陰の実力者の親友 作:はちりんご
いったい何が起きているというの。
アイリスは赤い髪をなびかせながら深夜の王都を疾走する。
建物が切れた、と。最初の報告は耳を疑うものだった。しかし半信半疑で現場へと向かうアイリスの下に次々と報告が届く。
王都で大規模な同時襲撃事件が起きている。
その結論へとたどり着くのに時間はかからなかった。だが襲撃先に統一性がまるでない。商会、倉庫、飲食店、貴族の私邸…。計画性のある犯行でまず間違いないのだろうが、その目的が見えてこない。
しかし事実として、王都は揺れていた。
騎士団に緊急出動がかかり、容認の避難も始まっている。
市民は深夜にもかかわらず窓から様子を窺い、野次馬に向かうものも少なくない。アイリスは出歩く市民に家に戻るよう叫びながら、現場へと急ぐ。
何かが起きている。間違いなくこれは、普通の事件ではない。
アイリスの直感がそう告げていた。
と、その時。
アイリスの耳に悲鳴が届いた。
「ば、バケモンッ‼応援を‼」
騎士団の声だ。そう遠くない。アイリスは方向転換し、悲鳴の下へと駆け付ける。角を曲がり、路地裏を進み、大通りに出るとそこに化け物がいた。
醜悪な巨体の化け物だ。
それは肥大した血まみれの右爪を振り回し、騎士たちを肉塊に変える。
「何よこれ」
呟きながらも、アイリスは動いていた。
「離れなさいッ!」
流れるような抜刀、そして闇夜に白刃が煌めき、化け物の胴を通り抜けた。
両断。
化け物の巨体をたった一太刀で両断した。
「怪我はない?」
アイリスは倒れ行く化け物を尻目に、騎士団へと声をかける。
「アイリス様だ、助かった」
「流石アイリス様だ!あの化け物が一太刀だ!」
彼らの身体は無事だった。ここにいる生きている騎士は皆、ほぼ無傷だった。そう、期している騎士は。
「8人殺られました」
死者はいずれも一撃。
その凄惨な遺体にワインレッドの瞳が悲しみで揺れた。
「あなた達は遺体を回収し下がりなさい。隊長に報告を」
「アイリス様!」
突然、騎士の一人が叫んだ。アイリスの後ろを指さしながら、ほかの者達も声にならない叫びをあげた。
「何ッ……!」
アイリスは後方を振り返りながら、とっさに剣を振る。
アイリスの剣と、化け物の右腕が衝突した。
「くッ……!」
アイリスは一瞬力負け試走になりながら、即座に膨大な魔力を解放し、その剛腕を見事に受け止めた。そしてそのまま化け物の懐へと潜り込むと、今度はその足を斬り裂き、化け物の反撃を先読みして間合いを外す。
直後、化け物の右腕がアイリスのいた空間を薙ぎ払い、彼女の長い赤髪を数本巻き込んだ。
「再生している……?」
彼女が先ほど両断した傷は既になく、たた今つけた足の傷も再生を始めていた。
「馬鹿な……アイリス様に両断されて再生するなどと…」
「嘘だろ…」
「下がりなさい」
動揺する騎士たちにアイリスは声をかけ、化け物の追撃を受け止めた。
その一撃は、早さもある、力もある、重さもある。…だが単調。
「所詮は化け物」
アイリスの反撃は容赦がなかった。
腕を斬り刻み、足を落とし、首を飛ばす。再生できるならやってみろと、そう言わんばかりの連撃を浴びせた。
反撃など許さない。ただ一方的に斬り刻んだ。
しかし、それでも。
「まだ再生するというの」
化け物は生きていた。アイリスの連撃が一瞬止まったすきに態勢を立て直し、右腕を振り回してアイリスを追い払った。
そして。
夜空に甲高い咆哮を放った。
それに応えるかのように、月の隠れた空から雨が降り出す。
最初はポツリ、ポツリと、次第に勢いを増し、化け物の血に当たると白い煙を上げていく。
「少し時間がかかりそうね」
アイリスは早期決着を諦め、腰を据えて戦う道を選んだ。
負けるとは思っていない。アイリスはまだ自信が負けると思ったことは一度もない。が、時間はかかるだろう。
アイリスは剣を構え、再生を終えた化け物へ疾走する。直後。
甲高い音とともにアイリスの剣がはじかれる。
凄まじい衝撃に、アイリスの腕が痺れた。
遠く、遠方へ、回りながら飛んでいく愛剣を尻目に、アイリスは突然の乱入者を睨む。乱入者もまたアイリスを一瞥する。
両者の視線がぶつかり、先に沈黙を破ったのは金髪の乱入者だった。
「それが苦しめるだけだと、何故分からない」
そう乱入者が言うと同時に空を埋め尽くすような巨大な生物が現れた。そして、一人目の乱入者と同じ漆黒のボディースーツを身に纏い、一人目とは違い狐のお面で顔を隠している。
「何者だ」
アイリスは油断なく、漆黒の女性たちと化け物の両方を視界に入れながら問う。
「アルファ」
金髪の女性は一言そう言って、もう興味は失せたとばかりにアイリスに背を向けた。お面の女は黙ってこちらを見た後、化け物を見た。
「待て、いったい何のつもりだ。騎士団に敵対するのであれば容赦は…」
「敵対……?」
アルファはアイリスの言葉を遮って、背を向けたまま笑った。クックッとあざけるように。
「何がおかしい」
「敵対……これほど滑稽な言葉があるかしら。何も知らない愚者が敵対などとおこがましい」
