鬼切与力つなもり事件帖   作:mimick

133 / 133
第百二十八話

 

 山伏装束の男が頭襟を外し、鈴懸の襟を正す。

 

 その所作で男の気配が変わった。修験者の気配が剥がれ落ち、役目を負う者の静かで揺るぎのない気配が現れる。

 

 男はまず庄左衛門に向き直り、一礼した。

 

「近江屋殿。──まずは先程よりの数々の無礼、改めてお詫び申し上げる」

 

 声の質が変わっていた。まっすぐでよく通る──武士然とした声。こちらが正道とばかりに、修験者の口ぶりはもう跡形もない。

 

「某、修験の者に非ず──火付盗賊改方与力、渡辺源一郎と申す」

 

 庄左衛門が放心した目を男に向け、その名乗りに大きく目を見開いた。

 

「か……火盗改、ですと……!」

 

 声が裏返り、唖然とする。座敷の片隅で、ただ巫女に付き添っているとばかり見えていた山伏が──まさか、お上の役人であったとは。

 

 山伏が侍になった──。父の腕の中のお美乃も毒の影響で頭の芯を鈍く重くしていたが、驚いたように目を見開いて源一郎を見上げていた。

 

「近江屋殿。──何故、某がこのような姿で店に踏み入ったか、まずはそれを申し上げねばならぬ」

 

 源一郎は庄左衛門の眼を見て、静かに続けた。

 

「この店に出入りしていた行者と巫女──あれは祈祷師に非ず。商家に取り入り、憑き物を騙って金を絞り取る詐欺盗賊の一味だ。これと同じ手口で、芝の加賀屋は身代を潰し、一家心中にまで追い込まれた」

 

 庄左衛門の顔から血の気が引いた。

 

「い、一家、心中……」

「我らはこの一味を挙げるため、近江屋を見張っていた。なれど、相手は験力を語り売る者ども。表からただ踏み込んでは、口を割らず尻尾を切って逃げるが落ち。──ゆえに我らが同じ修験の装いで座敷に入り、向こうの絵図の只中で正体を引き出した次第。仁助殿に頼んで豊川稲荷の遣いを名目とさせたのも、すべてこのため」

「そ、そうでございましたか、この度は危ない所を誠に──」

 

 庄左衛門はしばし放心したように源一郎を見ていたが、やがて深く頭を垂れた。

 

 その時──。

 

 店先が、再びざわついた。

 

 先程の闖入とはまた気配が違う。奉公人の慌てる声、それに構わず踏み込んでくる幾つもの足音。土間を鳴らす草履の音が、揃って奥へと迫ってくる。

 

 ほどなく廊下に複数の人影が並んだ。十手と捕縄を提げた火盗改の同心と岡っ引き一同。頃合いを見計らっていたかのように雪崩込んできたのだ。

 

 座敷の空気が変わる。

 

「本太郎」

 

 源一郎が一人を呼んだ。狸顔の同心が一歩前へ出る。

 

「あれらを引いてゆけ。役宅まで連れ帰り、御頭の沙汰を待て」

 

 顎で示したのは畳に座り込んで動かぬ行者と、突っ伏したままの巫女。

 

「はっ。おい、この者達を連れて行け!」

 

 本太郎が二、三人の岡っ引きを引き連れて座敷に踏み入った。行者は抗わなかった。縄をかけられても力の入らぬ風で、ただ虚ろな目のまま立たされた。巫女は意識のないまま岡っ引きに引き摺られるように運び出されてゆく──。

 

 源一郎はそれを見届けてからお富の方へ向き直った。

 

「──お富。いや……」

 

 源一郎は一度、言葉を切った。

 

「本当の名は、お沙世と言ったな」

 

 お富──いや、お沙世の肩がびくりと跳ねた。

 

 ずっと胸の奥に蓋をしてきた名を呼ばれた。お前はもう、お富という名の女ではないと示すかのように。

 

「近江屋庄左衛門が娘、お美乃に薬を盛りしことで訊ねたい事がある──御用改めに従い、神妙に縛を頂戴いたせ」

 

 お沙世は源一郎を見上げた。もう何も言わなかった。ただ静かに両手を前へ差し出した。

 

「その女も役宅へ。──行者と巫女ともども引っ立ててゆけ。その者達には訊かねばならんことが山ほどある。加えて、」

「承知いたしました」

 

 本太郎がお沙世の傍へ寄った。縄がお沙世の手首に掛かる。もう抗うことはしなかった。

 

「証拠の薬はすでに此方の手にある。──新たな油薬とやらも、手の者がすり替えた。薬の残りも程なく、火盗改で回収する。半端な誤魔化しは無用。一切合財、包み隠すことなく白状せよ」

 

 源一郎のその言葉はお沙世に向けたもの。お沙世は驚いたように視線を上げたが、何も言わなかった。

 

 そのまま、お沙世は本太郎に支えられて廊下の方へ歩き出した。しかし──襖の手前でふと立ち止まり、座敷の方を振り返る。

 

 ──お美乃がお沙世を見ていた。

 

 お沙世がその目を見返す。そこにあるのは仄暗い笑みではない。力ない、しかし憑き物の落ちたような微かな笑みが浮かぶ。

 

「……ごめんなさい、家族を大事にね」

 

 短い、ひとこと。

 

 それ以上は何も言わずに背を向け──その姿が廊下の暗がりに消えていった。

 

 ──お沙世の足音が遠ざかるのを静かに見送ると、それから庄左衛門の方へと向き直った。

 

