Have a break? ― ヒーロー店主とヴィランメイド ― 作:藍色 紺
□ 第8話 共感なんてしたくない
平日の真昼。
都道141号線には、昼休みが終わるサラリーマンたちが流れている。
路駐の車を縫うようにして、地下入り口の脇に黒い大型車が停められた。
由依は、後部座席の窓越しにビルの反射を確かめ、無言で頷く。
ほぼ同時刻、新宿にある複数の大型ビジョンが、一瞬ノイズを走らせた。カラーバーに切り替わる。その異変に人々が立ち止まり、大型ビジョンに視線が集まるのを、由依は感じ取っていた。
――さぁ、始めましょう。
意識は女子高生から女王様へ。
黒レスラーのあの子たちのため、ブラックサイクロンの野望を叶える第一歩にしてみせる。
メイクの施された表情が、冷たく引き締まる。
大型ビジョンの画面いっぱいに黒いレスラー仮面が映った。
群衆のどよめきが伝わってくる。
「ブラックサイクロンだ!」
人々は、大型ビジョンに映った場所を口々に言い合い始めた。
「青いスーツ店が一瞬映った!」
「奥にはカメラ屋があったわ!」
「京王線沿いの銀行じゃない!?」
まるで場所あてクイズだ。
その混乱を計算に入れて、女王様は黒レスラーに合図を送った。アップに映った黒レスラーが、両手を広げた。ゆっくりと指を折っていく。
「数えている!?」
「何を!?」
「カウントダウンだ!」
人々が声を合わせて数え始める。
大型ビジョンをジャックされる新しいやり方に、恐怖と期待がうごめく。
女王様は満足げに微笑んだ。
「3!! ……、2!! ……、1!!……」
黒レスラーたちが、赤い看板の銀行へとなだれ込んだ。一歩遅れて非常ベルがけたたましく鳴り響く。警備員が叫ぶ声を、人々の声がかき消す。
女王様は、急激に閉まる銀行のシャッターを、片手で持ち上げ、涼しい表情で銀行へ侵入した。
一部始終を大型ビジョンがとらえている。
「みなさん、落ち着いてください! 現場は――っ、えー、現在、銀行がブラックサイクロンに襲撃されている模様です!」
ニュースマン@|大豆戸(まめど)の声が、緊急ニュースとして割り込んだ。
(え、これナイトブレイク・チャンネル!?)(オンタイムで実況早すぎない!?)
銀行内では、客も店員も見境なく黒レスラーに捕まえさせ、マスクを被せていく。そんな中、女王様は、デスクに縋りつく銀行員の男の頬を馬用の鞭でなぞった。
「さぁ、やりなさいな」
「し、しかし!」
「ホホホホ。昔じゃあるまいし、銀行の現金や金の延べ棒を狙うわけじゃないわ。あなたの指で振り込むだけ。ね、簡単でしょう?」
銀行員が、どうにか逃げようとっした瞬間、網タイツの足を机に乗せて阻止する。目の前のガーターベルトに、銀行員の視線が釘付けになった。
――哀れなものね。
「大丈夫。ほら、配信でもあなたが脅されてるのは流れてるわ。痛い目に遭いたくないでしょう」
「で、でも! 2憶だなんて!」
銀行員のためらいを、鞭の音で断ち切る。頬に浮かぶ赤い線が、承認印のようだ。苦痛に歪んだ顔に、女王様は心の奥で安堵する。
痛みは脅された保証になる。痛がってくれるほど女王様の怖さが伝わる。
「おっと! 女王様の教育です!」
(パワハラ!)(マジ痛そう)(緊急融資枠案件)
数分が長く感じられた。この間にブレイカーが来たら、強盗未遂のまま黒レスラーたちを安全に退却させなければならない。ここまで積み上げて来た苦労を泡にするわけにはいかない。
私が、振り込ませなきゃ!
振込完了画面に切り替わるのを確かめると、銀行員は力を失ったように、ガックリと机に倒れこんだ。
女王様は、掌に鞭を軽く打ち付け、真っ赤な唇を釣り上げる。
これが冷酷に映るのを由依は知っている。
「あぁっと、振り込まれたようです!」
(どこに?)(追跡しろ!)(マネーロンダリング始まってるだろ)
女王様が、長い脚をクロスさせながら広いホールに歩き、ドローンを指で呼んだ。
「ねぇ、あなたたち、知ってる?」
「めずらしい! 女王様のお言葉です!」
(黙れ)(女王様!)
