鬼切与力つなもり事件帖   作:mimick

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第百六十二話 二人の元締め

 

 猫達が戻るまでの間、源一郎はもう一つ聞いておきたいことがあった。

 

「この宿場のことを、もう少し聞いてもよいか」

「いいよ。別に暇だしね」

 

 髪の中でお貞が笑った気がした。

 

「日中、この宿場町を見回っていたのだが……この宿場には二人の顔役がいると睨んでいる。どうだ?」

「そうさね。二人いるよ」

 

 お縫はあっさりと肯定し、お貞が引き継ぐ。

 

「──牛頭の辰五郎と、大百足の勘蔵って奴だね」

 

 源一郎は少し意外そうな顔をした。

 

「大百足の勘蔵──しかし、ずいぶんとあっさりと口にするものだな」

「あっさり?」

「宿場の者は牛頭の辰五郎の名は出しても、もう片方の名は出さなかった。茶屋の老婆も、煮売り屋の親父も、そこまで話すと黙り込む」

「そりゃあ……大百足の勘蔵は、この品川宿の中じゃ、一番関わりたくない奴だからねぇ」

 

 お縫は当たり前のことのように言った。

 

「あの男はね、今の品川宿の中じゃ恐れられて下にも置かない扱いだよ。元締めとしての力は確かにあるが、それ以上に始末が悪い。金絡みで関わった者は、どうやっても抜け出せなくなる。一度あの毒牙に噛みつかれたら骨までしゃぶられちまう──大百足ってのは、そういう意味さね」

「まぁ──あたしらには関係のないことだけど」

 

 お貞もお寅も、話が顔役の話に及んでも顔色ひとつ変えない。お寅など膝を抱えて大あくびをしている。人の世の親分が誰であろうと、人ならぬ者たちには何の関わりもないのだった。

 

「──元々はさ、双方ともそれぞれ別の場所を仕切ってたんだよ」

「ほう?」

 

 お貞が言った。

 

「辰五郎は北品川と南品川をまとめる元締めだ。香具師達、露天商の親分でね。祭りの差配、露店の場所割り、荷運びに駕籠かき。人足を差配して宿場の表を回してるのさ」

「ふむ」

「あとは商人同士の喧嘩を仲裁したり、迷惑な客を縄張りから追い出して宿場の治安を守ったりね」

 

 町の『元締め』や『顔役』とは未来におけるヤクザの親分のことを指すが、この江戸時代には警察官──治安維持の役目を持つ専任の役人などいない。また、それに相当するであろう宿場町の代官所や町奉行所の役人は存在するが、町全体を見るには少な過ぎた。故に、この元締めが実質的な町人地における自衛、治安維持の役割を担っていた。

 

「では、もう一方の勘蔵は?」

「そっちは歩行新宿の元締めさね」

 

 お縫が口を挟む。

 

「あそこは元々、後から出来た宿場でね。北品川と南品川は古くからあるけど、江戸に近い歩行新宿が栄えると後になって品川宿に加えられたのさ。だから元締めが別にいるのも不思議なことじゃない。前の元締めがいた頃は、住み分けが利いてたんだけどねぇ」

「前の元締め」

「先代が亡くなって、勘蔵が後を継いだんだ。そこからだよ、おかしくなったのはさ」

 

 そこにお寅が引き継いだ。

 

「勘蔵は博徒でね。賭場を張って、金を貸して、利子を取る。それが本業なのさ。先代は博打もやったけど宿場の者との付き合いも大事にした。でも勘蔵は違う。銭が自分のとこに回りさえすれば宿場町なんてどうだっていいって思ってる、とんでもない奴だよ」

 

 源一郎は頷いた。品川宿の成り立ちを知ったことで、一つ話の筋が通った。この品川宿は一つの宿場に見えて、実は別々に発展した町で構成されている。顔役が二人いるのはその名残りのようだ。

 

「なるほどな……」

「──その勘蔵が北品川にまで手を伸ばすようになった」

 

 お縫が言った。

 

「ここ数年かね、妙に騒がしくなったのは。歩行新宿だけじゃ飽き足らなくなったのか北品川にまで若い衆を入れてきてさ。辰五郎の庭場で場所代を二重に取ったり、露天商を痛めつけ逆らえないようにして自分の側に近づけようとしたり」

「だから辰五郎の方も締め付けを厳しくせざるを得なくなった。銭が集められないんじゃ縄張りも取られて、町の顔役としての面子にも関わってくるからね」

「辰五郎が取り立てを強めているのは、そのためか」

「そういうことさ」

 

 煮売り屋の親父が悩む理由が分かった。あの三人組は強引な取り立てをしていたが、そこには後がないという事情もあるらしい。

 

「勘蔵は宿場を丸ごと取る気か」

「私にはそう見えるけどねぇ」

「辰五郎としちゃ、銭を集めなきゃ縄張りを示すこともできない。争う力を蓄えることもできない。──だけどね、相手は博打と金貸しで食ってる男。元々の資金力が違う。金があるってことは、人が集まるってことさね。辰五郎がいくら締め付けたところで、ジリ貧さ。勘蔵の懐には勝てないってのにね」

「……」

 

 源一郎は考えをまとめようとして無意識に煙管を出し、煙草盆がないことに気づいて仕舞い直した。

 

「──あんた。その顔、関わる気でいるのかい」

「いや……」

 

 お縫がちらりと源一郎を見る。源一郎は即座に答えた。

 

「どうにも役目柄、こういうことは気になってしまってな。本題は部下を探しに来たことにあるのでな。宿場町の縄張り争いに口を出す気はない」

「……そうかい。そうしときな。他所の喧嘩に首を突っ込むと、ろくなことになりゃしないからね」

 

 お縫がため息をつく。それから、声が少しだけ低くして続けた。

 

「でも、もし関わろうってなら……これは知っとくべきかもしれない。歩行新宿ではね──女がたまにいなくなるらしい。勘蔵の黒い噂の一つさ」

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