「だから、なぜ君が現場にいたのか、そこのところを聞いてるんだ!」
取調官の尋問に対し、守屋は負けないほどの声を張り上げて言い返す。
「ずっと言ってるじゃないですか、たまたまだって! 死体を見つけて、血の跡を追っていったら犯人と思われる奴が……」
机に身を乗り出す彼を押さえようと護衛の警官が席を立つが、取調官に制されて引っ込む。取調官は自身の前に並べられた書類を手に取ると、パラパラとめくって見せた。昨夜発生した猟奇殺人事件の資料である。最後のページには、遺体の上半身がアパートのアンテナに串刺しにされた様子を映す写真が掲載されていた。被害者の青白くなった顔を見て、守屋は思わず目を背ける。
「君の主張では、犯人が遺体を串刺しにする様子を目撃したということになるが」
「えぇ見ましたとも。奴は常人じゃねぇ」
守屋は血走った目で取調官を睨みつける。その瞳には決意とも狂気とも取れぬ只ならない何かがあった。今すぐにでもキラーを追って走りたがっている……取調側にはそう見えてならなかっただろう。取調官は内心で彼に同情した。なぜなら。
「君には残念だろうが、この事件の捜査権は軍に移った」
その事実を述べると、案の定守屋は狼狽える。しかし一瞬後には彼は激しい反論と罵倒の言葉を浴びせてきた。
「なぜ軍に⁉ 何のための警察だ⁉ お前らそれでいいのかよ、なぁ」
「被害者は軍人だ。勤務時間中に殺された、その場合に捜査に当たるのは憲兵だ」
冷静に返答をする。守屋は頭を抱えて項垂れた。
「憲兵……首都直轄の親衛隊どもか。アイツら一体何を隠してやがる」
それはこの場にいる皆の思いだった。自分たちは碌な情報も与えられず、権力や義務と市民からの期待に板挟みになる毎日。もともとの「正義感」や「熱意」で動いている人間はどれくらいいるだろうか……そしてそんな稀有な例外である男を、社会は抑圧せねばならないのだ。自分たちのあるべき姿である人を、自分たちで押し留める、それが彼らに与えられた仕事だったのだ。
守屋は数日間の取り調べを経て釈放された。伝えられた通り、今回の事件の調査は国防陸軍首都防衛特別隊(通称「親衛隊」)に移行してしまった。警察の手には資料一枚も渡ってこない。
屈辱的だと思った。それは尋問される側になってしまったからというだけではない。自分が解放されたということは、軍が隠している「何か」にさほど近づけていなかったからに他ならない、と悟ったからだ。放っておいても無害だと判断されたからだ。守屋にはそれが許せなかった。警察官の一員として、あるいは彼の実直な性格故だろうか。
寒空の下一人帰路に着く彼の目は依然として血走り、目の下には深い隈が浮き出ていた。俯いたまま歩く守屋がぶつぶつと何か呟いているのを、すれ違った通行人は聞こえぬふりをしてやり過ごした。
「絶対に俺が……絶対に捕まえて見せる……」
数日ぶりにアパートに戻り自室の玄関を開けると、かび臭い匂いが鼻を突いた。気持ちの悪い匂いに鼻を摘まみながら電気を付け、靴を脱ぎ捨てる。突き当りのリビングダイニングに置かれたソファーに直行。崩れるように腰掛け、そのままの流れで天井を見上げる格好になった。
「あ~~~」
疲れた。著しく疲れていた。ため息とも嘆きともつかない呻き声をあげてみるが、そんなもので消えてくれるような感情ではない。そう直感した守屋は気を紛らわすものを見つけようと部屋を見渡した。しかし、そこに彼の心を満たすものは何もなかった。仕事最優先だから小さな部屋で良い、趣味や持ち込みたい私物も特段無いので小綺麗に整頓された、一人暮らしとしては理想的な一室。それで良いはずだった。だが、今の彼には、この部屋は虚無で大層つまらないものにしか思えなかった。
ふとテーブルの上を見ると、そこには広告チラシが数枚、無造作に投げ出されていた。彼は思い出した。郵便受けに溜まっていたお届け物を無造作に持ってきたのだった。何かをしていないと気が済まなかった。だから彼は普段は捨てるだけのチラシを手に取って読んでみた。そこに掲載されていた広告に、彼は思わず目を丸くする。
『よく当たる占い師 出張営業中』
そうか、この手があったか、と彼は思った。
いつもの彼ならこんな発想をするはずがなかった。仕事柄無意識に科学的根拠を持ち、客観的に見て正しいかを考え、合理的か妥当かを考え行動していた彼が……。しかし、疲れ切ってズタボロになった彼の思考回路は、そのような非科学的な手段に頼ることを肯定したのである。無論そんなことを本人が自覚するはずもなく。彼はさっそく明日の朝占いに行ってみることにしたのだった。
つづく