マスク越しに、女王様がカメラを真正面から見据える。
「世界の富の半分は、たった26人の手の中にあるのよ」
沈黙――――。
続いて、コメント欄が爆発した。
(26人? たったの?)(ソースどこ)(聞いたことある)(マジか)
声のかすれに、女王様は息を整えた。
「いい学校、いい会社、今度はリストラされないように……。やりたくもないことをやって、あんたたち、それで幸せって言える? ちょっと休みたいは悪なのかしら」
(うっ)(刺さる)(でも犯罪はダメ)
流れるコメントを横目に、笑ってあげる。高く、軽やかに超越を感じさせるように。
「正義って便利な言葉ね。誰もが、それを言い訳に使う」
ホール全体の、いや、動画の向こうまで空気が凍り付く。
――いい感じ。やっとこの時が来た。恐怖は拡散し、希望は心に残る。
全てこの日のために計算してきた。やっと言える。あと一言だ。
「富の再分ぱ――」
表通りに面したガラスが突然、音を上げて砕けた。
白いマントがロビーに降り立ち、後から光の粒が雪のように落下する。
「ブレイカーです!」
(なぜ窓割る?)(いやドアあるでしょ)(派手好きか)
女王様の視界が、自動でブレイカーを解析する。
動体反応、筋力測定、反応速度。
――相変わらずの速さね。
ブレイカーは、黒レスラーを一瞬で制圧した。
致命傷なし。人質も無傷。
三丁目の戦いと同じ動きだ。
「――。誰も俺の前では死なせない。壊すのは“悪意”だけだ」
「出たぁ~! 今日もセリフがまっすぐすぎる!」
(www)(草生える)
だが、女王様は笑わなかった。
相変わらず理想主義なのね。でも、それで、人は救えるの?
答えはわかっている。理想だけじゃ救えない。たった数人が得をするのが当たり前なら、それを力で壊してみせる。
由依は、腰から縄を外し、鞭のように振った。
「殺さない縛り? なら、あたしが縛ってあげる!」
縄が空気を噛んだ。
ひと筋の閃光がブレイカーの腕に絡みつき、稲妻のような音を立てた。
「ブレイカー腕を盾に捕縛を免れました!」
(利き手だ)(対峙!)(熱い!)
「さぁ、抗ってごらんなさいな。力ずくでは抜けないわ」
ブレイカーが腕を引くたび、縄が軋む。それでも彼は歯を食いしばり、体をひねる。
超人パワーを凝縮した縄だ。鋼鉄でさえ切り裂ける。
痛みを恐れないのね。でも、――
「無駄よ。あんたの正義も、社会も。絡まって、動けなくなるの」
ブレイカーの目が、ヘルメットの奥で光った。
「ブレイク!!」
次の瞬間、ブレイカーは自分の腕を強引にひねり、縄の束を切り裂いた。白いライダースーツが裂け、ロビーに血が滴る。
「血を流すのは美徳? 傷つけるのは罪? いつまであなたの正義に抱かれて眠るのかしら……」
覚悟が足りないと、笑うつもりだった。なのに、言葉を吐いた瞬間、胸の奥がひりついた。
――どうして自分の言葉が痛いんだろ……。
「今日はよくしゃべるな」
ブレイカーの声は、挑発のはずなのに、どこか優しい。
唇が震えるのがわかる。
縄が空を裂き、椅子を弾き飛ばす。
ブレイカーは難なく避けた。だが、それも計算の内。
身体を低く構え、間合いを詰める――、あと一歩。
その刹那、偽のAI画像が頭をよぎった。
ほんの一瞬の、ためらい。
ブレイカーに手首を捕まれ、床に叩きつけられた。視界が反転する。
――、なぜ、ためらったの?
もっとひどいことだって見て来たはずなのに。
「俺は誰も殺さない。たとえ君でもだ」
ブレイカーの声に、女王様の時間が止まった。
真っ白になった脳内で、女王様の高笑いが響く。私は笑っていないのに――。
理解してしまった。
――私と同じ……。誰かを守るためなんだ。
誰にも話せず、あの子たちのために負けるわけにはいかない。引き下がれない。
冷たく笑い返そうとしても、唇が動かない。胸の奥がざわついた。
敵への理解は、心を弱らせる。
これ以上、わかりたくない。
女王様が鞭を床に打ちつけると、白煙が立ち込めた。
「今日の遊びはここまでよ。……あなたのデータ、十分に取れたわ」
――違う方法を考えなくっちゃ。
煙が晴れたころ、女王様は走り去る車の中にいた。手の中のスマホで、ナイトブレイク・チャンネルを見る。
煙が晴れた中、銀行の床には、レスラーマスクが解けた市民たちが目を覚まし始めていた。その内の一人がスマホを操作している。手元をカメラがアップする。
#富の再分配 #ブラックサイクロン
大型ビジョンにハッシュタグが流れた。
「怪しいハッシュタグ! 富の再配布は正義か悪かぁ!!?」
(2憶を!?)(ちょっとわかる気がする)(筋が通ってる)(でも違法)
ニュースマン@|大豆戸(まめど)の声が新宿にこだまする中、由依はマスクを剥ぎ取った。
とうとうメディアで富の再配布の話をした。
次の一手は決まっているのに、ブレイカーの声が女王様を壊す。
指先はまだかすかに震えている。