7月3週目。
石崎の傷害偽装事件と佐倉のストーカー事件が解決してから、クラス茶柱にはしばらく平穏な日々が続いている。
この学校のシステムに関することもあらかた調べつくし、面倒な期末試験も無事に通過した。
中間試験をやったばかりですぐにやってきた期末試験にみんな嫌気がさしていたが、それが学生の本分なんだから仕方ない。
オレ達は中間試験と同様に全員が同じ点数を目指す作戦で乗り切り、夏休みに向けてようやくひと段落といった所だ。
ポイントに余裕のある生徒たちは遊びに行ったり、水着を買いに行ったりしてそれなりに楽しんでいる。
もちろんオレはそこに参加していないけどな。
そもそも友達と呼べるような存在がいるのかどうかすら怪しい。
入学当初よりは喋れる相手が増えてきたが、他人と友情を芽生えさせるのにはまだ時間がかかりそうだ。
夏休みに誰かと遊べたらきっと楽しいんだろうな。
みんなバーベキューとかするんだろうか。
炭火で焼いた肉の匂い、立ち上る煙、わいわいと騒ぐ声。
海水浴も楽しそうだ。
波打ち際で水をかけ合ったり、砂浜に寝転がって青い空を眺めたり。
肝試しなんかも夏っぽくていい。
恐怖に怯える女子の手を男らしく握りしめたら、そこで恋愛というやつが生まれるのかもしれない。
そのあとにみんなで集まって花火が出来たら最高だな。
線香花火の儚い光を見つめながら、夏の終わりを惜しむ。
……なんて。
オレは初めて迎える夏休みというものに期待を膨らませていた。
そんな楽しい時間を迎える前に、まずは特別試験が待っているという事実を思い出しながら。
……憂鬱だな。
一気に夢から覚めてしまった。
現実に戻ってしまったから現実の話をしよう。
という事で現時点でのCPはこれだ。
―1年7月末時点CP―
Aクラス:1040
クラス茶柱: 950
Cクラス: 880
Dクラス: 610
中間テストの100CPが追加されただけでほとんど変化がないように見えるが、意外とそうでもない。
それは学年全体がこの学校の仕組みを理解したことで、日々の授業態度に学年全体で改善が見られたこと。
そして授業態度の評価が減点方式であることから、今まで減点の多かった下のクラスがポイントを盛り返してきた。
おかげで前ほどクラス間で差がない。
Aクラスで卒業しなければ自動的に希望進路に進めないことも判明したので、クラス間競争はかなり熾烈になってきたな。
オレは別に誰とも争いたくないんだが、どうやら生徒同士での争いは不可避のようだ。
そんな嫌な状況が迫ってきている中で、何故かオレは櫛田と一之瀬から呼び出されていた。
オレの寮部屋に……
ついにこの部屋は一般開放までされてしまったらしい。
自分の部屋に呼び出されるとか意味が分からないが、部屋に帰ったらコイツらが寛いでたんだから紛れもない事実だ。
一之瀬は買ったばかりのソファに座りながらお茶を飲み、櫛田は冷蔵庫を物色していた。
まるで自分の家のようにくつろいでいる2人を見て、オレはプライベートという言葉の存在を完全に見失った。
そんなものはきっとなかったんだろうな。
……悲しい。
「あ、あのさ。いきなりであれなんだけど、クラス茶柱でもモテるって噂のある綾小路くんに相談したいことがあって――」
いや、嘘だ。
嬉しい。
感動した。
一之瀬から何か相談があるようだが、そんなことよりオレはモテるらしいぞ。
他の有象無象が言うならともかくコイツが言うなら間違いないはずだ。
もしかしたらオレは知らないうちに青春を掴み取ってたのかもしれないな。
心の中で小さくガッツポーズを決める。
仕方ないな一之瀬。
どんな相談があるのか知らないが、今のオレは気分がいい。
なんでも聞いてやるから言ってみろ。
「実はクラスメイトの女の子からラブレターをもらっちゃったんだ。それで明日の放課後に告白されるみたいなんだけどね」
「同性から告白されるのか?」
「うん。そういうタイプの子なんだけど、私はそっちの気はないからちょっと困ってて」
「そうなのか。それでオレはどうすればいいんだ?」
「えっと、あの、うまく断るために綾小路君に彼氏のフリをしてもらいたいなって……」
「……そうか」
「だ、だから明日の放課後、私に付き合ってもらいたいにゃ……にゃんて」
「……なるほどな」
「ダメ……かな?」
「・・・」
そうか、同性から告白か……
きっと一之瀬くらいカリスマ性があると男女問わず惹きつけちゃうんだろうな。
太陽のような笑顔、誰にでも分け隔てなく接する優しさ、そして眩しいばかりのオーラ。
人気者は色々と大変だ。
そしてオレは彼氏のフリをやらされるのか。
確かに話を聞いてやるとは言ったし、彼女なんて出来たことがないオレにとっては貴重な体験になるかもしれない。
だが、一之瀬。
もっとマシな方法は考えられなかったのか?
