疾風走破と黄金姫   作:火屋

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ラナーの侍女(オリキャラ)が出ます。


第三話 迎え

 

森の闇の向こうから、車輪の軋む音が近づいてくる。

 

木々の隙間に、揺れる灯りがひとつ見えた。

やがて、それが覆いをかぶせた馬車のランタンだと分かる。

 

一見すれば荷を満載した商人の馬車だ。

だがクレマンティーヌは、一目で「違う」と判断した。

 

車輪の軌道。

御者の手綱さばき。

無駄のない停止動作。

 

戦に出たことのない者たちの動きではない。

 

 

(さあて、どんな“迎え”かしら)

 

 

崩れかけた石垣から腰を上げ、包みを抱え直す。

外套のフードを深くかぶり、森の影を背負う位置に立った。

 

馬車が空き地の端で止まり、御者台から男がひとり降りる。

粗末な外套に身を包んでいるが、その所作には妙な静けさがあった。

 

御者の後ろから、もうひとり。

革鎧にマントを羽織った護衛と思しき男が姿を現す。

 

馬車の扉が内側から開いた。

 

 

「……お待たせいたしました」

 

 

姿を現したのは、侍女服の女だった。

 

王都でよく見かける程度のそれなりの仕立て。

だが裾さばきも足運びも、ただの侍女にしては身軽すぎる。

 

 

(侍女に見せかけた護衛。気合いが入ってるじゃない)

 

 

侍女はクレマンティーヌを正面から見据えた。

暗がりの中なのに、目がよく合う。

夜目に馴れた者同士の視線だった。

 

しばし、沈黙。

 

先に口を開いたのは侍女の方だった。

 

 

「――壊れずにここまで来てくださって、何よりです」

 

 

喉の奥で笑いが弾ける。

 

あの夜、路地裏で金髪の少女にかけられた言葉。

それとほとんど同じ文句だ。

 

 

「……あの女の差し金って自己紹介? 丁寧ね」

 

「恐れ入ります。殿下より、そう申し伝えるよう命じられております」

 

 

侍女が恭しく一礼する。

その仕草にわずかな誇らしさが混じっているのをクレマンティーヌは見逃さなかった。

 

 

「私どもは王都までのご案内を仰せつかっております。

 どうか馬車へ」

 

 

クレマンティーヌはあえてすぐには動かなかった。

 

 

御者と男の強さを視線で測る。

動きのどこにどれだけの力が込められているか。

 

 

(三人。全員それなりに動ける)

 

(今の消耗した状態でやり合うのはさすがにキツそう)

 

 

それに――。

 

 

(ここで暴れて、あの女の機嫌を損ねるのも悪手か)

 

 

踵を返し、馬車へ向かう。

 

侍女が一歩下がって道を譲る。

クレマンティーヌはその横を通り過ぎざま、わざとらしく鼻を鳴らした。

 

 

「いいわ。案内してちょうだい。

 壊れ物の扱いには慣れてるんでしょう?」

 

「ええ。それはもう」

 

 

侍女は薄く笑ってみせた。

それは、ラナーの笑みをうすめたような笑みだった。

 

 

 

 

馬車の中は外見よりも広く感じられた。

 

厚いクッションが敷かれた座席。

小さなランタンがひとつ灯っており、内側から外の気配がうっすらと透けて見える。

 

クレマンティーヌは包みを膝に乗せたまま、対面の席に腰を下ろした。

扉が閉まり、馬車がゆっくりと動き出す。

 

しばらくは車輪の音と揺れだけが続いた。

 

最初に沈黙を破ったのは侍女だった。

 

 

「まずは、ようこそ――リ・エスティーゼ王国へ」

 

「挨拶は受け取っておくわ」

 

「光栄に存じます」

 

 

侍女は一礼すると、膝の上にきちんと手を重ねた。

 

 

「私はラナー殿下付きの侍女で、ルミィと申します。

 殿下の代理として、しばしの間、お世話をさせていただきます」

 

「ルミィね」

 

「はい。今は、そう呼ばれております」

 

 

今は――、という言い方にクレマンティーヌは片眉を上げた。

 

 

「本当の名は?」

 

「処分された家の娘に、名乗る名はございませんわ」

 

「……へえ」

 

 

そう言い切る図太さに、クレマンティーヌは少しだけ口の端を上げた。

そういう態度を見ると荒らしたくなる。

 

 

「処分された家ってのは?」

 

「地方の小さな領地を預かっていた家です。

 王都の有力貴族様方の懐を寂しくしてしまいまして」

 

