Have a break? ― ヒーロー店主とヴィランメイド ―   作:藍色 紺

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■□ 第14話 サザンテラス、気づいてしまったサイン

 風を切って、七里は夜のLUMINEの屋上へ降りた。

 着地の衝撃でネオンが砕けて跳ねた。

 

 鞭が来る。速い。

 空気が切れる感覚で、七里はのけぞった――が、鞭の先端は予想外の動きをし、さらに七里に向かう。反動のまま、さらにバク転する。

 

「追うより追わせろってね! 子猫ちゃん!」

 

 反射で叫び、蹴りを返す。

が、女王様は大きく間合いを開けた。

 大平のゆっくり解説動画が出てからというもの、女王様の戦い方が変わった。寝技を避けて、距離を取っている。

 

 案外、ナイトブレイク・チャンネルを見てるのかもな。

 

「いやぁ~、皆さん、見えますかコレ! “LUMINE”が“MINE”! “私のもの”ですよ。新宿は女王様の手に落ちたのかぁ!?」

(LU消えただけで意味深w)(そして再分配)(お慈悲を~)

 

 壁面の大型ビジョンから声が聞こえてくる。ドローンが七里の目の前でしつこくホバリングする。いつもなら巻き添えを警戒して遠くから撮影しているのに、今日のナイトブレイク・チャンネルはひつこい。

 

 七里は、喉の奥で音を殺した。

 

 ヘルメットは、外側から顔が見えないようにミラーシールドにしてある。とはいえ、アップで撮られていい気持ちはしない。ましてや、戦闘中は本能の今は、理性より本能が勝っている。

 

 空気のうねりを感じ、七里は一歩だけ軸をずらす。

 鞭がわずかに頬をかすめ、火花が散った。

 空を切った金属の勢いは止まらず、ドローンを真っ二つに裂いた。

 

 実況が叫ぶ中、女王様の長い髪が揺れた。

 黒いボンテージが、MINEの白いネオンへと飛び降りた。

 

 

七里はそれを追って、サザンテラスへ飛び降りた。

人気のないテラスの中央に、女王様が立っていた。

青白いイルミネーションが、エナメルのマスクに鈍く反射する。

 新宿南口近くのゆったりとしたテラス型広場だ。各種電車が並走している。

 

 

 まるでリズムを取るように、鞭が規則的に地面のタイルを叩いている。

先端の黒い稲妻型の金属が擦れ、不愉快な音が響く。

 

「ショーはもうたくさんだわ」

 

「二人だけのランデブーをご所望かな」

 

 言葉が交わされた瞬間、二人同時に動いた。

 

 鞭が跳ね、ブーツの底がタイルを裂く。

 圧の“起こり”で、七里の身体が前のめりになる。

 雷を引き裂くような軌道で金属が伸びる。

 

 次の瞬間――

 

 視界がスローモーションに落ちた。

鞭の軌道だけが、異様にくっきり見える。

 

七里は右へ捻ってかわす――が、わずかに遅い。風が腕を焼く。

 反射で拳を振り、グローブの鉄芯で鞭を弾いた。

 

狂った軌道の稲妻が、女王様のマスクを裂いた。

二人の息が止まる。

 

「……っ!」

 

 青いイルミネーションに照らされて、刻まれた隙間から見えた――左耳。

 

 黒い点が、光に照らされて、白い肌に浮かぶ。

 七里の瞳孔が拡大する。

 

 ……見覚えが、ある。

 

 右腕に痛みが跳ねた瞬間、身体が動いた。

逃がさない――それだけが、七里を支配した。

 

 女王様との距離を一歩で、イーストデッキの欄干に追い詰める。お互いの呼気が触れる距離。

 逃がさない。その一点だけが、全身を支配している。

 

血が、女王様の耳から、そして七里の腕から流れる。

 光の層が、二人の影を重ねた。

 

 ――耳のほくろ。

 喫茶まきで見た瞳。

 

「ゆ――」

 

 七里が名を呼ぼうとした瞬間、女王様が、真っ赤なルージュから白い歯をのぞかせた。

挑発でも、勝利でもない。

秘密を分け合う蠱惑的な笑顔にあっけを取られる。

 

七里が息を呑む。

 その刹那――、女王様は後ろへ、欄干から身を翻した。

 

 同時に電車が走り抜け、銀色の車体が光を散らした。

 その光の消えた先に――女王様はいない。

 

 追い付いてきたドローンが、七里を周遊する。

 七里は、ヘルメットに二本指をつけた。

 

「出ました! ブレイカーの夜風サインです! 今夜の勝者もブレイカー!」

(どこ壊した?)(やっぱ新宿)

 

 七里は、右腕を抑え、静かに息を落とした。

 イルミネーションが遠ざかる。

 

 

■━━━□

 

 

 喫茶まきの灯りが見えた。

胸の奥が、じん、と温かくなる。

――、帰ってきた。

 

店長のバイクがない。

いない――その事実に、ほっとした。

……なのに、息も詰まる。

 

 ブレイカーは店長かもしれない。

 至近距離で見た瞳を思い出す。

 寒い日のマグカップに入ったコーヒーみたいな色。

 

 それと、ブレイカーの真っ直ぐ燃えるような視線は全く違う。

 

 でも、似てると思ってしまった。

 考えるな――逃げろ。

 身体が勝手に動いた。

 

 聞きたくなかった。ヘルメットでくぐもった声で、呼ばれたくなかった。

 呼ばれたら、もう会えなくなる。

 関係が壊れてしまう。

 

 誰もいない裏口に手をかけ、指先が震えた。

 ドアを閉め、身体を店内に滑り込ませる。

 レトロな石油ストーブの発する温かさも、コーヒーの香りも、喫茶まきに閉じ込めておきたい。

 

 冷えたロッカー室で、手袋を外す。

 着替えなきゃ。店長が帰ってくるまでに。早く。

 

 喫茶まきの閉店時間まで残り三十分。

 店長がブレイカーの追っかけで戻らなければ、鍵は由依が閉めることになっている。

 

それでも、会いたい。

会っちゃったら――どうなるんだろ。

 

 

 震える手で、マスクを外すと、乾いた血が剥がれた。

 鏡を見て、自分に驚く。

 女王様でも、メイドでもない。

 女王様の服を着て、怯える和田由依がいた。

 

 ファスナーを下ろす。

 黒い革の内側に汗をかいて、冷たい。

 震える指先が思うように動かず、網タイツを脱ぐのは諦めた。

 

 女王様の網タイツの上から、パニエを履き、ロングワンピースをかぶる。黒いワンピースの上に、白いエプロンをつける。

 リボンの柔らかさに、顔をしかめた。

 

「バイトに戻るだけ……」

 

 いつもウキウキで着ているはずのメイド服が苦しい。

 

 もう一度鏡を見る。

 髪をおさげに結いながら、何度もいつも通り笑う練習をする。

 メイドの由依ちゃんに戻れるように。

 指はまだ戦場の震えを覚えている。

 

 ――そのとき、喫茶まきの裏手で、バイクの音がした。

 

 

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