日が昇るとともに起きて、日が沈むとともに寝る、そんな日中を縁側で過ごす後期高齢者の皆様のような生活を数日にわたって繰り返しながら、キノはD.U.地区に向けて進み続けました。
道中に何度かヤのつく自由業と思われるオートマタ集団やチンピラなんかに襲われましたが、一切気にすることなく返り討ちにしていました。
「……思ったより弾の消耗が激しいな」
「キノ、下手したらブラックマーケットでのオフの日より戦ってるよ」
「おかしいな……?」
キノの知る限りでは、ブラックマーケットは実質的に犯罪組織によって管理されているためキヴォトス屈指の治安の悪さを誇る――誇ってはいけない事柄ですが――地域だったはずです。それに何の特徴もない小さな学園自治区が並んでしまうというのは、少し考えにくいことでした。
キノが銃弾の追加購入費用と財布の中身について考えてながらエルメスを走らせていると、横道から何かが飛び出してきました。
「おっと」
タイヤを滑らせながら、どうにかブレーキをかけてそれを轢いてしまう直前で止まることに成功します。ですが、
「ぎゃーっ!」
その何か――フルフェイスのヘルメットを被った女子生徒は、ぴょんと後ろに飛ぶと地面に倒れこんでしまいました。ヘルメットの側面には角の生えたドクロの模様がペイントされています。
キノとエルメスが見ている前で彼女はしばらく「ぐあー」とか「いたー」とか言いながら転げまわり、その合間にちらちらとキノの様子を観察してました。
「…………」
「…………」
「……心配とかしろよ⁉」
むくりと起き上がってそう叫ぶドクロヘルメットちゃん(仮称)に、キノは淡々と言葉を返します。
「飛び出してきたのはそっちですし」
「そもそも当たってないし」
「だとしてもだろ! いや当たったけど!」
ドクロヘルメットちゃんは「ああもう!」と立ち上がると、キノに人差し指をびっ! と突きつけました。
「こっちは轢かれて怪我してんだ、治療費と慰謝料まとめて置いてってもらおうか!」
見ると、先程ドクロヘルメットちゃんが飛び出してきた横道からヘルメットをかぶった女子生徒がわらわらと出てきます。その数はさっと10人ほど、みんな思い思いの武器を構えて、明らかにキノを狙っています。あまりにもアグレッシブな当たり屋集団でした。
「またか……」
キノはエルメスから降りて、腰からリヴォルバーと自動拳銃――キノはそれぞれ「カノン」「森の人」と呼んでいます――をさっと抜き、集団の前列にいる二人へとそれぞれの照準を向けました。
が、
「…………」
引き金を引くことなくほんの少し動きが止まります。それに対し、銃を向けられたヘルメットちゃん達は一斉に銃を撃ち始めました。
キノは横に軽く飛びながら体を反らし、その射線から逃れます。同時に銃をホルスターに戻し、太腿からナイフを抜き、それを投擲しました。
「ひゃはは――ぐげっ!」
最前列でサブマシンガンをフルオートでぶっ放していたヘルメットちゃん(その1)にナイフが直撃し、ヘルメットに柄まで刺さって止まりました。頭をのけぞらせて後ろに倒れ、そのままぴくりとも動かなくなります。
「ひえっ」
まわりのヘルメットちゃんたちはそれを見てびくりと肩を跳ねさせました。キヴォトス人ですからナイフで簡単に傷つくことはありませんが、ヘルメット越しに相手を気絶させる速度で飛んでくる金属塊を見て恐怖を抱かない人はいないでしょう。
そしてその隙が、キノの求めたものでした。倒れたヘルメットちゃんに視線が向いた瞬間にキノは走り出し、速度を乗せたグーを一番近くにいたヘルメットちゃん(その2)のお腹に叩き込みました。
崩れ落ちるヘルメットちゃんの手から奪ったロングマガジンを装填した自動拳銃を左手に持つと、適当に照準をつけて連射しながらヘルメットちゃん(その3~10くらい)の集団へと突っ込みます。
「うわああ⁉」
敵が懐に潜り込んできたヘルメットちゃんたちは大混乱です。狙いをつけようとして射線の先に仲間が重なり、しかもキノはそこからさっと離れてしまうため引き金を引くことができません。一方でキノは直接相手を殴ったり蹴ったり、たまに銃を奪って撃ったりしてヘルメットちゃんの数を減らしていきました。
「ひえええ」
