Have a break? ― ヒーロー店主とヴィランメイド ― 作:藍色 紺
やけに白っぽいLED照明に照らされた店内に、色違いの服が無数に並ぶ。
SALEのポップが、エアコンの風に揺れる中、由依はトップスの棚の前で悩んでいた。
どうしたってニットに目がいってしまうのがくやしくて、スウェットの列に移動したのがさっき。
派手なプリントは、子供っぽいよね。
じゃあ、リボンはどうかな――。
肩の開いたデザインは、女王様っぽいのか、かわいいのか判断が付かずに、周りを見回す。
他の客が、鏡の前で服を合わせているのを見て、なるほど、と納得した。
次、バイクに乗せてもらうとき、かわいいって思って欲しい。
大胆なデザインと、ふわふわした素材のどっちが好きかな。
長谷さんの反応がわからず、交互に顔に当ててみるがわからない。
「ご試着もできますので」
いきなり声をかけられて、由依は声が出るかと思った。
初めて入った服屋は、学校の友達がよく持っている袋から選んだだけだ。
買い方がわからずに、逃げるように店から屋外へ出た。
勢い余ってぶつかりそうになったサラリーマンに、頭を下げる。
顔から火が出そうで、少しでも早く店から離れたい。
「およよ。メイドちゃん。どーしたの、こんなとこで」
声をかけられ、聞きなれた軽い声色に足を止めてしまった。
やたら通る、半分笑ってるみたいな口調で、距離を詰めてくるのが苦手だ。
トレンチコートを着た大平だ。
「まさか、ここでお買い物? テイスト違うの、どんな心境の変化なのかな」
由依は眉をわずかに寄せた。
こういうところだ。
悪気はないのに、無神経なところだけは誰より鋭い。
「……別に」
「あ、そぉお? それよりさ、さっき見ちゃったんだよねぇ」
足を止めてしまったことを悔やみながら、それでも返事をしてしまうのは、常連さんだからだ。長谷さんのためには、仕方ない。
「ニュースって感じですね。何を見ちゃったんですか?」
「七里君」
大平の眼鏡が光った気がした。
「え――、長谷さん、ですか?」
急に鏡が見たくなった。変な恰好してないだろうか。
「|長(・)|谷(・)さん……ねぇ。誰と一緒にいたと思う?」
由依の警戒心が最大限に高まる。
知りたい――。でも、知りたくない。
店以外の長谷さんを、見たのは横浜の一度きりだ。
「ケーキの子だよ。あのかわいい子」
荏田さんだ――。
世界が色を失ったように感じた。
「お似合いだよね。あの二人、付き合ってんの?」
言葉は凶器になりえる――。
吹き出した痛みが止まらず、頬がひくつく。
「……お仕事の、関係で……ご飯に行くって」
声が震えないように、ひと文字ずつ噛みしめた。
高揚していた気持ちが、急降下し、悔しくて痛みを堪える。
誰もいないのに、大平の背後にある自販機から、ひとつだけペットボトルが落ちる音がした。
大平は気づかない。
「そんなの建前でしょ。大人はさ、メシ行くのも駆け引きだよ。メイドちゃんにはまだ早いか~」
頭を殴られたような衝撃を感じた。
どうせ子供だし……。
七里さんも、社会に出て欲しいと言っていた。やっぱり――。
デート――。
奥歯を噛み締める。
大平の前で取り乱すのは絶対に避けたい。そんな失態を犯せば、この先何と吹聴されるかわかったもんじゃない。
もう、黙ってよ!
言葉にできない圧を、胸の奥で弾けた。
瞬間、自販機が揺れ、けたたましい音とともに無数のペットボトルが落下した。
「おわっ!? 超常現象!?」
大平が、背後を振り向いたチャンスに、由依は逃げ出した。
息の続く限り、走る。
人の波をかいくぐり、助けを求めるように、暗い中を走る。
たった一回、バイクに乗せてもらっただけで舞い上がってた。
次だなんて、社交辞令だったのかも――。
でも、そんなことでインカムを買ったりするかな。
ネットで調べた価格は、さっき見た服屋さんなら一式が揃うほど高かった。
気まぐれで買う値段ではない。
それが嬉しかった。
長谷さん――。
一度呼び始めた名前は、驚くほどすんなり馴染んで、もう元の呼び方には戻れそうにない。
由依スペシャル――。あんなことを、誰かれ構わずにする人じゃないもん――。
知っている長谷さんは、今まで知っている誰よりも優しい。
見つめてくれる眼差しが、とろけそうに甘くて、自分にだけ向けられていることがたまらなく幸せだった。
角を抜け、喫茶まきへの道を辿っていることに気が付き、走るのをやめた。
暗闇に、白い息が激しく上がる。
もし、喫茶まきに行って、荏田さんと二人きりだったら?
こんな情けない気持ちは初めてで、苦しくて、胸をかきむしりたくなる。
そして、こうも思った。
こんなの女王様らしくない。
私は、ブラックサイクロンの女王様だ。
恋だの愛だの、どうでもいい。
そんなの私らしくない。
孤独は強さだ。
それより、さっきのあの感覚――。
意識を前にあるガードレールに向ける。
ぼんやり浮かぶ白い曲線を見つめて、圧を加えた。
鈍い音を立てて、ガードレールが丸まっていく。
その変形を見た瞬間、妙に研ぎ澄まされた感覚がした。
使える――。
由依は夜空を仰いだ。街頭の灯りがまつげについた雫を反射する。
「強くなるんだ。もう、誰にも負けない」
喫茶まきへの道に背を向けて、駅へとひとり歩き出した。