鬼切与力つなもり事件帖   作:mimick

105 / 130
第百話

 

 書院に入ると、平蔵が文机の前に座していた。声を掛けてから部屋に入ると、源一郎の姿を見て顔を上げる。

 

「ん、おぉ。どうした」

「御頭。お願いの儀がございます」

 

 源一郎は平蔵の前に座し、帳面を差し出した。

 

「これを御覧ください。半月ほど前に町奉行所から移管の打診があった祈祷詐欺の件──町人地で起こった複数の祈祷詐欺事件を一つの帳面にまとめたものです。この一件、町方より移管を受け、私に追わせてはいただけませんか」

 

 平蔵は何も言わず帳面に目を通した。祈祷詐欺の訴えの概要を読み、加賀屋の件を読み、そして源一郎を見た。

 

「──これのことは覚えておる。佐久間より話を受けて、火盗改の管轄外と判断した件だな。お前はそうは思わんと」

「は。帳面にある加賀屋一家心中の件は借金苦によるものと処理されていますが、その借金の原因が祈祷師による騙りであるならば見逃せません。それに、結果として人を追い詰めて死に至らしめている──。これは江戸の治安を揺るがしかねない悪事です」

「ふむ」

 

 平蔵は腕を組んだ。

 

「……だが、祈祷詐欺の立証は容易ではないぞ。町方でさえ幾つも訴えを受けておきながら、祈祷師の素性が掴めてはおらん。そもそも──祈祷というものは、効いたの効かぬのと証の立てようがない。怪しげな占いやら神籤と同じよ。祈祷料として金を渡した以上、被害者が布施として自ら差し出したことになる。──騙されたと訴えても、それを詐欺と証し立てるのは至難だ」

「承知しております。ですが、手口がそもそも組織的であるならば、商家の中に内通者がいる筈です。薬を使って家人を錯乱させ、憑き物に見せかけている──店の中に『薬を仕込む者』──引き込み役を用意しているのではないかと」

 

 白狐が言っていた。憑き物に見せ掛けた、人間の仕業による症状の欺瞞──。平蔵の目が鋭く光った。

 

「薬を仕込む者──それは盗賊で言うところの引き込み役がいるということか」

 

 引き込みとは、盗賊が用いる古くからの手口である。奉公人や出入りの者を装って商家の内に入り込み、戸締まりの癖や金の在り処、家人の寝所を探り、頃合いを見て盗賊仲間を手引きする──いわば内側から門を開ける間者の役割を果たす者のことだ。そして、店の者として日々の暮らしに溶け込むがゆえに、疑われることが極めて少ない。それだけに、引き込みを使う盗賊は周到で狡猾な者が多く、火盗改にとっても厄介な相手であった。

 

「はい。祈祷師が外から来るだけでは、家人に薬を盛ることは出来ません。店の内に人を送り込み、日々の食事や飲み物に薬を仕込ませている。だからこそ、症状が繰り返し現れる」

「なるほど。……その引き込み役を炙り出せれば、祈祷師との繋がりを証し立てられる。祈祷料の名目で金を搾り取る口実を、薬で作り出していたことになるからな」

「仰せの通りです」

 

 平蔵は顎を撫でた。

 

「だが、その読みの根拠は何だ。町方の帳面にはそこまで書かれておらんぞ」

「別口から、同じ手口の話を聞いております。信頼に足る筋です。──修験者風の男と口寄せ巫女の女、薬の仕掛け人が組んで、商家の娘に『偽の』憑き物の症状を負わせ祈祷料を搾り取っていると」

「別口とは」

「……詳しくは明かせません。ただ、豊川稲荷関連とだけ」

 

 平蔵は暫く源一郎の顔を見つめた。この男が「明かせない」と言う時、そこには必ず相応の理由がある。それは火盗改として共に勤める日々の中で学んだことだ。

 

「……なるほどな。ということは、『あれ』関連か。まぁ──よかろう。であれば、お前に任せる」

「ありがとうございます」

「しかし、移管を受けた以上は火盗改の案件だ。抜かりは許されん。よいな?町方が集めた情報には使えるものがあるかもしれん。担当した与力に、被害商家の一覧と訴えの詳細を出させろ」

「はっ」

「権助に他の同心も連れて行け。──それと、引き込み役がいるという読みが正しいなら、過去に潰れた商家を洗い直してみろ。怪しい奉公人が出てくるかもしれん」

 

 源一郎は居住まいを正した。──薬の話から引き込み役を見抜く方法まで、捜査の筋道を一息に示す。この人の下で働けることの僥倖を改めて思った。

 

「承知いたしました。一家心中のあった加賀屋と、現在祈祷師の出入りしている京橋近江屋、他──帳面にある他の商家の奉公人の出入りを調べます。その中に共通する者がいれば、それが薬の仕込み役でしょう」

「うむ──。では行け。北町へ移管受諾の連絡は此方でしておく」

 

 源一郎は深く一礼し、書院を出た。

 

 §

 

 夕刻──渡辺家。

 

 源一郎が屋敷に戻ると、俊源坊が縁側で煙管を燻らせていた。

 

「戻ったか、源一郎」

「少し相談が」

 

 源一郎は縁側に腰を下ろし、手短に今日の成果を話した。白狐が猫の件を前向きに考えてくれていること。そして──白狐から聞いた祈祷詐欺の話と、火盗改に届けられていた加賀屋の一家心中のあらまし。修験者風の男と口寄せ巫女の女が中心にいること。

