疾風走破と黄金姫   作:火屋

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お待たせしてすみませんでした!!

書きためとこれからのプランが十分に定まったので更新再開です!

更新に間が空いてしまったので、前章までのまとめを一応書いときました。
お役立てください。


第六章 余白は余白であることに
第一話 金印の余燼


 

 

エ・ランテルの街並みを朝の光が照らしている。

 

城壁は相変わらず灰色ではあるが、朝露に濡れた露店の天幕はく光を受け輝いていた。

 

早朝から行商人たちが声を張り上げ、冒険者たちが眠そうな顔で酒場から吐き出されてくる光景も、昔と何ら変わらない。

 

店先の様子には小さな変化が訪れていた。

 

 

「ほらよ! 見ていきな! ちゃんと姫様の御印付きだ!」

 

 

威勢のいい商人が、通りを歩く客へ一本の小瓶を突き出している。

 

淡い青色の液体が揺れる小瓶の首には、小さな金色の札が貼り付けられていた。

 

王冠を象った、妙に愛嬌のある意匠。

 

その下には、小さな文字で、

 

 

『エ・ランテル市・施療所認可済』

 

 

と記されている。

 

施療所に所属する薬師が品質を確認し、販売経路と素材の由来が記録されているのだ。

 

万が一問題が起きた際には、誰が責任を負うのかを追跡できる。

 

今までと比較して品質が向上した訳ではないのだが。

 

 

「姉ちゃん、こっちの傷薬、本当に効くのかい?」

 

「当たり前だよ! 黄金姫様の御印が付いてるんだ。悪い薬のはずがないだろう?」

 

 

客の男が感心したように頷く。

 

隣の露店では、子供を連れた母親が金色の印を指差していた。

 

 

「坊や、見て。姫様の王冠よ。これならお腹が痛くならないからね」

 

「おひめさまが、おくすりつくったの?」

 

「そうよ。きっとね」

 

 

作ってはいない。

 

さらに数軒先でもこの瓶が話題となっている。

 

 

「夜泣きのひどい赤ん坊には、瓶を枕元へ置いて寝るといいらしいよ」

 

「うちの隣の奥さん、それで本当に泣き止んだって!」

 

「そりゃあ黄金姫様だもの。子供好きなんでしょうさ」

 

 

通りの反対側では、若い男が何やら真剣な顔で文具屋の主人に詰め寄っていた。

 

 

「だから、その金色の王冠だけ売ってくれよ!」

 

「無理だって言ってるだろ! あれは薬に貼るための正式な認可印だ!」

 

「そこをなんとか! 好きな女に出す手紙へ貼れば返事が来るって聞いたんだ!」

 

「誰がそんなこと言い出したんだよ!?」

 

 

白い聖職者服の上から灰色の外套を羽織ったクレアは、道端で足を止めた。

 

半眼になり、熱心に値切り交渉を始めた若者を眺める。

 

 

「……ねえ、姫様」

 

「はい?」

 

 

町娘のような質素なワンピースに、ほっかむりを被り、いつもより姿勢を崩して隣を歩くラナーが、涼やかな顔で振り向いた。

 

間から見える朝日を受けた黄金の髪が、件の認可印よりよほど眩しく輝いている。

 

その背後には数名の護衛が一定の距離を置いて付き従っている。

 

クレアは露店に並ぶ金色の札を指差す。

 

 

「あんた、そろそろ神様になれるんじゃない?」

 

「まあ」

 

 

ラナーは可愛らしく目を丸くした。

 

 

「私がですか?」

 

「腹痛を治して、赤ん坊を寝かしつけて、恋まで叶えるらしいわよ。私の知ってる神官よりよっぽど仕事してる」

 

「それは困りましたね」

 

 

ラナーは少し考え込んたような素振りをする。

 

 

「神様というのは、期待されたことすべてに責任を負わなくてもよいのでしょうか?」

 

「知らないわよ」

 

「もし責任を負わなくてよいのであれば、少し魅力的ですね」

 

「やめて。あんたが言うと本気に聞こえる」

 

 

クレアはげんなりした。

 

その間にも、通りの向こうから、

 

 

「黄金姫様の御加護だ!」

 

 

という声が聞こえてくる。

 

ラナーは笑顔のまま、金色の王冠を見つめた。

 

奇妙なものだ。

 

一本一本の薬を彼女が検査しているわけでもない。

 

制度を作り、監査機関を定め、品質を保証する仕組みを組み上げただのは確かにラナーだ。

 

