「巡査部長、また奴が現れたそうです」
部下の報告に、紙の資料を読み漁っていた男が顔を上げた。2か月ほど前から東京管区に異動してきた警察官・
「やられたのはまたヤクザか?」
「えぇ。港湾部を牛耳っていた黒鴉会の連中です」
組織の名称を聞いた守屋は深くため息を吐く。それは果たして事件を防げなかったことへの無念か、それともあの強力なヤクザ組織を蹂躙した――彼らが「キラー」と仮称する――犯人への感服なのか。
キラーによる連続殺人事件が始まったのはひと月ほど前からだった。雪が降り積もる1月下旬、数日前に強盗を働いた男が、隠れ家にしていたアパートで惨殺された状態で発見された。不可解だったのは2点。1つは男が盗んだ札束に、殺人犯は一切手を付けていなかったこと。金目当ての犯行ではなかったのだ。もう1つは、ベランダの雪に残された一対以外、足跡が発見できなかったこと。犯人はどこからベランダに侵入し、犯行後どこへ逃走したのかすら不明。これらは警察を大いに悩ませた。
2月7日、キラーは新宿区内のビルの地下で暴力団関係者により営業されていた違法カジノ店を襲撃する。店内にいた11人は、キューが頭に付き刺さる、両腕が捥がれているといった変死体で発見された。
加えて2月18日は蛇骨組、昨日22日は黒鴉会という大型ヤクザ集団の主要メンバーがまとめて殺されたわけである。
ここまでの事件ではいずれも生存者・目撃者は居ない。また、事件現場から金品や貴重品などの盗難も確認されておらず、さながら「殺すために殺した」という雰囲気である。それを裏付けるように、被害者の遺体は通常では考えられないほど激しく損壊されており、犯人の暴力性を誇示しているかのようであった。毎日のように死体が出るこの街であっても、このような異常性から、強い殺意を持った同一犯の犯行だとあらかた判別が付くほどに。
「これで三週間連続か……」
彼はマグカップに残ったコーヒーを一気に飲み干すと席を立った。制服の上に茶色み掛かったコートを羽織る。机の上に置いてあった封筒を胸ポケットに差し込んで完成だ。部下はその様子をまじまじと見つめる。
「どこに行くんですか?」
「現場に決まってるだろ。書類の整理は任せる」
「え~俺がっすか⁉」
不満を主張する部下に背を向けて守屋は部屋を後にした。
彼が東京管区に異動させられた理由。それはその行動力にあった。彼が持っている賞状は2つ。一方は麻薬売買組織のアジト突入作戦の最前線に立って、敵と銃撃戦を演じたもの。別の一方は暴力団に監禁されていた少女を救出したもの。混沌とした東京――いや、日本中どこでもそうなのかもしれないが――で、事件解決のため、正義のためにここまで行動を起こす人材は珍しい。というわけで要するに、東京管区が、別の地区で勤務していた彼の働きぶりを買い被ったのである。
しかし今のように、行動派が過ぎる面もあるのだが。一長一短とはこのことだ。
現場は厳重な規制線が張られていた。事件現場となったとされる倉庫は出入り口や窓がブルーシートで覆われ、駐車場には無数の警察車両が駐車されている。守屋はパトカーが止まるなり飛び降りると、規制線を張る警察官の方へ一目散に駆け出した。
「おぁ、今回も来たかい、巡査部長さん」
そう声を掛けてくるのは
「またキラーが現れたと聞いて居ても立ってもいられず」
そう答える守屋を神崎は倉庫の方へと案内する。
「君みたいな行動力のある奴は嫌いじゃない。だがな、あんまり足を踏み入れすぎるなよ」
「もちろん覚悟はできています」
それを聞いた神崎は「そうか」とだけ答え、ブルーシートで塞がれた倉庫の入口を開く。生臭い空気が流れ出るが、守屋は構わず、倉庫の中へと足を進めた。
酷い状態だった。床に赤黒いペンキをぶちまけたような。壁にはあちこちに赤い花が咲き誇っているような。鼻を突く鉄の匂いすらも、犯人が作り込んだ芸術作品の一端にすら感じられるほどに。そんな中に彼は足を踏み入れる。
壁に凭れ掛かる遺体。捜査官たちの会話を聞くに、死因は壁に激突したことによる脊髄損傷もしくは内臓破裂だという。その先には、眉間に石がめり込んだ遺体が見える。どうしたらこんな殺し方ができるというのか。今まさに担架で運び出される被害者の姿は布越しでもわかる、頭がない。
これまでの現場も十分酷かったが、今回は一層異常さが際立つ。交じり合った血液、誰の一部だったか判別できない肉片に囲まれながら、彼は立ち尽くす。
「これは……」
守屋は顔を顰めた。それは悲惨な殺人現場に嫌悪感を抱いたからではない。こんな殺戮を犯す奴が今も尚、どこかをふらついていることへの怒りだった。彼は遺体に向かって暫し頭を垂れた後、現場全体を調べ上げようと考え、一旦倉庫の外に出ることにした。
ここまでの事件で標的となったのは、いずれもヤクザや暴力団関係者、麻薬や薬物に手を染める者――即ち悪人たちであった。その事実を発見したメディア、そして民衆は、盛んに騒ぎ立てるのである。「悪人たちに正義の鉄槌が下った」と。
『キラーは善人の味方だ!』
『ヒーローへの責任追及反対!』
プラカードを掲げた群衆が集まっていた。彼らは今にも規制線を突破しそうな勢いで、捜査に当たる警察官たちに対し盛んに罵詈雑言を浴びせる。守屋もその標的にされる。「悪人は死んで当然だ」「神の裁きの邪魔立てをするな」「恥知らず」……。飛び交う言葉の矢に、しかし彼は見向きもせず、倉庫の裏手に足を進めることだけを続けた。
全ては犯人を捕まえるために。守屋はそれが自分に課せられた使命だとすら思っていた。彼のその強い意志は事件の全容解明や犯人逮捕に繋がるのか、それとも……。
つづく