Have a break? ― ヒーロー店主とヴィランメイド ― 作:藍色 紺
ヒーローの店で、女王様は鏡とにらめっこしていた。
「どうしよ?」
由依の手には、メイド服が握られている。
喫茶まきの更衣室に入ってから、何度も着ようとして、やめて――また手に取った。
「……やっぱ、やりすぎ?」
黒いワンピースをそっと被る。膝が隠れているのを確認して、胸をなでおろす。
鏡に映る自分と、しばし見つめ合った。
「うん、ミニじゃないし。いいよね?」
襟もしっかりしてる。清楚。――多分。
ためらいながら白いフリルのエプロンを身につける。
一回転すると、スカートとエプロンがふわりと広がり、動きに遅れてついてきた。
「やば、かわい〜」
思わず口元がほころぶ。
勢いのままフリルのカチューシャをつけたら、鏡の中に“本格的メイドさん”が完成していた。
「ちょっと、派手かな?」
少し頬が熱くなる。
けれど次の瞬間、由依は顔を上げた。
「――いや、いける!」
調子に乗って指でハートマークを作れば、さらに気分が高揚した。
これなら、あの子達もあたしって気づかないかも。
由依は、高校の入学式に見送ってくれた子分達の顔を思い浮かべた。
女王様姿と制服姿のギャップに、最初は戸惑い、稼業が嫌になったのかと嘆かれた。
ようやく慣れてくれたのは――高校三年になった最近だ。
女王様としての自分に不満があるわけじゃない。
“普通にかわいいこと”がしてみたい。
だから、アルバイトはナイショ。
今しかできないもん。
エプロンのリボンをキュッと締めて、背筋をすっと伸ばした。――舞台の幕が上がるみたいに、店に出る。
「店主マスター、この制服どうですか?」
店主は由依を見て固まった。三白眼だけが由依の足から頭まで動き、最後は両手で目を覆った。
耳まで真っ赤だ。
見るに耐えないってこと?
自分ではかわいいと思っていたけど、そもそも女王様とメイドじゃテイストが違いすぎる。
無理があった。
思い切る方向を間違えた。
「ごめんなさい。やりすぎ……ですよね」
「いやいやいやいや! そんな事はないよ!」
固まっていた店主が、両手を高速で振り始めた。
「ご迷惑をかけるわけにはいきません」
エプロンのリボンを解く。
「待った!」
キョドっている店主が突然精悍な声を出した。
あたしが動きを止めちゃうなんて……、ブレイカーみたい。
腑抜けていたはずの、店主の顔がキリリッと引き締まっている。
えっ!?
「想像以上に可愛いくて驚いた。よく似合ってるよ」
ええっ!?
かわいい? 今かわいいって言った?
胸の奥で何かが跳ねた。
“怖い”“すごい”“姐さん”――いつも言われてきた言葉じゃない。
“かわいい”なんて、一度も。
その一言が、嘘みたいにまっすぐ刺さった。
揃って耳まで真っ赤だ。
先に動いたのは、七里だった。背を向けてカウンターに入っていく。
ウィンドウチャイムが鳴り、来客を知らせた。
■━━━□
「休憩入ってね。コーヒー何がいい?」
ちょうど客が途切れたタイミングだ。
「ブラジルをお願いします」
店主は豆を挽き、サイフォンにフィルターをセットした。大きな身体でのそのそ歩く姿がパンダみたいなのに、コーヒーを淹れる動きは流れるようにスムーズだ。
「疲れたでしょ」
「わからないことだらけで、クビかもって心配してます」
店主は言葉の意味を確かめるように間を置き、微かに笑った。
「うちはコーヒーの種類が多いからね。味見しながら覚えればいいよ」
ブラジルがカウンターに置かれる。
座ると、脚にズキンと鈍痛が走った。
――立ちっぱなしのせい? ……いや、たぶんブレイカーのキックのせいもある。
カップを口元に運ぶと、痛みがすうっと遠のいた。
「これが六百円……」
初めて覚えたメニューがブラジルだ。
店で一番高いのに、一番人気なのが不思議だった。
なにしろ、缶コーヒーより断然高いし、フラペチーノより量が少ない。
「まかないだから、お代は気にしなくていいよ」
過去イチ美味しいコーヒーが無料で飲めて、メイド服も着られる。
――最高じゃん。
「……ウソ本当ゲームをしよう」
「ゲーム?」
「自分のことを四つ紙に書く。でも、一つだけはウソで、当てっこする」
警戒レベルがギュイイッンと上がる。
まさか、あたしがブラックサイクロンの女王様って……バレてる?
「仲良くなるのにいいゲーム、らしい。六つ目の会社の研修でやって……」
ぼそぼそと説明する店主を、由依は半目で見た。
六つ目? そんなのウソに決まってる。……裏を掻いてる可能性もあるけど。
「わぁ。やってみたいです」
疑ってなお、笑ってみせた。
いいわ。黒か白かハッキリさせようじゃない?
オーダー表に三つの真実と一つのウソを書いて交換する。
店主の僧帽筋が盛り上がるのを由依は見逃さない。
・サバイバルアクションゲームが好き。
・総合格闘技ゴールデンジムに通っている。
・アルバイト募集に気付いたのは、建物名「ヴィラまき」を「ヴィランまき」と読み間違えたから。
・バンジージャンプがしてみたい。
さぁ、どれがウソかしら?