イグドラシルに喧嘩を売った件   作:tknrdv

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四話 デジモン専門の情報屋

 雨音は止まない。一夜明けた東京の空は湿り気を帯びたままだった。

 

 六本木のマンション。三十二階の一室。

 

 外からの微かな朝日とモニターの光が、暗い部屋を照らしていた。

 

 俺――夜苅アキラ――は、キーボードを叩き続けていた。闇市場の掲示板、暗号化された通信アプリ、裏社会のニュースサイト。

 

 情報の海を泳ぐ。

 

「……ねえ、まだ終わらないの?」

 

 背後から、甘い声がした。

 

 リリスモンだ。

 

 彼女はソファに寝そべり、俺の背中を見つめていた。黒いドレスの裾が乱れ、白い太腿が露わになっている。

 

「仕事だ」

 

 俺は振り返らずに答えた。

 

「デジモン関連の依頼が、思った以上に多い」

 

 俺が「デジモン専門の情報屋」としての看板を掲げてから、まだ数時間。だが、既に問い合わせが殺到していた。

 

 人間界に逃げ込んだデジモンたちは、混乱していた。隠れ家がない。食料がない。そして何より、ロイヤルナイツの影に怯えている。

 

「ふうん」

 

 リリスモンは、退屈そうに欠伸をした。

 

「弱き者たちの悲鳴ね。心地いいけど、ずっと聞いてると飽きるわ」

 

 彼女は立ち上がり、俺の椅子に背後から抱きついた。

 

 豊かな胸の感触が、背中に押し付けられる。

 

「ねえ、アキラ。もっと刺激的なこと、しない?」

 

 彼女の爪が、俺の胸元を這う。

 

「後にしてくれ。一件、気になる依頼がある」

 

 俺は、画面上の一点を指差した。

 

 差出人は不明。だが、内容は具体的だった。

 

『品川の港湾倉庫エリア、第3ブロック。そこに我々の同胞が囚われている。人間たちによって、解体されようとしている。助けてほしい』

 

「解体?」

 

 リリスモンの目が、鋭くなった。

 

「人間がデジモンを?」

 

「ああ。どうやら、デジモンの身体パーツを高値で売買する組織があるらしい。生体兵器としての研究素材、あるいは単なるコレクションとして」

 

 俺は、依頼を受け入れるボタンを押した。

 

「報酬は悪くない。それに――」

 

 俺は立ち上がった。

 

「――お前のストレス解消にもなるだろう」

 

 リリスモンは、にやりと笑った。妖艶で、残酷な笑み。

 

「あら、分かってるじゃない」

 

 彼女は、俺の首に腕を回した。

 

「じゃあ、行きましょうか。私の可愛いアキラ」

 

「準備する。五分待て」

 

「待てない」

 

 リリスモンは、俺の唇を奪った。

 

 深く、激しい口づけ。

 

 彼女の舌が、俺の理性を溶かそうとする。

 

 数秒後、彼女は唇を離した。

 

「……続きは、帰ってからね」

 

 彼女はウィンクした。

 

 俺は、ジャケットを羽織った。

 

 今日も、長い夜になりそうだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 品川埠頭。

 

 潮の匂いと、錆びた鉄の匂いが混じり合う。

 

 指定された倉庫は、静まり返っていた。だが、その静寂は偽りだ。

 

 俺は、暗視スコープで倉庫を見下ろすクレーンの上にいた。リリスモンは、俺の隣で闇に溶け込んでいた。

 

「見張りは四人。全員、自動小銃で武装してる」

 

 俺は小声で言った。

 

「人間にしては、重装備ね」

 

 リリスモンは、見下すように言った。

 

「でも、私には無意味」

 

「突入するぞ。正面から堂々と」

 

「え?」

 

 リリスモンは、意外そうな顔をした。

 

「隠密行動じゃないの?」

 

「必要ない。この組織には、恐怖を植え付ける必要がある。デジモンに手を出すとどうなるか、思い知らせてやる」

 

 俺は、リリスモンを見た。

 

「派手にやれ。ただし、俺の合図があるまで殺すな」

 

 リリスモンは、嬉しそうに目を細めた。

 

「了解。私の愛しい共犯者様」

 

 俺たちは、クレーンから飛び降りた。

 

 着地と同時に、見張りの一人が気づいた。

 

「な、なんだお前らは!?」

 

 銃口がこちらに向けられる。

 