キノに轢かれたふりをしたドクロヘルメットちゃんは、もともと仲間と決めた役割が「轢かれたふりで相手の罪悪感を煽る」だったため、銃撃戦に積極的に参加しておらず、乱戦から抜け出すことができていました。
「あんなバケモンだなんて聞いてないって……!」
ドクロヘルメットちゃんはキノから逃げ、あわよくば増援を呼ぶためにひたすら走っていました。まずはキノの視界から逃れるべく、ひたすらに角を曲がり続けます。
角を曲がった先に、キノがいました。
「止まってください」
「おわああ⁉」
ドクロヘルメットちゃんはつんのめるようにして止まります。キノはそんな彼女に「カノン」を向けながら詰め寄ります。
「さすがにもう襲われるのはこりごりなので……」
ごり、とヘルメットに銃口を押し当ててキノはそう呟きます。哀れなドクロヘルメットちゃんはガクガクと体を震わせています。その姿はさながら蛇ににらまれた蛙、猫に出くわしたネズミ、家族に内緒で買ったプラモがばれたお父さん。
「ふっ」
キノは息をつくと、手の中でくるりと「カノン」を回転させ、銃身を握ると大きく振りぬきました。グリップがドクロヘルメットちゃんのお腹にめり込み、一瞬で彼女の意識を奪いました。
ドクロヘルメットちゃんのヘイローが消えるのを確認して、キノは「カノン」を右腰のホルスターに戻します。そして、気を失っているドクロヘルメットちゃんを肩に担ぎ、エルメスを置いた場所へと戻っていくのでした。
「おかえり、キノ。どうしたの、その子」
「ただいま、エルメス。迷惑料に、ちょっと働いてもらおうと思う」
エルメスのもとにはさっきキノがこてんぱんにしたヘルメットちゃんたちがまだ倒れていましたが、軽くスルーして一人と一台は会話を交わしました。
キノはエルメスの荷台を漁ってロープの束を取り出します。野宿の時に屋根代わりの防水布をかけたり、洗濯物を乾かすときに使っている長くて頑丈なものです。エルメスに積んだ荷物の上にさらにドクロヘルメットちゃんを寝かせると、キノはロープを両手でぴんと張り、何度か引っ張って頑丈さを確認します。
満足そうに頷くと、束からロープの先端を引っ張り出してドクロヘルメットちゃんに向き直りました。
「さて……」
がくがくと体が揺さぶられる感覚に、ドクロヘルメットちゃんの目が覚めました。次いで間近で響くエンジンの轟音、逆さまの視界、燃料を燃やした排ガスの匂い、と感覚が順に戻ってきます。
「……あえ?」
自分がどんな状態になっているのか理解できず間抜けな声を漏らすと、自分の足の方から声が聞こえました。
「あ、起きましたか」
声がする方を向こうとしてぐっと首を動かして、ドクロヘルメットちゃんは初めて自分の状態を理解しました。
彼女はエルメスの後部に仰向けで、しかも頭を後ろに向けて縛り付けられていたのです。荷物の上から縛り付けられているので背中が押し上げられ、軽いえび反りのような状態になっています。両腕は背中側に回されて動かせず、足も軽く開かれてエルメスの側面で固定されています。極めつけに、彼女の胸のあたり、エルメスの後ろからちょうどよく見える位置に「私は当たり屋を仕掛けて返り討ちにあいました」と書かれた紙が貼られていました。
「なんだこれええ⁉」
乙女の尊厳を無視したあまりにもあんまりな所業に、ドクロヘルメットちゃんから悲鳴が上がります。
「さすがに襲われるのも疲れてきたので、こうしておけば少しは襲われにくくなるかな、と」
「思いついても普通やらないだろ!」
ほとんど動かない体をくねらせながら非難轟々のドクロヘルメットちゃんを、エルメスが宥めにかかります。
「まあいくらキノでも普通はやらないけど、今回はフラストレーションたまってるから仕方ないかなあ。D.U.地区についたら降ろすからさ、少し我慢してよ」
「うそだろ、バイクでもまだ2日くらいかかるぞ⁉」
キノはぎゃんぎゃんと騒いでいるドクロヘルメットちゃんをちらと振り返り、目線を前に戻して言いました。
「まあ最低限の水と食料はこちらで出しますので、迷惑料代わりに付き合ってください」
「じゃあもう普通に雇ってよ、護衛とか荷物運びとかさあ」
「どちらも間に合ってますし、自分でやった方が安上がりです」