 

クレマンティーヌは、すぐに察した。

 

 

(税を誤魔化すのを断ったか、王家寄りに数字をいじったか。ろくでもない理由ね)

 

 

「横領をした、ことになっております。

 実際に懐へ入れたのは別の方々でございましたけれど」

 

「それで家ごと潰されて、お嬢様は行き場なく、ってわけ」

 

「はい。修道院送りの予定でしたが――」

 

 

ルミィは、そこでわずかに目を細めた。

 

 

「殿下が“拾って”くださいましたの」

 

「……拾い物仲間ってわけね」

 

「その通りでございます、クレマンティーヌ様」

 

 

ルミィは、うっすらと愉快そうな顔をした。

「様」を付けながらも、どこか対等な匂いがする呼び方だ。

 

 

「そっちの二人は?」

 

「御者は職人街から召し上げられた者。

 護衛は殿下と同じ派閥に属する貴族様からのお預かり物です」

 

「やっぱり名前は教えないのね」

 

「名を知らぬ方が生き残りやすいこともございますので」

 

 

それは、クレマンティーヌもよく知っている理屈だ。

 

名を知らなければ、報告の精度は落ちる。

そして、使う側もその駒の機能だけに集中できる。

 

法国では、そういう“楽なやり方”を嫌というほど学んできた。

 

 

(王国も似たようなものってことね)

 

 

「このまま王都まで直行?」

 

「いえ。まずは郊外の拠点へ。

 そこで装いや荷を整えたのち、別の姿で王都へ入っていただきます」

 

「周到ね。さすが、あの女」

 

「殿下は、拾い物を大切になさいますから」

 

 

その言い方に、クレマンティーヌは乾いた笑いを漏らした。

 

 

「クライム様も、私も、クレマンティーヌ様も。

 皆、殿下の箱庭に並べられた拾い物ですわ」

 

「その中で、どれが一番のお気に入りか、聞くのは野暮?」

 

「野暮ですわね」

 

 

即答する。

 

その迷いのなさに、クレマンティーヌは少しだけ感心した。

 

 

 

 

馬車は森を抜け、開けた土の道へ出た。

 

ランタンの明かりがわずかに揺れる。

窓越しに見える空には、星がいくつか瞬いている。

 

 

「この辺りは、もう完全に王国領よね?」

 

「はい。形式上も、実質的にも」

 

「……法国の連中が、ここまで追ってくる可能性は?」

 

「ございません」

 

 

ルミィの声に迷いはなかった。

 

 

「国境付近の巡回を増やすよう、すでに手が回っております。

 法国側の動きもある程度は把握しておりますので」

 

「“ある程度”か」

 

「ええ。殿下とて万能ではありませんもの」

 

 

わざとらしく肩をすくめてみせる。

 

クレマンティーヌは、その演技じみた仕草の裏にある本音を探ろうとした。

 

法国側の動き。

叡者の額冠の持ち出し。

巫女姫殺害。

 

ラナーがどこまで読み、どこまで誘導したのか。

 

 

(それを確かめるのが、これからの仕事ってわけね)

 

 

逃げるだけの立場から、情報を拾い並べる立場へ。

 

法国の歪んだ価値観から逃れるために選んだ道が、今度は別の怪物の箱庭へ続いている。

 

それが滑稽であることを、クレマンティーヌ自身もよく分かっていた。

 

 

 

 

数時間も走ったところで馬車が大きく揺れた。

わずかに速度が落ちる。

 

 

「そろそろ拠点に到着いたします」

 

 

ルミィの声に合わせるように、御者の掛け声が聞こえた。

 

窓の外には小さな村の灯りが見える。

だが馬車は村に入らず、その手前で道を外れた。

 

林の中を少し進むと、古びた石壁に囲まれた建物が現れた。

 

教会だった場所だと、すぐに分かった。

 

小さな鐘楼。

崩れかけた聖堂の屋根。

だが扉は新しい木材に替えられており、周囲には最近の足跡がいくつか残っている。

 

 

「昔は地方貴族の祈りの場だったそうです。

 今は殿下の“遊び場”ですけれど」

 

「遊び場、ね」

 

「駒を並べたり、隠したりするには、ちょうどよろしいかと」

 

 

馬車が止まり、扉が開く。

 

夜気が一気に流れ込み、肌を刺した。

クレマンティーヌは外套の前を合わせ、包みを抱え直す。

 

