「ルーチェモンは本来なら、イグドラシルやロイヤルナイツと同じ側にいるはずの存在」
「なのに、イグドラシルに反旗を翻した?」
「ええ」
リリスモンは、窓の外を見た。
「あいつの理由は分からない。でも、あいつはイグドラシルと直接戦ってる。今もデジタルワールドで」
彼女の瞳が、赤く光る。
「ワクチン種でありながら、イグドラシルを敵に回す――あいつは、私たちウィルス種よりも危険かもしれない」
「つまり――」
俺は、煙草を灰皿に押し付けた。
「お前を含めて、数体の強力なデジモンが、それぞれの理由でイグドラシルと敵対してるってことか」
「ええ」
リリスモンは、俺の隣に戻ってきた。
「私たちは、統一された組織じゃない。ただ、共通の敵――イグドラシルとロイヤルナイツ――がいるだけ」
「……で、逃亡デジモンは?」
「多くが人間世界に逃げ込んだ」
リリスモンは、俺を見た。
「人間世界は、イグドラシルの管轄外。だから、ロイヤルナイツの手も届きにくい――と思われていた」
「思われていた?」
「でも、ロイヤルナイツは追ってきた」
リリスモンの瞳が、暗く光った。
「彼らは、逃亡者を匿う施設、協力者、全てを浄化対象と見なしている。今夜のデータセンターも、その一つだった」
「つまり、俺は偶然にも――」
「ええ。あなたは、偶然にもロイヤルナイツの標的になった」
リリスモンは、俺の手を取った。
「もし私が来なければ、あなたは今頃――」
「死んでた」
俺は、彼女の手を握り返した。
「……礼を言うべきか?」
「いらない」
リリスモンは、微笑んだ。
「私は、あなたに借りがある。十年前、あなたは私を使い捨ての道具じゃなくて、対等なパートナーとして扱ってくれた」
彼女の爪が、俺の手の甲を撫でた。
「だから、今度は私があなたを助ける番」
その時、ラップトップが通知音を鳴らした。
暗号化されたメッセージ。
俺は、立ち上がり、モニターを起動した。
送信者は、今夜の依頼主だ。
『……生きているのか』
俺は、キーボードを叩いた。
『ああ。だが、ファイルの抽出は失敗した。施設が襲撃された』
数秒後、返信が来た。
『ロイヤルナイツか』
俺は、画面を見つめた。
依頼主は、デジモンのことを知っている。
『そうだ。マグナモンが現れた』
『……そうか』
沈黙。
数秒後、また文字が表示された。
『よく生き延びたな。報酬は予定通り支払う』
俺は、眉をひそめた。
『仕事は失敗した。報酬を受け取る資格はない』
『気にするな。お前が生きていることの方が、ファイルよりも価値がある』
画面に、新しいメッセージが表示される。
『今後も仕事を依頼する。次は、もっと面白いものを用意しよう』
そして、接続が切れた。
俺は、画面を見つめたまま動けなかった。
「……何だ、今のは」
リリスモンが、画面を覗き込んだ。
「あら、優しいクライアントね」
「優しい? 違う」
俺は、煙草に火をつけた。
「あいつは、俺が死ぬと思っていた。それでも、あの仕事を依頼した」
リリスモンの瞳が、細くなった。
「……つまり?」
「あいつは、ロイヤルナイツがあの施設にいることを知っていた。その上で、俺をそこに送り込んだ」
俺は、煙を吐いた。
「俺は、試されたんだ」
リリスモンは、俺の肩に手を置いた。
「……あなた、狙われてるわね」
「ああ」
俺は、モニターを閉じた。
「だが、誰に? 何のために?」
沈黙。
リリスモンは、俺の背中に抱きついた。
「分からないことは、後で考えましょう」
彼女の爪が、俺の胸を撫でた。
「今は、私と一緒にいて」
俺は、彼女の手を握った。
「……ああ」
だが、頭の中では、今のやり取りを反芻していた。
依頼主は、ロイヤルナイツの存在を知っていた。そして、俺が生き延びたことに価値を見出している。
なぜだ?
