Have a break? ― ヒーロー店主とヴィランメイド ―   作:藍色 紺

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□ 第20話 強くなりたい夜

 やけに白っぽいLED照明に照らされた店内に、色違いの服が無数に並ぶ。

 SALEのポップが、エアコンの風に揺れる中、由依はトップスの棚の前で悩んでいた。

 

 どうしたってニットに目がいってしまうのがくやしくて、スウェットの列に移動したのがさっき。

 

 派手なプリントは、子供っぽいよね。

 じゃあ、リボンはどうかな――。

 

 肩の開いたデザインは、女王様っぽいのか、かわいいのか判断が付かずに、周りを見回す。

 他の客が、鏡の前で服を合わせているのを見て、なるほど、と納得した。

 

 次、バイクに乗せてもらうとき、かわいいって思って欲しい。

 大胆なデザインと、ふわふわした素材のどっちが好きかな。

 

 長谷さんの反応がわからず、交互に顔に当ててみるがわからない。

 

「ご試着もできますので」

 

 いきなり声をかけられて、由依は声が出るかと思った。

 初めて入った服屋は、学校の友達がよく持っている袋から選んだだけだ。

買い方がわからずに、逃げるように店から屋外へ出た。

 勢い余ってぶつかりそうになったサラリーマンに、頭を下げる。

 顔から火が出そうで、少しでも早く店から離れたい。

 

「およよ。メイドちゃん。どーしたの、こんなとこで」

 

 声をかけられ、聞きなれた軽い声色に足を止めてしまった。

 やたら通る、半分笑ってるみたいな口調で、距離を詰めてくるのが苦手だ。

 

 トレンチコートを着た大平だ。

 

「まさか、ここでお買い物? テイスト違うの、どんな心境の変化なのかな」

 

 由依は眉をわずかに寄せた。

 

 こういうところだ。

 悪気はないのに、無神経なところだけは誰より鋭い。

 

「……別に」

 

「あ、そぉお? それよりさ、さっき見ちゃったんだよねぇ」

 

 足を止めてしまったことを悔やみながら、それでも返事をしてしまうのは、常連さんだからだ。長谷さんのためには、仕方ない。

 

「ニュースって感じですね。何を見ちゃったんですか?」

 

「七里君」

 

 大平の眼鏡が光った気がした。

 

「え――、長谷さん、ですか?」

 

 急に鏡が見たくなった。変な恰好してないだろうか。

 

「|長(・)|谷(・)さん……ねぇ。誰と一緒にいたと思う?」

 

 由依の警戒心が最大限に高まる。

 知りたい――。でも、知りたくない。

 

 店以外の長谷さんを、見たのは横浜の一度きりだ。

 

「ケーキの子だよ。あのかわいい子」

 

 荏田さんだ――。

 世界が色を失ったように感じた。

 

「お似合いだよね。あの二人、付き合ってんの?」

 

 言葉は凶器になりえる――。

 吹き出した痛みが止まらず、頬がひくつく。

 

「……お仕事の、関係で……ご飯に行くって」

 

 声が震えないように、ひと文字ずつ噛みしめた。

高揚していた気持ちが、急降下し、悔しくて痛みを堪える。

 

誰もいないのに、大平の背後にある自販機から、ひとつだけペットボトルが落ちる音がした。

大平は気づかない。

 

「そんなの建前でしょ。大人はさ、メシ行くのも駆け引きだよ。メイドちゃんにはまだ早いか~」

 

頭を殴られたような衝撃を感じた。

 

どうせ子供だし……。

七里さんも、社会に出て欲しいと言っていた。やっぱり――。

デート――。

 

奥歯を噛み締める。

大平の前で取り乱すのは絶対に避けたい。そんな失態を犯せば、この先何と吹聴されるかわかったもんじゃない。

 

もう、黙ってよ!

 

言葉にできない圧を、胸の奥で弾けた。

瞬間、自販機が揺れ、けたたましい音とともに無数のペットボトルが落下した。

 

「おわっ!? 超常現象!?」

 

 大平が、背後を振り向いたチャンスに、由依は逃げ出した。

 

 息の続く限り、走る。

 人の波をかいくぐり、助けを求めるように、暗い中を走る。

 

 たった一回、バイクに乗せてもらっただけで舞い上がってた。

 次だなんて、社交辞令だったのかも――。

 

 でも、そんなことでインカムを買ったりするかな。

 ネットで調べた価格は、さっき見た服屋さんなら一式が揃うほど高かった。

 気まぐれで買う値段ではない。

 それが嬉しかった。

 

 長谷さん――。

 一度呼び始めた名前は、驚くほどすんなり馴染んで、もう元の呼び方には戻れそうにない。

 由依スペシャル――。あんなことを、誰かれ構わずにする人じゃないもん――。

 

 知っている長谷さんは、今まで知っている誰よりも優しい。

 見つめてくれる眼差しが、とろけそうに甘くて、自分にだけ向けられていることがたまらなく幸せだった。

 

 角を抜け、喫茶まきへの道を辿っていることに気が付き、走るのをやめた。

 暗闇に、白い息が激しく上がる。

 

 もし、喫茶まきに行って、荏田さんと二人きりだったら?

 

 こんな情けない気持ちは初めてで、苦しくて、胸をかきむしりたくなる。

 そして、こうも思った。

 

 こんなの女王様らしくない。

 

私は、ブラックサイクロンの女王様だ。

恋だの愛だの、どうでもいい。

そんなの私らしくない。

孤独は強さだ。

 

それより、さっきのあの感覚――。

 

意識を前にあるガードレールに向ける。

ぼんやり浮かぶ白い曲線を見つめて、圧を加えた。

 

鈍い音を立てて、ガードレールが丸まっていく。

その変形を見た瞬間、妙に研ぎ澄まされた感覚がした。

 

使える――。

 

由依は夜空を仰いだ。街頭の灯りがまつげについた雫を反射する。

 

「強くなるんだ。もう、誰にも負けない」

 

 喫茶まきへの道に背を向けて、駅へとひとり歩き出した。

 

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