御者と護衛が周囲を警戒する中、ルミィが扉を開けた。

 

 

「どうぞ、中へ」

 

「……罠じゃないでしょうね?」

 

「罠なら、もっと分かりにくくいたしますわ」

 

 

それは、ラナーが口にしそうな台詞だった。

 

クレマンティーヌは鼻で笑い、教会だった建物の中へ足を踏み入れる。

 

 

 

 

内部は、外観よりも整っていた。

 

壊れた長椅子は隅に寄せられ、代わりに簡素な机と椅子がいくつか並んでいる。

奥には寝台が二つ。

壁には地図と、王都から国境までの道のりを示す印がいくつも記されていた。

 

祈りの場は、立派な拠点に変わっていた。

その躊躇のなさに軽いめまいを覚えながらも、どこかで納得している自分がいる。

 

六大神を飾る祭壇ではなく、ラナーの箱庭を飾る駒を並べる場所として、

ここは機能しているのだろう。

 

 

「まずはお身体の手当てを。

 服も、このままでは王都に入れません」

 

 

ルミィが指で長椅子のひとつを示す。

その上には折り畳まれた衣服がいくつか置かれていた。

 

質素だが丈夫そうな布。

平民に紛れられる程度の地味さと、動きやすさを両立した服だ。

 

 

「殿下がご用意なさったものです。

 お気に召さない部分があれば、後ほど調整を」

 

「たぶん、ぴったりかと思いますが」

 

 

クレマンティーヌは外套の留め具に手をかけていた。

 

ルミィと護衛たちが、自然と視線を外す。

その気遣いが本心か演技かを測るのは、今は後回しにした。

 

 

(とりあえず、着替えたいのは間違いないしね)

 

 

流血と泥で汚れた服を脱ぎ捨て、最低限の手当を受けた後、

用意された服に袖を通す。

 

本当に、ぴったりだった。

 

肩幅。

腕の長さ。

腰回りの余裕。

 

どれも、彼女に合わせて誂えたかのようだ。

 

 

「……採寸した覚え、ないんだけど」

 

「殿下は、よく人を観察なさいますから」

 

「……」

 

 

だからこそ、彼女のもとに逃げるのだ。

 

その観察の目が、自分の兄や法国と別のものを見ていると思ったから。

 

六大神ではなく、外から来る“何か”。

 

 

(そこに賭けるっていうなら……付き合ってみても、いいかもしれない)

 

 

新しい服の裾を整え、包みを抱える。

ルミィが改めてクレマンティーヌの全身を一瞥した。

 

 

「お似合いですわ」

 

「ありがと。……で、いつでるの?」

 

「夜が明けてから。

 少しお休みいただいたあと、別の馬車で向かいます」

 

「殿下は?」

 

「すでにお待ちです。

 あなたの状態を確認なさるのをとても楽しみにしておいでですよ」

 

 

法国にどんな扱いを受けたのか。

その言外の意味に、クレマンティーヌは肩をすくめた。

 

 

「ほんと、趣味が悪いわね」

 

「ええ。ですからこそ、私たちに価値を見いだしてくださる」

 

 

ルミィの目が、静かに笑った。

 

その言葉に、自分も含まれていることを、クレマンティーヌは理解していた。

 

六大神に歪められ、兄に縛られ、友人たちを奪われた自分。

その壊れた部分を、あの箱庭の姫は見落としはしないだろう。

 

 

「……いいわ。好きに見ればいい」

 

 

長椅子に腰を下ろし、背もたれに身を預ける。

 

まぶたが重い。

 

川を渡る前から、眠気はとっくに限界を超えていた。

ここまで張り詰めていた糸が、ぷつりと切れる感覚がある。

 

 

「少しだけ、寝るわ」

 

「はい。お休みくださいませ、クレマンティーヌ様」

 

 

叡者の額冠を抱えたまま、目を閉じる。

 

最後に意識の端に浮かんだのは、あの路地裏の夜のことだった。

 

外套をかけられた自分。

壊れずにここまで来てくださいな、と微笑んだ金髪の少女。

 

今度はどんな衣を着せられるのか。

 

そんなことを考えながら、クレマンティーヌは静かに眠りへ落ちていった。




本作のラナーはクレマンティーヌという掘り出し物を見つけた影響で、原作のようにクライムだけに傾倒せず、収集家のような気質になっています。
それにより、原作より多くの情報を手に入れて、より積極的に動いています。

コメント&評価&お気に入り登録ありがとうございます。
反応もらえるって嬉しいんですね……
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