そっけない返事にドクロヘルメットちゃんは唾を吐こうとして、自分がフルフェイスヘルメットをかぶったままなのを思い出して「けっ」と呟くだけにとどめました。そしてしばらくキノの言葉を考えて「ん?」と気づきました。
「ちょっと待てよ。安上がりって、まさかさっきあたしたちを素手で制圧したのは……」
「はい。弾代がもったいなかったので」
「うそぉ……」
ついにドクロヘルメットちゃんは力を抜いて荷物の上でぐったりとしてしまいました。どうあがいてもこいつには逆らえないと思ってしまったドクロヘルメットちゃんは、せめてこれだけはとキノに言いました。
「次に停まった時に、うちの奴らに電話させてくれ」
「分かりました。『4日くらいで帰る、無事だから心配しなくていい』というのだけお願いします。あとは自由に話してください」
キノの返事を聞いたドクロヘルメットちゃんは、一息ついてもぞもぞと動き始めました。荷物の上でのベストポジションを見つけると、そのまま黙ってキノの運転に合わせて揺られ始めました。
エルメスは、ドクロヘルメットちゃんが動いたせいで制服がめくれてさらに乙女の尊厳を脅かすことになっていることを指摘するか迷いましたが、誰も見ていないので黙っておくことにしました。代わりに、
「じゃあとりあえず、少しの間だけどよろしくね」
と挨拶をしました。
「ああ、不本意だけどよろしく」
ドクロヘルメットちゃんはその声に返事をして、ふと周りを見回しました。
「バイクが喋ってる⁉」
「今さら?」
「おお……」
「おおー」
「やっと解放される……」
D.U.地区に着いたキノ達はそれぞれの思いのこもった声を上げました。
キノはこれまで通ったどの自治区よりも活発な人通りとビル群に感嘆し、エルメスもどこを見ているかは分かりませんが同様の驚きの声を、そしてドクロヘルメットちゃんは迷惑料を払い終えて安心したような声です。
ちなみにドクロヘルメットちゃんは初日の夜に乙女の尊厳を守ってほしい旨をキノに訴え、今はうつぶせに姿勢を変えています。仰向けえび反りで制服とスカートのすそをひらひらさせるよりはましです。
ひとまずキノは道の隅にエルメスを停め、ドクロヘルメットちゃんを降ろしました。
「これで契約満了です。お疲れさまでした」
「本当に疲れたよ、二度とごめんだ」
憎まれ口をたたいたドクロヘルメットちゃんは一度服装を確かめると、手を振って歩き始めました。しかし数歩歩いたところで立ち止まると、振り返ってキノに人差し指をびっ! と突きつけました。
「お前、もうちょっといいもん食べなよ。いくら旅の途中だからって、あれはないと思う」
乾燥パン、そんな悪いものじゃないと思うけど、とキノは思いました。
ひとまずドクロヘルメットちゃんとは反対の道を走りながら、キノとエルメスはご飯のおいしそうな宿を探します。そのためにこれまで節約をしていたので、超高級ホテルでも大歓迎です。
とはいえビル群にさえあんぐりと口を開けていたキノに、広大なD.U.地区でそんな宿をすぐに絞り込むテクニックがあるはずもなく、街をうろうろ巡っていると時間は過ぎていきます。
「んー……」
「決まらないねえ」
キノが13軒目に見つけたホテル(注:ビジネスホテル。1泊8200円から、無料朝食付き。あまり味の評判は良くない)の前で頭を掻いていると、
「すみません、何かお困りでしょうか?」
溌溂とした声がかけられて、キノは顔を上げました。
「こんにちは、ヴァルキューレ警察学校・生活安全局の中務キリノです! ご旅行に来られた方、ですよね?」
そこには、白髪を2本のおさげにまとめた、声に違わず明るい笑顔を浮かべた少女が立っていました。
思い立ったがあとがき
-the Preface-
ドクロヘルメットちゃん、当たり屋作戦の役割決めをするときに「万が一本当に轢かれたら危ないだろ!」と自ら当たり役になっています。
前回は投稿時間を決めて予約投稿をしたのですが、書き終わったらすぐに出すのが性に合っている気がするのでさっと出してしまいます。後でちょっとした修正とかあるかもしれませんが、話の流れは変わらないはずです。
これからはブルアカのキャラがたくさん出てくると思います。
またこんど!!