Have a break? ― ヒーロー店主とヴィランメイド ―   作:藍色 紺

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■ 第9話 マーブルケーキとラテアート練習

 レトロなストーブ、白磁の揃いのカップ、使い込まれたテーブルと椅子はシンプルで邪魔にならず、窓の外にはアイビーが茂っていて日光を和らげてくれる。

七里は、コーヒーの香りが染みついた店内をしばらく眺めていた。

 

喫茶まきは、駅から商店街を抜けた先、住宅街に入る階段のふもとにある。

四階建ての小さなマンションの一階で、派手さはないが、カランとドアベルを鳴らせば、必ず誰かが顔を上げる──そんな店だ。

 

 七里にとって、喫茶まきの仕事は生命線だ。会社勤めが続かずに、バイトで食いつないでいるとき、店主に拾ってもらわなければ、今の自分もブレイカーもなかっただろう。

 

 七里は、コポコポと音を出して湯を吸い込むサイフォンを確認して、竹べらで混ぜる。

コーヒーの粉が湯と馴染んでいくのが好きだ。

 

「あぁ! だめ! また失敗しちゃった!」

 

由依の声が弾けた。

ラテアートのクマの顔が、どう見てもニワトリの頭にしか見えない。

由依は腕を組んで唇を尖らせる。

 

「なんでこうなるんだろ……。私の根性が足りないの?」

 

「根性でラテは描けないと思うけどな」

 

七里が笑うと、由依は水の入ったカップで、牛乳の泡を注ぐ練習を始めた。カップの持ち方を確認し、角度を決める。それを見て、七里は由依のために、牛乳にスチームを入れ始める。

 

「ラテアートができるメイドさんになりたいのに」

 

 由依は、そう言いながら、また水の入ったカップを構えた。

 

 かわいすぎる独り言に、七里は微笑んでしまう。由依といると、頬の筋肉が勝手にゆるむ。

こんな感覚、いつぶりだろう。

 ゆるやかな午後、牛乳を泡立てる音が、まるで笑っているように聞こえる。

 

「何かアドバイスください」

 

 七里は困って、曖昧に微笑む。一挙手一投足にできるようなものではなく、経験を積むしかないと、どう言えば伝わるだろう。

 

「焦らなくていいよ。ここは戦場じゃない」

 

 七里は、透明のケーキスタンドからマーブルケーキを出した。フォークを添えて由依の前へと置く。

 

「コツは、力を抜くことかな。まずはケーキでも食べて」

 

 由依はマーブルケーキに飛びつかなかった。戸惑ったように凝視し、やっと練習用のカップをカウンターに置いた。

 これで合っているだろうか。

 誰かを慰める言葉を選べるようになったのは、喫茶まきのおかげだ。

 

「店長は優しすぎです」

 

 フォークを手に取る由依は、目を伏せ、肩を落とした。

 優しくされて、なぜ由依が不満そうなのか七里は分からず、様子を窺いながら、目の前でクマのラテアートを見せてやることしかできない。

 

「バイトに来てるのに、ケーキをご馳走になるなんて――」

 

「店の味を知るのは勉強だからね」

 

 小さな音を立てて、由依の前にカフェラテを置いた。由依はため息をついて、ケーキをひと口すくう。

 

「……おいしい。くやしいくらい」

 

 七里はたまらず吹き出した。

 おいしいが悔しいにつながるのが由依なのだろう。負けん気が強い。由依を知るのが楽しい。由依にも同じ楽しさを伝えたい。

 

「店長って、穏やかですよね。私のまわりにはいないタイプかも」

 

「ただぼんやりしてるだけだよ。もう少し器用なら、サラリーマンも続けられたんだけど」

 

「喫茶店の店主じゃ、不満なんですか?」

 

「とんでもない。仕事と住む場所があるって本当に大きいよ」

 

「住む場所?」

 

「ヴィラまきの管理人室に住んでるんだ。家賃代わりみたいなもんだね」

 

「えっ、すごい。なんか……ここがアジトなんですね」

 

「いや、まきさんのご厚意に甘えてるだけさ」

 

何から何まで槙さんのおかげだ。店も好きなようにさせてもらっている。槙さん本人は、時折現れては喫茶まきに展示している絵を変えている。

 

「不満そうに聞こえるのは、俺が“普通”になりたいからかな」

 

「それ、わかる!」

 

 由依の声が明るく跳ねた。

 誰にもわかってもらえないことを、肯定してもらえる。それだけで、七里はなぜか背負った荷が軽くなった気がした。

 

「このマーブルケーキも店長が作ってるんですか?」

 

「まさか。これは、近所のケーキ屋さんが作ってくれたやつだよ」

 

 由依が小首を傾げた。カウンター内で、七里もカップを手に取る。

不思議と静けさが心地よい。

 

「そこの階段を上がった先にある土日限定のケーキ屋さんでね。黒と白が混ざり合うマーブル模様が何とも好きでさ」

 

「土日だけ?」

 

 七里の肯定に、由依が目を丸くする。

 

「だって、こんなおいしいのに! 平日もすればいいのに」

 

「普段は会社に勤めてるはずだよ」

 

 平日に店を開けない|荏田(えだ)さんと、何か甘いもんを出したかった俺の、お互いを応援するための秘策だ。

 

「すごい! 作れるっていいなぁ」

 

 由依は、マーブルケーキとラテアートを交互に見て、小さくすくって口に運んだ。食べ終わるのが惜しいのか、時間をかけて食べている。

 

 カラン、とドアベルが鳴った。

 反射的に「いらっしゃいませ」と、穏やかな声を出し、ドアを見やった。

 片手に大きな服を下げた女性が入ってくる。

 

「あぁ、荏田さん」

 

「こんにちは。ケーキの納品に伺いました」

 

 彼女が来ると、コーヒーの香りに、ケーキの甘い香りが混ざる。

 

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