鬼切与力つなもり事件帖   作:mimick

107 / 130
第百二話

「で──そろそろ話を進めてもよいか」

 

 源一郎が静かに言い、全員が口を噤んだ。五人が店の奥の席に収まると、源一郎が懐から帳面の写しを取り出し、権助の前に置いた。

 

「北町から帳面の写しを受け取ってきた。被害商家の一覧と訴えの詳細だ。権助、これを預ける」

「承知いたしました」

 

 権助が帳面を受け取り、丁寧に懐へ収めた。

 

「──では、各自の報告を聞く。権助から」

 

 権助が手元の紙の束を広げた。

 

「移管の話があった折に渡辺様からお聞きした被害商家のうち、四軒について奉公人の出入りを調べました。口入屋の記録、店の人別帳の写し、近隣の聞き込みをしたところ──気になる筋が出ております」

 

 口入れ屋──未来における職業案内所や人材派遣に近いものだ。武家奉公人や商家奉公人の雇い入れ、日雇い労働……江戸の多くの庶民が口入れ屋を活用していた。

 

「まず、『おたね』という名の奉公人。この者は店が傾いた後に姿を消したまま、後を追えなくなっています。口入屋の帳面には名と年恰好、出身が記されておりますが、それを手掛かりに当たっても行方は掴めておりません」

「全て偽りということか……他にもいるか」

「複数名ほど。いずれも口入屋を通してはおりますが、やはり名を変えているのだと思われます。こちらも、その後の行方は分かっていません」

「口入れ屋を通しているのなら身元保証人──紹介状が必要だろう」

「紹介状の名義が実在しない者の名であったり、身元の照会先が別人だったりと、口入屋の側も騙されていた節があります。巧妙に偽の素性を用意した上で、手続きをすり抜けているようです」

 

 新吾が腕を組んだ。

 

「口入屋を通してはいるが、紹介元を辿ると糸が繋がっていない。──最初から足がつかねぇように仕組んであるのか」

 

 源一郎が頷いた。──口入屋という正規の仕組みを利用しながら、偽の身元で入り込む。口入屋にとっては一見まともな紹介に見えるから、疑う理由がない。商家も口入屋を通した奉公人であれば安心して受け入れる。そこに付け入っている。

 

 源一郎は次に熊造を見た。

 

「熊造。一家心中のあった加賀屋はどうだった」

「へい──」

 

 熊造が口を開く。

 

「加賀屋の周辺、一通り回ってまいりやした。近隣の者の話では、加賀屋には修験者の男と連れの女が頻繁に出入りしておりやした。月に五度、六度以上は来ていたと。修験者は頭巾を目深に被った背の高い男。女は三十前後、白い小袖に数珠を下げておったそうで」

「女の方は」

「口寄せ巫女だと修験者が言っておったそうですが──この女、随分と熱心な質でしてな。近所の者にも気さくに声を掛け、加賀屋の女房や娘の話を辛抱強く聞いてやっていたと。女房が泣き出せば一緒に涙を流し、娘が怯えれば手を握って離さなかったとか」

 

 源一郎の眉が動いた。

 

「商家の者に信頼されていたということか」

「へい。面長で色が白く、目力のある女だったそうで。近所の婆さんが言うには、『あの巫女さんは本当に親身になってくれる方だった、加賀屋の女房もすっかり頼り切っていた』と。──ただ」

 

 熊造が少し声を落とした。

 

「時折、激昂して抑えの効かなくなることがあったそうでさぁ。神仏の罰だの、信心が足りぬだの、障りが重くなるのは家の者の心が穢れているからだと怒鳴る。当たり散らされている加賀屋の店主、女房を心配して近所の者が声を掛けると……逆に『巫女様を疑うなど罰が当たる』と怒り出したとか」

「……深く信じ込ませていたわけだ」

 

 ──人の不安に寄り添い、信頼を勝ち取り、やがてその信頼を支配に変える。薬で症状を作り出し、祈祷で「治した」と見せかける。症状が収まるのは薬を止めるからに過ぎない。だが家人にとっては巫女のおかげで治ったとしか見えない。再び薬を盛れば症状が戻り、また巫女に縋る。その繰り返しで金を搾り取っていく。そして巫女の言葉を疑う者は「信心が足りぬ」と退けられる。