横で櫛田がニヤニヤしているのが視界の端に映る。
コイツ絶対面白がってるだろ。
◆ ◇ ◆
告白当日。
放課後の校舎裏。
夕暮れの光が建物の影を長く伸ばしている。
そこで相手女子の告白を断るためにカップルを装うオレと一之瀬。
結局相談に乗ることにした。
一之瀬本人がそう強く希望したからな。
オレは特に断る理由もなかったし、可愛い女子の相談を無下にするのも悪い気がしたからなんだが。
そんなオレ達の姿を目の当たりにした相手の女子が、思ったよりも面倒な奴だった。
「おかしいよそんなの……帆波ちゃん今までそんな男と一緒にいなかったもん」
コイツの名前は白波千尋。
見た目はかなり女の子らしくて可愛い女子だ。
柔らかそうな白髪をふわりとカールさせ、大きな瞳には今にも涙が溢れそうな光が宿っている。
可哀そうなことに告白をする前に一之瀬に事情を説明されて拒否されていたが、どうやら急に現れたポッと出のオレに不信感を抱いてるらしい。
だが、よくよく考えてみればそれも当然の反応だった。
告白するほど一之瀬の事が好きなコイツが、一之瀬の男まわりをチェックしてないはずもなく、オレ達の関係はあっさり疑われてしまったらしい。
これは完全に一之瀬の人選ミスだな。
というかこの断り方自体がやっぱりいい方法じゃない気もするが、とにかく気まずい空気になってしまった。
沈黙が重い。
オレ帰っていいか?
「もういい! 私帰る!」
「あっ、待って千尋ちゃん!」
だが、先を越されてしまったらしい。
オレが帰る前に白波が帰ってしまった。
気まずそうに逃げ出す白波と、その場に取り残されたオレと一之瀬。
なんとも居た堪れない雰囲気だ。
できればオレも帰りたい。
このままオレも帰って一之瀬を1人にするのも有りか?
別にオレは彼氏のフリしろって言われただけだしな。
コイツらの尻拭いまでする義理もない。
だが逃げ出すアイツの目には涙が浮かんでいた。
告白するのに緊張もしていたようだった。
それもそうか。
自分の想いを伝えるのが簡単じゃないことぐらいオレでも分かる。
同じクラスの、しかも同性という高いハードルを前にして、それでも勇気を振り絞って想いを伝えようとした。
その結果がこれだ。
流石にちょっと可哀そうかもな。
「追いかけないのか?」
「……だって私千尋ちゃんに悪いことしちゃったし……合わせる顔がないよ」
一之瀬も自分の愚策に気づいて俯いているが、今はそんなことをしてる場合じゃないな。
「お前が追いかけないならオレが追いかける」
「ちょっ、綾小路君!?」
オレは一之瀬の判断を待たずに白波を追いかけ始めた。
理由は分らなかったが、何故か体が勝手に動いていた。
自分でもその行動に驚いていたが、脳がそうするべきと判断したらしい。
ならこれで問題ないのかもしれないな。
幸いにもまだそんなに距離は離れていない。
オレの脚力なら追いつくのは簡単だ。
だが追いつくのはいいとして、その後どうするかな。
「実は偽のカップルでした」なんて言って納得してもらえるとも思えんが……まあ、なるようになるか。
一之瀬が後ろから追いかけてきてるのも確認できたしな。
「白波」
「ええ!? な、なんで追いかけてきてるの!?」
案の定簡単に追いついたオレは、白波を呼び止めて適当に時間稼ぎを始めた。
彼女の頬には涙の跡が光っている。
「スマン、少し話を聞いて欲しいんだがいいか?」
「ヤダ! 別に綾小路君の話なんか聞きたくない!」
「オレじゃない。一之瀬本人がまだ話したいと言ってる」
「あ……帆波ちゃん……」
後ろから必死に追いかけてくる一之瀬を確認した白波は、そこで完全に逃げるのをやめた。
息を切らせながら走ってくる一之瀬の姿に、白波の表情が少しだけ和らぐ。
どうやらオレはすっかり嫌われてしまったようだが、一之瀬に失望した様子はないな。
これならなんとかなりそうだ。
そう思ったオレは一之瀬が追いついてくるまで白波を引き留め、その後は2人にバトンタッチをした。
一之瀬は息も絶え絶えになりながら素直に謝罪したが、それでも付き合えないことを告げる。
白波は不本意な表情を浮かべていたが、話が終わる頃には笑顔がこぼれるくらいには精神的に回復したようだ。
最終的にはなにごともなかったかのように2人は笑っていた。
夕陽に照らされた2人の横顔が、オレには眩しく感じる。
……果たしてこれで良かったんだろうか。
自分がなぜあの時白波を追いかけたのか未だに理解できなかったが、不思議と悪い気はしなかった。
外の世界はオレの知らないことだらけだ。
自分自身に戸惑うこともあるのかもしれない。
ならたまには自分でも理解できない不条理なことがあってもいいのかもな。
そんなことを考えながら、オレは2人の眩しい笑顔を眺めていた。
これが青春というやつなのかもしれない。
オレには縁遠いものだと思っていたが、案外すぐ近くにあったのかもな。
……まあ、オレはあくまで脇役だったわけだが。
それでも悪くない気分だった。