疾風走破と黄金姫   作:火屋

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日刊ランキングの下の方だけど、載ってて嬉しかったので今日は二回更新です!(宵越しのストックは持たねえ)


第七話 箱庭の治癒師

 

小さな部屋に、薄い薬草の匂いが漂っていた。

 

城の一角。 兵舎と侍女部屋のあいだに、簡素な診療所としてしつらえられた部屋だ。

 

粗末な木のベッドが三つ。 壁際には、水の入った桶と布。

棚には包帯と、いくつかの薬瓶。

 

その真ん中で、修道女の装いのクレア――クレマンティーヌは腕を組んで立っていた。

 

 

(……診療所、ね)

 

 

この簡易な診療所はラナーが試験的に城内に導入したものだ。

居場所の提供、兼、実験といったところだろう。

 

安心感は仕事の質を上げる。

仕事場の近くに治療場を作るのはそういった効果を狙っているのだろう。

 

実際、戦場においても腕の良い治癒師が控える隊は強い。

リスクを取った動きへの躊躇がなくなる。

結果的に、そのリスクを取った行動が全体の被害を抑え、

リスクの低い行動に化けることもままある。

 

ベッドのひとつでは、若い兵士が足を投げ出して座っている。 膝には布で巻いた即席の包帯。

彼はどこか居心地悪そうに、ちらちらとクレアを見上げていた。

 

 

「あ、あの……本当に、治癒師様、なんですよね?」

 

 

若い女、それもいかにも育ちが良さそうではある。

しかし、不意の目つきや纏う雰囲気が険しすぎるのだ。

 

さらに、ラナーからの指示も怪しさに貢献している。

普通ではありえないほど細かい問診票の作成を命じられているのだ。

 

例えば痛みについてなら

 

――今の痛みを、10段階で言えばどれくらいですか。

(ほとんど気にならないを1、我慢できないくらいを10)

――痛みが続いている方にお尋ねします。一番痛かったときを10として、今の痛みはどれくらいですか?

 

などといくつも質問が続いていく。

 

ルミィに言わせると殿下は昔からなんでも数えたがる癖があるらしい。

 

医者でもないクレアが適切に仕事をできるように、

との配慮とも思えるが、些か度が過ぎている。

 

この問診票の作成には慣れておらず、自然と眉間に皺が寄ってしまう。

 

患者の方だって、ちょっとした怪我でこんなに根掘り葉掘り聞かれてはたまったもんではないだろう。

 

うんざりした気持ちと少しの嗜虐心を込めて作り笑いを浮かべ兵士に答える。

 

 

「殺す方が得意ですが、治すのも一応できますよ」

 

 

コイツ、兵士の癖に露骨に怯えていて面白いわね。

 

部屋の隅で水を替えていたルミィが、慌てて振り返り非難の視線を向けてきた。

 

 

「ふふ、冗談です」

 

「こ、こちらこそ、失礼なことを言ってすみませんでした!!!」

 

 

ルミィはため息をひとつ。

慣れているのか、諦めているのか、その境目くらいの表情だ。

 

書類の作成が終わり、クレアは兵士の膝に軽く手をかざした。

 

包帯の下から、じわりと赤が滲んでいる。

 

 

(擦り傷。段訓練中の転倒とのことね)

 

 

指先に意識を集中させる。

 

呼吸を整え、心のどこかをごく一部だけ、昔の祈りの形に重ねる。

 

 

軽傷治癒(ライト・ヒーリング)

 

 

淡い光がクレアの指先から滲み出た。

 

兵士の膝。血と土の混ざった皮膚。

そこに光が染み込み、ほんの数秒で赤みが引いていく。

やがて、汚れだけが残り、傷が消え去った。

 

 

「……おお」

 

 

兵士が素直な感嘆の声を漏らす。

 

 

「すげえ、本当に……」

 

「本物の治癒師様ですよ。だから最初から信じるべきですのに」

 

 

ルミィが、わざとらしく肩をすくめてみせた。

 

クレアは治癒を終えた手を軽く振る。

まだ自分以外を治すのは慣れていない。

殺すための武技と違い、この魔法は指先に違和感を残す。

 