 

 ──胸くそ悪い巧妙な手口だった。

 

「それと、近隣の者から他にも色々と聞けやした。加賀屋の娘は動物の霊が憑いたらしいと。時たま、店中が騒がしくなる。女の奇声、物が壊れる音。主人の怒声や女房の啜り泣きまで聞こえていたとか」

「店の外にも漏れ聞こえていたか……」

「へい。どうやら借金が嵩んだのもその頃からで、店の品物も減っていったそうで。終いには店を畳むことになり──果てには、一家心中と」

 

 その場が一瞬、沈黙に包まれた。本太郎ですら箸を止め、新吾も腕組みを解いた。

 

「加賀屋にも奉公人として下女が入っておったようですが、こちらも行方知れず。恐らくは真島の旦那が調べた他の店と同じ手口でしょうな。──聞けばこの女、一家心中の前に姿を消しておりやす。店がいよいよ立ち行かなくなった頃に、荷物をまとめて出ていったと」

 

 だがまぁ、と熊造が声を低くした。

 

「──あっしに言わせりゃ、逃げたんじゃなくて一仕事終えたんでしょうな」

 

 源一郎は深く頷いた。──引き込み役。薬を仕込み、祈祷師の出入りを手引きし、用が済めば姿を消す。まずは引き込み役の正体を掴む必要がありそうだ。

 

「では、鳥居。近江屋の様子を」

「はい」

 

 本太郎は居住まいを正した。蕎麦の丼を脇にどけ、真面目な顔に切り替わる。

 

「昨日の昼から張っておりますが、今朝方、修験者風の男が店に入っていくのを確認いたしました。一刻ほどして出てきましたが、顔はよく見えませんでした」

「連れの女は」

「今回は修験者一人だけです。女の姿は確認できておりません。ただ──」

 

 本太郎が声を潜めた。

 

「近江屋の娘は、ここしばらく店先に出てこなくなっているそうです。以前は店番を手伝っていたそうですが、今はまったく姿を見せない。近隣の者に聞いたところ、店の中から奇声が聞こえる、暴れて物が壊れる音がする──と。先程と同じ話が聞こえてきます」

「……やはりか」

 

 権助が渋い顔で呟いた。

 

「それと──先ほど、店の裏手から買い出しに出てきた下女がおりまして。二十代半ばくらいの綺麗な女で、他の奉公人とは少し雰囲気が違うように感じました。気になって蕎麦屋の店主に聞いてみれば『お富』と呼ばれている、比較的新しく近江屋に入った女だそうで……」

 

 ──お富。

 

 源一郎は権助を見た。

 

「権助。先ほどの報告にあった、『おたね』という下女──姿を消した後の足取りが追えていないと言っていたな」

「はい。行方不明のままです」

「名を変えている可能性がある。おたねとこのお富が同一人物かどうか、念のため確かめてくれ。口入屋から聞き取った年恰好や人相と、被害商家の近隣で聞き取った人相書きを作成する──それを鳥居が見たお富の風体と比べれば、何か分かるかもしれん」

「承知いたしました」

 

 権助が頷いた。もし同一人物であるなら、引き込み役は一つの店を潰した後、名を変えて次の店に入り直していることになる。

 

「鳥居。そのお富が店から出てきた時が肝心だ。買い出しの行き先、他立ち寄る場所、誰かと接触しないかどうか──次に出てきた時は、悟られぬよう尾けてくれ。引き込み役がどこで祈祷師と繋ぎを取っているのか、そこを掴みたい」

「承知いたしました。尾行ですな」

「ただし、深追いはするな。気づかれれば全てが水の泡だ。怪しまれそうになったら迷わず引け」

「はい」

 

 源一郎は次に新吾を見た。

 

「新吾。聞き込みが一段落したら、鳥居に合流してくれ。修験者と巫女が次に近江屋に現れた際、店を出たところから尾行に回ってほしい。お前の足と変装なら、見失うことはあるまい」

「承知。あの手の連中がどこに巣食ってるか、突き止めてやりますよ」

 

