キラー   作:佐藤特佐

8 / 10
進まぬ推理

 

 守屋翔はネットカフェの個室の中に居た。狭く薄暗い空間の中、持ち込んだノートパソコンの画面に食いついている。ブルーライトなど気にしていないかのように。表示されているのはもちろん、ダウンロードしておいたキラー事件の資料である。

 もう何回目だろうか。彼は数えようとして、苦笑と共に溜息を吐く。数えきれないほどだと悟ったから。

 何度見返そうが資料は変化するわけがない。ダウンロードしたPDFファイルなのだから尚更だ。しかし。その「変わらない文字列」が時に変わることもある、というのが彼の考え方だった。データが変わるのではなく、脳がどう理解するかが変わるのだ。新しい知見を得たり別な視点から見てみたり……即ち「受け手側」次第で、新たな情報にもなり得るわけだ。

 守屋はその変化を得るため、何回も何回も読み直していた。しかし、未だに新しい情報を掴めそうにない。

 

「うーーーーむ」

 一人溜息を吐き、卓上に置かれたグラスを口に運ぶ。サイダーだ。喉に発泡の快感を感じながら天井を見上げた。汚れた低い天井。お世辞にも良い部屋だとは言い難いが、しかしこの程よく窮屈な感じが、彼には心地よく感じられるらしい。

「さて、もう一度だ」

 守屋はデータの最初のページに戻る。強盗犯が殺害された事件の資料である。赤く染まった床と被害者の引き裂かれた衣服、そして対照的に手を付けられていなかった現金……。その写真を眺めながら彼は思考した。

 

 

 キラー事件の共通項は3つである。

①被害者は反社会勢力や犯罪者など、社会的に悪とされる人物であること。

②犯人は尋常でない惨たらしい殺し方を好み、しかしながら証拠を残さないプロであるということ。

③犯人は現金や貴重品に興味が無いらしく、現場からの盗難は確認されていないこと。

 

 まず①について考える。ただ人殺しがしたいならば、その辺の無抵抗な一般人をぶっ殺せば良い。武装するヤクザを狙って殺す必要はないし、よりリスクを高めているだけである。即ちキラーにとって、殺す相手は誰でも良い、というわけではないらしい。

 これは③にも関連するだろう。キラーの犯行は金目当てではない。普通の殺人犯の大半は(人殺しが「普通」であるわけがないが)金目当てか恨みで事件を起こす、というのが守屋の経験に基づく持論だった。するとキラーは後者ということになる。

 この推理は②と矛盾しない。恨みが高じて犯行に及ぶケースでは、遺体が激しく損壊している場合が少なくない。犯人は相手を殺すことを目的としており、また憎悪の感情が上乗せされ、被害者の急所を執拗に破壊するからであろう。守屋は以前遭遇した事件を思い出した。被害者の遺体には頭部がなかった。あれは気味が悪かったなと思う。

 ここまでの情報を整理すると、キラーは反社会勢力に何らかの恨みを抱いており、その抹殺自体を目的とする犯行である、ということになろう。

 

 

 しかし守屋は深い溜息を吐く。違うのだ。説明が付かない部分があるのだ。

 

 

 まず、怨恨による殺人は感情的・衝動的な犯行である場合があり、それならすぐに足が掴めるはずだ、ということである。「カッとなって殺してしまった」という場合はもちろん。そうでなくとも(計画的犯行であっても)、殺したくなるほどの恨みを抱えた犯人が、合理的な犯行を犯せるだろうか。そんなことは無かろう。大半はボロが出る。しかしキラーにはそういった抜け目がない。殺し方は残虐極まりないのだが、犯行自体は合理的に洗練された——軍隊の特殊部隊のような——雰囲気を感じるのだ。

 ではキラーは殺人のプロ……殺し屋か何かなのだろうか。それも違うだろう。本当のプロならばこんなに派手な犯行をしないはずである。誰かに目撃される危険性を冒して街中で人を殺すか? 部屋の中でこっそり暗殺すればいいのに。わざわざ相手が武装しているところを狙うか? 同一犯だと分かりやすい殺し方をするか?

 余程捕まらない自信があるか、もしくはいわゆる愉快犯の類なのか……。守屋の思考はやはり行き詰まった。キラーの行動は大変合理的に見えるが、しかし無駄が多すぎる。暗殺者ならもっと隠匿に、愉快犯や感情的犯行ならもっと非合理的なはずなのに。彼には犯人の思惑がどうも読めないでいたのだ。

 

 

 さぁどうしようか。守屋が再びグラスに手を伸ばしたちょうどその時、着信音が鳴った。通知を確認すると、同僚の山岸からである。現在進行中の尾行作戦についての報告だろう。

 

『神崎の席に男二人が合流。どうやら陸軍の軍人らしい』

 

 メッセージには画像が添付されている。彼女が隠し撮りしたものである。見ると、たしかに神崎の対面に屈強そうな男が二人腰を下ろしているではないか。画像を拡大してよく観察する。コートの襟から覗く服装は……そうだ、国防陸軍の冬季制服に間違いない。

 守屋は目を細めた。このごろ、軍に関する良くない噂をいくつか聞いたから。ABC兵器の開発をしているとか、政治への関与を強めようとしているとか、遷都を計画しているとか。ゾンビやらクローン人間を作っているといった話も聞いた。まぁ単なる噂話だろうが……しかし、「火のない所に煙は立たぬ」というものだ。根も葉もない噂といったものは非現実的であり、実際には噂の原型となる“何事か”は有る。

「しかし……」

 と彼は呟く。

「軍が絡んでるとなると何だ?」

 そこまで考えたところで、「キラー事件の件で面会しているとも限らない」ということに気が付き、先走りすぎた自分の思考を窘めた。

 

『神崎と二人の軍人が店を出る』

『引き続き追跡する』

 

 山岸からのメッセージに、守屋は画面越しに言う。

「頼んだぞ」

 個室に備え付けられた小さな曇りガラスの扉を開放した。たちまち外の冷たい空気が吹き込んでくる。景色の半分は隣のビルの壁面だったが、残りの半分からは見えた。東京の夜景が。この光の海のどこかで同僚が頑張っていて、そしてどこかにはキラーが潜んでいる。

「絶対に捕まえてみせる」

 彼は改めてそう決意した。

 

 再び着信が。

 

『奴ら二手に分かれた 警部補と軍人一人は新丸の内方面に向かうのでこれを追跡する。もう一方の軍人は旧秋葉原方面へ向かう』

 

『了解』

 

 そう送信したところで守屋は気が付いた。旧秋葉原再開発計画区……それは彼が居るネットカフェが立地している場所である。飛び出して行っても、人がごった返すこの場所で、対象の人物を探し出せる確率は限りなく低い。しかし、彼は迷わず席を立った。そこに手掛かりがあるかもしれないから。僅かな確率であっても掴み取れるかもしれないから。

 




つづく
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