 

 俊源坊は黙って聞いていた。

 

「……やはり江戸に入っておったか」

 

 低い呟き。俊源坊が以前に語った偽山伏の話。その実例が、源一郎の目の前に現れた。

 

「白狐殿が見たところでは、近江屋の娘には何も憑いていないと。にもかかわらず、憑き物に似た症状が出ている。薬で症状を作り出しているとしか考えられないのですが──何の薬を使っているのか、俺には見当がつきません」

 

 俊源坊は煙管の灰を落とし、暫く考え込んだ。

 

「ふむ……気狂いに見せかける薬か。山を歩く者ならば、幾つか知っておるぞ」

「教えていただけますか」

「まず、曼荼羅華だ。朝鮮朝顔とも呼ぶ。華が咲き終わった後の実には種が残る。これを煎じて飲ませると、幻覚を見、口は渇き、瞳孔が開いて目が据わる。多く盛れば数日に渡って朦朧とし、前後の記憶もあやふやになる」

 

 曼荼羅華──源一郎の脳裏に、神田の伊勢屋の一件が蘇った。番頭の宗右衛門が主人の喜兵衛を殺すのに使った毒。蚊遣りに混ぜて燻し、阿芙蓉で昏睡した喜兵衛の命を奪った。──あの時は殺しの道具だったが、量を加減すれば人を錯乱させる薬にもなる。

 

「次に、ハシリドコロ。山の湿った場所に生える草で、若芽は行者菜に似ておる。根や根茎に強い毒がある。食えば曼荼羅華と似た症状が出るが、こちらは体の痺れが強く、見えぬものが見える、声が聞こえると訴えるようになる。少量でも効きが強く、量を誤れば死に至る」

「……まさに憑き物の症状と区別がつきませんね」

「そうだ。それから毒芹。葉や根茎を食えば痙攣を起こし、錯乱して暴れる。本人は何が起きているか分からぬまま、のたうち回り叫ぶ。──傍から見れば、何かに取り憑かれたとしか思えんだろう」

 

 俊源坊は一つ間を置き、声を低くした。

 

「──そして、麻だ」

「麻、ですか」

「あぁ。麻の花穂や若葉を煎じて茶に混ぜるか、刻んで飯に混ぜる。食って一刻ほどすると、暴れ荒れ狂う者、魂が抜けたようになる者、人格の変わる者……正気を失ったように別人となる。その後、急に力が抜けて深く眠りに落ちる」

「正気を失い、眠る……」

「そうだ。目を覚ました本人は自分が何をしたか覚えてはいるが、周りの者は『何かに取り憑かれた』としか思わんだろう」

 

 源一郎は内心で得心した。──麻に人を狂わせる作用があることは、前の世の知識として知っていた。この江戸の世においても、その効能を知っている者は少なからずいたということだ。

 

「忍びの世界では阿呆薬と呼ばれておる。甲賀の古い伝書にも載っている」

「阿呆薬……忍びの秘薬に阿呆薬があると聞いたことはありました。しかし、まさか麻が原料だったとは」

「そうだ。麻は何処にでもある。布を織るために何処の村でも育てておるし、種は食用にも薬用にもなる、精麻とすれば供物ともなる。だが花穂や若葉には、人を狂わせる力がある。──手に入りやすく、足がつきにくい。悪事に使うには都合の良い毒だ」

 

 源一郎は頷いた。全てとは言わないが、曼荼羅華、ハシリドコロ、毒芹、麻──これらを使い分ければ、「幻覚を見て怯える日」と「暴れ狂う日」、「錯乱してのたうち回る日」かと思えば「深く寝入る日」と症状に変化をつけられる。しかも曼荼羅華やハシリドコロは数日に渡って意識を朦朧とさせることも出来る。より憑き物らしく見せかけることができるし、悩む家人が祈祷師に縋るのも江戸においては当然の流れ。

 

「修験者の中には本草の知識を持つ者もおる。山で薬草を学べば、毒草も知ることになる。──連中の素性は分からんが、そうした知識は持っているということだろう」

「師匠。もう一つ──こうした連中が組織的に動いているとすれば、背後に何があると思われますか」

 

 俊源坊は煙管を膝に置いた。

 

「俺の偏見もあろうが、以前話した講の一派が絡んでいる可能性はある。だが──今の段階では断定できんだろうな。先入観で目を曇らせるのは愚策。まずは目の前の事件を丹念に調べるのだな」

 

 源一郎は深く頷いた。

 

「それと──」

 

 俊源坊が付け加えた。

 

「白狐殿が猫の件を前向きに考えると言ったそうだな。──良かったではないか。早くあの兄妹に伝えてやれ」

「はい。明日にでも文を送ります」

 

 俊源坊は頷き、煙管を咥え直した。秋の空を見上げ、細く煙を吐く。雲が夕焼けに染まっていた。

 

 源一郎は縁側に座ったまま、明日のことを考えていた。

 

 熊造に声を掛け、加賀屋に出入りしていた祈祷師の風体を近隣から聞き出す。権助には帳面にある他の商家の奉公人の名を洗い出し、共通する者がいないか調べて貰おう。京橋にある近江屋の様子にも探りを入れる。神谷には文を送り、白狐の返答と条件を伝えなければならない。

 

 やるべきことは山ほどある。だが、一つずつ片付けていくしかないだろう。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。