だが、市民たちはその複雑な仕組みなどわかっていない。

 

誰が検査したか。どの条文に基づくか。

 

どんな基準で不良品が排除されたか。

 

そんなものより、

 

 

『金色の王冠が貼ってある』

 

 

という一つの記号の方が、遥かに分かりやすい。

 

そして記号には、本来そこには存在しなかったものまで、少しずつ加えられていく。

 

 

「……面白いですね」

 

「何が?」

 

「いえ。何でもありません」

 

 

ラナーは楽しそうに微笑んだ。

 

クレアはその横顔を見て、嫌な予感がした。

 

この女が「面白い」と言った時は、大抵ろくなことにならない。

 

 

 

 

エ・ランテル中央施療所の裏手には、最近になって妙な部屋が増設されていた。

 

薬品品質審査室。

 

急造の作りに対して、立派な名がついている。

実際に中で行われている仕事も重要だった。

 

ただし。

 

 

「……次、お願いします」

 

「これです」

 

「はい……」

 

 

ンフィーレア・バレアレは死にそうな顔をしていた。

 

机の上には、大小様々な薬瓶。

 

乾燥させた薬草。

 

粉薬。

 

軟膏。

 

煎じ薬。

 

何に効くのかすらよく分からない民間薬。

 

それらを詰め込んだ木箱が、壁際まで山積みになっている。

 

黄金姫の認可印が広まってからというもの、商人たちはこぞって自分の商品にも印を付けたがるようになった。

 

当然だ。

 

同じ傷薬が二本並んでいる。

片方には金色の王冠。

もう片方には何もない。

 

値段が多少高くても、市民は王冠付きの方を買う。

 

信用とは、金になるのだ。

そして金になると分かれば、人は殺到する。

 

 

「ンフィーレアさん、こちらもお願いいたします」

 

「……まだあるんですか?」

 

「はい」

 

 

プレアデス商会より遣わされた、妙齢の美女、ユリ・アルファが眼鏡の位置を直し、無慈悲に次の木箱を机へ置いた。

 

ドン。

 

重い音がした。

 

ンフィーレアの肩も同時に落ちた。

 

 

「昨日の分、まだ終わってないんですけど……」

 

「昨日の分は昨日の分です。本日の受付分とは別になります」

 

「そういう問題じゃないような……」

 

「期限は明日の正午です」

 

「増えてません!?」

 

「認可制度が広く信頼されている証拠です。喜ばしいことですね」

 

「僕はあんまり喜べないです……」

 

 

目の下に薄い隈を作ったンフィーレアが、力なく机へ突っ伏しそうになる。

 

この王都でも滅多に見ないような美女は目の保養にはならないらしい。

 

ぱこん。

 

乾いた間抜けな音が響いた。

 

 

「情けない声出すんじゃないよ!」

 

「いたっ!?」

 

「薬師が薬を見るのを嫌がってどうする!」

 

「おばあちゃん! 嫌がってるんじゃなくて量の話をしてるんだよ!」

 

 

リィジー・バレアレが鼻を鳴らした。

 

 

「昔は上等な薬を作れても、冒険者に使ってもらうには時間をかけて信用を勝ちとらにゃならんかった。

 それが今じゃ、国のお姫様と化け物みたいな商会が揃ってそれを肩代わりしてくれてるんじゃ!贅沢言うんじゃないよ」

 

「だからって一日に何十本も知らない薬を持ち込まれたら……」

 

 

ンフィーレアは恨めしそうに木箱を見る。

 

そこへクレアが顔を覗かせた。

 

 

「おはよ。大繁盛ね」

 

「クレアさん……助けてください」

 

「嫌よ」

 

「即答!?」

 

「私、薬師じゃないもの」

 

「治癒魔法使えるじゃないですか!」

 

「傷口塞ぐのと、どこの誰が鍋で煮たか分からない汁を判定するのは別でしょ」

 

 

もっともな正論だった。

 

クレアは机の上から一本の瓶を拾い上げる。

 

濁った茶色。

 

底には何か黒い沈殿物が溜まっている。

 

 

「……何これ」

 

「咳止めだそうです」

 

「毒じゃなくて?」

 

「たぶん」

 

「たぶんで認可する気?」

 

「だから調べてるんですよ!」

 

 

ンフィーレアは瓶を奪い返し、栓を抜く。

 

慎重に匂いを嗅ぐ。

 

一滴だけ皿へ垂らし、細い棒で粘度を確かめた。

 

先ほどまで死にそうな顔をしていた青年の目つきが、僅かに変わる。

 

