしまいましたね」

 

 

ラナーは小さく伸びをして、ルミィに微笑みかけた。

その笑顔は、無邪気でありながら、底知れぬ深淵を感じさせた。

 

 

「見たでしょう、ルミィ。

 数字は嘘をつかないのです。たとえ相手が、あのような化け物であってもね。

 もしあそこで、試験を間違えていたら……処分されていたかもしれないですが」

 

 

彼女は、自分が作り上げた数式の美しさに陶酔するように目を細めるのだった。

 




三行まとめ
・ラナーはデミウルゴスの王都の物流に仕込んだ試験を突破(かしこい)
・デミウルゴスは賢い個体が見つかるし、主を褒められてうれしい
・しばらくはお互い様子見するやで

ルミィが地味に%などを理解してるのはラナーの教育の賜物です。
デミウルゴスが使うカタカナ言葉は現地民には理解できないはずですが、ラナーは文脈から意味を特定して会話しています。

大分お待たせしましたが、これにて第四章完結です。
一応、構想では次章で完結予定ですので、ラストスパート頑張ります。
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