第11話
常夏の海。
広がる青空。
澄み切った空気。
真夏の猛暑を吹き飛ばすほどの解放感。
そんな楽園ともいえる空間に、クラスメイトの声が響き渡る。
「凄げぇ眺めだな! マジで俺たち海に出たのか?」
「当たり前だ! そのために今まで山で修行して強くなったんだからな」
そんな風に言葉を重ねたのは彼らだけでなく、クラス茶柱全員が同じ夢を追いかけている。
この日、オレ達は島から海へと冒険に飛び出していた。
風車のある村から港へと旅立ち。
この日のために用意した船に乗り込む。
アンカーを引き上げ、ドクロマークの描かれた帆を広げ。
風に乗った船はたちまち推進力を得て、颯爽と海を駆け巡る。
風を切り、波を切り、空を飛び交うカモメの群れはまるでオレ達の船出を祝福しているようだ。
船内から姿を見せた春麗が、宝の地図を広げて大海原を指さす。
それを確認したキャプテン平田が各員に指示を出す。
航海士の松下は舵を握り。
料理人の高円寺は厨房で腕を振るい。
剣豪の須藤は刀を携え。
狙撃手の池はパチンコ玉を発射。
船医の王は薬の調合。
考古学者の長谷部はやることないから読書。
そして骨の山内はヨホホホ言いながら急に歌を歌いだす。
クラスメイトが各々の役割を適当にこなす中で、役割ロボットのオレは静かに前を見据えている。
視線の先には、船首から視界全体を覆うほどの青い海が広がっていた。
はるか先には無数の海賊船とそれを迎え撃つ海軍の姿。
その真っ只中をいざ突き進まんとするゴーイング茶柱号。
目指すはもちろんグラン・D・ライン。
そしてその先に待ち受けるのは後半の海"新生徒会"。
旅の終着点は最果ての島アスクル……いやアマゾンだったか?
かつて海賊王だった男はこう言った。
「探せ! この世のすべてをそこに置いてきた! ヒーハー!!」と。
その言葉を聞き、悪魔の実をペロッと舐めて高値で売った海賊たちは海へと飛び出し。
世はまさに大海賊時代を迎えようとしていた――
スマン、嘘だ。
船には乗っているが海賊船じゃなくて豪華客船だ。
夏休みに入ったオレたちは、無人島でバカンスをするという大嘘につられて豪華客船の旅をすることになった。
ほんとひどいよなこの学校。
上級生に聞けば夏に特別試験があることくらいすぐわかるのに、なんでいちいち騙そうとするんだろうな。
騙さないと腹が痛くなる病気にでもかかってるんじゃないか?
いずれにしろオレ達は絶賛騙され中だ。
このあと絶望に叩き落とすつもりらしいがそうはいかない。
もうクラスメイトにも全部伝えてある。
これから無人島でサバイバル生活が始まるとな。
だがルールまでは分かっていない。
どうやら毎年コロコロ変わるらしい。
ただ無人島でサバイバルを模した何らかの試験が行われるのは確定で、オレ達はその舞台へと連行されてるわけだ。
酷い話だな。
ホームルームの時にバカンスの話を聞いた春麗は茶柱に怒ってた。
「子供を騙すなんて卑怯な大人ね!」
「騙す?お前は何を言っているんだ?」
「下手な芝居はやめなさい!バカンスなんて嘘だってことぐらい分かってるのよ!」
「……チッ、面倒な」
その時の茶柱の顔は見物だったぞ。
クラス茶柱事件の時はくっ殺だったが、今回は誤魔化すのに必死になってたからな。
入学式の時に颯爽と登場した、冷徹な美女はもうどこにもいない。
アイツは既に、ただのお茶目な教師になり果てている。
でもオレは言ってないからな茶柱。
言ったのは春麗だからな。
頼むから睨むならアイツを睨んでくれ。
どっちにしろこの後はサバイバルになるから、今のうちに豪華客船を満喫するようにもみんなに伝えてある。
この豪華客船内の施設はすべて無料で利用できるんだと。
それは単純にすごいと思う。
こんなの億単位の金がかかってるだろうになんとも太っ腹な話だな。