 

「……蜂蜜。乾燥させたリュウカ草。それから、たぶん赤根の粉末ですね」

 

「それだけ?」

 

「いえ……これは……」

 

 

ンフィーレアは指先へ僅かな液体を取り、舌先へ触れさせた。

 

 

「ちょっと」

 

「大丈夫です。この程度なら」

 

 

眉を寄せる。

 

 

「苦い……でも、苦味の出方がおかしいな。煎じすぎて薬効成分が壊れてる。これだと咳にはほとんど効きません」

 

「じゃあ不合格ね」

 

「待ちな」

 

 

リィジーが横から瓶を奪った。

 

鼻を近づけ、一度振る。

 

 

「赤根は古いやつだね。去年採れたのを乾燥させすぎたんだろうさ。

 作った奴も分量を誤魔化したわけじゃない。ただ素材が悪い」

 

「薬効としては基準値には達していません」

 

 

ユリが淡々と言った。

 

 

「現行規定では不認可が妥当でしょう」

 

「薬草なんて畑と雨で毎年変わるんだよ。同じ分量入れりゃ同じ薬になると思ってんのかい?」

 

「だからこそ完成品の基準を設けています」

 

「その基準からちょいと外れたら全部ゴミ箱かい?」

 

「認可とは、一定以上の品質を保証するための制度ですので」

 

「頭固いねえ!そんなことしてたら今の需要じゃ奪い合いになるよ!昔から薬なんて気休めも混みなんだ!」

 

「おばあちゃん、ユリさんに喧嘩売らないで!」

 

 

ンフィーレアが慌てて二人の間へ割って入る。

クレアは吹き出した。

 

 

「何がおかしいんですか!」

 

「いや。あんた、立派に板挟み役が身についてきたわね」

 

「全然嬉しくないです!」

 

 

少し離れた場所で、ラナーは黙ってその光景を眺めていた。

 

薬師と言っても、その実力には大きな幅がある。

毎年、全く同じように作るような者も居れば、その日の湿り気や温度、材料の状態で細やかな調整を行う者も居る。

 

バレアレ師弟のように材料を即座に判定できる者は貴重だ。

 

素材、保存状態、調合法、効果。

 

さらには、飲む者の状態まで想定する。

 

その上で、数字では僅かに基準を下回る薬が、本当に捨てるべきものかを考える必要がある。

 

実に地味だ。

 

世界の行く末を左右するような仕事には、とても見えない。

 

だが。

 

 

「……ンフィーレアさん」

 

「はい?」

 

 

ラナーに呼ばれ、青年が慌てて背筋を伸ばした。

 

 

「そのお薬は、結局どうするのです?」

 

「あ、ええと……」

 

 

ンフィーレアは瓶と記録票を見比べる。

 

 

「正式な咳止めとして認可するには、少し効き目が弱すぎます。ただ、危険な成分はありません。だから……」

 

「だから?」

 

「『軽症向け』として別の表示をつければいいんじゃないでしょうか。値段も少し下げて。作った人には、次から煎じる時間を短くするよう伝えて」

 

 

ユリの眉が僅かに動いた。

 

 

「新しい区分を増やすのですか?」

 

「……駄目ですか?」

 

「管理項目が増えます」

 

「でも、捨てなくて済みます」

 

「審査項目も増えます」

 

「うっ」

 

「書類も増えます」

 

「…………」

 

 

ンフィーレアが目に見えて萎れた。

 

リィジーが腹を抱えて笑う。

 

クレアも肩を揺らした。

 

ラナーだけが、楽しそうに目を細める。

 

 

「よいと思います」

 

「王女殿下?」

 

「一種類の印ですべてを区切る必要はありませんもの。必要なら区分を増やしましょう」

 

「姫様!?」

 

 

悲鳴を上げたのはンフィーレアだった。

 

ラナーはにこりと笑う。

 

 

「大丈夫ですよ。ンフィーレアさんならできます」

 

 

輝く黄金の笑顔にンフィーレアは言葉を詰まらせる。

 

 

「ふふ」

 

 

笑い声が室内に広がる。

 

机の上には、まだ大量の薬が残っている。

 

薬を正しく作る仕事。

正しく作られたことを確かめる仕事。

その事実を記録する仕事。

記録されたものへ印を付ける仕事。

 

一枚の金色の札が店頭へ並ぶまでに、以前は存在しなかった仕事が、少しずつ増えていた。

 

 

 

 

昼を過ぎた頃。

 

ようやく一息ついたンフィーレアは、施療所の裏庭にある木箱へ腰を下ろしていた。

 