 新吾が不敵に笑う。そのまま本太郎に目を向け、にやりとしながら口を挟んだ。

 

「ポンタぁ、ちゃんと見張っとけよ。居眠りすんじゃねぇぞ」

「するわけないでしょう!」

「蕎麦の大盛りを食いながら、よく言うわ」

「腹が減っては見張りに集中できませんっ!」

「腹が膨れたら膨れたで怪しいもんだがな。──それに先ほどからそうだったぞ。報告をしている最中に、通りの向こうの町娘に目が流れていたじゃねぇか」

 

 揶揄われ本太郎の頬が赤くなっていた──が、今度はばつの悪そうな顔ではなく、不思議そうに首を傾げた。

 

「え?だって、あの方はとても綺麗な方でしたよ。目の前を美人が通ったら、そりゃあ見てしまうのが男の性というものではないですか」

 

 あまりに堂々と言い放たれて、新吾が面食らった。

 

「……お前、開き直りやがったな」

「開き直ってなどおりません。当たり前のことを申し上げているだけです」

 

 本太郎はきょとんとした顔で言った。悪びれる様子がまるでない。権助がこらえきれずに笑い出し、熊造も「鳥居の旦那は大物になりやすぜ」と感心したように唸った。

 

「──さて。では各自、引き続き動いてくれ」

 

 源一郎が仕切り直すと、全員が姿勢を正した。

 

「権助は北町の帳面を元に、被害商家の奉公人を徹底的に洗い直してくれ。名が違っていても人相、年恰好、入った時期を突き合わせろ。おたねとお富の件も含めて、引き込み役が何人いるのか全容を掴みたい。熊造、修験者と巫女の風体について、他の被害商家の近隣からも裏を取ってくれ。加賀屋で聞いた人相と一致するかどうかだ」

「承知」

「分かりやした」

 

 権助と熊造が蕎麦屋を出ていく。新吾も立ち上がり、手拭いの頬被りを直した。

 

「俺も残りの聞き込みを片付けてから、こっちに戻ります」

「頼む。鳥居と二人で交代しながら張れ。祈祷師どもの足取りを押さえてくれ」

「承知」

 

 新吾が身軽な足取りで出ていく。本太郎は残り、再び通りに面した席に腰を下ろした。

 

「鳥居。頼んだぞ」

「お任せください。──あ、渡辺様」

「何だ」

「その……経費の帳面は、やはり自分で付けておけばよろしいですか」

 

 本太郎の視線が、空になった蕎麦の丼にちらりと動いた。経費として申請できるかどうか、気にしているらしい。源一郎は何も言わず、ただ静かに本太郎を見た。

 

「……自分で払います」

 

 源一郎は蕎麦屋を後にした。秋の陽射しが京橋の通りを照らしている。背後で本太郎が「ああ、普通盛りにしとけばよかった……」と小さく呟いているのが聞こえた。

 

§

 

 夕刻──渡辺家。

 

 屋敷に戻ると、文机の上に一通の文が置かれていた。おたかが受け取っておいてくれたものだ。

 

「夕方頃に届きました。お使いの者が持ってまいりましたよ」

 

 源一郎は文を手に取った。封を切り、目を通す。──神谷伝兵衛からの返書だった。

 

『白狐殿の件、承知いたした。お絹にも伝えた。感謝する。──それと、祈祷詐欺の話、気にかかる。是非とも調査に協力させてほしい。詳しくは直に会って話したい。近日中に参る』

 

 短い文だが、神谷らしい。無駄がなく、要点だけが記されている。

 

 源一郎は文を畳み、縁側に腰を下ろした。

 

 捜査は動き始めている。引き込み役である女たちの存在、修験者と巫女の出入り、近江屋で──いや、江戸の商家で何が起こっているのか明らかにしなければならない。

 

 そして神谷が動くことになる。御庭番の情報網が加われば、祈祷師たちの素性に迫れるかもしれない。

 

 ──いや、まだ足りない。

 

 引き込み役の素性を確かめ、祈祷師たちの正体を掴む。そのためには、店の内側に入り込む必要がある。

 

 恐らくは、お鈴に潜入を頼むことになるだろう。

 

 源一郎は夜空を見上げ、次の一手を考えていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。