ただでそんな贅沢ができるなら利用しない手はなく、オレ達は出航してから船内で遊びまくっていた。
クラス全員でレストランのビュッフェを堪能し、娯楽施設で散々遊び散らかし、気分転換にデッキで潮風を浴びながらワンピースごっこし、ナイトBARでソフトドリンクを注文してちょっぴり大人な気分を味わい、部屋に戻ってお泊りトークに花を咲かせ、疲れたらそのままふかふかなベットに身を投げて爆睡し、また朝になったらビュッフェを堪能。
まさに夢のような時間だった。
ローストビーフ、寿司、フレンチ、イタリアン、中華――世界中の料理が食べ放題。
プール、映画館、カラオケ――娯楽施設も使い放題。
これが無料だというのだから、この学校も捨てたもんじゃない。
……まあ、この後地獄が待ってるんだけどな。
そして今は慣れない船旅の疲れを癒すためにマッサージを体験している。
何とも優雅なひと時だ。
熟練のマッサージ師の手が、凝り固まった筋肉をほぐしていく。
もうずっとここで生活したいな。
どこにも帰りたくない。
ホワイトルーム?
ちょっと何言ってるのか分からないんだが。
と思ったそんな時だった。
船内に突如アナウンスが流れてきたのは。
『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら是非デッキにお集まり下さい。まもなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義のある景色をご覧頂けるでしょう』
どうやら無人島に到着したらしい。
言い方的に島の概要を把握した方がよさそうでもある。
だがオレ達は動けなかった。
今マッサージを受けてるからな。
「高円寺、行けるか?」
「無理を言うもんじゃないよ綾小路ボーイ。私は今非常に気持ちいいんだ。ここから動きたくない」
「気が合うな。オレもだ」
結局クラスメイトの誰も島の概要を把握できずに到着してしまった。
挙句の果てに島の上陸を指示されてからようやく動き出したクラス茶柱。
他のクラスがとっくに整列してる中、オレ達はキレ気味の茶柱に急かされるように島に上陸。
ダラダラとした動きで誰からもやる気を感じられない。
春麗すら気持ちよさそうな表情でウトウトしてるくらいだ。
あの女王がこんな顔をするとは。マッサージの力は偉大だな。
確かにあのマッサージ相当気持ちよかったもんな。
気持ちはわかるぞ。
そんなオレ達はみんな眠たそうにしながらダラダラと整列していく。
全くやる気のないクラス茶柱の姿を見てキレ気味のAクラス担任真嶋。
他のクラスの生徒たちも、こちらを見て唖然としている。
無理もない。
これから過酷な試験が始まるというのに、オレ達だけがまるでピクニック帰りのような雰囲気なのだから。
そんな真嶋はオレ達の整列を確認すると、拡声器を使って高らかに宣言する。
「ではこれより―――本年度最初の特別試験を行いたいと思う!」
こうして無人島でのサバイバル試験が幕を開けた。
本年度最初の特別試験。
特別試験という初めて聞く言葉にざわめきが起こる。
他のクラスの生徒たちの顔には、困惑と不安の色が浮かんでいた。
真嶋はそれを制して試験の説明を始めた。
1年生は固唾をのんで真嶋の説明に耳を傾けている。
だが、状況をだいたい理解しているオレ達には緊張感の欠片もない。
ほとばしる緊張の中、クラス茶柱だけは眠気に勝てず未だにウトウトしていた。
……まあ、なんとかなるだろ。
オレ達には女王がいる。
春麗がいる限り、どんな試験だって乗り越えられるはずだ。
……たぶん。
そう思いながら、オレは説明を聞き流しつつ、隣でウトウトしている春麗の寝顔を眺めていた。
平和だな。
この平和がいつまで続くかは分からないが、今はこの瞬間を楽しむことにしよう。