Have a break? ― ヒーロー店主とヴィランメイド ― 作:藍色 紺
整った几帳面な筆跡で、読む人を意識した字だった。整いすぎてどこか距離を感じる。
・サバイバルアクションゲームが好き。
・総合格闘技ゴールデンジムに通っている。
・アルバイト募集に気付いたのは、建物名「ヴィラまき」を「ヴィランまき」と読み間違えたから。
・バンジージャンプがしてみたい。
――全部嘘だろ?
そうとしか思えなかった。
こんな可愛いメイドさんが、サバゲ―に格闘技? ありえない。
今日一日で、七里は由依を見るたび、小さくガッツポーズをした。
もうウチの制服にしよう。
理性が鈍るほどに、メイド服は由依に似合っている。
いかがわしさはなく、働くメイド服なのが、最高にいい。
楚々とした女性が好みである七里だから、このウソ本当ゲームが信じがたい。
七里も由依もお互いのオーダー表に釘付けになった。一文読んでは相手を盗み見、余計に混乱する。
どれか一つが真実なら、バンジージャンプだろう。だが、実際には三つも真実がある。
サバイバルアクションゲームは考えたくもなく、話題から外した。
そもそも、ウソ本当ゲームは意外性を楽しんで話題を広げ、親睦をはかるゲームだ。
「チョイスがうまいな。どれも嘘に見えるね」
七里がそう言うと、由依はすぐに顔を上げた。
「嘘をあてるんでしたっけ。どれだと思いますか?」
いたずらっ子のように黒目がちな瞳をキラキラさせる。七里は、第一声を間違えなかった事に安堵した。
良かった。楽しんで貰えている。
一番差し障りのない話題から入ることにした。
「まずは――ヴィランまきかな?」
「ブッブー、それは真実です」
「まさか」
由依は小さく肩をすくめた。笑いをこらえるように。
「本当です。物語をおもしろくさせるのってヴィランだと思いません?」
七里は少し考えた。
「そうかな」
その一言に、七里の警戒心がちらりと覗く。ゲームのアイザック博士でさえ許せないせいで、現実の製薬会社でさえ、どこか胡散臭い気がしてしまう。
悪とはどこにでもはびこるものだ。
「ヴィランが道に咲く花を踏まないようにして、姿勢を崩してしまうとか、よくないですか?」
由依の声は、思いがけず真剣だった。
「そりゃあね」
七里は頷いた。ヴィランとて正しいことをしてしまう。やはり正義こそ全ての源。
「でしょう?」
由依が微笑み、七里も微笑み返した。
やっぱり女の子は清楚なのが一番いい。女王様の高笑いとは大違いだ。
「じゃあ、私の番ですね」
七里は先ほどオーダー表に書いた内容を思い出した。
・甘い物、特にチョコレートが好き。
・会社勤めは六回で辞めた。
・ヘルメットを三つ持っている。
・ヒーローベルトをコレクションしている。
会話が広がりつつ、カミングアウトしにくいことを紹介もできる。我ながらいいチョイスだ。
「アテちゃいますよ」
由依はたいして迷わなかった。ペン先で項目をなぞりながら、首をかしげる。
「ヘルメットを三つ持っている。これがウソですね。持っている意味がないですもん」
「ハズレ」
七里は口の端を上げて、短く言った。
「え~? どうして? 頭は一つですよ。誰かを乗せるにしても二つあれば足りるのに……」
由依は小首をかしげて、眉をひそめた。
「どうしてだか、買っちゃうんだよね。夏は汗もかくし」
「納得できません」
由依は、ふくれっ面を作った。その様子が幼さを残していてかわいらしい。
いいぞ。話が弾みだした。
「見てみる?」
手始めに、裏口に吊るしていたフルフェイスのヘルメットをの一つを持って来ると、由依の顔が凍り付いた。
怪訝に思った七里が、由依の視線をたどる。そこには、白いヘルメットにべったりついた口紅の痕があった。
「うわっ!」
手でこすると、広がってしまった。手にもべっとりついて、被害は拡大する。
「メイク落としじゃないと……、これ使ってください」
由依がロッカーから、メイク落としシート取ってきて、七里に差し出す。由依の声は硬い。
ようやく真っ赤な口紅が拭き取れたころ、由依が七里から一歩離れた。
笑顔は消え、身を守るように片方の手で、もう片方の腕を握る。
「いや! 違うんだ! これは無理矢理!!」
背中にまたがった女王様にキスされた――なんて言えず、七里は口ごもる。
仲良くなるはずが、嫌われる寸前だ。
もう手遅れかもしれない。
脳内で、由依が叫びながら出ていく姿が再生された。
初日で逃げられるてなるか!
話題を変えるべく、慌ててオーダー表を読む。
「俺もゴールデンジムに行ってるよ」
由依がジト目で見上げた。
まだ身の潔白は証明されてない。
七里は苦し紛れに続ける。
「新宿店だけど、和田さんは?」
「私は渋谷です」
「どおりで」
返事が来たことに、七里がほっとした。まろび出た声に、由依が首をかしげた。
はっ? とか、言わないところがイイな。
「いや、だって、こんな可愛い子がいたら気づくでしょ」
言ってから後悔する。
見た目の話題はセクハラ、パワハラ案件ではないか。
会社員経験がある割に社会性がない。
今度こそ詰んだ。
けれど、由依は頬を赤らめるだけで逃げ出しはしなかった。
「チョコがお好きなら、今度オススメを持ってきますね」
「……あ……、うん」
甘いものが好きだが、実際は成分表示を気にしているとは言えない雰囲気だ。
打ち解けるには、時間がかかるもんだな。
ただのアルバイトと仲良くなる必要はないし、ビジネスライクにだってできる。
しかし、七里は由依と仲良くなりたかった。
喫茶まきの店主を始めてから、仕事仲間と話すのはほとんどない。アルバイトだって数時間を気の合う店主と働いた方が楽しく、長続きするはずだ。
「残り半分ですね」
「和田さんはサバイバルアクションゲームが好きか、バンジージャンプがしてみたいんだね」
「確率は半分です」
「会社勤めは六回で辞めたのか、ヒーローベルトをコレクションしているのか、どっちが、それっぽいかな? ヒントがいる?」
「ノーヒントで!」
七里が笑うと、由依は食いつくように答えた。
小さい子がムキになっているようなひたむきさがかわいい。既にヒントは出していると言えば叱られそうなほどだ。
「じゃあ、次は……」
七里が言いかけたとき、スマホがけたたましく鳴った。
「緊急ヴィラン情報だ!」
スマホを掴んだ七里が、舌打ちした。
東京都では、天気アプリでヴィラン情報が通知してもらえる。豪雨や地震、津波情報と同じように。
「近いな」
「あっ! 時間!!」
柱時計はバイト終わりの十九時をニ十分過ぎていた。
「引き止めてごめん! 残業代は出すから!」
七里は急いで火の元を確かめる。鍵をカウンターに置いた。ロッカー室に駆け込んだ由依に声をかける。
「悪いけど、先に出るよ。鍵よろしく!」
由依の返事を待たずに、通りに出て、バイクにまたがる。
閉店後で良かった。初日からやらかすとこだった。