 

「次」

 

 

指を切った侍女が、おずおずと手を差し出してきた。

 

小さな手。 薄い傷口。

 

彼女の怯えに、幼いときの自分を思い出した。

 

 

「怖がらなくていいわよ。痛くはしない」

 

「は、はいっ」

 

 

長い問診が終わり、クレアの指先から光がこぼれ、

侍女の指をなぞるように流れていく。

傷が消え、侍女の顔にぱっと花が咲いたような笑顔が広がった。

 

 

「あの、ありがとうございます……!」

 

「血の汚れは病気の原因になるから、しっかり手を洗って仕事に戻りなさい」

 

「は、はいっ!」

 

 

侍女はぺこりと頭を下げて部屋を出ていった。

 

残されたクレアは自分の口から出た言葉を思い返して、少しだけ眉をひそめる。

 

医者でも神官でもない。

自分は、六大神の名のもとに散々殺してきた暗殺者だ。

 

治すための言葉は似合わない。

 

 

「クレア様」

 

 

ルミィが、そっと水の入ったカップを手渡してくる。

 

 

「お疲れではありませんか?

 まだ本調子ではないでしょうに」

 

「この程度、疲れに入らないわ」

 

 

ルミィがくすりと笑う。

 

 

「……似合っていらっしゃいますよ。

 治すクレア様も」

 

「似合わないわよ。私の手は殺すためのもの」

 

 

即答すると、ルミィは少しだけ首を傾げた。

 

 

「殺すために使っていた手でも、治すために使えば“治した手”にもなります」

 

「理屈としては間違ってないけど」

 

「殿下も、そうおっしゃると思いますわ」

 

 

ラナーの顔が頭をよぎる。

 

扇子を持つ細い指。 箱庭の駒を動かす時の、子供じみた笑顔。

 

 

(事実しか見ないあの女が言いそうな台詞ね)

 

 

クレアは水を一口飲み、喉を湿らせた。

 

 

 

 

その日の仕事が一段落したところで、扉が控えめにノックされた。

 

 

「失礼いたします」

 

 

顔を出したのは、兵士用の制服を着た少年――いまは青年に近い年頃の姿だった。

 

灰色の瞳。

整えられた金髪。

腰には訓練用ではなく、本物の剣。

 

クレアは、一瞬だけ目を細めた。

 

 

(……そう来るのね)

 

 

ルミィが先に声を上げる。

 

 

「クライム様。どうなさいましたか?」

 

「ラナー様から、クレア様の“様子を見てくるように”と」

 

 

クライムは、少しだけ言い淀んだあと、真面目な顔で部屋の中を見渡した。

 

患者の姿はなく、修道女と侍女だけがこの部屋にいる。

 

彼の視線が、修道女で止まる。

 

 

「あなたが……クレア様、ですね」

 

「はい、私がクレアと申します」

 

 

クレアは腕を組んだまま、クライムを頭のてっぺんから足先まで眺めた。

 

細かった腕に、筋肉がついている。

立ち姿はまだぎこちないが、それでも「倒れない軸」を意識しているのが見て取れた。

 

 

(見違えたわね、あのときのガキが)

 

 

路地裏にいた骨と皮ばかりの少年。

コイツを殴っていたゴロツキを殺し、

銅貨を渡してやった。

 

少年はその銅貨で生き延び、ラナーに拾われたらしい。

 

潜入中に再び出会い、なんでも第三王女付きの騎士をしていると聞いて驚き、

さらにその王女と()()顔を合わせることになり……

 

思い出している場合ではない。

今はラナーのところに身を寄せる、"訳あり"の治癒師として振る舞わなければならない。

せっかく用意してくれた立場をものの数日で壊す必要もないだろう。

 

 

「ラナー様は、“クレア様の仕事ぶりが気になる”とおっしゃっていました」

 

「お気にかけていただき光栄ですわ」

 

「殿下は、クレア様をとても心配しておられるようでしたが」

 

 

クライムは本気でそう信じている顔をしていた。

 

やっぱり、ムカつく。

 