 だが、遅い。

 

 リリスモンが、一瞬で距離を詰めた。

 

「こんばんは」

 

 彼女の爪が、男の銃を薙ぎ払った。鉄の塊が、飴細工のように切断される。

 

「ひっ……!?」

 

 男が腰を抜かす。

 

 他の三人も、慌てて発砲した。

 

 乾いた銃声が響く。だが、弾丸はリリスモンの黒い翼に弾かれ、あるいは彼女の身体をすり抜けたかのように当たらなかった。

 

「無駄よ」

 

 リリスモンは、指を鳴らした。

 

「ファントムペイン」

 

 黒い霧が、男たちを包み込む。

 

「あ、ああああっ!!」

 

 絶叫。

 

 男たちの身体が、腐食していくわけではない。精神を、直接削られているのだ。

 

 彼らは地面に転がり、泡を吹いて気絶した。

 

「雑魚ね」

 

 リリスモンは、つまらなそうに男たちを跨いだ。

 

 倉庫の扉が開く。中から、さらに十数人の武装した男たちが出てきた。

 

 その中心に、リーダーらしき男がいた。白衣を着ている。

 

「な、何だこの化け物は!?」

 

 男が叫ぶ。

 

 俺は、一歩前に出た。

 

「化け物じゃない。俺のパートナーだ」

 

 俺は、冷ややかに男を見た。

 

「お前たちが捕らえているデジモンを返してもらおう」

 

「ふざけるな! これは貴重なサンプルだ! このデータがあれば、次世代の兵器が――」

 

 男の言葉は、最後まで続かなかった。

 

 リリスモンが、男の目の前に移動していたからだ。

 

「……兵器?」

 

 彼女の声は、氷のように冷たかった。

 

「デジモンを、ただのデータだと思ってるの?」

 

 彼女の黄金の爪が、男の首筋に突きつけられる。

 

「ひっ……!」

 

「私たちは生きている。感情も、痛みも、憎しみもある」

 

 リリスモンは、妖艶に微笑んだ。

 

「特に、憎しみはね」

 

 彼女の爪が、男の皮膚を薄く切り裂く。血が滲む。

 

「や、やめろ! 金なら払う! いくらだ!?」

 

 男が懇願する。

 

 俺は、ため息をついた。

 

「金の問題じゃない」

 

 俺は、リリスモンに合図した。

 

「やれ」

 

 リリスモンは、歓喜の表情を浮かべた。

 

「ナザルネイル」

 

 右手の爪が、黄金に輝く。

 

 一閃。

 

 男の白衣が、そして背後の鉄扉が、腐食し、崩れ落ちた。

 

 男は、腰を抜かして失禁していた。殺されてはいない。ただ、全てのプライドと理性をへし折られただけだ。

 

 倉庫の中が露わになる。

 

 そこには、檻に入れられた数体のデジモンがいた。成長期のゴブリモンや、成熟期のヌメモン。どれも弱り切っていた。

 

 リリスモンは、檻の前に行き、爪で鍵を破壊した。

 

「さあ、お行き」

 

 デジモンたちは、怯えながらもリリスモンに感謝の視線を送り、逃げ出した。

 

 リリスモンは、それを見送ると、俺の方へ戻ってきた。

 

「終わったわ」

 

「ああ」

 

 俺は、震える白衣の男を見下ろした。

 

「次にデジモンに手を出したら、次は魂ごと腐らせる。組織のボスにそう伝えろ」

 

 男は、何度も頷いた。

 

 俺は背を向けた。

 

「帰るぞ」

 

 リリスモンは、俺の腕に絡みついた。

 

「ねえ、アキラ」

 

「何だ」

 

「私、いい子だった?」

 

 彼女は、上目遣いで俺を見た。

 

「あいつら、殺さなかったわよ。あなたが言った通り」

 

「……そうだな」

 

 俺は、彼女の頭を撫でた。

 

「よく我慢した」

 

 リリスモンは、嬉しそうに目を細めた。

 

「じゃあ、ご褒美」

 

 彼女の身体が、密着してくる。

 

「家に帰ったら、たーっぷり可愛がって?」

 

 彼女の吐息が、俺の耳にかかる。

 

 雨は、まだ降り続いていた。

 

 だが、俺の隣にいるこの悪魔の体温だけは、熱いほどに鮮明だった。

 

 俺たちは、闇の中に消えた。

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