「近江屋殿」

「はい……」

「奴らの描く絵図はよく出来ていた。信心深い者ほど深く嵌まるように仕組まれてな。貴殿が娘を案じ加持祈祷に縋ったは──親として当然の流れ」

 

 庄左衛門が顔を俯かせた。騙されていたことを心から恥じるように、その肩は小さく縮こまっていた。

 

「ただ──お前様が案じる先を見誤らぬよう、傍で声を上げ続けた者がいたことを忘れてはならん」

 

 源一郎の目が座敷の隅へ向いた。つられて視線の先を追う──仁助がそこに座していた。

 

 主と番頭の目が合った。仁助は何も言わずただ深く頭を下げた。

 

 庄左衛門はその仁助をしばらく見ていた。やがて漏れたのは万感の込められた言葉。

 

「……仁助──。済まなんだ。お前はずっと儂に忠告してくれていたというのに……儂はそれを、出過ぎた口と聞き流しておった」

 

 仁助の肩が小さく震えた。長く胸に溜めてきたものが、その一言で堰を切ったようだった。

 

「旦那様……いいえ、いいえ。手前こそ、口幅ったことを幾度も申し上げ……それでも旦那様のお耳に届かぬのは、手前の力が足りぬゆえと……お嬢様のことを思えば、身を挺してでも止めるべきであったやもと、夜毎、悔やんでおりました」

「いや。──お前は止めてくれていた。聞かなんだのは儂だ。あの者達にすっかり目を眩まされて、長年傍で仕えてくれたお前の言葉より、耳障りの良い言葉を信じておった。……ないがしろにしたも同じこと。済まぬ」

 

 庄左衛門が深く頭を下げた。主が番頭に頭を下げる──奉公人たちが見れば仰天するような光景に、仁助は慌てて畳に手をついた。

 

「旦那様、どうかお手をお上げくださいまし……!手前は、こうしてお嬢様がご無事でいてくださる、それだけで……それだけで、もう十分にございますっ……!」

 

 仁助の声が詰まった。目尻に滲んだものを、皺だらけの手の甲が拭った。庄左衛門もまた、何も言わずにその古参の番頭を見つめ、ただ深く頷いた。

 

 主と番頭の間に横たわっていた見えぬ隔たりは、その夜、香の煙とともに静かに消えていった──。

 

「うむ──確執が晴れて何より。近江屋殿、医者を呼び、娘の容態も見て貰えよ。しかるべき手当てもな」

「はい……それはすぐにでも呼ぶつもりでございます」

 

 庄左衛門はしばらく畳の一点を見ていた。それからゆっくりと顔を上げ、源一郎に向き直った。

 

「……渡辺様。不躾なことをお訊ねしてもよろしゅうございますか」

「何か」

「あの──お美乃の障りは毒のせいだったのでしょう……ですが、あの巫女に降りた『あれ』は───そちらの方の口寄せは、『本物』だったのでございましょうか」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

怪異をぶちのめす(作者:富士伸太)(オリジナル現代/冒険・バトル)

ガッツで耐えつつ被ダメを攻撃力に変えて浪漫砲を撃つバーサーカー構成で、事故物件つかまされた被害者やよくわからんフラグを踏んだだけの被害者を殺しにくる日本の理不尽系怪異をぶちのめしていこうと思います。▼※カクヨムにも掲載しています 


総合評価:4238/評価:8.55/連載:41話/更新日時:2026年05月17日(日) 21:42 小説情報

プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~(作者:翠碧緑)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

気が付くと、俺は人間と魔族が争うクソみたいな世界で、赤ん坊として捨てられていた。▼孤児院で育ち、飢えと貧困に耐える日々。▼そんな中、外見の特徴を理由に貴族に拾われる。▼どうやら俺の血には「特別な何か」が混じっているらしい。▼理不尽(暴力)。▼理不尽(陰謀)。▼そして、逃れられない理不尽(因果)。▼それでも、俺は生きることを諦めない。▼「そっちがそう来るなら、…


総合評価:5763/評価:9.17/連載:134話/更新日時:2026年05月26日(火) 20:23 小説情報

転生魔法貴族の次男坊は無責任に生きるよ(作者:星野純三)(オリジナルファンタジー/ノンジャンル)

長男として家業の会社を継いだものの、その会社は倒産。▼無念の中で死んだ男は、異世界で魔法貴族の次男坊に生まれ変わった。▼男は誓う。▼今世では家業の重荷を背負うことなく、無責任に生きてみせよう。


総合評価:21673/評価:8.8/完結:58話/更新日時:2026年02月05日(木) 11:00 小説情報

バスタード・ソードマン(作者:ジェームズ・リッチマン)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

それなりに強力なギフトを持って異世界に転生したものの、モングレルには大きな野望も志もなかった。▼やろうと思えば強い魔物も倒せるし、世界を揺るがす先進的な知識もなくはない。▼だが、そうして活躍することによって生まれる軋轢やトラブルを考えると、保身に走ってしまうのが彼の性格だった。▼ギルドで適当に働いて、適当に飲み食いして、時々思いつきで何かをする。▼これは中途…


総合評価:127252/評価:9.17/連載:426話/更新日時:2026年05月31日(日) 00:50 小説情報

ミリ知ら転生超銀河悪役領主(作者:新人X)(オリジナルSF/戦記)

1mmも知らないSFファンタジーRPGのストーリー序盤で死ぬ帝国貴族に転生したストラテジーゲーマーが、ストーリーをガン無視で人型機動兵器を開発して覚悟ガンギマリの激重秘書官と一緒に銀河制覇を目指す話▼※この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています。


総合評価:6220/評価:8.3/連載:43話/更新日時:2026年03月18日(水) 18:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>