先ほどの思考とは矛盾する、立場を乱す振る舞いにはなるが、

ラナーに少し嫌がらせをしてやろうと思いつく。

 

 

「……クライムさん」

 

「え?」

 

 

クレアは立ち上がると、クライムの正面に回り込んだ。

 

 

「剣、抜いてみせてくださいますか?」

 

「え、と……ここでですか?」

 

「抜くだけでよろしいので」

 

 

ちょっとだけ色っぽく聞こえるように意識する。

クライムは戸惑っている。少し顔も赤い。

ルミィが胡乱そうな目で見ながらも、さっと棚の上の瓶を避け、

咳払いをする。

 

クライムは我に返り、ゆっくりと腰に差した剣を抜いた。

無駄な音を立てず、刃の向きもきちんと考えられた動きだ。

 

 

(ふうん)

 

 

クレアは、自然な動作で横からすっと手を伸ばし剣に触れた。

その瞬間、クライムがわずかに肩を強張らせる。

 

 

「今の反応、悪くないですわね」

 

「はあ……?」

 

「誰かに武器を触られた時、身体が先に動いたのは良いと思います。

 ただ、肩を上げすぎたり、力が入りすぎたりするとそのまま固められて折られますわ」

 

 

クライムの肩に指を置き、くっと押し下げる。

 

 

「力を抜いて。持つのはここ、締めるのはここです。

 剣を握ってるのは手だけじゃない」

 

 

腰と背中、脚の使い方を指でじっとりと示していく。

 

年上の女にいきなり身体に触られ、顔を赤くしている。

 

(ふーーーん? 確かに可愛いじゃない?)

 

 

「もう一度構えてくださる?」

 

 

今度は、さっきよりも少しだけ滑らかな動きになっていた。

 

クレアは、心の中で小さく頷く。

 

 

(悪くない。大分マシになった)

 

 

ふざけているようで、剣については真面目に教えている。

 

 

「ありがとう、ございます。

 あの……クレア様は、剣にもお詳しいんですね」

 

「それほどではございませんわ」

 

 

クレアが花が咲くようにやわらかく微笑むと、クライムはまた耳を赤くした。

 

 

「し、失礼しました!」

 

 

ルミィがそっと口元を押さえて笑いを堪えている。

 

 

(騎士っていうよりはまだまだ子犬ね)

 

 

クレアはなぜか子犬と言ったときにラナーの顔が浮かび悪寒を覚えた。

 

 

 

 

 

クライムが去った後、部屋にはクレアとルミィだけが残った。

 

 

「クレア様」

 

 

ルミィが、そっと口を開く。

 

 

「さっき、少し楽しそうでしたわね」

 

「……」

 

「クライム様の剣を直しておられる時です。

 まるで……弟か、昔の自分でも見るような目でした」

 

 

クレアは無意識に眉をしかめた。

 

 

「弟なんていないわ」

 

「では、“昔の自分”の方かしら」

 

 

無意識か口調も砕けている。

 

 

「私も、クライム様も、クレア様も。

 拾い物同士ですもの」

 

 

その言葉に、クレアは視線を逸らした。

 

拾い物。

捨てられかけたものを拾い集めて並べる、あの女の趣味。

 

クライムは自覚なく喜んで首輪をつけている。

ルミィも、どちらかと言えばそうだろう。

自分もそのうちそうなるのだろうか。

 

 

(……本当に、悪趣味)

 

 

けれど――。

 

 

「……あのガキが、死ななそうになるのは、まあ悪くないわね」

 

 

ぽつりと漏らすと、ルミィは嬉しそうに目を細めた。

 

 

「ええ。殿下も、同じことをおっしゃると思いますわ」

 

 

クレアは、何も答えなかった。

 

水の入ったカップの底に、小さく揺れる光が映る。

 

殺す手。治す手。

誰かの剣を少しだけマシにする手。

 

全部私の手。

 

境界が曖昧になっていく。

 

そう思いながらも、クレアは次の患者を待つ。

 

小さな診療所で。

箱庭の片隅で。




誤字報告ありがとうございました。
また、お気に入り&評価もありがとうございます!
みなさんのおかげで読んでくださる人がじんわり増えてて嬉しいです……
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