俺に何を期待している?
リリスモンは、俺の思考を読み取ったかのように囁いた。
「あなた、考えすぎよ」
彼女の唇が、俺の首筋に触れた。
「今夜は、もう休みましょう」
俺は、彼女を抱きしめた。
「……そうだな」
考えても、答えは出ない。
今は、リリスモンと共にいる。
それだけで、十分だ。
だが――
俺は、モニターをもう一度見た。
依頼主の最後のメッセージが、頭に残っている。
『お前が生きていることの方が、ファイルよりも価値がある』
つまり、依頼主は俺自身に価値を見出している。
情報ブローカーとしての能力? それとも、別の何か?
いずれにせよ――
俺は、モニターを起動した。
「アキラ?」
リリスモンが、不思議そうに俺を見た。
「少しだけ、仕事をする」
俺は、キーボードを叩き始めた。
「依頼主は、俺がロイヤルナイツと遭遇しても生き延びることを期待していた。つまり、あいつは俺がデジモンに関わることを望んでいる」
画面に、闇市場のフォーラムが表示される。
「なら、その期待に応えてやる。俺は、デジモン関連の情報ブローカーになる」
リリスモンは、俺の隣に座った。
「……あなた、デジモンのビジネスをするつもり?」
「情報には価値がある」
俺は、彼女を見た。
「ロイヤルナイツの動向、イグドラシルの計画、逃亡デジモンの居場所――全てに買い手がいる」
キーボードを叩く。
「お前が言った通り、多くのデジモンが人間世界に逃げ込んでる。そして、彼らは身を隠す場所、偽の身分、武器、情報――全てを必要としている」
「需要と供給ね」
「ああ。俺は、それを提供する。そして、対価を得る」
リリスモンは、数秒沈黙した。
それから、彼女は笑い出した。
「あはは……! あなた、本当に変わってないわ!」
彼女は、俺の首に抱きついた。
「美徳なんてクソくらえ! 正義なんて興味ない! ただ、効率と利益だけを追求する!」
彼女の爪が、俺の頬を撫でた。
「だから、好き!」
俺は、彼女の腰を抱いた。
「……で、お前は協力するか?」
「もちろん」
リリスモンは、俺の耳元で囁いた。
「私は、あなたのパートナー。あなたの策に、私の力を提供する」
彼女の爪が、俺の首筋を這う。
「あなたが逃亡デジモンを集めるなら、私は彼らを守る。あなたがロイヤルナイツの情報を売るなら、私は彼らを観察する」
彼女の吐息が、熱い。
「あなたがイグドラシルを敵に回すなら――」
彼女の瞳が、赤く光る。
「――私は、喜んであいつの喉を切り裂く」
俺は、彼女の背中を抱きしめた。
「……いいパートナーだ」
「でしょう?」
リリスモンは、俺の唇に自分の唇を重ねた。
彼女の舌が、俺の口の中に侵入してくる。熱く、湿っていて、どこか危険な味がした。
数秒後、俺たちは唇を離した。
リリスモンは、満足そうに微笑んだ。
「……これで、あなたは私のもの」
「逆だろ」
「どっちでもいいわ」
彼女は、俺の胸に顔を埋めた。
「大事なのは、私たちが一緒にいるってこと」
俺は、彼女の髪を撫でた。
窓の外では、東京の夜が更けていく。
この街のどこかで、ロイヤルナイツが逃亡デジモンを狩っている。
イグドラシルが、大粛清を推進している。
デジモンたちが、それぞれの思惑で動いている。
だが、俺には関係ない。
俺が動くのは、俺の利益のため。
そして、今この瞬間、俺の利益は――
俺は、リリスモンを抱きしめた。
――彼女と、共にいることだ。