「何だと…」
アイリスの魔力が膨れ上がった。その膨大な魔力は波となって広がり、風が起きた。
そんなアイリスに、アルファは一瞥すらしなかった。変わらず背中を向けたまま。
「観客は観客らしく部隊を眺めていればいい。我々の邪魔をするな」
ただ、そう言い残して、化け物へと歩く。
「観客だと……」
アイリスはその後ろ姿を、未だに痺れる掌を握りしめ閉め睨む。
「可哀そうに、痛かったでしょう」
アルファはただ歩きながら、化け物へと語りかけた。
「もう苦しむことは無い。悲しむことは無い」
漆黒の刀が伸びた。アルファの背丈を超えるほど、長く。
「だからもう泣かないで」
そして、ただ自然に1歩踏み込み化け物の身体を両断した。
誰もが、反応すらせず斬られるのを見ていた。殺気も何もなく、ただ斬られるのが当然の結果としてそこにあった。
化け物の巨体が倒れた。それは白い煙を上げながら萎んでゆき、少女ほどの大きさにまで小さくなった。いつの間にかそこに立っていたお面の女性が優しく抱きかかえる。
「願わくば……来世では安らかな生を」
「そうはならないよ」
口をずっと閉ざしていたお面の女性がそう言った。
「でも、この子の命はもう…」
「いいや、生きている。死んでいたとしても何とかするよ。さっき言った約束はこの子。…まぁそんなことはどうでもいい。どうする?特等席で一緒に見る?」
お面の女性とアルファが何の話をしているのか全く分からない。特等席とは?何が起きるの?
アイリスは話に完全においていかれていた。しかし、それを確認することもできない。
「いいえ、私は別のところから見るわ」
「そっかー、それじゃ」
そう言ってお面の女性は化け物だった少女を抱えて上空に浮かんでいる生物に乗ってどこかへ行ってしまった。それを見届けているうちにアルファもどこかへ消えてしまった。
アイリスは茫然と立ち尽くしていた。体が震えている。この震えの意味を、アイリスは知りたくなかった。
「アレクシア…」
アイリスは呟いた。この騒動の中心に、妹がいる。そんな予感がアイリスを動かした。
「アレクシア、無事でいて」
アイリスは剣を拾って走り出す。雨は強く降り続けていた。
「あ、あなた、どうしてここに…」
角を曲がったアレクシアの目前に、見知った顔が現れた。
「なぜかって、それは私の施設だからだよ。私があの男に投資した。それだけのことさ」
金髪に端正な顔立ち、自信に満ち溢れた笑み。ゼノン先生がそこにいた。
「よかった。私、あなたのこと頭おかしんじゃないかってずっと思ってたのよ。やっぱりおかしかったのね」
アレクシアは1歩、2歩、後ろへ下がりながら言った。ゼノンの背後に階段がある。おそらく、外への道。
「そうかな。どうでもいいさ。君の血があれば」
「どいつもこいつも血の話、吸血鬼の研究でもしてるのかしら」
「君にとっては似たようなものかもしれないな」
「説明はいらないわ、オカルトに興味はないもの」
「だろうね」
「分かっていると思うけど、もうじき騎士団が来るわ。あなたもおしまいよ」
「おしまい?一体私の何が終わるんだ」
変わらぬ笑みでゼノンが言った。
「地位も名誉もはく奪、当然処刑。ギロチンの刃は私が落としてあげる」
「そうはならないさ。私は君と隠し通路から脱出する」
「ロマンチックな誘いだけど、私あなたのこと大嫌いなの」
「来てもらうさ。君の血と、研究があれば私はラウンズの第12席に内定する。剣術指南役などというくだらない地位ともおさらばだ」
「ラウンズ?狂人の集まりか何かしら」
「教団の選び抜かれた12人の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ。地位も名誉も富も、これまでとはくらべものにならないほど手に入る。私は既に実力を認められている。あと必要なのは実績だけだが、それも君の血と研究成果で満たされる」
ゼノンは大仰に手を広げて笑う。
「どうでもいいけど、いい加減血の話はうんざり」
「本当はアイリス王女やアレナ様の方がよかったが、君で我慢するさ。いや、アレナ様は危険か」
一気に怒りが高まり、最後の言葉は聞こえていなかった。
「ぶっ殺す」
「失礼、君は姉と比べられるのが嫌いだったね」
「……ッ!」
アレクシアは気迫の一撃が戦闘開始の合図となった。それは一直線にゼノンの首へと迫るが、
「怖い怖い」
ゼノンは寸前ではじき返す。そしてあとに続くアレクシアの迫撃も受け止める。
2本の剣が衝突し、空中で何度も火花を散らす。
そのせめぎあいは、剣のみを見ると互角ともいえるが、それを操る2人の表情は対照的だ。アレクシアは険しく、ゼノンは余裕の笑み。
アレクシアは小さく舌打ちをして間合いを外す。
「君は凡人だ。それは剣術指南役の私が保証するよ」
ゼノンは見下すように、変わりない事実だと言うように告げる。
アレクシアの顔は目に見えて歪んだ。一瞬、泣き出しそうに、そしてそれをかき消すかのように覇気を出す。
「だったら見てなさい。本当に私が凡人かどうか」