手には硬い黒パン。

 

もう片方の手には、薬草を煮出した薄い茶。

 

クレアが隣に腰掛ける。

 

 

「昼飯、それだけ?」

 

「忙しくて」

 

「死ぬわよ」

 

「あの施療所で働いてる人に言われたくないです」

 

「私は死にそうになったら自分で治せるから」

 

「ずるいなあ……」

 

 

ンフィーレアが苦笑する。

 

その顔には疲労が浮かんでいる。

 

しかし、審査室で薬瓶を握っていた時の彼は、不思議なほど生き生きとしていた。

 

クレアはぼんやりと、その横顔を眺める。

 

法国なら。

 

そんな考えが、ふと頭を掠めた。

 

もし、あの国がンフィーレアの本当の才能を知ったなら。

 

彼をこんな場所で、咳止めの濃さを調べるために座らせておくだろうか。

 

答えなど考えるまでもない。

 

価値を測る。

 

用途を決める。

 

囲う。

 

使う。

 

そして。

 

 

――では、ラナーなら?

 

黒パンを噛むンフィーレアの向こう。

 

施療所の窓から、黄金の髪が一瞬見えた。

 

クレアは視線を逸らした。

 

 

「クレアさん?」

 

「……何でもない」

 

「そうですか?」

 

 

ンフィーレアはそれ以上追及しなかった。

 

代わりに、手元の黒パンを半分に割る。

 

 

「食べます?」

 

「いらない」

 

「即答ですね」

 

「硬そうだもの」

 

「硬いですよ。すごく」

 

「じゃあ何で勧めたのよ」

 

「一人で食べるの寂しいじゃないですか」

 

「……」

 

 

呆れながらも、クレアは半分を受け取った。

 

噛む。

 

硬い。

 

 

「……不味い」

 

「でしょう?」

 

「そこは否定しなさいよ」

 

 

二人は笑った。

 

何の意味もない昼休みだった。

 

ただ、疲れた薬師が硬いパンを食べているだけだった。

 

クレアは、その時間が妙に気に入っていた。

 

 

 

 

夕刻。

 

施療所の仕事を終えたクレアが、エ・ランテルの市庁舎へ戻った頃には、窓の外が赤く染まり始めていた。

 

臨時に用意された応接室の扉を開く。

 

 

「戻ったわよ」

 

「お疲れ様でした」

 

 

ラナーは既に待っていた。

 

机の上には紅茶と菓子。

 

そして。

 

紙。

 

嫌になるほどの紙。

 

クレアの足が止まった。

 

 

「……何、それ」

 

「書類です」

 

「見れば分かる」

 

「でしたら、聞かなくてもよかったのでは?」

 

「そういう意味じゃないわよ」

 

 

机の上には、王都から運ばせたらしい羊皮紙の束がいくつも積まれている。

 

見覚えのある封蝋。見覚えのある筆跡。

 

クレアのものだ。

 

定期報告書。

 

ラナーへ送り続けてきた、自分自身の記録。

 

 

「姫様」

 

「はい」

 

「それ、まさか全部読み直す気?」

 

「もう読みましたよ」

 

「……いつ?」

 

「クレアがお仕事をしている間に」

 

「暇人」

 

「王女に向かってひどいですね」

 

 

ラナーは傷ついたように頬へ手を当てる。わざとらしく。

 

クレアは嫌そうな顔で椅子へ座った。

 

紅茶を一口。

 

妙に甘い。

 

 

「で?」

 

「何がです?」

 

「これ見せるために呼んだんでしょう」

 

「ええ」

 

 

ラナーは笑った。

 

昼間、市場で黄金の印を眺めていた時と同じ。

 

何かを見つけた時の笑顔。

 

クレアの背筋に、嫌な感覚が走る。

 

ラナーは一番上の報告書を指先で撫でた。

 

モモン。

 

ナーベ。

 

ズーラーノーン。

 

施療所。

 

冒険者組合。

 

クレアがエ・ランテルで見てきたもの。

 

調べたもの。

 

危険だと判断したもの。

 

役に立つと判断したもの。

 

そのすべてが、紙の上に並んでいた。

 

 

「ところで、クレア」

 

「……何よ」

 

「先日の続きをいたしましょうか」

 

 

ラナーの声は、春の日差しのように穏やかだった。

 

 

「ンフィーレアさんについてです」

 

 

ゆっくりと、紅茶のカップを置く音が静かに響いた。

 




毎日更新、やっていくわよ!
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